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レビュー

ベスト・オブ角川ホラー文庫アンソロジー第2弾。ホラー歴史に名を刻む傑作――『恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション



『恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション』 文庫巻末解説

解説
朝宮 運河(ライター・書評家)

 一九九三年に〈ホラー〉の語を冠した日本初の文庫レーベルとして創刊され、以来約三十年にわたって、わが国のホラージャンルの発展と併走してきた文庫レーベル、角川ホラー文庫。
 本書はその全収録作から、珠玉のホラー短編を精選収録したアンソロジー「角川ホラー文庫ベストセレクション」の第二弾である。
 今春(二〇二一年二月)刊行したシリーズ第一弾『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』と同じく、国産ホラー小説の面白さと豊かさにあらためて触れてもらいたいとの思いから、既刊を机のまわりに積み上げて編纂作業にあたったが、『再生』と『恐怖』では若干の相違点もある。まずその点をご説明しておこう。
『再生』では角川ホラー文庫が初出、または文庫初収録となる作品を中心に目次を作成したが、今回は対象範囲をさらに広くとり、角川ホラー文庫の個人選集や傑作集に再録された作品も含めることとした。その結果、ツイッター上で実施されたアンケート企画(詳細は後述)で多くの票を集めた、小松左京の名作をラインナップに加えることができた。
 また『再生』がどちらかというと怪奇・心霊的な要素の強いホラーが中心だったのに対し、『恐怖』ではSFやミステリとのボーダーラインに位置するような作品も積極的に取りあげている。『再生』と『恐怖』の二冊を併せ読むことで、約三十年における国産ホラージャンルの成熟と、角川ホラー文庫の守備範囲の広さを感じていただけることと思う。以下、収録作について簡単にコメントを付す。

 恐怖という感情が欠落した男と、そんな彼に強い関心を抱く友人。二人の間でおこなわれた実験はそれから十年後、衝撃的な幕切れを迎える。「恐怖」は『ウロボロスの偽書』などの迷宮的ミステリで知られる鬼才・竹本健治が二十代の頃に執筆した短編で、作品集『閉じ箱』に収録された(現在は角川文庫)。作中で展開される〝恐怖とは何か〟という議論や、行間から滲み出る異様な雰囲気など、十ページに満たない作品ながら不穏な竹本ワールドの魅力が凝縮されている。
 昨年秋、「角川ホラー文庫ベストセレクション」の企画を立ち上げるにあたり、角川ホラー文庫編集部公式ツイッターが〈最恐ホラー短篇〉と銘打ったアンケート企画を実施した。その際、もっとも多くの票を集めたのが日本SFの巨匠・小松左京の諸作であった。そこで本書では一九九三年刊の『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』から、大胆な発想をそなえた怪奇小説「骨」を再録した。見慣れた日常をじわじわと異化していく語りの巧さと、眩暈がするような壮大なアイデアは著者の独壇場である。一九七〇年代、小松左京らによって生み出された国産SFホラーの傑作群は、小林泰三ら九〇年代以降のホラー作家にも絶大な影響を与えている。
 二〇一七年『愚者の毒』で第七〇回日本推理作家協会賞・長編及び連作短編集部門を受賞した宇佐美まことは、怪異表現によって人間精神の暗部をえぐり出すホラー短編の名手でもある。短編集『角の生えた帽子』のために書き下ろされた「夏休みのケイカク」も、年の離れた女性二人の密やかな交流を描いた図書館ミステリ、と見せかけて、背筋が冷たくなるような真相が待ち構えている。
 重病を患っている女性が、家族と過ごすため久しぶりに帰宅した家。しかしそこはもう彼女の知っている場所ではなかった。坂東眞砂子「正月女」は、農家に嫁いだ女性の絶望的な孤独を、村に伝わる怨霊伝承を絡めて描いたジャパネスク・ホラーの名品。『狗神』『死国』などの力作長編で土俗的ホラーの沃野を拓き、強者に虐げられる者の叫びに耳を傾けた坂東作品は、今こそ広く読まれるべきだろう。
 二〇〇五年に「夜市」で第十二回日本ホラー小説大賞を受賞し、鮮烈なデビューを飾った恒川光太郎は、世界の裏側にあるもうひとつの現実を、恐怖と郷愁をこめて描き続けてきた。『月夜の島渡り』に収録された本作「ニョラ穴」では、殺人の偽装工作のために無人島を訪れた若者が、得体の知れないニョラという生命体に遭遇する。飄々とした語りが、怖さと懐かしさを感じさせる著者お得意の琉球ホラーである。
 町をねぐらにするホームレスの男は、多くの車が行き交う道路の真ん中に、奇妙な泥の塊がへばりついていることに気づく。その正体を知った男の涙ぐましい奮闘の結末とは。『独白するユニバーサル横メルカトル』などの奇想に満ちたホラー、『ダイナー』などの刺激的ノワールによって、現代文学に特異な位置を占める平山夢明の「或るはぐれ者の死」は一読忘れがたい残酷の寓話である。人と社会の狂気を凝視した『或るろくでなしの死』の巻頭を飾った短編だ。
 服部まゆみは一九八七年、第七回横溝正史ミステリ大賞に輝いた『時のアラベスク』でデビュー。『罪深き緑の夏』などの幻想的なミステリを執筆した。「雛」は著者にしては珍しい怪談で、坂東眞砂子の「正月女」と並んで競作集『かなわぬ想い 惨劇で祝う五つの記念日』に書き下ろされた。天才人形師が手がけた雛人形に籠もる、一人の女性の妄執。泉鏡花を思わせる語り口で、都会にこの世ならぬものの影を幻視した人形奇譚。
 小林泰三は一九六二年、京都府に生まれた。大阪大学基礎工学部を卒業、同大学院を修了した後、某大手家電メーカーに勤務。一九九五年に「玩具修理者」で第二回日本ホラー小説大賞・短編賞を受賞。同作は二〇〇一年に映画化されている。
 デビュー後はホラー、SF、ミステリと諸ジャンルを横断しながら、グロテスクと幻想性、高度な論理性が共存した独自のエンターテインメントを多数世に送り出した。
肉食屋敷』『家に棲むもの』『脳髄工場』などホラー系の著作の多くは、角川ホラー文庫に収録されており、読者の熱烈な支持を得ている。先の〈最恐ホラー短篇〉キャンペーンでも首位の小松左京とほぼ並んで、多くの票を集めたのは「玩具修理者」などの小林ホラーであった。
 今回はその数ある名作から、初期の代表作「人獣細工」を収録した。SF的な着想、グロテスクへの志向、自己同一性への疑念というテーマなど、後に展開される小林作品のエッセンスが詰まった力作である。父親による悪魔的な実験というモチーフにおいて、『再生』の表題作である綾辻行人「再生」とも響き合っており、両作を読み比べてみるのも一興だろう。
 小林泰三は二〇二〇年十一月に病のため逝去。新作を読むことは叶わぬ夢となったが、残された作品は今なおダークで妖しい光を放ち続けている。本作をきっかけに、ぜひ他の小林作品にも手を伸ばしてみていただきたい。

