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特集

トークライブ「精神科医と2人の生きづらいベストセラー漫画家たち」後編

撮影:渡辺 愛理  構成:平松 梨沙 

「生きづらさ」を根本テーマにした話題の2作品『うつヌケ』(田中圭一)と『それでいい。自分を認めてラクになる対人関係入門』(細川貂々、水島広子)をめぐるトークイベント後編。“ネガティブ思考クイーン”だった貂々さんは、いかにして自分を認められるようになったのか? そしてメンタルの不調が「治る」の本当の意味とは? SNS時代の生きづらさに対するヒントも満載です。

<<トークライブ「精神科医と2人の生きづらいベストセラー漫画家たち」前編

ネガティブでもしょうがない、と思えるようになって

岡:前半では『うつヌケ』から導入していろいろ話したので、後半は『それでいい。』の紹介をまずお願いしていいでしょうか?

貂々: えーと……この本は、水島先生と漫画家の細川貂々が一緒に考えて描きました。私が生きづらくて辛かったときに水島先生に出会って、「それでいい」と思えるようになったことについて描きました。

水島: フィクションではなくて、リアルだというのがポイントですね。私たちの間に本当にあったやりとりを、貂々さんがしっかりと描いてくださったんです。

岡:『うつヌケ』ではアシスタントのカネコ君の存在がいいなあと思ったんですけど、私が『それでいい。』で好きなのは、貂々さんが「えっ!!!」って「目からウロコ」状態になるシーン。毎回水島先生の言ったことに価値観を覆された貂々さんが、玉ねぎの皮がはがれるようにどんどん変わっていく。読んでいくうちに「えっ!」が待ち遠しくなっちゃいました。

貂々: 本当に素直な気持ちで、毎回「えっ!」って思ったんです。ネガティブなのはいけないと思ってたし、人をうらやむのもいけないと思ってたし。だから「そういうのはしょうがないし、いいんだよ」と言われて、すっごくびっくりしました。  水島先生と会ってからは、ツレにも協力をお願いしました。私が「あの人のこと、妬んじゃう」とか言ったら「しょうがないよ」って言ってほしいと。言ってほしいことを言ってもらえなくて落ち込むのではなく、「こう言ってほしい」と言うようにしました。

岡:たしかに自分が彼氏とつきあっていても、一度関係が固まると、望んでいることや不満に思っていることが言えなくなってくることが多いです。貂々さんは結婚してだいぶ経ってますよね?

貂々: 22年です。

岡:その段階で相手に言いたかったことを言うというのは、勇気が必要だったんじゃないですか?

貂々: でも自分が変わろうと思ったら、まわりにも変わってもらわないと厳しいなと思ったんですよね。

岡:ツレさんはどういう反応だったんですか?

貂々: 最初は「えっ!」って反応でしたけど、だいぶ変わりましたね。

岡:それはすごい。田中さんは『それでいい。』を読んでいかがでしたか?

田中: 愚痴は言っちゃいけない、妬みや嫉妬というのはいけない感情だ、というのはぼくのなかにずっと刷り込まれていました。でも『それでいい。』は、そうした感情についてかなり突っ込んで書かれていて、ハッとすることも多かったです。「それくらいあり」ってしてもらうと本当にラクですよね。誰にでもそういうことはあると思えるのが大事だな、と。

孤独な人にもオススメの「親友ノート」

岡:水島先生は『それでいい。』で、人間関係を「重要な他者」「わりと近い人」「それ以外」の3層に分けましょうという話をされていますよね。重要な他者との関係がうまくいっていれば他はどうでもいいというのが、すごくわかりやすい考え方だなと思いました。
 ただ、私自身、家族や肉親の縁と薄い生活をしていまして、重要な他者、愚痴の言い先がないのが悩みです。SNSにガーッと書くしかない。そういう人ってどうしたらいいですか?

