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レビュー

自らも戦火をくぐり抜けた著者だからこそ描けた、「おんなの戦国時代」小説。

 本書は二〇一三年三月一二日に七五歳で急逝された作者の唯一の戦国が舞台の長編小説で、単行本未刊行という北原ファンにとっては垂涎(すいぜん)の的ともいえる作品を、二〇一四年に単行本として刊行したものの文庫化である。
 二〇一三年後半から今年にかけて作者の著作の刊行が相次いでいる。主だったものでは、高い人気を誇るシリーズもののひとつ「深川澪通り木戸番小屋」の最終巻『たからもの』、作者が晩年に精魂を込めた円熟味が際立った「慶次郎縁側日記」の最終巻『乗合船』、加えて作者が足かけ一五年かけて書き継いできた大河時代ロマン『ぎやまん物語』、「小説宝石」等に散発的に書いていた短編集『恋情の果て』、構想に二〇年の歳月をかけて完成させたメッセージ色の強い『化土記(けとうき)』 等がある。いずれも卓越した出来となっており、売れゆきも好調で、死してもなお根強い人気があることを示している。さらに特筆すべきことは単行本未収録の貴重な短編をまとめたオリジナル文庫である『いのち燃ゆ』(角川文庫)、『初しぐれ』(文春文庫)、『こはだの(すし)』(PHP文庫)が刊行されたことである。
 本書は一九九一年に発売された新人物往来社「別冊歴史読本・特別増刊時代小説秋号」に四〇〇枚一挙掲載で発表されたものである。目次を見ると〝泉鏡花賞の女流が放つ力作!〟という惹句が付されており、続けて「塩商人の娘として育ち、伍平太との将来を夢見るあぐり。幼い時から戦陣の中で生きてきた遊女ねこ。城主の娘ながら日陰に身を置く於須和――下総関宿を舞台に戦国の世を生きる女たちの哀歓を描く感動の力作」という内容が紹介されている。
 発売されるや一気に読んだ。いや、正確には読めたというべきだろう。当時、戦国ものを手がける女流作家は少なかった上に、著名な武将は書きつくされた感があった。その戦国ものに八九年『深川澪通り木戸番小屋』で第一七回泉鏡花文学賞を受賞した作者が挑戦してきたのである。その意外性に興味が湧いた。
 事実、一読して驚いた。それは作者が作品の幅を広げることに腐心していることが一目瞭然だったからである。本書の詳細については後述するとして、まずそのことから説き起こしていこう。
 作者は一九三八(昭和一三)年一月二〇日、新橋で生まれた。父は四歳で戦死、七歳で終戦を迎えた。実家は芝大神宮の近く、柴井町の大名屋敷跡の家具屋横丁にあった椅子専門の洋家具屋である。家には名人気質の祖父や歌舞伎好きの祖母がいて、彼らの話を通して、江戸の町や明治・大正期の東京の下町のことを知ったとのこと。
 作者は言う。「時代小説的雰囲気の家や場所で育ち、遊んできたので、目をつぶると江戸の町が浮かんでくる」と。この背後には失われていく江戸情緒や戦前の下町の風情を惜しむ気持がある。つまり、作者の小説作法とは周囲で失われつつある〝生活の原風景〟を自己の内部に取り込み、発酵させてきたことにほかならない。これは東京の下町育ちという〝土地柄〟だけではない。江戸の残り香漂う下町で、家具職人である祖父の背中を見て育ったことも作用している。
 作者の〝市井人情もの〟に頻繁に職人が登場するのは、祖父の生きざまが心に刻み付けられているからであろう。江戸情緒を残す核ともいえる土地柄と、心にネガフィルムのように焼き付いている祖父母、父母という一家の血を遡ることで、作者は容易に戦前の東京へ、さらに江戸の町を逍遥(しょうよう)できる素地をもっていた。これが作家として、何より大きな財産であったことは確かだが、「時代小説なら背景や舞台など時代考証を厳密にやらないと」という言葉が象徴するように、決して甘えることなく、財産をより豊潤なものにする努力を、長い歳月をかけてしてきた結晶なのである。
 作者の少女時代を考えたとき、もう二点、重要な出来事がある。父が四歳で戦死し、空襲で生家も焼失したことと七歳で終戦を迎えたことだ。市井人情ものの短編に、父と娘、母と娘、母と息子といった設定ものが多いのもその影響であろう。
 ちなみに「うさぎ」(『その夜の雪』所収)のお俊は父親のない家庭で育ち、「証」(『降りしきる』所収)のおりよも母親だけに育てられた薄幸の娘。「恋しらず」(『恋忘れ草』所収)のお紺は父と兄を亡くした後、番頭相手に店を仕切っている気丈な娘、「帰り花」(『あんちゃん』所収)のおりょうは、娘おさよを生んだ年に亭主を亡くし、ひとりで必死に働いて子を育ててきた母親。「その夜の雪」は「慶次郎縁側日記」でファンが増大した南町奉行所定町廻り同心・森口慶次郎の一六歳の一人娘が長屋のならず者に犯され自害、娘を失った父親の哀しみを描いている。こういった設定には作者の境遇が重ねられていると言えよう。
 七歳で終戦を迎えた作者は空襲や疎開を体験し、それが重い原体験となって、作品に反映している。つまり、本書『春遠からじ』はこの二つの要素が、物語を構築していく上での土台となっていることに注目する必要がある。

