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特集

女子校に通い互いに友達以上の気持ちを抱くふたりは、運命の恋を経て大人になってゆく。 『ののはな通信』

撮影:石田 祥平 取材・文:瀧井 朝世

女子校で出会った二人の少女、ののとはな。運命的な恋に落ち、決別を経て、そして二人の人生が辿り着いた先とは——。
心揺さぶる大河小説『ののはな通信』は、三浦しをんさん初めての書簡体小説。新たなチャレンジの裏側には、三浦さんご自身の、人生に対する大きな疑問がありました。

四十代女性は、何をモチベーションにしているのか

── : 新作『ののはな通信』は、ミッション系の女子校に通う野々原茜(ののはらあかね)(通称のの)と牧田(まきた)はなの、その後長い期間にわたる関係の変化が、手紙やメモ、メール等によるやりとりのみで描かれていく書簡体小説ですね。最初の発想はどこにあったのでしょうか。

三浦: 「三島由紀夫っぽい女の子の話を」とご依頼をいただいて「分かりました」と言ったんですが、「三島っぽいってなんだろう」と、何も分かっていなかったんですね(笑)。考えているうちに太宰治の『女生徒』みたいなものが浮かんで、日記や書簡はどうだろうと思ったんです。依頼では「コンパクトな話を」と言われたんですが、それも分かってなかったです(笑)。作中で二十年とか三十年経つまで書きたいと思っていて、結構な枚数になりました。その長い時間の中にバブル期や3・11が起きた後も書きたくて、そこから逆算して時代設定を決めていきました。

── : そう、彼女たちは一九六七年くらいの生まれですよね。彼女たちの四十代まで描こうと思ったのはどうしてですか。

三浦: 書き始めた時、三十代後半だったんですが、その頃、「この先、働くモチベーションがない」という気持ちだったんです。そこで、四十代の女性は何をモチベーションにしているのかを知りたくなって。こういう感じだったら自分も何かしらの希望が持てる、というものを書いてみることにしたんです。何十年かに及ぶ互いのやりとりの中で、途中で連絡が途絶えたりしつつも、つねに相手のことが心のどこかにあって、その存在を通して自分が変わっていったり、支えを感じたりしていく。自分にとっての他者を真に理解しようと努めることによって、その相手との関係だけでなく、もっと世界が広がっていく。書いているうちに、そういうことしか私にとっては希望にならないかな、と思うようになりました。

── : ののとはなは、単なる友情で結ばれているだけでなく、高校時代にはっきりと恋愛関係になりますね。

三浦: 友情だけだと、そこまでの異文化の激突にならないという気がしたんです。自分の世界を変えるほどの衝撃にならない。それで恋愛にしました。思春期の頃って、同性のすごく親しい友達に対して友情以上の思い入れを抱くことはそう珍しくないですよね。でも、この二人に関してはそうはしたくなかった。明確に恋愛だった、恋人同士だった、お互いにとって運命の相手だった、ということを経て、じゃあ運命の相手とうまくいかなくなったら世界が終わるかというと、そうではなくて、その後もそれぞれの人生は続く。運命の相手と思えたからこそ、そこで生まれた感情や考えによって、もっと自分をよりよく世界と対峙していけるようにしたかったんです。より外界へ開かれていくきっかけになる恋愛として書きたかったんですね。

── : それは、強烈で濃密な運命の恋をして、その記憶をよすがに余生を送る……ということではないですよね、まったく。

三浦: もちろんあの恋はすごくきれいなものだった、という陶酔感を持っていないわけではないんです。でも、自分と相手だけの世界ではなく、より広い範囲に応用できる眼差しみたいなものを培うきっかけになった、というものにしたかったんですね。  若い時の恋愛なら閉じた感じでもいいんです。でも、ずっとずっとそのままじゃ、ただの馬鹿だなって(笑)。すごく激しい恋愛をした気持ちを、年齢を重ねるごとに自分の中で咀嚼して分析して、自覚的にかどうかは分からないけれど糧にして、周りの人や世界との関係に広げて適応していく。そうでなければ、激しい恋というのがただの浮かれたあんぽんたんの何かになってしまうなって(笑)。

