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特集

わずか三年で唐の長安に並ぶ新都を奈良に。この難事業に携わる青年の周りで次々と事件が起こる。『平城京』

撮影:ホンゴ ユウジ  構成:末國 善己 

長安に並ぶ都を建造せよ――。古代史上最大のプロジェクトの、タイムリミットはわずか三年……。
不可能に挑んだ男たちの奮闘を壮大なスケールで描いた、最新作の裏側に迫ります。

新都建造は、国内問題だけでなく外交問題が大きく関係

── : 新作は、平城京の建設をめぐる物語ですが、なぜこの題材を選ばれたのでしょうか。

安部: いつか、阿倍仲麻呂(あべのなかまろ))を主人公にした歴史小説を書きたいと思っているんです。平城京は、仲麻呂の伯父の宿奈麻呂(すくなまろ))が平城京の造営司をやっていたので、仲麻呂を書くための助走として面白いと考えました。もう一つ、おそらく全国でも人口が五百万人くらいしかいなかったと推定されている奈良時代に、巨大な平城京をわずか三年、実質的には二年ほどで造り上げたエネルギー源はどこにあったのか、また、どうして造ったばかりの藤原京を捨てて遷都しなければならなかったのか……。そうした興味もあって調べていたら、面白い題材がたくさん出てきました。

── : この作品は、宿奈麻呂の弟で、仲麻呂の叔父にあたる船人(ふなびと)を主人公にしています。船人は、架空の人物ですよね。

安部: そうですが、まったくのフィクションではありません。歴史書に船人は出てくるのですが、宿奈麻呂の弟だったかは不明なのです。仲麻呂の父は船守(ふなもり)といいます。船人というのは、その弟にいかにも相応しいじゃないですか。だから船人の名前を見た時、船守の弟という設定を思い付きました。

── : タイトルを見た時は、平城京の建設を描く「プロジェクトⅩ」的な物語かと思っていましたが、壬申の乱、白村江(はくすきのえ)の戦いにまで遡る朝廷内の派閥抗争や、(とう)百済(くだら)新羅(しらぎ)との外交問題もからむ、壮大なスケールの物語になっていました。

安部: それは平城京への遷都そのものが、当時の外交の産物だったからです。白村江の戦いで、日本は唐と新羅の連合軍に敗れ、その後、国交回復ができていませんでした。ようやく七〇二年に、粟田真人(あわたのまひと)が唐へ行き、則天武后(そくてんぶこう)と会見、唐の冊封国に入ることが許されました。現代でいえば、サンフランシスコ講和条約を結び、日米同盟を締結したようなものです。日米同盟を締結した時も、日本が民主国家であることなどの制約を受けました。奈良時代もそれと同じようなことを唐から突き付けられたはずです。その一つが、長安(ちょうあん)あるいは洛陽(らくよう)に倣った都を造ることでした。それがたった十六年で藤原京を廃都し、平城京に遷都した理由の一つと考えていますから、平城京建設には外交問題が深く関わっているんです。

── : 壬申の乱が、百済との外交方針をめぐる争いで起きたという説にも驚かされたのですが、これは独自の解釈なのですか。

安部: この説を唱えている学者はいらっしゃいます。天智(てんじ)天皇が親百済派、天武(てんむ)天皇が脱百済派だったのは確かです。これにはルーツの問題もからんでいて、天智派は百済と、天武派は新羅と親しかったんです。京都に泉涌寺(せんにゅうじ)という皇室の菩提寺(ぼだいじ)がありますが、ここには天武派は祀られていません。つまり徹底的に抹殺されたということ。奈良時代の日本では、天智派と天武派の争いはもっと熾烈(しれつ)だったと思います。