水島: 私のおすすめは「親友ノート」ですね。自分の思ったことをそのままノートに書くだけでも楽になるんですけど、たとえば「私なんて死んだ方がいいんだ」って書いた後に、「もしこれを親友が言ったらどう思うか」という視点からも書くということを勧めています。自虐的になるのがなくなるわけじゃないんですけど、すごく気が楽になる。

岡:『うつヌケ』にも似たようなことが描かれてましたよね。1ヶ月後の自分のために「起こった事実」と「感想」を分けて日記を書いて、後から振り返るやつ。

田中: そうですね。水島先生の言う「親友ノート」のフォーマットは、フィクションを作る際にも役立ちそうですよね。ヒットを飛ばせる漫画家さんって、やっぱり個々のキャラクターへの感情移入がうまいんですよ。「親友ノート」を使うことで訓練になりそう。

岡:書いたり表現したりするということ自体、治癒に良さそうですよね。客観化されるから。

水島: 「治療」というのはまさにそういう行為ですよね。私は治療者というのは、外付けの自己肯定装置だなと思ってるんですよ。「卒業」がある治療を心掛けてます。

岡:「卒業」という話が出ましたけど、水島先生は「治る」ってどういう状態だと思っていますか? 双極性障害の治療のための通院をしていたときは、炭酸リチウムを医師の指示通りに飲まないといけないんですけど、薬を飲んでいる間の副作用がひどくて。例えば表情が硬直化するのでぎこちない雰囲気になったりします。それととても困ったのが、歩いていても街が綺麗に見えないんですよ。これまでカメラが趣味だったのに、全然撮れなくなっちゃった。主治医は「元の岡さんに戻ることが、治ることだ」とは言うけれど、薬を飲んでいる以上は「元の岡さん」とは言えないですよね。しかも、診断されたのはここ数年ですけど、双極性障害の症状は、振り返れば15歳のときから出ていた。となれば、ますます「元の岡さん」がわからない。「治る」ってどういうことなんだろう、とずっと考えているんです。

田中: ぼくがうつを抜けたときには「治った」という感覚はありましたよ。落ち着いて物事が見られて記憶力もよくなって、人に対して冷静に対処できるようになったというのがあって。でも、実は今年の2〜3月はかなり揺らいでましたね。

岡:それは本が出たことで?

田中: いや、気圧の問題かな。『うつヌケ」はすごく重版していたので、街をスキップしてもいいくらいうれしいはずなのに、こういう状態になるのか……とは思いましたね。「完全に治る」は来てないんだなと思いました。

「揺り戻し」が来たら、どうすればいいか

岡:貂々さんは病気というわけではないですけど、ネガティブで自己嫌悪する自分への揺り戻しは経験しましたか?

貂々: それは毎日戦いですね。私は水島先生から「人の100倍ネガティブ」と言われたくらいなので、ネガティブじゃない状態ってわからないんですよ。「治った自分」を知らないのが、逆にいいのかもしれない。

岡:リアルタイムで自分が更新されているんですね

田中: 岡さんは、パートナーができたら安定すると思いますか?

岡:一瞬はするかもしれませんが、自分のなかにぽっかり空いた穴はそれくらいじゃもううまらないと思いますね。

田中: 自分がうつを繰り返しているときは、独身で家に帰っても誰もいないというのがぼくは一番しんどかったですね。もちろん家族がいてもうつになる人だっているんですけども。

岡:「孤独」がうつを加速させるということはありますよね。私、猫を3匹飼ってるけど、孤独は全然癒されないですよね(笑)。かわいいし、生活のペースメーカーにはなるんですけど。

水島: 私は犬を飼っていますけど、犬はこちらに飛びついて歓迎してくれたりしますから、癒しになりますよ(笑)。というのは置いておいても、私が「治る」について聞かれたら、「元どおりになること」とは言わないですね。

岡:なるほど。

水島: ある人が病気になる時というのは、つまりそれまでの生活と自分がマッチしていなかったということですよね。ということは、せっかく病気になったんだから自分にもっと合った生活を探すきっかけにしてほしいなと思うんです。

岡:たしかにそうですね。

水島: もちろん一度「治った」としても、ストレスにさらされたり衝撃的な体験をしたりして、また具合が悪くなることもあるはずです。それでも再発をおそれるのではなく、「前よりもうまくいく」「次にいかす」きっかけにしてほしいですね。

岡:私は、「元の自分に戻りたい」と考えすぎて、病気になったからこそできることや考えられることを支えにして未来を作っていくという気持ちが欠けていたのかもしれないですね。

水島: 双極性障害についてはある意味、うつ以上に長く付き合っていく病気とは言えると思います。そういう中で、一回一回身につけて学んで、生活の質を徐々に上げていけばいいんだと思うんです。「病気になるのは人生の失敗」と思う必要はありません。さらに「孤独がうつを加速させる」という話も続けるんですけど、オススメしたいのが「パートナーの社会化」です。

岡:パートナーの社会化というと?

