対談 『恋を積分すると愛』より
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『トリガール!』映画化記念対談 土屋太鳳×中村航
撮影:ホンゴ ユウジ 構成:吉田 大助 ヘアメイク:永瀬 多壱(VANITES) スタイリング:KOSEI MATSUDA(SIGNO)
鳥人間コンテストを題材にした中村航さんの長編小説『トリガール!』が映画化され全国公開される。二人乗り人力飛行機のパイロット候補・鳥山ゆきなを演じたのは、土屋太鳳さん。NHK連続テレビ小説『まれ』でのたおやかな演技はどこへやら、坂場センパイに毒舌&変顔でツッコミまくる。原作者と主演女優が初めて膝を突き合わせ、鳥人間コンテストの魅力や作品について熱く語り合った。
◆ ◆ ◆
中村:土屋さんとは、琵琶湖湖畔でお会いしたのが初めてですよね。「鳥人間コンテスト2016」で、『トリガール!』のモデルになった芝浦工業大学のTBT(TeamBirdmanTrial)の応援にも来ていただいて。
土屋:鳥人間コンテストは、子どもの頃からテレビで観ていました。その時も感動していたんですが、現場に行ったら比べ物にならないぐらい感動してしまいました。
中村:TBTの機体は去年すぐ落ちちゃったんですけど、感動しましたか?
土屋:もう、ものすごく! テレビだと、飛ぶ前の物語と飛んだ瞬間の物語は描かれるんですけれど、機体が落ちてしまった後はどうしているのかって観られないじゃないですか。
中村:テレビではなかなか映らないシーンですね。
土屋:みなさんが泣きながらその作業をしている姿を観た時に、そんなにも悔しく、一生懸命になれるってなんて素敵なんだろうと思って……。他のチームで、遠くまで長く飛んだ機体があったんです。湖に落ちた後、パイロットの方が「今の気持ちはどうですか?」というインタビューを受けている時に、息は上がって体もふらふらで。空を飛ぶって、本当に大変なことなんだなって感じました。
中村:ディスタンス部門(「人力プロペラ機ディスタンス部門」)は、飛べるところまで飛ぶ、という競技ですからね。何十キロも飛ぶようなチームのパイロットは、最後の最後までエネルギーを出し尽くしてますね。
土屋:その「出し尽くしている」姿にも、本当に感動しました。たくさんのチームが飛ぶ姿を観ながら、私たち『トリガール!』の映画チームも中途半端なことはできないな、自分たちも限界を超えないとなって思ったんです。
中村:大会当日は、『トリガール!』の撮影もあったんですよね。
土屋:はい。プラットホームに上がらせていただきました。
中村:プラットホームは、毎年七月になるとちょっとずつ組み上がっていって大会本番直前に完成する、琵琶湖の風物詩なんです。物体としてもかっこいいんですよね。花道を歩いて上がったんですか?
土屋:歩きました。花道が青色で、上がっていくとまっ赤な絨毯で……。
中村:飛び立ちやすいように先端が下がっているから、ちょっと怖いですよね。
土屋:でも、最高に気持ち良かったです。昼は遠くから観ていた場所に、自分が今立っている。夢の中にいるみたいでした。
中村:映画の終盤に出てくる、プラットホームから夕日を観るシーン、ものすごく綺麗でした。
土屋:あのシーンを撮影したのは、鳥人間コンテストが終わった日の夕方なんです。あそこから空へ「飛びたい!」って真剣に挑戦していた人たちの思いを感じて、切ない気持ちになりました。
中村:兵どもが夢の跡、ですね。鳥人間コンテストに参加するチームって、プラットホームから飛び立つ一回のフライトのために、残りの三六四日はずっと機体の製作や試行錯誤をしている。僕もこの小説を書いていた時、同じような感覚だったんですよ。「早く空を飛びたい!」と思いながら地上の話を書いていって、ようやく〈ゆきな〉がプラットホームに立ったシーンに辿り着いたとき、自分も立ったような気持ちになったんです。
土屋:一緒に空を飛んだんですね!
