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レビュー

NHK「100分de名著」講師が読み方のコツを伝授! 吉本隆明『共同幻想論』は現代へのヒントに満ちている

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(評者:先崎彰容)

いつまでたってもわからない一冊

 NHKのディレクターAさんから、「先崎さん、今度、『100分de名著』で取り上げるとしたら、どんな作品ですか」と聞かれたのは、一年くらい前だろうか。『共同幻想論』、と即答した。毎週月曜日、二五分の番組を四回、月一冊のペースで古今東西の名著を100分で解説するこの番組は、番組開始以来、欠かさずテキストを二冊買い、一冊は収集用にしているヘビーリスナーもいるという、隠れたヒット番組だ。
 僕が即答した『共同幻想論』は初刊が一九六六年。今から半世紀ほど前の本だから、「古典」の中では最近の部類に入るだろう。現在では、角川ソフィア文庫で気軽に手に入るこの本が、「現代の古典」たるゆえんはなにか。
 まずは当時、学生に絶大な影響力をあたえたこと。著者は吉本隆明。吉本ばななのお父さん、と言った方が、今はわかってもらえるのかもしれない。僕自身も「ばなな世代」で、お父さんの書いた『共同幻想論』よりも娘の出世作『キッチン』がすごく話題になったことの方をよく覚えている。
 でもお父さんの方もすごかったらしいのだ。六八年当時の、ちょっと知的な学生にとって読んで当然! という雰囲気を醸し出していたらしい。「吉本が……」と言いながら難しい議論をすること、これが学生たるもののステイタスだった時代があったようなのだ。とりわけ『共同幻想論』は吉本父の代表作と言ってよく、多くの人が「思い出話」を書いている。僕は日本思想史という分野を勉強しはじめるようになってから、過去に名著と呼ばれる作品を片っ端から読むようになった。その中の一冊にこの本があったというわけだ。
 ところが、である。とにかく難しい。何を言っているのか、本当にわからない。最初はこちらの学力不足だと思って反省していたが、いつまでたっても、何回読み直しても、わからない。そこで学生時代に影響を受け、後に著名となった批評家や哲学者の『共同幻想論』あるいは吉本父をめぐる本を読んだ。参考文献としてである。でもそこに書いてあるのは、過剰な思い入れや自分がどう影響を受けたのかの体験談ばかりである。つまり「思い出話」ばかりなのだ。どうもあやしい。思い出話をしたいからしている、というよりも『共同幻想論』の内容についてなかなか書くことができなくて、苦し紛れに書いているのではないか。周囲をグルグル回って核心部分に踏み込めないのではないか――こんな疑問をもつようになったのである。



古典を紐解くにはコツがある

 ため息交じりに、著作集や全集をめくっていると、この本が書かれた前後の吉本の講演録に眼が留まった。口語調なので、こちらはずいぶんと読みやすい。まるで『共同幻想論』の解説書のようだった。僕はそこを手がかりに、本文そのものにもう一度ぶつかっていった。今度はわかった。『共同幻想論』は意味不明でもないし、わざと難しく書いた本でもない。ただ、読むためにはコツが必要だったのである。そしてコツさえわかれば、過去の古典を紐解く面白さばかりか、現代社会を深く、よく理解するための糧にさえなると確信したのである。
 僕たちの時代は、トランプ大統領の登場で丸わかりになったように、民主主義を全面的に信頼できなくなった時代である。民主主義はポピュリズムと名前を変えて、コロコロ変わる、思い付きの民意というほどの意味になってしまった。トランプが過激な言葉でアメリカ国民を煽る。風になびくように、人々は熱狂する。この集団狂気を見て、「アメリカは民主主義の本場の国である」と、どうして言うことができるだろう。
 また僕らの周囲では、ネット環境に溢れる情報に翻弄され、場合によっては傷つき、精神を疲弊させている人が少なからずいる。ネット上の世界を「リアル」だと思い込み、情報に心を左右される。自分が批判されれば世界全体が批判の眼をむけているように思いこんでしまう。これがネット社会の落とし穴だ。
 そんなことを思っていた時、『共同幻想論』というタイトルは、にわかに生き生きと僕の前に現れた。読み方のコツがわかった今、僕にとってこの本は、現代社会を読み解くために必読の書だと思われた。表面的なさまざまな事件を、その裏で支えている人間心理の最も深い部分を、正確に読み説いていると思ったからだ。

