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特集

【『江夏の21球』対談 松岡正剛 前編】山際の本質はそのエディターシップにある

新書『江夏の21球』刊行を記念した「今こそ山際淳司を読み直す」。今回のゲストは、雑誌「遊」やブックレビューサイト「千夜千冊」など、時代に合わせたメディアを生み出してきた編集工学研究所所長の松岡正剛さん。テレビ番組の収録で山際さんと出会った時に松岡さんは何を思われたのでしょうか? 「知の巨人」とも呼ばれる松岡さんから見た、ライター山際淳司の才能とは? 山際さんの子息である犬塚星司さんとの対談前編です。

山際淳司は「エディターシップ」を持っていた

犬塚: 松岡さんは以前「千夜千冊」で、『スローカーブを、もう一球』(角川文庫)について書いてくださっていました(https://1000ya.isis.ne.jp/0609.html)。  僕はもともと「千夜千冊」が好きで、松岡さんを存じ上げていたので、「うちの父親、松岡さんと一緒に番組に出られていたんだ!」とうれしくなりました。山際が亡くなったのは僕が11歳のときだったので、父がどういう方とかかわりがあったのか、全然知らなかったんです。

松岡: たしか「千夜千冊」で書いたのは15年くらい前ですね。今回は新書での再刊行だとか。

犬塚: はい。山際の「新刊」が出るのは約20年ぶりです。山際が亡くなってもう22年も経っているので、「忘れられた作家」となりつつあるとは思うのですが、今回の新書を機に、少しでも再発見されてほしいと思っております。  さっそくですが、松岡さんが山際と会ったのは、「若い広場」(※)の打ち合わせだったんですよね? ※1962年4月8日から1982年4月4日までNHK教育テレビで放送された若者向けのトーク番組・教養番組。山際が司会を務めた時期があった。

松岡: そうですね。僕は当時「遊」という雑誌の編集長をしていたのですが、その版元である工作舎という出版社にNHKのプロデューサーと山際さんがお見えになったのが最初ですね。初対面から好感が持てるような人だったのを覚えています。僕についてのリサーチが行き届いているというよりも、そのリサーチすら感じさせないような的確なコミュニケーションをとる方でした。  非常にさわやかに、ポイントを明確にパッパと指摘していく。その手際の良さは、ノンフィクションライター、インタビュアーとしての取材能力でももちろんありますけれど、僕がつねに重視している「エディターシップ」に属するものだと感じました。

犬塚: 初対面で、そこまで感じられたと。

松岡: 最初の5〜10分でわかりましたね。僕よりも2、3歳下だったように思いますが、この人は尊敬するに値する、というのがすぐ伝わってきました。

身体的なキレを持っていたから、言葉にもキレがあった

松岡: 山際さんとは「ジャンルごとの独特の言葉がおもしろい」という話で盛り上がったのが印象に残っています。たとえば競馬新聞を読むと「馬体」だとか「一馬身」だとか「重馬場」だとか、業界ならではの言葉がたくさんあります。また競輪でも「まくる」とか「バンクを上がっていく」とか独自の用語がある。株式用語などもね。ああいうのがおもしろいよねという話をしたんです。

犬塚: ああ、たしかに、そういうところに山際は目を向けていた記憶があります。

松岡: 言葉に対する細かいセンスに共通のものを感じて、会話を通じて山際さんも松岡正剛というエディターにさらに関心を持ってくれたんじゃないかなと思います。

犬塚: ディティールと、そこに宿る本質への関心が近かったということでしょうか。「若い広場」自体は、以前からご存知でしたか?

松岡: あまり知りませんでしたね。後からいろいろ知っていったんですけれど、珍しい番組でしたね。山際さんはノンフィクションライターだし、その後司会を交代した糸井重里はコピーライターだし、さらにその後任のいとうせいこうはエディターだし。そういう独自の番組としての空気感を一人で切りひらいたのが山際さんだった。「江夏の21球」もそうですけれど、新しいジャンルを作る方でした。

犬塚: 立場としては司会だったけれど、山際本人が番組構成にもかなりコミットしていたというのを、「千夜千冊」で書かれていました。

松岡: そう。こちらの意見を聞いたらすぐに「ああしましょう、こうしましょう」と明快に判断してくれるし、全体を組み立てるのも早かった。声自体もチャーミングで、アーティキュレーション(音の強弱)もエロキューション(発声)もいいし、他になかなかいない感じの司会でした。お父さんの声はさすがに覚えていませんか?