中村:飛びましたね。ゆきなが力強くペダルを漕ぐみたいに、パソコンのキーをいつもより押圧高く、叩いて書きました。そうやったからって、何も変わらないんですけどね(笑)。
ラブストーリーのラブ、だけじゃない
土屋:『まれ』で共演させていただいた鈴木拓さんが、バラエティ番組の企画で鳥人間コンテストに挑戦したんです。
中村:ああー!「滑空機部門」でしたよね。スーツ姿で、サラリーマンの格好をして飛んでいた(「鳥人間コンテスト2014」)。
土屋:知っている方が出るということで、今までとは少し見方も変わって熱が入って。そんな時に『トリガール!』の映画のお話を聞いたので、とっても嬉しかったです。
中村:僕は芝浦工業大学出身なんですが、一〇年ぐらい前から母校の学生たちと話す機会を持つようになって、そのときTBTという団体のことも知ったんです。パイロットの学生に話を聞いたり琵琶湖に応援へ行ったりもして、この題材でいつか小説を書こうと思っていた。たまたまなんですけど、TBTが二人乗りにこだわっているところが、中村航と相性が良かったんです。二人で飛ぶってところが、この物語を生んだので。
土屋:一人ではなくって。
中村:そう。ただし、二人乗り人力飛行機って言っても、飛ばなきゃ話にならない。最初の頃は二人乗りなんて、冗談だと思われていたんですよ。単純計算でパイロットの重量が二倍になるわけで、そんなもので遠くに飛べるわけがない。「ネタ」でやっているんでしょう、と。でも、チャレンジを重ねるうちにだんだん遠くまで飛ぶようになってきて。優秀ですよ、彼らは。工業大学ですからね。合コンしたくない大学ランキングに入ることはあっても、エンジニアリングで負けるわけにはいかない(笑)。
土屋:そうだったんですね。
中村:二人乗りのパイロットの一人をガールにすることで、ラブだって生まれるだろうと。「男女二人で競技をする」なかで生まれるラブは、普遍的でもありながら、新しいものにもなり得るんじゃないかと思った。
土屋:だからなのか、ゆきなちゃんを演じてみて思ったのは、「単なるラブストーリーのラブじゃないな」って。いろんなラブの種類を感じたんです。
中村:チームや競技への愛とか? そもそも、飛ぶってことは愛なんですよ。大空への愛なんです。……あれ? いいこと言ったつもりだけど、そんなでもなかった?
一同:(笑)
中村:映画でも、コックピットのゆきなと坂場先輩が口喧嘩しながらペダルを漕いでいるシーン、すごく良かったですよ。汗だくでね。
土屋:本物の汗でした。
中村:ディスタンス部門のパイロットって、片道飛行だからか、どうしても悲壮感が出ちゃうんです。でも、TBTには「楽しく飛ぶ」ってコンセプトがあるらしい。二人だったら楽しみながら、励まし合いながら、一人で飛ぶより遠くまで飛べるかもしれない。その楽しい感じが、映画にもよく出ていましたね。
人力飛行機は映画作りと似ている?
中村:鳥人間コンテストの番組って、飛んでいる時の映像は、機体の内側に付けたCCDカメラがメインで、「外」はあまり映らない。でも、人力飛行って「外」にいるスタッフも含めて一緒に飛ぶ、チームで戦う競技なんです。
土屋:そこの部分もしっかり、『トリガール!』には組み込まれていますよね。パイロット以外のみんなの物語がちゃんと描かれているところが好きだな、素敵だなって思うんです。
中村:パイロットって花形のポジションではあるけれども、言ってしまえばただのエンジンなんです。飛行機の部品のひとつにすぎない。他のメンバーは部材を使って飛行機を作り、パイロットは自分の肉体を使ってエンジンを作り上げて、最後に一体化して飛ぶんです。
土屋:映画作りと似ているなって思います。私たち俳優は、現場に行ってお芝居をするのが仕事です。その現場を作るまでには、プロデューサーさんが企画を立ち上げてスタッフさんを集めて、美術のセットを作ってマイクや照明をセットして……と、たくさんの人がものすごい時間をかけているんです。
中村:そっか、俳優がエンジンなんだ。
土屋:そう感じました。だからこそ、私たちはスタッフのみなさんの思いをしっかり受け取って、ちゃんと飛ばそうと。すごく愛情のある現場だったんです。
中村:チームでモノを作るのって、凄く大変だろうし、そこに愛情があるのは素晴らしいことですね。小説を書くのって圧倒的にひとりで、何もかも自由だし、自分には向いているんだけど、過程を誰かと共有したいと思うことはあります。
土屋:小説を書いている時は、次はどんなことを書こうっていう言葉が見えてくるんですか?