 作者は短編を得意とする作家と思われがちだが、決してそんなことはない。作者は八八年に『歳三からの伝言』(新人物往来社)と『小説春日局』(有楽出版社)の二冊の長編を書いている。なかでも『歳三からの伝言』が契機となり、本書『春遠からじ』が誕生する。『深川澪通り木戸番小屋』で泉鏡花賞を受賞した八九年秋に、同社で総編集長をしていた田中満儀さんは作者に白羽の矢を立てた。それが担当していた「別冊歴史読本・特別増刊時代小説特集号秋号」での執筆依頼で四〇〇枚一挙掲載というものであった。
 この「時代小説号」は、杉本章子『東京新大橋雨中図』(八九年直木賞)、中村彰彦『鬼官兵衛烈風録』、宮部みゆき『かまいたち』『霊験お初捕物控(れいげんおはつとりものひかえ)』、南原幹雄『覇者の決まる日』『御三家の黄金』等の力作を輩出している。作者には絶好の機会であった。

「意外だったのは〝関宿合戦〟を舞台にした戦国ものを考えています、という答がすぐ返ってきたことでした。合戦に否応なく巻き込まれ、翻弄される女性を描きたいとのこと。おそらく構想はかなり出来ていたのでしょう。」

 田中さんの回想である。
《関宿合戦》と即答したところから推察すると、デビュー以降の二十年間にも及ぶ不遇時代に、江戸の勉強と共に、自らの守備範囲を広げるための資料探しも続けていたようだ。
 事実、作者は本書を書く前に四編の戦国ものの短編を書いている。「歴史読本臨増」(八〇年三月号)に「北の政所」、翌八一年同誌三月号「読臨女たちの戦国史」では「いのち燃ゆ・安濃津(あのつ)城の戦い」を発表している。安濃津城の戦いとは慶長五(一六〇〇)年八月二四日に伊勢・安濃津城を巡って行なわれた関ヶ原の戦いの前哨戦のひとつである。この戦いで窮地に陥った安濃津城主・富田信高を救ったのが一人の若武者であった。

美にして武なり、事急なるを聞き単騎にして出づ、鎧冑鮮麗、奮然衝昌、衆皆目属す、遂に信高を扶く…

「逸史」より

とある。この武者こそ信高の妻であった。作者はこの題材を抑制のきいた筆で料理している。「歴史読本」同一一月号では「聖女炎上」と題し細川ガラシャを手がけており、三編共、人物把握の確かさと場面作りに特筆すべきものがあった。さらに『花冷え』(一九九一年)に収められた「古橋(ふるはし)村の秋」(初出「小説新潮」一九八三年二月号)では、敗者石田三成にあくまでも忠誠を尽くそうとする百姓与次郎の姿を描いている。前三編と比較すると、物語の創り方に進歩が見える。これはたった二年間であるが、引き出しは多ければ多いほどいい、いつか活かせる時が来ると、自らの新しい展開のために準備を怠らなかった作者の精進の賜物であろう。それはそのまま書きたい欲求と、発表する場を渇望していた作者の祈りでもある。

