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レビュー

県警を揺るがす殺人事件の裏には中国組織の影。伝説の元刑事が執念の捜査で真相を暴く! 『県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾 ドラゴンスリーパー』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:うち たけし / ブックジャーナリスト)

 この物語は劇薬が塗りこめられた弾丸である。人間が作り出した「闇」を見事にとらえる銃にそうてんされている。打ちのめされる作品はあれども撃ち抜かれるような物語はである。ひとたび撃たれればその面白さは全身に伝わって、圧倒的な衝撃と打ち震えるような興奮に包みこまれてしまうのだ。その密度の濃さは例えようがない。読みながらの高揚感はもちろんのこと、読後の充足感はまさに至福のひとときだ。しかしある意味では罪作りな作品ともいえる。この小説の後に読まれる物語はどんな好著も薄味に感じてしまうのだ。読書家にとっては不幸かもしれない。心してこの作品に向き合ってもらいたい。

 この物語は著者初の警察ミステリーとして話題を集めた「県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾」シリーズ『パイルドライバー』の続編である。『パイルドライバー』は2016年9月に単行本が出て2018年10月に文庫化。その帯には「スケールの大きな警察小説である」とおおさわありまさ氏の激賞コメントが躍っている。2作品目となる本作は2018年4月に単行本が発売。「大作映画のようだ。困るなー。俺より面白いんじゃないか?」というこんびん氏の愛情たっぷりのきようがくコメントが目をひく。この国のエンタメジャンルをけんいんする巨匠たちが揃って作品のすごみにうなっている。これは普通のことではない。今回『ドラゴンスリーパー』の文庫化によって注目作品がコンパクトサイズで2冊読めるようになったことはぎようこうだ。もちろん本作単独でも楽しめるが前作を読めばより一層物語の肝となる部分が明らかになる。未読の方はぜひ手にしてもらいたい。とにかくポイントが満載なのだ。読みどころしかない、と言っても過言ではない。


パイルドライバー

県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾 パイルドライバー


 警察小説は売れる。特にこの十数年は売れ方も顕著だ。物語の舞台を聖地巡りできる楽しみもあり、シリーズとしても押し出しやすいから長い目でも売れるというのも魅力だ。これは個人的にも最近まで約30年間書店現場の最前線で勤務をしてきたので肌感覚で思うことである。国民を引っ張るようなリーダー不在で、巨悪が蔓延はびこるいまだからこそ、闇を暴いて真の正義を問うヒーローたちが活躍する小説が求められているのだろう。警察という強固な組織が理不尽な社会構造の象徴としても分かりやすい。大多数の庶民の日頃のうつぷんを晴らしてくれるのが警察小説の役割でもある。警察といえば男臭い世界だが、よほどこの世に軟弱な男が目立つのか女性ファンも極めて多い。当然の流れで名うての書き手がこぞって警察小説ジャンルに入りこみ工夫を凝らした作品を描き続けている。まさに群雄割拠のジャンルでもあるのだ。時代のニーズに乗りつつ、新機軸を引っさげて、さつそうと現れたのが「県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾」という魅力あふれるキャラクターだ。決して単純な勧善懲悪ではない。事件の真相を暴くだけではない。警察小説の定番の面白さを踏襲しつつ新鮮な驚きを加えて、並み居る強敵とたいしても揺るがない圧倒的な存在感を放っているのだ。

 著者のながさきたかについても触れなければならない。プロフィールを見てまずは驚いた。漫画ジャンルの編集者、原作者、プロデューサーとして一世をふうし、数多あまたの人気作品、作家を世に送り出す。特にうらさわなおとのコンビでヒット作を次々に生み出したことも広く知られている事実だ。流行の最先端をいくコミックジャンルにおいて一時代を築くことは並大抵のことではない。長崎尚志の手にかかれば作品がつまらない訳はない。どんな刺激に満ちた小説を送り出すのか。2010年に『アルタンタハー 東方見聞録奇譚』で小説家デビューの一報を受け、書店の現場にいても「これは注目すべき作家が出現した!」と興奮したことをよく覚えている。その後も「醍醐真司の博覧推理ファイル」シリーズとして『闇の伴走者』『邪馬台国と黄泉の森』『編集長の条件』と続けて深いテーマ性を持たせた作品群を世に送る。個人的に思い入れが深い近著は2019年刊行の『風はずっと吹いている』だ。これまた全身吸い寄せられるような物語。内容にれこんで手書きポップを作成して熱を入れて売った記憶も新しい。警察ミステリー以外でもその筆力の強さと確かさは群を抜いている。当代随一のストーリーテラーとして新作を待たれる作家の一人であることは間違いがない。

