インタビュー 「本の旅人」2018年6月号より
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わずか三年で唐の長安に並ぶ新都を奈良に。この難事業に携わる青年の周りで次々と事件が起こる。『平城京』
撮影:ホンゴ ユウジ 構成:末國 善己
長安に並ぶ都を建造せよ――。古代史上最大のプロジェクトの、タイムリミットはわずか三年……。
不可能に挑んだ男たちの奮闘を壮大なスケールで描いた、最新作の裏側に迫ります。
新都建造は、国内問題だけでなく外交問題が大きく関係
── : 新作は、平城京の建設をめぐる物語ですが、なぜこの題材を選ばれたのでしょうか。
安部: いつか、阿倍仲麻呂を主人公にした歴史小説を書きたいと思っているんです。平城京は、仲麻呂の伯父の宿奈麻呂
── : この作品は、宿奈麻呂の弟で、仲麻呂の叔父にあたる船人
安部: そうですが、まったくのフィクションではありません。歴史書に船人は出てくるのですが、宿奈麻呂の弟だったかは不明なのです。仲麻呂の父は船守
── : タイトルを見た時は、平城京の建設を描く「プロジェクトⅩ」的な物語かと思っていましたが、壬申の乱、白村江
安部: それは平城京への遷都そのものが、当時の外交の産物だったからです。白村江の戦いで、日本は唐と新羅の連合軍に敗れ、その後、国交回復ができていませんでした。ようやく七〇二年に、粟田真人
── : 壬申の乱が、百済との外交方針をめぐる争いで起きたという説にも驚かされたのですが、これは独自の解釈なのですか。
安部: この説を唱えている学者はいらっしゃいます。天智
── : 船人が、建築予定地に暮らす葛城
安部: そのテーマを長く追いかけていますから、当然頭にはありました。『古事記』や『日本書紀』には、神武東征の前に長髄彦
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「プロジェクトⅩ」にミステリーの要素も
── : 船人は、工事を妨害する刺客集団と戦うので、本作はアクションも満載です。刺客を操る黒幕の正体を探るミステリーの要素もあるだけに、波瀾万丈の物語になっていました。
安部: 「プロジェクトX」的に、「こんな困難を乗り越えて平城京はできました」だけでは、いまの読者に面白く読んでいただくには足りません。平城京建設のプロセスやどんな技術が使われていたかは、発掘調査で分かってきました。ただ、同じ時期の朝廷の動向などは、今も分からないことが多い。『続日本紀』に書かれているのも、遷都の詔
── : 船人は工事妨害の対処に追われますが、その間にも平城京の建設は進みます。作中には、地図に方眼紙を重ねて実際に建てる都の大きさを計算したり、十分の一の模型を作って大極殿
安部: 技術や工事の実態は、史実に基づいています。遣唐使が唐の進んだ学問を学んできたり、先生を招聘
── : 平城京の大極殿が、藤原京から移築されたというのも意外でした。
安部: あれも史実です。日本の建築物はあまり釘を使わず、木組みだけで造っていますから移築は簡単です。戦国時代の城も移築されたものが多いのですが、そうしたエコな技術は既に奈良時代にあったんです。
── : 行基
安部: それは分かりません。行基たちは、僧尼令という法律に違反したとして弾圧されていました。ただ橋を造り、灌漑
── : この時代は、まだ仏教はそれほど普及していないですよね。
安部: 聖徳太子が四天王寺
── : 作中には、ようやく朝廷の許しを得て平城京の建築現場に入った行基が説法を始めると、争っていた労働者たちが一つにまとまる場面があります。あんな場面も、実際にありえたかもしれないんですね。
安部: ありえたと思います。全国には行基が造ったとされる堤や橋がたくさんあります。その多くは弟子が造ったものですが、行基の名は全国に広まっていました。実際に平城京を建てたのは、全国から集められた労働者ですから、当然、自分たちの国で行基がしてくれたことを知っていたはずです。そこに本物の行基が来たときの感動は大きかったでしょう。
── : 後半は、船人と真奈
安部: 日本を離れた遣唐使が帰ってくるのは十年後、二十年後ですから、結婚問題は深刻だったはずです。婚約者を残して行った人もいるでしょうし、吉備真備
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古代史から現代日本が見えてくる
── : 終盤に明らかになる黒幕の正体は、本当に意外でした。
安部: 百済を支持する天智派から見ると、唐との和睦は百済の再興が潰
── : お話をうかがっていると、史料が少ない古代史ものは想像の余地が大きいので、書くのが楽しかったようですね。
安部: 書きたい放題ですから、楽しかったですよ(笑)。書いてみると、日本人が抱いている奈良時代のイメージが、実際の歴史と違っていることも分かってきました。当時の人は、かなりの高等数学が使えていました。僕はもともと技術者なので、技術に対するシンパシーは大きかったですね。それといまの日本は平城京が出発点といえますから、日本がどんな国なのかを考えることもできました。唐の冊封国になると、天皇が絶対という価値観が崩れます。だから冊封国でありながら、国内では唐と対等だと言い続けていた。これは現代の日米関係と同じで、日本人はこの頃からダブルスタンダードに慣れていたという事実も見えてきました。
── : 奈良時代を知ると、日本の現在や将来も見えてくるということでしょうか。
安部: そうです。僕は、常に日本の成り立ちについて考えています。それは天皇制の問題であり、長いものに巻かれろといった心性の問題でもあります。奈良時代の人口比率を見ると、朝鮮半島で滅んだ百済、高句麗
── : 先ほど、阿倍仲麻呂を書きたいとおっしゃっていましたが、その他に興味をお持ちの古代史もののテーマはありますか。
安部: 先に、この作品にも出てきた粟田真人を書いてみたいです。真人は、先ほども申し上げた通り、唐に渡り則天武后と日中国交正常化の交渉をしますが、その前に僧として唐に行っています。この波乱の人生には惹かれるものがありますね。