 そこで本書である。作者の訃報を耳にした時、真っ先に思い浮かべたのは、本書がこのまま陽の目を見ないで消えてしまうかもしれないことへの無念さであった。記憶に間違いがなければ九三年の『恋忘れ草』の直木賞授賞式と、二〇〇五年の『夜の明けるまで』の吉川英治文学賞授賞式でお会いした際に、「早く単行本にしませんか?!」とお願いした。作者は謎の微笑を浮かべたまま無言であった。
 おそらく作者は書き直したいと思っていたのだろう。しかし本書が掲載された二年後の九三年に『恋忘れ草』で直木賞を受賞。忙しくなり、そのままになってしまったのだろう。
 しかし、どうしても単行本化したいと思った。それは本書が戦国ものとして新しい可能性を秘めたものであったからにほかならない。
 まず第一に言えることは、戦国ものにオリジナルストーリーを持ち込んだことである。戦国ものの大半は人物伝記色の濃い作品で占められる。作者自身、前述した三編は企画のせいもあるが人物伝記をベースとしたものである。そのほぼ二年後に書いた「古橋村の秋」では、敗者である石田三成に忠誠を尽くす百姓の姿を描くというオリジナルストーリーとなっている。勉強した戦国の歴史を消化し、自家薬籠中のものとして、コントロールできる能力が備ってきた証拠である。
 そう言えば、作者の作家論が掲載されている中谷順子著『房総を描いた作家たち3』の中に、次のような記事が見える。

「小学校4年生のころには、作家になろうと心に決めていました。でも、作文は好きではなかったですね。そのわけはこうである。作文の時間には童話風の物語を書いた。成田や安食に住んでいたころの村祭りのイメージを背景にして、峠を越えてお祭りを見に来た3人の子どもたちの夜の帰り路を描いたものだった。うまく書けたと思ったのに、先生から『作文の時間には作文を書け』と注意され、それからかなりの間、文章を書かなかったという。」とある。作文より創作が巧みな小学生だった。  そのインタビューの折、北原自身が「コケの一念」という言葉を用いたようだ。当時からその思いで書いていたということだろう。

 これを読むと作者が「物語を創る」ことにこだわっていたことがわかる。インタビュー自体、後年のものであるから、作者の中で「物語を創りたい」という思いが醸成され続けていたのは確かだ。作者自身の「コケの一念」という表現に緊迫感が込められている。
 もうひとつ、引用したのには理由がある。物語の内容は定かではないのだが、《峠を越えてお祭りを見に来た3人の子どもたちの夜の帰り路を描いたもの》というモチーフに触発されるものがあった。峠を越えて、つまり、日常の枠を越えて冒険した三人の少女が帰り道に感じたそれぞれの心理を描く、というモチーフは、そのまま本書のモチーフにつながるものだからである。
 本書は激動の戦国時代を生きた女性の物語がテーマとなっている。女性の生きざまを描くというのが、作者が一貫して追求してきた主要テーマである。江戸時代の市井人情ものでは、封建という時代の枠組の中で生きる女性たちの哀歓にスポットを当て、幕末・明治維新ものでは、信念に殉じた男の陰で生きた女性を好んで描いている。
 作者が戦国時代を舞台としたのは、前出の「北の政所」、「いのち燃ゆ・安濃津城の戦い」、「聖女炎上」の三編で戦国を生きた女性の輪郭を摑めたこと、「古橋村の秋」でオリジナルストーリーの可能性をためせたことが大きかったと思われる。足ならしは済んだ。そこへの依頼だっただけに、本格的な物語に挑戦する絶好のチャンスと捉えたに違いない。
 作者は構想する段階で三つの工夫を施している。その第一が境遇の違う三人の女性を主要登場人物とすることであった。塩商人の娘として育ち、伍平太との将来を夢見るあぐり。彼女は平穏な暮らしをしていたにもかかわらず、戦さに翻弄される庶民の姿を映し出す役割を担っている。幼い時から戦陣の中で生きてきた遊女ねこは、どんな環境の下でも、地べたを這いつくばってでも、しぶとく生き抜く下層の庶民のたくましさが投影されている。
 父と伍平太を亡くしたあぐりにねこの下にいるみの虫が語りかける場面がある。