── : 船人が、建築予定地に暮らす葛城(かつらぎ)一族と立ち退き交渉をするところが前半の山場になっていました。この葛城氏が、神武東征(じんむとうせい)以前の歴史書を持っていたり、雄略(ゆうりゃく)天皇に攻め滅ぼされた眉輪王(まよわのおおきみ)と関係があったりするとの設定は、天皇制の原点に迫ろうとされているようにも思えたのですが。

安部: そのテーマを長く追いかけていますから、当然頭にはありました。『古事記』や『日本書紀』には、神武東征の前に長髄彦(ながすねひこ)の一族が奈良で防衛戦をやったり、出雲(いずも)周辺で大国主命(おおくにぬしのみこと)が国を譲ったりしたと書かれていますから、今の朝廷の前に日本には豪族が治める国があったのは間違いありません。葛城一族が地方豪族の一つである意味は、天皇制の成立を考える上でも大きいんです。

「プロジェクトⅩ」にミステリーの要素も

── : 船人は、工事を妨害する刺客集団と戦うので、本作はアクションも満載です。刺客を操る黒幕の正体を探るミステリーの要素もあるだけに、波瀾万丈の物語になっていました。

安部: 「プロジェクトX」的に、「こんな困難を乗り越えて平城京はできました」だけでは、いまの読者に面白く読んでいただくには足りません。平城京建設のプロセスやどんな技術が使われていたかは、発掘調査で分かってきました。ただ、同じ時期の朝廷の動向などは、今も分からないことが多い。『続日本紀』に書かれているのも、遷都の(みことのり)が下された、造営司に誰々が任じられた、くらいのものです。ミステリーの要素を取り入れたのは、その空白を埋めるためでした。

── : 船人は工事妨害の対処に追われますが、その間にも平城京の建設は進みます。作中には、地図に方眼紙を重ねて実際に建てる都の大きさを計算したり、十分の一の模型を作って大極殿(だいごくでん)の解体、再建をシミュレートしたりと、当時の技術がリアルに描かれていたのも面白かったです。

安部: 技術や工事の実態は、史実に基づいています。遣唐使が唐の進んだ学問を学んできたり、先生を招聘(しょうへい)したりしていますから、奈良時代は現代人が考えているより、遥かに進んだ技術を持っていました。

── : 平城京の大極殿が、藤原京から移築されたというのも意外でした。

安部: あれも史実です。日本の建築物はあまり釘を使わず、木組みだけで造っていますから移築は簡単です。戦国時代の城も移築されたものが多いのですが、そうしたエコな技術は既に奈良時代にあったんです。

── : 行基(ぎょうき)率いる技術集団が、平城京の建設に協力したとされていますが、これも史実なのでしょうか。

安部: それは分かりません。行基たちは、僧尼令という法律に違反したとして弾圧されていました。ただ橋を造り、灌漑(かんがい)や測量の技術を持つ行基たちは一番の戦力です。国家的なプロジェクトが始まれば、それに協力を求められたと考える方が自然です。

── : この時代は、まだ仏教はそれほど普及していないですよね。

安部: 聖徳太子が四天王寺(してんのうじ)を造ってから百年は経っていますから、そうとはいえません。行基は仏教の僧です。彼らは土木技術だけでなく、薬草や医学の知識も持っていました。そういう人たちが、庶民の間に入っていって難病を治療し、難産で苦しむ女性を救ったりすれば、庶民は仏教を信仰するようになりますよ。行基の集団は全国に足を延ばしていますから、仏教も十分に普及していたはずです。四天王寺にも施薬院(せやくいん)がありますから、貧民救済をやっていました。奈良時代には日本にまだ大乗仏教はなかったといわれることもありますが、それは間違っていると思います。聖徳太子の思想自体が、大乗思想ですから。

── : 作中には、ようやく朝廷の許しを得て平城京の建築現場に入った行基が説法を始めると、争っていた労働者たちが一つにまとまる場面があります。あんな場面も、実際にありえたかもしれないんですね。

