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特集

【対談 河野通和×辻山良雄 前編】本が教えてくれたこと

撮影:渡辺 愛理  構成:平松 梨沙 

数ある雑誌メディアのなかでも、さまざまなテーマと魅力的な切り口で、読者を魅了していた雑誌「考える人」(新潮社)。惜しまれながら今年4月に休刊となった同誌の2代目編集長が、現在「ほぼ日」に所属する河野通和さんです。河野さんが「考える人」編集長時代に配信したメールマガジンをまとめた『「考える人」は本を読む』(角川新書)の刊行を記念して、荻窪の書店「Title」店主の辻山良雄さんとの対談が実現。長きにわたり出版界を見てきた2人が語る本や雑誌の魅力とは。
(Titleにて開催されたイベント内容を再構成したものです)

一冊一冊が、性格の違う子供のようなものだった

辻山良雄(以下、辻山): 今日はお足元の悪い中、お集まりいただきありがとうございます。私は書店「Title」店主の辻山です。今日は『「考える人」は本を読む』の刊行記念ということで、著者の河野通和さんにお話を聞いていきたいと思います。

河野通和(以下、河野): よろしくお願いいたします。

辻山: 河野さんは1978年に中央公論社(現中央公論新社)に入って編集者人生をスタートし、かれこれ40年のキャリアを持っていらっしゃいます。「婦人公論」や「中央公論」の編集長を歴任した後、新潮社へうつり、雑誌「考える人」の編集長となりました。「考える人」の編集長は何年務めたのでしょうか?

河野: 2010年7月からなので……6年9か月ですね。「福岡伸一と歩く ドリトル先生のイギリス」という特集の2010年秋号が、私が最初に編集した号です。ちょうどその前の号が村上春樹さんのロングインタビュー特集でした。『1Q84』を出して間もない村上さんを箱根にお連れして、前任者の松家仁之さんが徹底インタビューしました。それを置き土産にして、編集長を引き継いだのです。松家さんと僕で、結果的にほぼ半々ずつ「考える人」を作ったかたちになりますね。

辻山: それぞれの号にいろいろな思い出があると思いますが、印象に残っているものはありますか?

河野: そうですね……。一冊一冊、性格の違う子供たちのようなもので、どの子がかわいくてどの子が憎いというのはないんですよね。いいところを探せば見つかるし、これはもう少し努力できたな、と思う点もある。売れて、しかも満足感100パーセントという号はなかなかありません。幸いにも多くの方に「よかった」と言ってもらえたのは、「オーケストラをつくろう」の号(2014年秋号)ですね。これはちょうど50号記念だったこともあり、考えられないくらい厚い号にしました。構想の時点で、編集部のメンバーが「もうわかったわかった」と言うくらい、私の熱が入っていました(笑)。

辻山: ああ、覚えています。私は当時、大型書店の「リブロ池袋本店」に勤めていたんですが、50号については多くのお客様からお問い合わせをいただきました。普段から「音楽と人」「音楽の友」などのクラシック雑誌を読んでいるコアなファンではなく、なんとなくオーケストラやクラシックが好きだけど今まで雑誌までは買っていなかった……という方が多かった印象ですね。 「考える人」はどの号も、普段専門雑誌を読むほどではないけれど、その特集に少しは興味がある……という方に「入り口」を作ってくれていましたね。私が一番好きな号は、山極寿一さんのロングインタビューを掲載した「家族ってなんだ?」(2015年冬号)。山極さんは、サル学の先生ですね。

河野: そうそう。ちょうど山極さんが京都大学の総長に選ばれて、これからゆっくりお話を聞けるチャンスが少なくなるだろうというタイミングでした。「オーケストラをつくろう」の号を作って精も根も尽き果てていたところもあったんですが、総長選のニュースを聞いて慌てて山極さんに電話をして依頼しました。「家族」の話って、社会問題としてやりすぎると新聞みたいになってしまうでしょう。人間の家族がどのような形で営まれてきたか、共同体とはどのようなものだったのかという、僕らが見えなくなってきている部分を、ずっとゴリラと共に暮らしながら研究してきた山極さんに、やわらかく語ってほしいと思いました。

辻山: 人間と猿の家族を対比させて語っていましたね。とてもおもしろい号でした。

河野: 山極さんは私たちより少し上の世代で、国立(くにたち)高校のご出身です。学園紛争で荒れた時代の高校生ということもあって、日本社会が作り上げてきた「家族」という制度は否定し乗り越えなければならないと思ってきた世代です。親の言うことを聞くのではなく、どう反発するかを考えながら、人格を形成してきた。そんな時代に生まれ育った山極さんが、東京の大学ではなくあえて京都大学に行って、年がら年中、動物の観察をして、アフリカに行ってゴリラと接して、そこで初めて「家族はいいな」と思ったんですね。研究を通じて、自身の家族観が変わっていったと。その開眼までの過程と、ゴリラに見られる家族の原型をからめながら語っていただいたらきっとおもしろいと考えたのです。

雑誌は、早く作りすぎてもいけない

辻山: 毎号、さまざまな興味関心を引き出してくれる雑誌でした。「考える人」は季刊で、3か月に1回の出版でしたが、1冊が世に出たらすぐに次の企画が走り出すといったスケジュールだったんでしょうか?

