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レビュー

この“おまわりさん”からは逃げられない。日本推理作家協会賞受賞作!――『偽りの春』著:降田天 文庫巻末解説

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開! 本選びにお役立てください。
偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』著者 降田 天
解説者 香山二三郎

『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』著者 降田 天 文庫巻末解説

解説
やまろう  

 交番の歴史は意外に古い。
 江戸時代、江戸市中の治安は奉行所によって守られていたが、その規模や人数は限られたものだった。維新後、明治政府は新たにそつを採用して屯所を中心に街の警備に当たらせたが、一八七四年(明治七年)にヨーロッパの警察制度をもとに東京警視庁が設置されると、邏卒改め巡査を市内に配置した交番所で立番させるようになる。その七年後、交番所は派出所に改称され、警察官が交替で勤務につくようになり、八八年(明治二一年)には警察官が施設に居住する駐在所も設置され、地域の治安警備の形が整うのである。
 一五〇年近い歴史を持つ交番は日本の警察の屋台骨を支えてきたといっても差し支えないだろう。庶民と日頃から接する機会が多いのは交番のおまわりさんだし、犯罪に出くわしたりしたときにまず交番に知らせることも多いのでは。
 しかし残念ながら、交番(とそこに勤務する警察官)の活躍を描いた小説は、ミステリーに限ってもそれほど多くない。マンガでは、一九七六年に登場して以来四〇年にわたって雑誌連載が続いた秋本治の超ベストセラー『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(通称こち亀)があまりに有名だが、交番小説にはこち亀のようなジャンルを代表する作品さえすぐには浮かんでこないようなありさまなのだ。
 しかし、ついにジャンルの顔となるべき交番ものミステリーが現れた。それが本書『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』だ。


偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理
著者 降田 天
定価: 704円(本体640円+税)


