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特集

この葬式は挙げてはいけない――メフィスト賞作家が描く、ある葬儀屋の死から始まる謎とリアルな人間模様

取材・文:櫻坂 ぱいん 

 超高齢社会に突入している日本において、人の死に接する機会はますます増えていくことだろう。その中でも「葬式」は残された者にとって、経済的にも精神的にも切実な問題だ。葬儀業者の選定、不透明な葬儀費用、各種調整……故人を気持ちよくおくりだすために、喪主や親族は、故人に思いをはせる時間も与えられないまま、様々な課題に対応しなければならない。そんな人生の一大イベント「葬式」において、その主人公ともいうべき故人の遺体が、もし亡くなった本人のものでないとしたら? それが葬式を取り仕切る葬儀屋一家で起こったら? そんな疑惑に直面した人々の葛藤を描く異色のミステリーが誕生した。タイトルは『罪びとの手』――なんとも不穏な雰囲気が漂うこの作品の著者は、メフィスト賞出身の気鋭・天祢涼。同じく葬儀屋にまつわる謎をユーモラスに描いたミステリー『葬式組曲』が、第13回本格ミステリ大賞の候補作となり注目を集め、その後も政治、宗教、貧困問題など多様なテーマでミステリーを紡ぎ続けている。そんな彼が今、なぜ再び葬儀屋に注目したのか? その思いと『罪びとの手』という作品とは?

葬儀屋は、本当に覚悟があるかが問われる職業

── : 『葬式組曲』以来の葬儀屋がモチーフの作品となります。今なぜまた葬儀屋をテーマに書こうと思ったのですか?

天祢: そもそも『葬式組曲』を書いたのは、原書房の担当さんから「『結婚』か『葬式』をテーマにしたミステリーを書きませんか」と提案されたことがきっかけです。知人に葬儀屋さんがいるから取材できるし、人の死がかかわるのでミステリーにしやすいと思って「葬式」を選びました。そのときにかなり取材したので、もう葬式に関しては書き尽くしたと思っていました。でも、葬儀費用、埋葬の土地、お墓の維持など、葬式から派生する様々な問題が、『葬式組曲』を書いたころよりも、より切実になってきたと最近感じることが多くて、改めて葬儀屋を別の切り口、テイストで描いてみたいと思ったんです。

── : とはいえ、『葬式組曲』との差別化は難しかったのでは?

天祢: それに関しては、意外と楽でしたね。『葬式組曲』は、いくつもの葬式を描いた連作短編集です。「一つの葬式を掘り下げて書いても面白かったのでは」という考えは漠然とあったので、『罪びとの手』ではそれを形にしました。

── : 執筆にあたり改めて、知人の葬儀屋さんには取材されたのですか?

天祢: かなり取材しました。やはり『葬式組曲』を書いているときとは、葬儀を取り巻く状況が変わっていますし。ただ、葬儀屋さんって休みが少ない上に不定期なんですよね。急に仕事が入ることもあるし、まとまった休みが取れるときは、自分の用事で出かけることも多い。無理に時間をつくってもらうわけにもいかなくて、お互いのスケジュールを合わせるのに苦労しました。あとは、口が堅い人で、故人やご遺族に関することは全然話してくれなくて。その辺りのことは、残念ながら創作するしかありませんでした。もちろん、葬儀屋さんとしては正しいんだけど(笑)。

── : 今作は葬儀屋一家が描かれていますが、登場人物に取材相手の影響が反映されていたりするのでしょうか?

天祢: 迷惑がかからないように、むしろ反映しないように気をつけました。ただ、葬儀屋の描写……例えば、「愛煙家が多い」ということが劇中に出てきますけど、そういう細かいところはその人から聞いた話を反映しています。

── : 取材前と後とで、葬儀屋さんに対する印象に変化はありましたか?

天祢: ありましたね。最初から大変な仕事だなと思っていましたけど、思った以上に大変だなと。

── : どういったところが?

天祢: まず単純に夜、休めないというのがありますよね。当直の日だと仮眠中でも、いつ電話が鳴るかわからないという緊張感があって、心休まる暇がない。あと葬儀社は、基本的に365日休みがない。劇中にも書いたんですけど、コンビニよりも先に24時間、365日営業を始めた業種らしいんです、葬儀業界って。あとは、プレッシャーっていうんですかね、失敗できないっていう……当たり前ですが、花輪の名前を間違えたりするとそれだけでクレームが来るというか、これも劇中でやりましたけど、故人の名前を読み間違えたりすると、もうとんでもないことになりますし。

── : それだけ大変だと、社員が沢山いないと回りませんよね。

天祢: いや、最近は大手も参入していますけど、家族でやっているような小規模の会社が多いみたいです。事業を拡大するために新しい人を入れても、すぐ辞めてしまうケースもあるようです。入社した一ヵ月後には「もう辞めたわ、あいつ」みたいな。

── : やはり、大変すぎて?