運命的な恋に落ちた二人が、他の人と人間関係を築いていく

── : ののは庶民的な育ちでクール。はなは外交官の娘で、帰国子女で甘え上手。それぞれ、どういう女の子をイメージしていましたか。

三浦: ののはわりと理性的なんだけれども、ねっちりしています(笑)。はなは天真爛漫で可愛くて、実は激情がうずまいている感じ。わりと対照的な二人を組み合わせるのはセオリーといえばセオリーですよね。彼女たちが通っている聖フランチェスカは、以前書いた『秘密の花園』にも出てくる学校です。つまり聖フランチェスカに採用される男性教師って、生徒に手を出すんですよ。採用基準が間違ってますよね(笑)。

── : そう、ののとはなも手紙のやりとりで、男性教師が生徒に手を出したらしい、という噂話をしていますよね。その教師がのちにとんでもないことになるんですけれど。それにしても、二人は毎日学校で会うのに、授業中にメモをまわすだけでなく、手紙や葉書まで出して、かなり濃密に語らう。

三浦: 異常なくらい長文を書いていますよね(笑)。実際、私も高校時代はものすごく長い手紙のやりとりをしていました。会話で通じ合いたいと思う女の子なら、こういうのもアリかな、と。

── : 彼女たちの少女時代はSNSもない。投函する手紙だとタイムラグが生じるし、実際に会った時に話した部分は省かれるし、同時に手紙を出した時は話が噛み合わなかったりする部分もある。その書簡ならではの兼ね合いが非常に面白かったです。

三浦: 書簡形式は初めてだったので、うまく使いこなせなかったな、という部分もあるんですけれど。書簡も日記と同じで、一人称で個人の内面のつぶやきを書けるのは面白いし、手紙と手紙の間にあったことは自明のこととして語られるので、読者にはその間に何があったのか想像させる余地ができるんですよね。それと、彼女たちが書いている文章だから、漢字の統一などをそんなに気にしなくていいのは楽でした(笑)。

── : 人生における名言だなと思う言葉もたくさん出てきます。また、その時代の出来事や風俗も、手紙ににじみ出てますね。

三浦: 世相みたいなものはもうちょっと入れたかったんです。でも手紙に入れ込むのはなかなか難しくて。重要な日については天気まで調べたりしたんですけれど。

── : 二人の関係は高校時代にいったん終わりますが、その後も時を経てやりとりは続き、時には恋愛相談もする。男女の恋人同士だと、ここまでの仲は珍しいのではないかという気がします。

三浦: 二人がもともと友達同士だったということも大きいと思います。書いている時、これが男女に置き換えても通じる話だったら嫌だなと思ったんですよね。脳内で検証した結果、男女ではここまで連絡をとり合って、ここまで語り合わないだろうなと思って。女同士だからだよな、つまりこのままで大丈夫だよな、と一度確認しました。

── : 高校卒業後、二人は他の人とも恋仲になっていく。

三浦: この二人には、他の人ともちゃんと人間関係を築いてほしかったんです。ののがその後二十代で付き合う女性は、私だったらどんな感じの女の人と付き合いたいかを考えて、こういう人がいいな、と。

── : 大人だけど、可愛げもある人。

三浦: もう、たまらんな、と(笑)。

── : はなの相手、磯崎(いそざき)さんは。

三浦: ののから見た磯崎さんを書いているので印象が悪いですけれど、私は嫌いじゃないんですよね。そこはうまく盛り込めなくて磯崎さんごめん、という感じです。磯崎さんは、絶妙な退屈さがいいなと思ったんです。嫌な感じの退屈さじゃないというか。ののが言うほど嫌な人じゃないなと、書きながら思いました。

