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レビュー

130年以上も愛され続ける、今こそ読みたい不朽の名作。天真爛漫なセドリック少年の姿に誰もが心を洗われる『小公子』

文庫巻末に収録されている「訳者あとがき」を特別公開!
本選びにお役立てください。

『小公子』訳者あとがき

 一八八六年にアメリカで出版されたフランシス・ホジソン・バーネット著『小公子』をお届けする。角川文庫では一九八七年に『小公子セディ』(吉野壮兒訳)というタイトルで出版されており、三十三年ぶりの新訳である。
 そもそも『小公子』は一八九〇年(明治二十三年)から九二年にかけて、『女学雑誌』という婦人雑誌に連載されて、初めて日本に紹介された。翻訳者はわかまつしず氏で、このとき原題の「リトル・ロード・フォントルロイ(Little Lord Fauntleroy)」が若松氏によって「小公子」というすばらしい日本語に置き換えられ、それ以来、百三十年にわたって日本ではそのタイトルが定着し、親しまれてきた。
 ここで少し原題のタイトルについて説明を加えておこう。そもそも「ロード(Lord)」とはイギリスの貴族(侯爵、伯爵、子爵、男爵)の敬称だ。さらに公爵と侯爵の子息、それに伯爵の跡取りの息子に対する敬称でもある。日本語では「きよう」と訳されている。セドリックは伯爵の跡継ぎなので、「ロード」の敬称がつき、本文中でも場面によって「フォントルロイ卿」と訳している。なお、この「フォントルロイ」というのは、ドリンコート伯爵家の跡取りの名称である。つまり、ドリンコート家では、跡取りは代々、「フォントルロイ」と呼ばれることになっているので、最初は長男のベヴィスがフォントルロイと呼ばれていた。セドリックはニューヨークで伯爵の三男の息子として暮らしていたときは、たんにセドリック・エロルだったが、伯爵の息子三人が亡くなって伯爵の跡継ぎとなり、フォントルロイ卿と呼ばれることになったのである。
 というわけで、原題を直訳すると「小さなフォントルロイ卿」ということになるが、イギリスの貴族制度なども一般的ではなかった明治時代、若松氏による「小公子」という訳語は漢字の字面が幼いセドリックの感じにとてもよく合っているし、身分の高い人間であることもわかりやすく、読者の間に定着したのも当然と言えるだろう。
 著者のバーネットの経歴については、本文庫におさめられている拙訳の『秘密の花園』に書いたので、『小公子』に関連した部分を中心にご紹介しておこう。一八四九年にイギリスのマンチェスターで生まれたバーネットは四歳になる直前に父を亡くし、経済的にひつぱくして母ときょうだい五人でアメリカにいる伯父おじを頼り、一八六五年、テネシー州に移住した。最初はニューマーケットの丸太小屋で暮らし、のちにノックスヴィル近郊に引っ越した。この伯父は洋品店を経営していたようで、もしかしたら『小公子』の重要登場人物であるホッブズ氏のモデルになったのかもしれない。
 アメリカ移住後、一家の生活を支えるためにバーネットは小説を書きはじめた。一八七三年に眼科医スワン・バーネットと結婚後も執筆を続けながら、一八七四年に長男ライオネル、一八七六年に次男ヴィヴィアンを授かった。『小公子』はこのヴィヴィアンをモデルにしたと言われている。
 当初『小公子』は『セント・ニコラス』という児童文学雑誌に連載されたのだが、連載中から人気を博し、連載終了とほぼ同時に単行本として出版された。とりわけ、セドリックが着ている大きな白いレースの襟がついた黒いベルベットのスーツという、いかにもイギリス貴族の子息らしい愛らしいファッションはちまたで大流行したようだ。当時、アメリカのあちこちで、ベルベットのスーツを着た幼い男の子が母親に手をひかれて歩いている光景が目に浮かぶ。『小公子』はその後、ロンドンやニューヨークやボストンの舞台で上演され、バーネットの名声はますます高まったのだった。
 こうして『小公子』が百三十年以上にわたって長く愛されてきた理由は何なのだろうか? まず、何よりも主人公のセドリックが魅力的だからだろう。