天祢: そうですね。休みがないということと、プレッシャー。扱うご遺体も、きれいなものばかりとはかぎらない。本当に覚悟があるかが問われる職業ということです。

── : そのあたりは今回の作品のテーマである「矜持」とか「プライド」につながりますね。

天祢: たとえば取材に応じてくれた葬儀屋さんは、謙遜してましたけど、実際のところかなり頑張っているなという印象を受けました。本人は否定しても言葉の端々にそれを感じて、その証拠というわけではないんですけど、こちらの質問に対してすごく熱心に答えてくれるんですよね。葬儀業界のあり方についてもいろいろ語ってくれて、この仕事にプライドを持っているんだと思いました。

── : 中には悪徳業者もいるのかもしれませんが、基本的にはみなさん覚悟を持ってやっていらっしゃるんでしょうね。

天祢: そうですね。一部のマスコミが「葬儀料金は高い」と過剰に批判したこともあって、一昔前に較べると、そう簡単に利益を出せる仕事ではなくなったらしいんですよ。だから長くやっている人はプライドを持ってやっていると言えると思います。

── : 次に作品についてお聞きします。『罪びとの手』は、葬儀屋視点だけでなく、刑事などいろいろな視点から描かれていますが、葬儀との距離感など、キャラクターの描き分けについて、注意したことなどありますか?

天祢: 描き分けのメリハリを意識しました。同じ葬儀屋一家でも、実際に家業を継いだ弟と、そうではない兄とでは、葬儀に対する温度差があるはず。そういう違いには気をつけました。

── : 視点人物のチョイスは最初から決まっていたのですか?

天祢: 横山秀夫さんの『半落ち』を意識して、毎回違う人がかかわっていく……というのをやりたかったんです。結末は、当初の構想から大きく変わったのですが、視点人物を章ごとに変えて、故人との距離感に変化をつけるという形式は貫き通しました。だから4番目の視点人物の女葬儀屋については、あえて故人とまったく面識がないという設定にしました。

── : ちなみに一番好きな章(視点)というと?

天祢: 3番目のベテラン葬儀屋の章が、書いていて一番楽しかったです。「かつては悪徳葬儀屋だったが、あることがきっかけで心を入れ替えた」という過去を持つ男です。彼が息子と向き合っていく様は、書き甲斐がありましたね。周りの評判は、4番目の女葬儀屋の章が一番いいです。読みやすいと言ってくれます。最初の視点人物である刑事を筆頭に、出てくる連中が男くさい奴らばっかりなので(笑)、清涼剤のような役割も果たしているのかもしれません。

── : 葬儀屋さんの人間性だけでなく、具体的な作業や仕事内容も細かく描かれていますね。

天祢: これも取材しました。実は、先ほどお話しした葬儀屋の知人に話を聞いただけでなく、葬式や終活のセミナーにも参加したんです。

── : そういうセミナーがあるんですね?

天祢: 最近増えているようで、各地に足を延ばしました。高齢社会になって、関心が高まっているのだと思います。葬式のトラブルを避けるために「こういうふうに遺言を作れ」とか「ここで葬儀屋を見分けろ」とか教えてくれるセミナーもあって、個人的にも勉強になりました。「人間はいつ死ぬかわからない」という当たり前のことに改めて気づかされて、一通りセミナーを受けた後に遺言書もつくりましたよ。

── : うちも父親からエンディングノートを渡されました。ノートと言っても、もし何かあったらここに連絡しなさいという簡単なものですが。

天祢: えぇ、そうなんですか? うちも親に、もしもの時に備えて書いてもらおうかな。ミステリー作家がそういうことを頼むと、「なにか企んでるんじゃないか?」と疑われそうだけど(笑)。

── : 死んだあとのことと言えば、身元不明死体の一時保管のシーンなども普段あまり見られない場面なので、興味深かったです。

天祢: 引き取ったあとの葬儀屋さんでのご遺体の扱いは、かなり現実にそって書きました。ただ、劇中の舞台は神奈川県ですが、取材した葬儀屋さんは他県の人なんです。細かい部分では、違いがあるかもしれません。

── : 地域ごとでかなり事情が違うものなのでしょうか?

