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レビュー

北朝鮮、平壌郊外で起こったありふれた殺人事件の物語 『出身成分』

 日本の隣国でありながら内情を窺い知ることのできない朝鮮民主主義人民共和国、通称・北朝鮮。ここ数年、韓国との融和政策などから、少しずつ国情を垣間見る機会も増えてきた。だがそれも首都平壌ピョンヤンが中心。地方の人々の苦しい暮らしぶりと厳しい統制の様子は脱北者の報告からしか知ることがなかった。
 ストーリーテラーとして人気の高い作家、松岡圭祐の新刊は、その北朝鮮の平壌郊外で起こった殺人事件を追ったミステリーである。
 それも、読んでいる間に何度も何度も驚きの声を上げてしまうほど先が見えない物語だ。誰が善人で誰が悪人か。翻弄され、裏切られて、混乱の果てたどり着いたのは、北朝鮮でなければありえない結末だった。
 一読して全くの創作ではないことはわかる。これは多くの脱北者の証言を基にした、現実に近い出来事なのだ。
 平壌郊外で人民保安省保安署員として働く四十一歳のクム・アンサノは、十一年前に平壌から近い价川ケチョン市で起こった殺人・強姦事件の再捜査を命じられた。全保安署に、疑わしき過去の事例を洗いなおすよう通達があったからだ。この国では、事件の被疑者は逮捕されず、人民保安省か国家保衛省による強制連行ののち、名ばかりの裁判を受け教化所か管理所へ収容されていた。
 だが人権意識が人々に芽生え始め、政府も国際社会から圧力を受けるようになったため、水面下で再調査が行われ始めていた。
 アンサノの担当は四十五歳男性ペク・グァンホの殺人事件だ。十七歳の娘チョヒは強姦されて倒れていた。犯人として収容されているのは第一発見者の男イ・ベオク。アンサノはベオクに面会するも確証は得られない。
 事件が起こった价川市の現場を捜査し、生き残ったチョヒが叔父夫婦に引き取られた田舎にも足を運ぶが、強姦されたことで軽蔑すべき存在とされ、ひどい差別を受けていた。
 チョヒは目鼻立ちの整った女性で、二十八歳のわりには言葉遣いが拙く、思考も同様のようだ。その姿にアンサノはなぜか惹かれた。
 事件のことを尋ねると、自分を強姦したのは殺された父、グァンホだという。ではその父を殺したのはいったい誰なのか。アンサノは捜査の杜撰さ、記録のあいまいさ、そして身分差別の凄まじさを目の当たりにしていく。
 タイトルの「出身成分」とは北朝鮮特有の階層制度であり、その階層自体を表す言葉である。家系を三代前まで遡り「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」に分類される。
 一番上である「核心階層」は朝鮮労働党員や抗日戦争での犠牲者の遺族などで国に忠誠を尽くす者であり、特権階級である。
 最下位の「敵対階層」は国に対する反逆の意志ありとして政府の監視下に置かれ、高等教育機関への進学は認められない。中に位置する「動揺階層」も監視下にあるが体制への「従順度」が高ければ優遇措置が受けられる。都市部にすむことができるのは基本、核心階層だけだといわれている。この事件の根底に潜んでいたのは出身成分による差別であった。
 アンサノの父親クム・ドゥジンは保安署の嘱託医師で「核心階層」であった。この国では医師の身分は必ずしも高くないが、それでも父の出身成分を継いでアンサノも核心階層だ。だが父は担当していた朝鮮労働党幹部の暗殺容疑で獄中の人となっていた。
 調査を進めるうちに、事件前後にチョヒの家近くに謎の浮浪者がいたことが判明した。この男が事件のカギを握っている。アンサノは注意深く足取りを追い始めた。事実をつなぎ合わせた推理の末、真実に近づいたと確信したアンサノに衝撃の事実がつげられる。
 鉄のカーテンに遮られ、国連でも問題視され続けている北朝鮮。しかし暮らしているのは普通の人間であり、幸せになりたいと願うのはどこの国でも一緒だ。では幸せはどこにあるのか。驚愕のラストシーンまで巻を措く能わずの傑作である。


ご購入&試し読みはこちら▶松岡 圭祐『出身成分』


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