 といっても、こち亀の両津勘吉のように、よくも悪くも型破りな主人公の活躍を描いた話ではない。全五篇収録の連作集であるが、副題にある「神倉駅前交番」の「狩野雷太」は一見どこにでもいそうな中年のおまわりさんだ(神倉のモデルは神奈川県鎌倉市)。
 最初の「鎖された赤」はのっけから少女を拉致、監禁している「僕」こと宮園尊の独白から幕を開ける。そう、これは犯罪者の犯行を冒頭で明かしてしまう倒叙もの仕立て。尊は幼いころから薄暗い部屋で赤い着物の少女を世話する男の映像に性的欲望を抱いていたが、認知症で施設に入った神倉市の祖父の家を訪ねたとき、それが現実味を帯びる。空き家になったその家には古い土蔵があり、そこには長年取り憑かれてきた部屋があった。彼はその部屋で世話をする少女を物色し始める。
 少女の拉致・監禁犯罪は現実にも後を絶たないが、著者は犯人の異常な心理と行動の闇に迫る。ジョン・ファウルズの古典『コレクター』を始めこのジャンルの名作をあれこれほうふつさせる濃やかな筆致の妙。だが本篇が一味異なるのは、後半の展開──犯人宮園尊と狩野雷太が繰り広げる心理戦にある。狩野が何をきっかけに尊の犯行に気付くのかは、ぜひ本文でお確かめいただくとして、彼の登場をきっかけに話が一気に名探偵ものに傾いていくところにご注目を。狩野はやはりただの交番警官じゃなかった!
 続く表題作「偽りの春」はこれまた犯罪者視点で始まる。「私」、水野光代はゴルフの派遣キャディをしながら標的を選定、高齢者の財産を搾り取る詐欺グループのリーダーを務めていた。だがある日、仲間の男女二人が稼ぎを手に出奔、残された仲間と事後策を練る羽目に。ここが潮時と見た光代は密かに住み慣れた神倉を出ようと決めるが、彼女はアパートの隣室に住む、この春小学校に入る波瑠斗にランドセルをプレゼントする約束をしていた。街を去る前に、彼女は最後の一仕事を済ませるのだが……。
 水野光代は偽名。自らが男に唆されて横領事件を起こして以来、騙す立場に回って幾年月、詐欺師人生を歩んできた光代の生きざまからは、「鎖された赤」の宮園尊とはまたちょっと違う悲哀が伝わってこよう。彼女に最後つうちようを突きつけるのはもちろん狩野雷太であるが、その登場の仕方が前話と少し違っていてまた面白い。最後のヒネリといい、こちらも犯罪ミステリーと名探偵ミステリーのうまみを兼ね備えた逸品である。
 三篇目の「名前のない薔薇」の語り手の「俺」、絵坂祥吾は泥棒だ。彼は母親の入院先で看護師の浜本理恵と知り合い意気投合するが、自分の仕事を恥じ彼女の前から去ろうとする。そんな祥吾に理恵は泥棒である証に隣町の薔薇屋敷からとある薔薇を一輪盗むよう懇願、彼は願いを叶えたのち、別件で逮捕される。四年後、シャバに戻った祥吾は理恵が「美人すぎる園芸家」として人気を博しているのを知る。
 理恵の転身は彼の盗んだ薔薇によるものなのか、話はそこから二転三転。例によって、交番警官である狩野が祥吾と理恵の関係にどんなふうに関わってくるのかがポイントだが、本篇の読みどころは実は別にあって、それは狩野の過去に関わることだ。前二篇では、狩野がかつて「落としの狩野」と呼ばれた神奈川県警捜査一課きっての腕利きだったこと、そして何か事情があって交番勤務に左遷されたらしいことはわかっているが、詳細は不明。それがこの「名前のない薔薇」で唐突に提示されるのである。
 そして狩野の過去は、連作仕立ての終わりの二篇「見知らぬ親友」と「サロメの遺言」でも重要な意味を持ってくる。前者は神倉美術大学の学生たちの話。その三年生渡辺美穂と米原夏希はマンションに同居し端から見ると親友関係だったが、苦学生の美穂はフーゾク店でバイトしていたのを県会議員を父に持つ夏希に目撃され、以後彼女に逆らえなくなっていた。心中では夏希を憎悪する美穂は報復を企むが、それがやがて思わぬ事態を招く。
 この話はまず時代背景に注目。東日本大震災後間もない頃の出来事ということで、すなわち過去の話なのだ。そして物語は、美穂と同期の油絵科の女学生が殺され、恩師の教授が逮捕された後自殺する事件が起きたというところで幕を閉じる。何だか煮え切らない終わり方だが、最終話の「サロメの遺言」は再び現在に戻って、人気ライトノベル作家「俺」、高木カギが人気声優・詩杜エミリの毒死現場にいるところから始まる。数日後、高木の自宅から青酸カリが発見され、彼は逮捕される。高木は五年前、指導していた女子学生を殺害した容疑で逮捕、黙秘後自殺した神倉美術大学教授の息子だった。高木は神倉駅前交番の狩野を連れてくれば聴取に応じるというのだが……。
 高木は果たして詩杜を殺したのか、その顚末もさることながら、物語の興味はやはりこの一件に狩野がどう関わっているのかにあろう。「名前のない薔薇」以降の三篇は、かように各篇の事件の謎解きもさることながら、狩野雷太の過去の謎解きも同時進行していく。そもそもリアリスティックな倒叙スタイルの犯罪サスペンスでハラハラドキドキさせる前半から、狩野が刑事コロンボばりの洞察力を発揮する名探偵推理の後半へと転じる各篇の作りからして凝っているのに、そこまでやりますかといいたくなるほどの凝り性ぶりではないか。
 表題作が第七一回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞したのもむべなるかな。
 考えてみれば、著者はデビュー時からすでに即戦力のプロだった。それもそのはず、降田天が鮎川颯と萩野瑛の二人からなる作家ユニットであることは広く知られているが、二人は早くから少女小説で活躍しており、降田天名義の長篇『女王はかえらない』で二〇一四年の第一三回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞したのは、再デビューだったのだ。同賞の選考委員として筆者がその現場に立ち会えたのは誠に幸運だったが、女性二人のユニットと聞いて、執筆も倍速かとつい思ったのはとんだ勘違い、文章にも仕掛けにも妥協を許さないアーティスト気質だったようで、本書においても、ネタ探しから、取材、話作りまで、苦労を重ねた成果が表れている。
 そしてそれは、狩野雷太シリーズ初長篇になる次作『朝と夕の犯罪』(二〇二一年九月二九日刊)でも見事に結実している。シングルファーザーのもとで育った後、離れ離れに暮らすことになったアサヒとユウヒの兄弟。一〇年ぶりに再会した二人は震災で傾いた養護施設を救うため危険な犯罪に手を染めることになるが、物語はそこから先の読めない展開を見せる。『女王はかえらない』を思い起こさせる、凝りに凝った構成。むろん狩野がどこから物語に絡み始めるのかにも注目で、著者の新たな代表作になること必至だ。乞う、ご期待!

作品紹介



偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理
著者 降田 天
定価: 704円(本体640円+税)

この“おまわりさん”からは逃げられない。日本推理作家協会賞受賞作!
老老詐欺グループを仕切っていた光代は、メンバーに金を持ち逃げされたうえ、『黙っていてほしければ、一千万円を用意しろ』と書かれた脅迫状を受け取る。要求額を用立てるために危険な橋を渡った帰り道、へらへらした警察官に声をかけられ――。第71回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した表題作「偽りの春」をはじめ、“落としの狩野”と呼ばれた元刑事の狩野雷太が5人の容疑者と対峙する、心を揺さぶるミステリ短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000326/
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シリーズ初の長編『朝と夕の犯罪』は9月29日発売予定!
詳細はこちら⇒ https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000436/


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