天祢: そのようですね。中には警察や病院と癒着した、ご遺体を金蔓としか見ていない葬儀屋が跋扈する地域もあるようで……あまり詳しいことは言えませんが(笑)。

人間の葛藤とか、悲哀とか、社会への向き合い方とか、そういうシリアスなものを書いていきたい

── : では、話を変えまして(笑)。書きあがったあと何か心境の変化はありましたか?

天祢: 書いておいてなんですけど、「殺人」というのは軽々しく扱ってはいけないテーマだなって、改めて思いました。もちろん前から分かっていたことですけど、やっぱりこう……普段平気で殺人事件とか書いてますけど、もうちょっと、なんだろう……猟奇殺人っぽいものを書いているときは、「10人連続で殺された」とかサラリと書いちゃいますけど、その裏にはそれぞれいろんなドラマがあるんだなと……被害者をあまり記号化してはいけない、というのかな。うまく言えませんが……。もちろん被害者が10人いたとして、10人の背景を全部書くわけにはいかないんですけど、書かないにしても、もう少し背景にあるものを、ちゃんと考えなきゃいけないなって思いました。

── : では、書いていて面白かったところは?

天祢: 今回、伏線をたくさん入れたので、それが結びついていくところが面白かったですね。やっぱりミステリーを書いているのは、伏線の回収が楽しいからで。話が進むにつれ4つの謎が出てくるのですが、謎に対する解が章ごとに変わっていくのは、書いていて盛り上がりました。もっとも、矛盾が出てくることも度々あって、執筆中は頭を冷やすため夜中に散歩に出たりしましたが。

── : 人物についてはいかがですか? この人物は書いてみたら意外と難しかったとか。

天祢: なんと言っても、冒頭で死体として発見される父親です。あとは意図的に視点人物にすることを避けた葬儀屋の悠司が難しかったです。基本的に謎の人物なので、書きすぎてもダメなんですが、決意をもってお父さんの葬式を強行しようとしているので、「何を考えているかわからないが、とにかく確固たる意志を持って動いている」ことを、しっかり描かなくちゃいけない。そこが大変でした。

── : 客観的に書かなければならないから、あまり感情も出せないと?

天祢: そうですね。そのあたりは苦労しましたね。あとは「父親がどれだけ葬儀屋という職業にプライドを持っていたか」をいかに見せるか。そこは本当に葬儀屋をやっている人でないとわからない部分ではありますし、ベテランになると、ある程度ルーティーンで済ませちゃう人もいるでしょうし、その中でどれだけプライドを保てるか……。変に「プライド、プライド!」と強調すると、リアリティがなくなって白けてしまいますし。

── : 葬儀屋の前に人間でもあるわけですからね。

天祢: 父親は、劇中の設定で59歳。いい歳したおじさんでもあるので、いつまでも青年みたいにキラキラした理想を持っていても、それはそれで変ですし。そのさじ加減は、かなり迷いながら書きました。しかも最初に死体として発見されるので、本人を出すことができない。周りに語らせるか、回想シーンで描くしかないので余計に苦労が……。こうして振り返ると、主役の親子を書くのが一番大変だったんだなあ(苦笑)。

── : 読者の方には、いちばんどういうところを読んでほしいですか?

天祢: ミステリーとしては、やっぱり「本当に遺体は悠司の父親なのか」「父親の遺志に背いて、なぜ葬式を強行しようとするのか」という謎ですよね。人間ドラマとしては、ひとりの人が死ぬことで起こる周囲の人々の心境や環境の変化、そこから生まれるドラマ、葛藤を頑張って書いたので、そのあたりを読んでいただけると嬉しいです。

── : 今後はどういう作品を書いていきたいですか。

天祢: ひとつはラブコメですね。既に書いていて、今年の秋ごろに出ます。「横浜の神社を舞台に、雑用係の青年がかわいい巫女さんと一緒に事件を解決する」という、『罪びとの手』とはまったく異なる小説です。もうひとつは、昨年出した『希望が死んだ夜に』という作品の評判がよかったので、何か社会問題を絡めて、人間の葛藤とか、悲哀とか、社会への向き合い方とか、そういうシリアスなものを書いていきたいと思っています。今回の作品もそういうタイプの小説ですけどね(笑)。

── : 最後に読者にメッセージをお願いします。

天祢: 「死」という誰もがいずれ必ず向き合わなければならない問題を描きました。きっと「自分の物語」として読んでいただけると思いますので、ぜひ手にとってみてください。

── : ありがとうございました。


天祢 涼

1978年生まれ。2010年『キョウカンカク』で、第43回メフィスト賞を受賞。12年発表の『葬式組曲』が第13回本格ミステリ大賞候補となり話題に。著作に『希望が死んだ夜に』ほか。

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