「城下へなだれ込んできた軍勢に家を焼かれ、夢中で逃げて行く時でした。三人の雑兵に襲われて父と姉が斬られ、母は……、申し上げなくともおわかりでしょう」  あぐりは黙っていた。みの虫は、かまわずに言葉をつづけた。 「わたしは、そんなことをして戦さに勝った人達を強いとは思いませぬ。偉いとも思いませぬ。道端で泣いていたわたしを拾い、育ててくれたねこ姉様の方が、どれほど偉いかしれませぬ」  みの虫が、あぐりの顔をのぞき込んだ。 「あぐりさん。あぐりさんも、さくら子さんから偉いお人だと言われるようになって下され。お願いじゃ」  何を見ても心の動かなかったあぐりの頰に涙がつたった。

 ねこの存在感を示す強い印象を残す場面となっている。彼女らに人間の名ではなく、動物や昆虫の名を配した作者の巧妙さも伝わってくる。城主の娘ながら日陰に身を置く於須和には、身分が高いゆえに襲う悲劇と、ギリギリのところで自らの矜持を貫ぬく凜々しさが込められている。三人共、《時代の変革の波というのは、関係なく暮らしていようと思っても、みんなかぶってしまう》というスタンスを具象化した人物像と言えよう。
 第二の工夫は〝関宿合戦〟を物語の舞台として選んだことだ。作者は本書と同時期に「関宿の女」(『降りしきる』所収、初出「小説すばる」九〇年春季号)という関宿を舞台とした作品を書いている。関宿は江戸川と利根川の交わる海路の重要拠点で、江戸幕府にとっても、全国の物資を江戸に運ぶ中継地点であると同時に、防衛対策上でも重要な地域であった。同作品は幕末の動乱期に、官軍か幕府側かで揺れ動く関宿藩を舞台として、代々関宿藩の藩主を務めた久世家の一七歳の病弱な藩主を紛争から救い出そうとする娘の話である。
 作者はもともと千葉県と深いかかわりがあり、関宿の歴史についてもある程度知識があったのだろう。それが同作品を書くことによって、主要舞台として浮上してきたと推察しうる。戦国時代には関東の中心部における最重要拠点であった。関東の制圧を目論む北条氏康は「この地を押えるという事は、一国を獲得する事と同じである」とまで評した。
 舞台となった関宿合戦は、戦国末期に北条方と上杉方の間で激しい争奪戦が繰り広げられたものである。攻防戦の中心となった関宿城の戦いは、北条氏康・氏政・氏照父子に、古河公方の重臣であった簗田氏が上杉謙信、佐竹義重の援助を受けて、籠城戦を決めたことが発端となっている。つまり、古河公方対北条という新旧の対立に、上杉、佐竹という新興勢力が加わるという構図は、まさに下克上の戦国時代の縮図であり、作者にとっては三人の女性の生きざまを描ける恰好の舞台であった。
 ただし難関があった。戦国ものを手がける作家にとって、権謀術策が張りめぐらされ、混迷が深い政局や時代相を、ストーリーを中断することなく、わかりやすく書くことは至難の業である。初めて本格的な長編を執筆する作者にとってはなおさらだ。本書を読んでそのさばき方のうまさに驚いた。史料の読み込み、しっかりした時代考証、的を射た人物解釈など、初めての挑戦とは思えぬ手腕を披露している。
 第三の工夫は自らの戦争体験を重ねて書いたことである。前述したように作者は第二次世界大戦で疎開、空襲、父の死、生家の焼失という過酷な体験をしている。この体験が本書の起爆剤となっている。それは書き出しを読むとよくわかる。