 シリーズ第一弾『再生』の巻末解説において、「ページ数の都合から、今回収録が叶わなかった作品がまだまだ山のようにある」と記したが、同書が好評を博したおかげで、予想よりも早く第二弾を編むことができた。読者の皆さんにこの場を借りて御礼を申し上げたい。
 近年、実力ある作家が次々と登場し、日本のホラー小説は新しいフェイズに突入している。そうした動向と連動しつつ、本シリーズのようなアンソロジー企画を今後も続けてゆくつもりなので、何とぞご注目いただきたい。
 末筆ながら本書を日本ホラー小説界の功労者、小林泰三氏に捧げたいと思う。

作品紹介



恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション

ベスト・オブ角川ホラー文庫アンソロジー第2弾。ホラー歴史に名を刻む傑作
ショッキングな幕切れで知られる竹本健治の「恐怖」を筆頭に、ノスタルジックな毒を味わえる宇佐美まことの図書館奇譚「夏休みのケイカク」、現代人の罪と罰を描いた恒川光太郎の琉球ホラー「ニョラ穴」、誰からも省みられないホームレス男性の最期を描いた平山夢明の衝撃作「或るはぐれ者の死」など、現役の人気エンタメ作家による力強い作品と、小松左京のアクロバティックな発想が光る怪奇小説「骨」、土俗的恐怖とフェミニズム的視点を融合させた直木賞作家・坂東眞砂子の「正月女」、耽美的なゴシックミステリーで没後も熱烈なファンをもつ服部まゆみの和風人形怪談「雛」、昨年11月惜しくも急逝した小林泰三氏渾身の一作「人獣細工」などレジェンド級の名品が、ホラー小説の豊かさをあらためて提示する。心霊・怪談系の作品が多かった『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』に対し、『恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション』にはSFや犯罪小説、ダークファンタジーなどの発想を用いた作品も収録。この二冊合わせ読むことで、日本のホラー小説の神髄を味わうことができる。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000330/
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