必要なのは自分と異なる存在
それこそが「希望」

── : そして彼女たちは、どういう人生を歩んでいくとイメージしていましたか。

三浦: ののはフリーライターになりますが、どちらかというとコツコツと調べものをしたり誰かに会って話を聞いたりと、わりと誠実に仕事をしていくことに向いているかなと思いました。はなは大変なモテぶりを発揮しますよね。彼女の周りにいるのは考え方が真面目で規範に敏感な人が多いんです。一方ではなは心に野獣性を秘めている。それが他者への攻撃性に転じる人もいますが、はなはそういうことはなくて、とにかく自由な野獣(笑)。それは周囲にとって、とても魅力的に映ったと思います。ののがはなに惹かれたのも、そういうところがあったからかもしれない。

── : 物語は後半で、アフリカの架空の国にも舞台を移します。この展開にはびっくりしました。

三浦: 最初からやがて波のように抗いようもない暴力が押し寄せてくる、ということにしたいと思っていたんです。それで、場所はどこでもよかったのですが、政情不安定な国にすることにしました。

── : そんななか、はなは思いもよらない行動に出ますね。

三浦: はなはやっぱり過激だから、そうするだろうなと思いました。ののも言っていますが、私も、はなの選択を周りの人が理解できるかというと、そうではないと思います。でもたぶん、はなはそういうことをする人なんです。やるからには、それくらいしてほしいような気もしましたし。  ある種の宗教的熱狂に駆られる人って、すごくよい行いをしていても、よくよく見るとちょっと過激性がある気がします。たいがいの人が成し遂げられないところに踏み込む人にはそういう過激さがあって、はなもそうだったんだと思います。だからこそ、周りの人には魅力的に映るんでしょうね。

── : そんなはなに、誰かを熱狂的に愛した時があった、ということですよね。

三浦: ああ、そうですよね。誰かを激烈に愛した経験があったからこそ、回路が開いたと言えますね。それがなければ、何も考えずに結婚してそのままの人生を送ったかもしれない。でも、ののに会って激烈な感情を経験したから、生来の過激さの回路が開いたんだなと、今思いました。  二人の関係はのののほうからきっかけを作ったわけですけれど、ののにははなのような過激性はない。常識的ですね。でも、のののねっちり度は高いです(笑)。

── : 二人の人生を追ってみて、運命の相手と結ばれるとは限らないんだなってつくづく思いました。

三浦: そうですよね。結ばれるだけが幸せではないですし。最近、王子様とお姫様が結ばれて幸せ、みたいな話なんて、もはやないですよね。  それでもやっぱり、はなの行動を見て、四十歳を過ぎたののもまた、新しく世界を見たり感じたりする目を持つことができたと思います。つまり、自分にとっての他者がいる、ということを真に気づかせてくれる相手だったんですよね。そういう出会いがあったからこの先もきっと、誰かと、恋愛に限らず、いろんな関係を築いていけるんだと思います。最初にも言いましたが、この二人を書いていて、他者がいるから希望ってあるのかなと感じるようになって。それがないから、自分に働き甲斐がないんだなと思ったんですよね……。

── : 他者こそが希望なんだ、と。

三浦: 人にとって必要なのは、自分とは異なる存在なんだな、って。それが希望なんだな、って。恋人じゃなきゃなんて贅沢は言いません(笑)。別に人間じゃなくてもよくて、とにかく、自分とは違う感じ方、違う行動原理をしている何か、なのかな。

── : こんな読み応えのある物語を完成させたわけですが、働く意欲は今でも低いんですか。

三浦: 意欲はいつでも著しく低くはあるんですけれど(笑)、でもまあ、今回書いてみて書簡形式ってまだまだやりようがあるのかなと思うようになりました。なので、書簡形式で何か思いついたら、またやってみたいです。まあ、何もせずに「働きたくねー」みたいにしているよりは、何かやったほうがいいかなと思う程度になったということです。微妙に前向きになりました(笑)。


三浦 しをん

1976年東京都生まれ。2000年『格闘する者に○(マル)』でデビュー。『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、『舟を編む』で本屋大賞、『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。

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