 本書でもいったいどれほど綿密な取材を繰り返したのであろうか。コミックジャンルを極めているからこその、映像が目に浮かんでくるような臨場感は特筆すべき読みどころである。フィクションは架空の作り物。言ってしまえば絵空事なのだから本来的には事実とかけ離れているはず。しかしこの物語は明らかに僕らが生きている現実社会と地続きなのだ。こんとんとした時代の空気も、生ける者たちの吐息も体温も、すべてリアルに伝わってくる。

 実際に起きた凶悪事件の記憶は誰の脳裏にもこびりついている。前作『パイルドライバー』は閑静な住宅街で起きた未解決の一家三人惨殺事件が、本作では少女殺害事件が現実世界をなぞらえている。猟奇事件のインパクトは生々しい。衝撃を受けた当時の報道を鮮明に思い出し、地層となっていた自分の歴史の1ページをも呼び戻すのだ。

 この物語を壮大なテーマにつなぐ一冊の本。作中にも登場する『龍の系譜──中国を動かす秘密結社』という実際にある書籍が物語の重要なかぎを握っている点もリアリティを増幅させている。さらに事件を推理する手がかりに『マビノギオン』というウェールズの伝説まで登場する。ノンフィクションとフィクションの思いもよらないかいこうは、理性と感性の融合でもある。こうしたテクニックはズバリとまって、あたかもスナイパーの照準が定まった瞬間を見たような思いがする。この知的な刺激はまさに鳥肌もの。標的となった読者の心を的確に撃ち抜くのだ。被害者の本棚を眺めてその人となりを読み解くシーンは読書好きには心憎い。

 現場に刻まれたメッセージ。捜査が進むほどに深まる謎。重層的に隠された罪にほんろうされ続ける人間たち。全く顔が見えない巨悪の存在。事件を混迷の闇へと導く国際犯罪。世界をまたにかけたスケールの大きさと謎解きの妙に魂を吸いとられてしまう。忘れてはならないもう一つの重要な軸は、全編を通じて壮絶な人間ドラマが構築されている点である。壮大な展開ははる彼方かなたまで視線を膨らませ、人間の内面に寄り添う人物描写は感情の奥底にまで突き刺さる。マクロ的でありミクロ的でもあり大胆かつ繊細。この視野の広さと深さによって立体的に浮き彫りにされる人間そのものの存在が、なんとも愚かでありいとおしくもありまた素晴らしいのだ。


書影

県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾 ドラゴンスリーパー


 この物語は〝パイルドライバー〟(くいうち機)の異名をもつ元刑事・じゆうとどこにでもいそうな若手刑事・なかがわしゆんすけとの絶妙な掛け合いで突き進む。なぜ元刑事が捜査に駆り出されるのか。新しい感性を持った中戸川とコンビを組んで元上司の惨殺事件を追いかけながら、受け継がれなければならない刑事のきようも伝わってくる。久井には訳あって正面から会うことが出来ない娘がいる。中戸川自身も公私ともに順風ではなく実家の家業を継ぐべきかおうのうしながら事件に立ち向かった。仕事に家庭、それぞれに事情を抱えた人間たち。さまざまな社会組織の中で「志」という名の血脈がいかに繫ぎ伝えられていくのかを問いかける、清廉なる人間ドラマとしても読めるのだ。

 多くの読者をとりこにした以上、しばらくの間、伝説の元刑事・久井重吾に休暇は許されないだろう。「もしゃもしゃの白髪頭、年齢不詳、もうきんるいのような顔の大男」の「パイルドライバー」は読者の心にも確かな杭を打つ。追いつ追われつのスリルの中で怒りの炎を内に秘め、真っ直ぐに正義を見つめるこの強烈に魅力的なキャラクターは今後どこへ向かって行くのか。気になって仕方がない。その仕草その台詞せりふが脳裏に焼きついて離れないのだ。この面白さを超えるのはやはり「県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾」シリーズ以外にないだろう。目眩めまいがするほどの光と影が照らし出す、国際的であり社会派でもありつつ人間の営み、その本質を描ききった物語。長きにわたるシリーズ化と映像化を切望したい。大いに期待して待とう。

長崎尚志『県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾 ドラゴンスリーパー』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322002000920/


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