犬塚: 亡くなってから映像を見て……の記憶しかありません。それも「テレビ向け」の声なので、ふだんがどうだったか、記憶はあいまいです。

松岡: 身体的なキレを持っているからこそ、ライターとしても司会者としても言葉のキレがあったんだと思います。野球にたとえれば、「インハイの直球が来たらこうする」「すとんと落ちるシンカーが来たらこうする」というのを瞬時に対応できるキレ。

犬塚: 瞬発力ということですか?

松岡: 瞬発力というよりは、柔軟性に近いものです。山際さんの文章もよくよく考えてあのように書かれたというより、パッと「こう書こう」「頭ではこの話をしよう」「高校野球だったらここをポイントにしよう」という鋭い勘の判断の賜だったように思います。彼独特のものだったと思います。

犬塚: 技術というよりは感覚に近いものだったと。

松岡: コメントでも文章でも、フレーズ、センテンス、カギカッコ、句読点などに対する感覚が、すべて山際さんのなかにあった。もっと言えば、「ゲーム」というものの要領がわかっていたから、それができたんだと思う。

犬塚: なるほど。

松岡: でも、現代のスポーツライター、アナウンサー、コメンテーターにはその感覚があまりありませんね。先ほどの個々のスポーツ独特の言い回しという話につながりますが、それぞれのスポーツは文体、特有の()を持っています。テニスは15点ずつ変わっていくし、ゴルフはラウンドで変わるし、野球は表裏、守備と攻撃で変わる。その「変化」をつかむやり方が山際さんはわかっていました。

「オモシロ主義」ばかりの現在のメディア

犬塚: スポーツの書き手のなかで、山際のような人は他にいましたか?

松岡: 山際さんだけでしょうね。インタビューといえば、とにかくたくさん聞けばいいんだろと考えている人ばかりですから。まとめ方も、山際さんのように1回1回料理の仕方を試行錯誤して、包丁の切れ味を意識してみよう、盛り付けを変えてみよう、フォークじゃなくて箸で食べるように書いてみようといった、そうした挑戦を感じられる人はいませんでした。  昨年亡くなった平尾誠二さんはわかりますよね?

犬塚: Mr.ラグビーと呼ばれた方ですね。

松岡: 僕は平尾さんとは『イメージとマネージ』(集英社)という対談本を出すなど交友があったのですが、彼はよく「スポーツライターはつまらない」と言っていました。「試合が終わったときに、スポーツライターが『いかがでしたか? 興奮しましたか?』と聞いてくるけれど、試合が終わって興奮しているかどうかなんて、当たり前すぎる。そんなおんなじことばっかり聞いていたら日本はダメになるんじゃないですか」と。

犬塚: たしかに、今のヒーローインタビューなどを見ていても、そうしたオープンクエスチョンばかりが目立ちます。リアルタイムで聞くのは簡単ではないとは思いますが。

松岡: いまスポーツ番組で面白いのは、嵐の相葉雅紀くんが司会をつとめているNHKの「グッと!スポーツ」です。相葉くんがNHKのディレクターとともに、ゆっくりスポーツ選手を解剖していきますが、あれくらい変に「トロい」もののほうがおもしろい。翻ってプロがつっこんでいるものでおもしろいのはなかなかない。そうした番組に山際さんのような人が再び登場するといいんですが。

犬塚: はい。

松岡: いま「トロいもののほうがおもしろい」という話をしましたけれど、現在のテレビやメディアではテンポやノリが重視される「よしもと」的なオモシロ主義ばかりが席巻しています。一方、知的で、シャープで、スマートで、深くてかっこいいというものは生まれていない。

犬塚: 教養が軽視されている、と。

松岡: 山際さんは、それをきちんとやっていました。スタイリッシュなアナウンサー・パーソナリティはたくさんいるけど、誰も山際淳司には及びません。いまのテレビでオモシロ主義ばかりをやっているのが、僕は本当に大嫌いで。そこに悩んでいるならまだ救いはありますが、作り手も出演者もそんなことに考えが及んでいない。立川談志は本当に悩んでいたから良かったんですが。

人間と出会わないと、つかめないものがある

松岡: 人間というものから言葉を取り出し、ドラマを持ち出し、読んだ人に江夏の眼差しまで感じさせる。直接書かれていなくても、江夏がロージンバッグに手がいく感覚までもがわかる。山際さん自身にも、山際さんが書かれるものにも、そうした感性が宿っていました。  それに対し、最近の日本のエディターは最悪です。中身もない、勉強もしてない、礼儀知らず、魅力が足りない、すぐ人に発注する。著者や対象からどういう関係をトリミングするかということを、ドキドキしながら考えもしない。95%くらいは失格でしょう。

犬塚: 背負っている時代の違いというのもあるのかなと思います。学生紛争が、自分たちの日常に当たり前にあったような時代と、ただただバラエティ番組だけを観ている時代と。

松岡: そうですね。インターネットやスマートフォンも登場しましたからね。山際さんが生きていたら、今おいくつになるんですか?