 燃えていた。  何もかも、夜空までが燃えていた。  小田原の北条氏政が、下総国関宿まで押し寄せてきて、城下にも村にも火を放ったのだった。  あぐりは、母のちよと姉の於さちに手をひかれて走っていた。前を父親の蔵次が駆けていて、遅れがちになる子供達を気遣ってはふりかえるのだが、それを押しのけるようにして幾人もの人達が駆けて行った。  火の粉が雨のように降りかかる。  母が手拭いをふりまわして払い落としてくれるのだが、橙々色に光って舞い落ちてくる火の粉は奇妙に美しく、その下を逃げ惑っているのが、不思議な世界へ迷い込んだように思えた。

 臨場感溢れる場面だ。作者は小説やエッセイでも戦火をくぐり抜けた体験を文章化している。

 私は、昭和十九年十一月三十日の夜、はじめて空襲というものの恐しさを知った。焼夷弾の降りそそぐ夜空の下を一晩中逃げまわったのである。  もう一度、いや、何度でも書いてしまうと思うが、焼夷弾は花火のように美しく光って落ちてくる。流星雨もあんな風に光って降りそそいでくるのではないかと思うが、とにかく美しい。が、この美しいものが地上に達すると、確実に人を殺すのである。  私の脳裡には、オーバーコートを着て防空頭巾をかぶり、水筒と救急袋を斜めに下げ、小さなリュックサックを背負って、光る夜空を息をのんで見上げている満六歳の私の姿が焼きついている。こわいという気持すら吹き飛んでしまって、異様に美しい空を見上げている自分の姿が、間違いなく見えたのだ。

『父の戦地』

 この一連の文章を読むと、六歳の時の空襲体験が、少女の心にいかに大きな形で焼き付いていたかがうかがえる。《奇妙に美しく》《異様に美しい空》という逆説的な表現は、体験した者のみが感じる戦争のもつ残酷さに対する無言の抗議が込められている。一九九六年に発表された『東京駅物語』の中で、《人の命を奪う恐しいものも、美しく光ることができるのだった。》と、初めて踏み込んだ表現を持ち込んでいる。おそらく作者の中には、本書の構想が決まった段階から、この書き出しがイメージされていたのであろう。それだけのインパクトのある書き出しとなっている。
 戦さの残酷さを伝えるものとして、作者がもうひとつ用意したのが次の場面である。

「いや。わたしは父様が好き。いつまでも、父様と親子でいたい」 「わしも、あぐりが好きじゃ」  父の手が、あぐりの髪を撫でた。 「だが、わしには荷を積み出す舟と、荷を運んでくる舟が見えている。わしは、北条に大儲けをさせてもろうて、北条に焼かれた関宿を、もとの通りの関宿にしてやるのじゃ」 「関宿は、死んではおりませぬ。戦さが終れば、皆、競って家を建てる。前よりも大きな家を建てる人もいれば、移り住んでくる人もおりましょう。桜を植える人も、水田を広げようとする人もいる筈です」 「だめじゃ」  蔵次はかぶりを振った。 「わしは、わしの手で関宿をもと通りにしたい。わしがその夢を捨てる時は、わしが斬られる時じゃ」

 故郷である関宿に対する強い思いと、父・蔵次とあぐりとの交情が綴られている。蔵次の関宿に対する思いには理不尽に故郷を奪っていく権力に対する反骨心がある。この蔵次の商人魂こそ庶民の心意気ということだろう。実にうまい。
 さらに作者は物語の後半を伍平太との間に出来たさくら子と母であるあぐりとの情愛に筆をさいている。特筆すべきは戦乱の中で生まれ、戦乱を日常として育ったさくら子を、ものに動じない図太さと地を這いつくばってでも生きていくたくましさを身につけた女性として造形していることである。そのさくら子が母を気遣う場面で筆を擱いている。戦乱も秀吉の登場で収まりつつある。つまり、さくら子こそ『春遠からじ』の象徴なのである。

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