水島: たとえば私は、「この人はいいことやってるな」と感じた人がいたら、その人が知り合いじゃなくても、「励まされます」、「応援してます」とメールするんです。相手がどう思うかはわからないですけど、それをやると、かなり「つながり」を感じて明るい気持ちになりますよ。「さみしいときは与える」というのを心がけるといいかもしれません。  私は結婚していて子どももいますけど、これから子どもたちと仲違いして孫の顔を見せてもらえない可能性だってあります。でも、そういう時でも、公園で見守り活動とかをやれば、さみしくないと思うんですよね。この「パートナーの社会化」、「自分で居場所を作ること」については、10月頃本が発刊予定です。

(左)細川貂々さん、(右)水島広子さん

「怒ってる」は「困ってる」に言い換えよう

岡:水島先生から「治ってもぶり返すことはあるけれど、そこでまた自分と病気との付き合い方を改善していければいい」という話がありましたけど、みなさんは「あ、また調子悪くなってるな」というのをどう判断してますか?

田中: ぼくは自分のツイートの感じですね。ちょっと世の中の批判とかのツイートが増えたときは、「ああ、まずいな」って思います。

貂々: 私も同じですね。Twitterでブツブツ言い出すとダメ。

水島: 飲酒量とかあるかな。それと、部屋の綺麗さですね。もともと片付けが得意じゃなくて普段から乱雑な部分もあるんですけど、それでもやっぱりデスクの上に仕事ができる広さが保たれているかどうかが、自分の調子のバロメーターだなと思います。あと犬をなでてあげる回数。そういうことに気づいたら、とりあえず「立て直す」行動をとるようにしています。そうしたら心も戻ってくる。

岡:あー、行動を先にとるのが大切なんですね……!
 貂々さんも田中さんもTwitterがバロメーターということでしたが、本を書いてから、ツイートしにくくなった点とかはありませんでしたか? 私は自分が『自分を好きになろう』を出してから、あまりネガティブなことを書けなくなってしまって。読者から「全然変わってないじゃん」って思われるのが怖いという(笑)。もちろん、感情を穏やかに保つことの気持ち良さを知ったので、そもそもネガティブなことはツイートしないようになったところもあるんですけれど、誰も気にしていないだろう「自分のイメージ」に囚われている気もしてまして。「怒ってる自分かっこ悪いな」みたいな。

田中: わかります。前半でも言いましたけど、私は「うつヌケの田中圭一」という見方をされることへの据わりの悪さがどうしてもありますね。「もっとパロディーとか下ネタとかひどいの書いてる、まわりから訴えられてる田中圭一」というセルフイメージを大切にしたいので、あんまり綺麗なことを書きすぎないように気をつけてます(笑)。夏コミの原稿も、すごいの書きますから!

一同:(笑)

水島: 岡さんの言う「怒りという感情とどう向き合うのか」というのは大切な課題ですよね。私は「怒ってる」を「困ってる」と言い換えるようにしています。怒ってるときって、ようは何か困ってるんですよ。「自分はこう困ってます」と言うだけであれば、心の平穏を保ったまま発言できるし、対処できますよ。相手だって、「こういうふうにしてもらえますか」と言った方が、言うこと聞いてくれますし。

岡:なるほどなあ。自分がそうだからかもしれないですけど、うつに悩んでいる人って「怒りの逃がし方」が苦手じゃないですか?

水島: 「怒り」は良くないと思ってる人が多いかもしれませんね。だから、ためこんじゃう。

岡:貂々さんはどうですか?

貂々: 最近ちょうどイラっとすることあったんですけど、それをわかってくれる人に話して、すっきりしました。

田中: 日本にもっと「話を聞いてくれる人」が増えるといいですよね。以前、日本にはカウンセラーが少ない、それはスナックがあってママがいるからだって話を聞いたことがあるんです。ぼくは酒を飲まないので、スナックじゃなくてコンビニのカウンターにママがいてくれたらいいのに……と思います(笑)。

岡:コンビニにママ、いいですね。私はパパがいてほしいけど(笑)。今日は、楽に生きるためのヒントがいろいろ出てきて、私もすごく勉強になりました。ぜひ会場のみなさんも、自分の生きづらさと向き合うのに活用してください。

一同:(拍手)

(終わり)


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