犬塚: 68歳ですね。先日重松清さんにお話をうかがった際に、「山際淳司がインターネットに出会っていたらどうだったか」という話をしました。

松岡: 十分対応されたでしょうね。僕は今インターネットで見ているなかでは、「NewsPicks」がおもしろいと思うんですけど、山際さんがネットをやっていたら、あれくらいのものは作り上げたんじゃないかという気がします。  「NewsPicks」ではほぼ毎晩、上がってくるユーザーの声の順番やバランスをちょっとずつ変えるエディティングをして、200万人を超える会員数を獲得していると言います。記事の書き方も、イシューの組み合わせをかなり工夫している。個々のイシューを前に持って来たり後ろに持って来たり横に持ってきたり、いろいろ試行錯誤しているんですね。東洋経済オンラインの元編集長である佐々木紀彦くんというのが初代編集長を務めるサイトなんですが、彼が育ててきた子たちも優秀です。

犬塚: 紙の雑誌編集部とは違ったかたちで、エディターシップが受け継がれていると。

松岡: 山際さんが現在までご存命だったら、ひょっとしたら、ソロのライターからオーガナイザーへと進んで、ネットサービスの1本くらい大成功させていたんじゃないかと思うんですよ。そういう好みがあったかどうかはわかりませんが。

犬塚: いや、山際はそういうことにも興味があったと思います。それこそ、僕の子どものころからMacが普通に家にありました。

書き手の能力を測る「飽きる力」

松岡: それと山際さんには「飽きる力」もあったように思います。

犬塚: 「飽きる力」とは、どういうことでしょうか?

松岡: 優秀なジャーナリストは、3か月で取材対象に飽きるんですよ。ピンク・レディーであれ井上陽水であれ長嶋であれ、3か月追いかけて、追いかけ尽くして、新しいことに取り掛かれる必要がある。山際さんはそれがもっと早かったんじゃないかな。2、3か月でワンセットを終えられるから、次から次に新しいことができる。  これができる人っていうのは、次にピンク・レディーになりそうな人や井上陽水になりそうな人を見たときにも「その先」が見えるんですよ。この人はすごいとか、ダメだとか、普通だとかがパッとわかる。池上彰さんも、そういうタイプですね。

犬塚: 膨大な対象を見てきたからこそ、先が見えるようになる、と。

松岡: といっても、毎回徹底的に調べ尽くしているということではなく、蓄積によって肌感覚で理解しているんです。  山際さんはスポーツの領域を中心としていましたけど、もうちょっと長く存命なら、スポーツ全体にも飽き気が来たかもしれません。少なくとも、メジャースポーツでない分野に主軸を移していたでしょう。ボルダリングなどについて、今のジャーナリストはろくなこと書いていませんが、山際さんが生きていたら違ったように思いますね。

犬塚: たしかに、山際のマイナースポーツの切り取り方は多くの方から評価をいただいています。マイナースポーツについては、競技そのもの以上に、競技をやっている人そのものに接近するというおもしろさがありますよね。「新しいジャンルを作る力があった」という話もされていましたけれど、それは松岡さんの目から見ると、意図的なものだったのか、気付かずにやっていたのか、どちらでしょうか。

松岡: もちろん意図的に見えます。山際さんにメディエーション――メディア化の才能があったと思うのは、意図を持って新しいジャンルを切りひらいていたからです。  メディエートするには、対象の特徴検出ができないといけない。テニスならテニス、野球なら野球、そこからさらに個々の選手――マイケルジョーダンや長嶋、江夏――を見て、その奥にある普遍的な認知特性を見抜き、それを続けて取り上げていく必要がある。メディアは一回性のものではないですから。

犬塚: ただ個々のスターの個々の業績を漫然と取り上げても、メディアとしては成立しないと。

山際: それが「Number」であれ、テレビであれ、5分番組であれ、あるいはコラムであれ、写真のキャプションであれ、メディアの中で必要な情報の検出は、相当自覚的にやっていたでしょうね。

(つづく)


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