中村:勢いに乗ってすいすい書く、ということはないですね。じっくり考えて、一行一行ずつ、というふうにしか書けない。土屋さんのブログの文章も格調高いというか、すごく丁寧に書かれていますよね。
土屋:いろいろな言葉を知っていればもっと短くまとめられるんだろうなと思いながら、長々と書いてしまいます。
中村:ちゃんと理解してもらいたいとか、ちゃんと説明しようっていう意識があるってことじゃないですか。
土屋:言葉にしないと伝わらないことっていっぱいあると思うんです。でも、それを喋ろうと思うと言葉に詰まってしまう。いろんな方向から気持ちと言葉がわっと来るので、どこからどの順番で伝えればいいのか分からなくなってしまって……。言葉を整える時間が欲しいタイプなので、文章でじっくり伝えられる場所があって良かったなって思います。
中村:僕にとっての小説がそれだな。僕も喋る時はたいてい「おれは今何を言ってるんだ?」と自分で混乱しながら喋っている。でも、だからこそ書くことに向かう、という側面もあって……。小説家でも普段から饒舌に話すタイプの人もいますけど、話し言葉だとうまく表現できないっていうタイプの人も多いと思います。
二人が付き合う可能性、ありますか?
土屋:この本には、『トリガール!』のスピンオフが二本収録されています。映画の中で、ほぼなんの説明もなしに轟二郎さんが出てくるじゃないですか。鳥人間コンテストと轟二郎さんがどう繫がっているのか、勝手に「布石」を打っておきました(笑)。ゆきなの友達で同じサークルの、和美ちゃんの話も書きたかったんです。
土屋:和美ちゃんの坂場センパイに対する気持ち、きゅんとしました。もう一本のスピンオフは……部員の「マイメロちゃん」を好きだった男の子達が、みんなでサンリオピューロランドに行っていました。
中村:サークルの姫、マイメロちゃんについても絶対書こう、と思ったんだけど、マイメロディのことを自分は何一つ知らないことに気付いて……、それでピューロランドに初めて行ってきたんです。そうしたら超絶、楽しかった(笑)。小説の内容も、マイメロディのことを何も知らない男たちが、ピューロランドに行く話になりました。小説の中で鳥人間コンテストをテーマにしたのは『トリガール!』が初めてだし、サンリオピューロランドが出てくるのもどうやらこれが初めてらしいです。
土屋:そうなんですね!
中村:あとはパイロット以外の、ツナギを着ていたメンバー達の話を書こうと思ったんですよ。ゆきなちゃんも最後にちょっとだけ、坂場センパイと自転車を漕ぐシーンで出てきましたが……あの二人はあの後、どうなるのかなぁ。ゆきなを演じてみて、どうでしたか? あの二人が付き合う可能性は感じましたか。
土屋:付き合う可能性は……、なかったかなぁ。
一同:(笑)
土屋:喧嘩して殴り合って、思いを分かち合った「男の友情!」みたいな感じがします。
中村:いいですね! 男の友情から発展するめくるめく恋! いや、ないな(笑)。
土屋:でも、「もしかしたら?」って想像するのが楽しいです。
中村:『トリガール!』の本を出した時、鳥人間コンテストに参加しているみなさんにすごく喜んでもらったんですよ。自分たちのやっていることを、多くの人に知ってもらいたいって思いが、彼らに共通してあるみたいで。それが今回、映画になった。しかも土屋さんが役を引き受けてくださったということで、コンテスト側の人間はみんな土屋さんに感謝しています。毎年挑戦は続いているので、もし良かったら鳥人間コンテストのことを追い掛けてみてください。……いつの間にやらコンテスト側の人間として発言していますね(笑)。
土屋:今年も、TBTのみなさんを初め他のチームのみなさんも大きなフライトになるよう、祈って応援しています。
中村:僕は今年も琵琶湖へ応援に行ってこようと思います。作中にでてくるスタビライザー付きの双眼鏡も持っていきます(笑)。
※別内容のおふたりの対談を、「小説 野性時代 2017年9月号」で読むことが出来ます。