ポイントは序文、母制論、そして「対幻想」

 まずは本自体の読み方のコツから説明しよう。この本は、まずは序文を注意深く読んだ後、すぐに後半の「母制論」から読みはじめるのがよい。六八年に出版された当時、この本の中でつかわれているキーワード「個人自己幻想」「対幻想」「共同幻想」はとても人気のキーワードになった。ではこの三つのうち、どこから手をつければいいのか。まずは「対幻想」である。対幻想とは、簡単にいえば家族のことだ。父母によって始まる家族は、兄弟姉妹を生んで拡大する。兄弟姉妹はそれぞれ独立して結婚し、家を離れ、また違う家を営むことだろう。こうして拡大していく共同体が血縁を離れて最終的に国家にまで広がっていくこと、これを吉本は「共同幻想」と呼んだ。吉本は共同幻想のうち、とくに国家共同体に注目したけれども、他にも宗教団体から反国家の共産主義者の同盟にいたるまで、人間が「関係」や「共同体」をつくると、必ず陥る排除や嫉妬、内紛に注目し、それを共同幻想と名づけた。そしてあらゆる共同幻想のはじまりは、対幻想、つまり家族を調べることからはじめるべきだと説いたのである。
 この際、二人の重要な思想家を意識して、文章を組み立てていることに気づくのが便利だ。エンゲルスとニーチェである。前者の『家族・私有財産及び国家の起源』という著作、後者の『道徳の系譜』をそれぞれ批判的に横目で睨みながら、彼らとのちがいを強調することで、吉本は自分の論理をはっきりと示そうと試みたのだ。
 とくにこの本を特徴づけているのが、『遠野物語』と『古事記』を徹底的に読み込んで、国家論をつくりあげている点にある。「母制論」以下で取り上げられているのは『古事記』の方で、アマテラスやスサノオの神話から、対幻想が次第に拡大して国家にまで広がっていく有様を、生き生きと描き出している。へえー、『古事記』ってこういうふうに読めばいいんですか、と納得してしまう部分が多くある。つまり難解な国家論というよりも、神話を解釈する醍醐味も同時に味わえてしまうのだ。



混乱に形を与えてくれる言葉たち

 ところでなぜ、国家論なのだろう。さまざまな共同体と言いつつも、明らかに吉本は「国家の成り立ち」を追いかけることを目的に、この本を書いている。その理由は彼の深刻な戦争体験にあったと言わねばならない。四五年八月の敗戦経験を、吉本は言葉で形にしようと思って書いたのだ。敗戦体験は、「体験」というよりももっと混沌と混乱に近いなにかであった。言葉を使って、この混乱に形を与えようというのが、吉本の筆に力を与え説得力を増しているのだ。なぜ、人はあれほどまでに国家に熱狂できるのだろうか。信じ込んでしまい、自らを捧げようとするのだろう――戦後、国家批判など溢れかえっていた。でもそのほとんどは単に悪のレッテルを国家に貼り付け、満足しているだけだった。でも吉本はそうした国家批判に納得することができない。もっと根源的に、「どういうふうに国家は登場してくるのか」を追いかけなければならない。こういう気持ちを抑えきれずに、吉本は『共同幻想論』に取り組んだわけだ。
 そして書いている最中、国家だけではなく、人と人とが関係し共同体をつくる時、絶対にはまり込んでしまう危険地帯があることに気づく。それを「幻想」と名づけ、考察の幅を広げた。僕ら人間同士が関係すると、ある共通の幻想を共有して信じ込んでしまう。それに翻弄され、自分個人では信じられないような行動に出てしまうのだ――。

手がかりとしての「個人幻想」

 ここまで来れば、今から一年前、僕がなぜディレクターA氏に『共同幻想論』を取り上げたいと言ったのか、わかってもらえると思う。いや、新型コロナウイルスの危機を経験し、混乱を増すアメリカなどを見ていると、益々この本は読まれるべきだという思いが強くなる。トランプ大統領の過激な言葉、劇場型政治に左右されていたアメリカ国民は、今度は人種差別反対のデモまではよかったものの、一部が暴徒と化し、収拾不可能に陥っている。民主主義の国アメリカは、ついに人種差別や新型ウイルスの拡大で溜まったフラストレーションと貧困の顕在化になすすべを失い、一つの事件をきっかけに暴力の国になってしまったのだ。古きよきアメリカという共同幻想の代わりに、今度は、正義のデモではなく、逆に暴徒を生み出している。どこに向かうかわからない暴力を信じ込み、社会を混乱させているのだ。
 また日本国内を見てみれば、ネット社会で誹謗中傷を受けた若者が、自ら命を絶つ事件が起きてしまった。周囲の落ち着いた人間関係こそ大事なのに、ネット上の共同幻想をリアルと思い込み、世間全体が自分に注目し、批判の矛先を向けていると信じ込まされたのだ。
 こうして、殺伐の度合いを強めていく現代社会に、『共同幻想論』はいったいどんな処方箋を与えてくれるのだろう。残る「個人幻想」が恐らくは手がかりになる。個人幻想とは、吉本によれば例えば文学者のような人たちのことである。彼らはこうした荒々しい世相から身を引き剥がし、言葉によって零れ落ちそうになり、傷ついた人を描こうとする。また日常の地に足のついた、落ち着いた人間関係を重視する。こうした柔らかい人間関係を自分のうちに含んだ個人のことを、吉本は個人幻想と名づけて、大事にした。幻覚まがいの共同幻想に翻弄されないための拠点、時代への処方箋を個人幻想という言葉に託したのである。

不安なこの時代への処方箋

 こんな抽象的な議論、いくら聞いても暴力も差別もなくならない。多くの人はそう思うだろう。でも、混乱した社会情勢を生きている時、唯一ある処方箋は、「今、自分は混乱しているな」と気づくことにある。病名を告げられて、ホッとすることもある。現代社会はその手前で、病名不明の混乱をウイルスにまき散らされ、世界中が不安に陥っている時代だ。こうした時代だからこそ、眼の前のことに一喜一憂することなく、吉本隆明の言葉に取り組んでみては、どうだろう。抽象的に思える文章のなかに、意外なほど、現代へのヒントを見つけられるかもしれないのだから。



吉本隆明『改訂新版 共同幻想論』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000008/


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