河野: そうですね。雑誌というのは、時代の空気とともにあるので、あんまり準備して作るというのもいけないことのように思えてしまうんです。なんだか「怠け者の言い訳」のように思われるかもしれませんが、僕は実際そう感じています。編集している間にも世の中の気分、時代の雰囲気は変わるので、余裕を持って前倒して……という作り方にはなりませんでした。読者の方には、かなりの時間をかけて余裕を持って作り上げているのだろうという美しい誤解をいただいていたようですが(笑)。

辻山: 「そのときの勢い」というのも結構大事なのですね。取り上げる企画に関しては、さまざまな編集部員の方から募っていたんですか?

河野: 雑談などからですね。そもそも「考える人」には、新潮社生え抜きである前任者の松家さんが学芸系の書籍編集部の部長となったときに、「うちの部でも雑誌を持ちたい」と考えて立ち上げたという経緯があります。私が入社したときには、創刊にかかわったいわば「松家組」のみなさんが、すでにいろいろな部署に散り散りになっていました。

辻山: 「考える人」の編集部があったわけではないのですね。

河野: いろいろな方が他の業務と兼任して、作っていたんです。なので僕のように外から来た人間にとってこの体制は難しい……そこで、一人を「考える人」の専任にしてもらって、編集長と専従1名、それから兼任の部員というかたちで、スタートしました。とはいえ、他の編集部員はやはり各部署での仕事の比重が重くなっていましたので、これが悩ましいところでした(笑)。最終的には専従が3人になりました。もっとも、その間にウェブを立ち上げたりしましたので、忙しさは加速する一方でしたね(笑)。

辻山: (笑)。

河野: なので、できるだけ編集部員の発意は尊重しました。「やりたい」という提案に対して、私がヘンな口出しをして方向性を決めていく(笑)……という流れが多かったですね。

ネットとのかかわりを経たからこそ見えたもの

辻山: 元をたどれば、河野さんが「考える人」の編集長に選ばれた経緯はどのようなものだったのでしょうか? 

河野: 当時、新潮社では外部を含めて松家さんの後任を検討していたようです。ちょうどぶらぶらしていたのが私だった、ということでしょうか(笑)。入社する前は30年勤めた中央公論新社を辞めて、若い人が立ち上げたネットメディアの会社を手伝っていました。中央公論新社を辞めたころには54歳を迎えていたわけですが、現場を離れ、編集者というよりも経営の仕事がメインになっていました。このあと定年までウン年。こういう管理職の仕事だけして編集者人生を終えるのは「ちょっと違うな」と思ったんです。それで「区切りをつけるために辞めます」と言って退職しました。

辻山: なるほど。

河野: まあ勤続30年で単純にキリがよかったのと、その頃、サザンオールスターズが結成30年で活動休止すると言っていたんですよ(笑)。「世間の風もそう言っている!」と思って辞めました。後のことは何も決めていなかったのですが、ほどなく縁あってインターネットメディアにかかわり、最終的には新潮社からの誘いを受けて、2010年6月に入社するという流れです。

辻山: 松家さんとは以前からお知り合いだったのですか?

河野: はい。元からよく知っていましたし、実は中央公論新社を辞めたときにも会う機会がありました。立ち話をしたんですけど、「辞めるとき大変だったんじゃないですか?」とか、いろいろ聞かれたんですね。なので、松家さんが退社し、その後任として私が入社するというのに、ある種の縁を感じました(笑)。

辻山: インターネットのメディアにはあまり未練はなかった?

河野: インターネットの世界はおもしろかったんですけれど、そこで私が何をやるかと言うと、プログラムを書くわけでもないですからね。インターネットと活字の接合には関心があったけれど、自分自身が仕事をして世の中とつながっていくのは、最終的には活字の世界だろうなと思っていました。インターネットとのかかわりは続いていくにせよ、自分の港になるのは活字の世界だろうと。だから、新潮社からの「考える人」編集長の話を引き受けることにしたんです。

(つづく)


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