この子は生まれたときから、やわらかな美しい金色の毛がふさふさと生えそろい、毛先がくるんとカールし、生後半年ぐらいのときにはゆるやかな巻毛になっていた。長いまつげに縁どられた大きな茶色の目をしていて、かわいらしい顔立ちだった。背中がとても強くて、しっかりしたたくましい脚をしていたので、生後九カ月でいきなり歩きだした。

 このようにセドリックは美男美女の両親から生まれただけあって、外見がとびぬけて美しい男の子だ。しかし、彼の魅力は見かけだけではない。


『小公子』著者 バーネット 訳 羽田 詩津子
定価: 924円(本体840円+税)


セドリックの最大の魅力は明るくて物怖じせず、その独特の無邪気さで、みんなと親しくなれるところだった。それはこの子が人を疑うことを知らなかったからだし、他人の心をおもんぱかり、自分と同じように相手にもいい気分になってもらいたいという、幼いながらも親切な気持ちがあったからだろう。おかげで、セドリックは周囲の人の気持ちをすぐさま察することができた。

牧師も会ったとたんに、この子供に好感を抱いた。ただし、牧師が心を奪われたのは子供の美しい顔立ちや品のよさではなく、この子が生まれつき持っている純粋さと心のやさしさだった。

 セドリックは祖父である伯爵から自由に使うようにとお金をたくさんもらうと、困っている友人たちのために使い、相手を喜ばせるとともに、そのことによって自分も喜びを感じるのだった。さらに、伯爵と暮らすようになると、領地の困っている人々を助けるのは当然と考え、自己中心的な伯爵の考え方を少しずつ変えていく。セドリックの純粋な考え方や言葉は何度読んでもすがすがしい。と同時に、利己的でごうまんな伯爵が、孫息子の無邪気で純真な愛情深い心に触れて変わっていく様子がユーモアのある筆致で描かれていて、こちらも本書の大きな読みどころと言えるだろう。
 何よりも感動的なのは、誰も愛さずに人生を送ってきた老伯爵がセドリックを心から愛するようになり、それをじくたる思いで認めることだろう。もちろん誇り高い伯爵は、最初のうちはドリンコート家の跡継ぎにふさわしい孫息子の美しい外見が自慢だった。しかし、気がつくと、孫息子への愛情が日ごとに増し、さらに孫にも愛されたいと強く願っていることに気づくのだ。そして、ラストシーンでバーネットは言う。

(セドリックは)豪壮なものや華美なものとも無縁だった。しかし、とても純真で愛情深かったから、いつもみんなに愛された。そういうふうに育つということは、すなわち王として生まれることに他ならない。

『小公子』によって、読者は純粋で思いやりのあるやさしい心を持つことが、いかに人として大切か、改めて気づかされる。その資質こそが、よりよく生きるために必要なものなのだ。だからこそ、この作品が時代を超えて多くの人の胸を打つのだと思う。
 なお、バーネットは『秘密の花園』の原型とも言われる短篇「青い花の国」を一九〇九年に発表している。『秘密の花園』やエッセイ「庭にて」で語られているように、人は植物を育てることによって癒やされ、大きく成長できるということがテーマの作品である。
 さらに今回、「青い花の国」をじっくりと読んでみて、主人公エイモア王はセドリックをほう彿ふつとさせる、まっすぐな心根の向上心がある思いやり深い人物として描かれていることに気づいた。『小公子』から「青い花の国」の執筆に至るまでの二十三年間に、バーネットは離婚、長男の死、再婚、二度目の離婚というらんばんじようの人生を送ってきたが、理想とする生き方はずっと変わらなかったのだろう。そう思うと、いっそう『小公子』のセドリックの姿が意味深く感じられる。

羽田詩津子

『小公子』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322002000184/

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