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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.6

【連載第6回】東田直樹の絆創膏日記「かごの中の鳥」

東田直樹の絆創膏日記

『自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>第5回 謝ることと、許すこと

 店員さんに、いらいらして怒っているお客さんがいた。時間がかかり過ぎだ、手際が悪いと、どれだけ自分が待たされているのかを抗議している。待たされている時間が無駄だと言う。「早くして」とお客さんが催促しても、店員さんは、お客さんの要求するように動くことができないという構図である。
 このような場面に自分もいた場合、どちらの味方になるかは、今の自分の置かれている立ち場によって、違って来るのではないだろうか。
 誰が悪いか、一概には決められない。それは、両者とも法律に反しているわけではないからだ。店員さんは、自分なりに一生懸命にやっているが、他の店員さんに比べて仕事が遅い。お客さんのクレームも、それほど無茶な要望ではないが、言葉にトゲがある。悪いというなら、両方悪い気がする。はっきりしていることは、どちらも良い対応、態度ではないということである。
 両者とも、自省するべき点があるだろう。
 店員さんは、もっと早く仕事ができるような努力と工夫をする。お客さんも、もう少し気持ちに余裕を持つ。結論としては、これが一番いいまとめになるのかもしれない。
 そうすれば、お互い嫌な思いをすることはなかったのだろうか。けれど、簡単に実行できないのが人間である。だから、また、同じもめ事が起きる。心の中は不平不満でいっぱいになり、火山の噴火みたいに時々爆発しては火山灰を周りにまき散らす。泣いたり怒ったりしているのは、自分だけのつもりかもしれないが、嫌な空気は、周囲にも広がっている。

 きれいな紅葉を見ると感動する。黄色や赤の葉っぱは、緑色とは違う美しさがある。
 はらはらと落ちる葉っぱ、これが命の終わりなのだ。僕は一枚の絵画を見た時のように、この情景を記憶の底に仕舞い込む。
 紅葉が美しいのは、最後には、すべて散ってしまうからだろう。今の時期にしか見られない、限りある美しさが人の心を魅了するのだ。
 僕は、散っていく葉っぱを見ている間、何も考えていない。何も考えられない。何も考えてはいけない。そう、頭の中は空っぽになる。
 葉っぱが散る、散る、散る、散る。
 葉っぱが落ちる、落ちる、落ちる、落ちる。
 落ちた葉っぱの上に、次の葉っぱが積み重なる。それを運ぶのは、風の役目。ここにいてはいけないと、やさしく肩を抱き、最後の旅へ連れ出してくれる。
 僕は、その様子を目で追う。何度も見ている風景なのに、初めて目にした子供のように、目をそらすことが出来ない。
 一枚、一枚、葉っぱは散っていく。最後の一葉になる頃には、もう誰も紅葉に感動してはいない。見てはいけないものを見てしまったかのように、みんなは肩をすぼめ、目をふせる。
 いつか自分にも、同じ時が訪れる。だから、最後の一葉は、視野に入れてはいけないのだ。
 自分の番を後回しにするために、空っぽの頭に現実を呼び起こす。
 さようならの言葉は、まだ言えない。

 来年のカレンダーを買う時期が来た。
 僕は、スケジュールに対するこだわりが強いので、家では壁にカレンダーはかけないようにしてもらっている。カレンダーをかけていると、日付の下に予定を書きこんでしまうからである。いつも目にする所にそれがあると、スケジュール通りに行われたかどうかが気になり過ぎて、自分で何度も確認したり、家族に聞いたりしてしまうのだ。予定を知るためにカレンダーを見ているはずなのに、いつの間にかカレンダーに書かれているスケジュールの終了を確認する目的でカレンダーを見る、という本末転倒の状態に陥り、そのこだわりの方が強くなってしまう。
 だから、カレンダーに書き込まなければいけないような大事な予定は、手帳に書いてもらうようにしている。忘れてはいけないスケジュールは、時々手帳を見て確認する。ちょっとしたことだが、これによって、僕の日常のストレスは、大幅に軽減した。
 カレンダーの数字というのは強烈だ。僕にとっては、単なる日付の表示ではない。
 カレンダーを見ていると、いたたまれない気分になる時がある。僕の一日は、こんな小さな枠の中に押し込められるはずがない。ばかばかしいと思われるかもしれないが、自分が、かごの中の鳥になったような気がして、息苦しくなってくるのだ。
 僕の場合、予定は知りたいけれど、表示はしてほしくないのである。
 わかりやすく便利なものは、誰にでも有効だと信じて疑わない人がいる。何に負担を感じるかは、人によって違う。
「そんなはずはない」という考えこそ、相手にストレスを与えていることを知ってほしい。

 起きることには必ず理由があると思っている人がいるが、僕は、どちらかといえば出来事のほとんどは、たまたま起きたことだと考えている。
 理由を後付けするのが、人間の思考の特徴ではないだろうか。その方が、自分にとってプラスだからだろう。
 行動というものは、自分の意思によって決定されると多くの人は思っている。だから、今の行動は正しかったと、いつも確認しておきたいのだ。行動を肯定し、モチベーションを高め、生きる意欲につなげたいという気持ちはよくわかる。
 けれど実際は、正しさと行動は、それほどリンクしていないのではないか。その差を埋めるために、自分の行動を自分自身に説明する必要があるのだろう。それは、いいことか悪いことかと聞かれれば、僕はいいことだと答える。
 何かにすがって生きるのも、自分の行動に理由づけするのも、よりよい人生を送りたいと願う気持ちの表れのような気がする。
 だが、僕は、起きた出来事については脚色せず、できるだけそのまま受け止めるようにしている。起きた出来事に自分の思いや感情まで入れると、物の見方にゆがみが生じると思っているからである。つまり、自分の都合のいいように出来事の方を変えてしまい、満足する恐れがあるのだ。そうなると、出来事が自分に与える影響も、間違って認識してしまう。
 出来事をそのまま受け入れることで、自分のありのままを肯定できる。それが僕の前向きな生き方に繋がっている。

 
 

連載「東田直樹の絆創膏日記」は毎週水曜日に配信します。第7回の更新は12月27日の予定です。


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