安部: ありえたと思います。全国には行基が造ったとされる堤や橋がたくさんあります。その多くは弟子が造ったものですが、行基の名は全国に広まっていました。実際に平城京を建てたのは、全国から集められた労働者ですから、当然、自分たちの国で行基がしてくれたことを知っていたはずです。そこに本物の行基が来たときの感動は大きかったでしょう。

── : 後半は、船人と真奈(まな)との恋愛も物語を牽引(けんいん)していきます。粟田真人の娘の真奈は船人の許嫁(いいなずけ)でしたが、船人が遣唐使として唐に行っている間に、石上豊庭(いそのかみのとよにわ)と結婚しました。ドロドロした宮廷陰謀劇が続くだけに、船人と真奈のせつない恋が余計に美しく感じられました。

安部: 日本を離れた遣唐使が帰ってくるのは十年後、二十年後ですから、結婚問題は深刻だったはずです。婚約者を残して行った人もいるでしょうし、吉備真備(きびのまきび)や仲麻呂のように現地の女性と結婚した人もいます。当時の唐は、外国人との結婚も、子供を作ることも認めていましたが、帰国する時には妻を残して行かなければなりませんでした。遣唐使という制度の裏にこうした悲劇が横たわっていたということを、遣唐使船の船長だった船人を通して象徴的に描いてみました。もう一つ、真奈は、粟田真人と船人を結び付けるキーパーソンとしても、陰謀を解く鍵としても重要なので、物語の必然からしても不可欠の人物でした。

古代史から現代日本が見えてくる

── : 終盤に明らかになる黒幕の正体は、本当に意外でした。

安部: 百済を支持する天智派から見ると、唐との和睦は百済の再興が(つい)えたことを意味します。それだけに、天武派が唐との関係を深めるのは許せなかったはずです。こうした政争の中心に、あの犯人がいたというのは十分に可能性があったと考えています。

── : お話をうかがっていると、史料が少ない古代史ものは想像の余地が大きいので、書くのが楽しかったようですね。

安部: 書きたい放題ですから、楽しかったですよ(笑)。書いてみると、日本人が抱いている奈良時代のイメージが、実際の歴史と違っていることも分かってきました。当時の人は、かなりの高等数学が使えていました。僕はもともと技術者なので、技術に対するシンパシーは大きかったですね。それといまの日本は平城京が出発点といえますから、日本がどんな国なのかを考えることもできました。唐の冊封国になると、天皇が絶対という価値観が崩れます。だから冊封国でありながら、国内では唐と対等だと言い続けていた。これは現代の日米関係と同じで、日本人はこの頃からダブルスタンダードに慣れていたという事実も見えてきました。

── : 奈良時代を知ると、日本の現在や将来も見えてくるということでしょうか。

安部: そうです。僕は、常に日本の成り立ちについて考えています。それは天皇制の問題であり、長いものに巻かれろといった心性の問題でもあります。奈良時代の人口比率を見ると、朝鮮半島で滅んだ百済、高句麗(こうくり)の難民が多いんです。その人たちが、日本人と結婚して子孫を残した。いってみれば多くの人種が混在していた日本が、なぜ単一民族化したかは、興味の尽きないテーマです。奈良時代を描き続けると、その理由が明らかになるかもしれません。

── : 先ほど、阿倍仲麻呂を書きたいとおっしゃっていましたが、その他に興味をお持ちの古代史もののテーマはありますか。

安部: 先に、この作品にも出てきた粟田真人を書いてみたいです。真人は、先ほども申し上げた通り、唐に渡り則天武后と日中国交正常化の交渉をしますが、その前に僧として唐に行っています。この波乱の人生には惹かれるものがありますね。


安部 龍太郎

1955年福岡生まれ。90年『血の日本史』で大きな注目を集める。2005年『天馬、翔ける』で中山義秀文学賞、13年『等伯』で直木賞、16年歴史時代作家クラブ賞(実績功労賞)を受賞。

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