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レビュー

孤独死、家族代行、遺骨放置・・・。 どんな人も抱えている生きづらさの発出。菅野久美子『家族遺棄社会』

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(評者:宮台 真司 / 社会学者、首都大学東京教授)

 試みに、今の大学生たちに孤独死についての授業をした後で、自分が孤独死する現実的な可能性があると思う者に手を挙げさせる。三人に一人ほどになる。なぜ「孤独死の授業後」なのか。インターネット社会では特に若い世代ほどテレビや新聞に接せず、「見たいものだけを見る」営みに馴染んでいるからだ。

 授業は菅野久美子氏の『超孤独死社会』(2019)をネタ本にする。それによれば、LINEなどのSNSが途絶えても自宅を訪れる仲間(友人や同僚)がいない一人暮らしの場合、高齢者ではない現役世代でも──大学生でさえ──孤独死の可能性がある。「だから」孤独死の8割以上が男で、死後の発見が女よりも遅れる。

 菅野氏の功績もあって5分も検索をすればそうした情報が入手できる。だが人間には自分に不都合なものに目を向けない「認知的整合化」の傾きがある。仲間の絆が1990年代半ばから極端に薄くなった大学生とその前後の若い世代はとりわけそうした情報を避ける。たとえ情報に触れても「友達」に伝えたりはしない。

 菅野氏の本には『事故物件めぐりをしてきました』(2016)から親しんできたが、著作を重ねるにつれ、問題の背景にある社会構造を深掘りするようになった。新著『家族遺棄社会』が、前著『超孤独死社会』を超えて深掘りするのは、昨今の日本での「家族関係に関する期待と現実の、極端な乖離」という問題だ。

 前著は、行政統計「ですら」在宅死数の五分の一以上が孤独死(他人が気付かない死)だとする事実を紹介。過半が60歳以下の現役世代で、部屋にゴミや通販で買った不要物が詰め込まれて床や畳が見えない「ゴミ屋敷」(男に多い)や「モノ屋敷」(女に多い)に象徴される「セルフネグレクト」が背景だと指摘する。

 セルフネグレクト(自己放置)とは、セルフケア(自己管理)の気力を失い、栄養状態・衛生状態・健康状態・身だしなみ等が尋常でなく乱れた状態に陥ることだ。家族や仲間が近くにいれば、助けを求められるし、それができなくても周囲がケアに乗り出す。近くに誰もおらず誰も訪ねて来ない者が増えたのだ。

 前著はそれに併せて、インターネット化が「自分の孤独」に気付けなくさせる事実も指摘する。ならば、問題の「自分の孤独」自体は何によってもたらされたのか。新著はそれに答えて「家族に関する期待と現実の乖離」の実態を具体例に則して剔抉する。それを読めば読者は問題を自分事化せずにはいられない。

 前著では孤独死の凄惨な現場を原状復帰する特殊清掃業に驚いた。新著では家族代行終活業に驚く。親の体調が悪化すれば介護施設の選定、送り届け、荷物搬送と後片付け。施設入所中は施設との遣り取り。死にかけたら延命措置拒否手続き。死んだら直葬(葬儀抜き)と合祀墓への納骨。電話やメールの遣り取りで終了。

 孤独死の現場が凄惨なら、子に捨てられた親の末期も残酷だ。業者は姥捨ての尻拭いだと言う。子の薄情さを責めたくなる。だが菅野氏の筆は親を捨てた子たちの告白に及ぶ。読めば多くの読者は子に同情する。自分であってもそうすると思うだろう。親の末期も悲惨なら、生前の親との生活は増して凄惨だ。

 暴力的虐待は少ない。単に孤独死しかねない親なのだ。借金で蒸発した父と、身を持ち崩した恥晒しの母。子には親の愛の記憶はない。家出した母と、帰宅しない父。幼稚園から弁当を自分で作った。子には親の愛の記憶はない。そんな親でも死にかけたり孤独死すると行政や世間から何とかしろと責められる。

 責められても子は当然動けない。行政の督促電話に激昂する。行政も強制する法的根拠はない。遺品どころか遺骨の引取りさえ拒絶された無縁死の漂流遺骨に予算を使う。倫理的に苦悩した行政の一部は合祀墓納骨を控え、遺族の引取りがあるまで長期保管する。諸外国では似た実態の報告はない。終活と死後の営みをちゃんと家族がする。

 日本は違う。期待と現実の乖離が著しい。日本の闇。根は深い。日本青少年研究所の2015年高校生調査では「どんなことをしてでも自分で親の世話をしたい」割合は中88%、米52%、日38%。「親(保護者)を尊敬している」割合は米71%、中60%、日38%。「家族との生活に満足している」割合は中51%、米50%、日37%。20年以上前から似たデータが報告されてきた。

 新著によれば納骨では終わらない。家族が墓守しなくなった。金や時間のコストを払う動機が消えた。だから墓じまいを請ける石材店も増えた。特殊清掃業も、事故物件専門お祓い業も、家族代行終活業も、墓じまい業も、家族遺棄社会の尻拭いだ。それを市場が請け負う。これが安倍晋三が讃えた「美しい日本」である。


書影

『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)


菅野久美子『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000012/

宮台 真司(社会学者・首都大学東京教授)
社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。1959年3月3日仙台市生まれ。京都市で育つ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。
権力論、国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、教育論、外交論、文化論などの分野で単著20冊、共著を含めると100冊の著書がある。
最近の著作には『14歳からの社会学』『〈世界〉はそもそもデタラメである』などがある。キーワードは、全体性、ソーシャルデザイン、アーキテクチャ、根源的未規定性、など。


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