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レビュー

青春とは、鼻につく自意識である――リア充男子と文学女子の痛くて爽やかな成長物語『ふたりの文化祭』

 大学の学園祭や、地元の「文化フェスティバル」的なものとはまた違う、中学・高校で経験したあの学校行事としての「文化祭」。あなたが当事者として、最後にそれを経験したのは今から何年前でしょうか。懐かしいね! と、まだ簡単に思い出せる人もいれば、もはや忘却の彼方という人も少なくないでしょう。二〇一六年三月に単行本が刊行された本書『ふたりの文化祭』は、そんな青春の延長線にいる人も、ずいぶんと遠ざかってしまった人(私もです)も、そしてもちろん、今まさに、その真っ只中、という人も、それぞれの立場で楽しめる物語です。
 舞台となるのは、県内でもトップクラスの進学校「神丘かみおか高校」。描かれていくのは、その、毎年十一月の最初の金曜・土曜に行われる文化祭で、一年一組のメンバーがお化け屋敷をアレンジし、怪談を朗読するという企画に向かって邁進する姿です。語り手を担うのは、成り行きで実行委員を譲られた、長身痩躯そうくなイケメンでスポーツ万能、リア充代表のような九條くじょうじゅんと、三つ編み眼鏡の地味系で、好みのタイプは太宰治だという図書委員の八王子あや。今やまったく別の属性に生息している潤とあやですが、実はかつて同じ保育園に通っていて、ふたりは魂のおなじ場所に傷を持っている、というのがひとつ重要なフックになっています。
 所属しているバスケ部の部長から、慣例で各運動部から一年男子がひとりずつエントリーすることになっているミスターコンテストに出場せよ、と命じられても自然に受け入れ、押しつけられた形でも躊躇うことなく中心となってクラスをまとめていく潤は、ある意味自分をよくわかっています。誰かに指示され動くのではなく、自分は場を仕切る側であり、友達も恋人も選ばれるのではなく、選べる立場であると思っていて、周囲もそう見ている。だからこそ、学校一の美少女と評される結城ゆうきあおいに対して、つきあってもいいと思えるレベルは〈あえていえば、結城あおいぐらいだな〉などと傲慢な思いを抱いたりもするのですが、実際、彼がそういうポジションにいるのもまた事実。
 一方のあやは、中学時代に虐められたこともあり、女子力勝負の舞台から降りて、特別目立つことがないように、自分の居場所を確保しています。〈真面目そうで、外見に無頓着で、恋愛市場での価値よりも己の趣味を重視するような女子〉であると見た鹿島かしまアリサと仲良くなり、勉強の一点突破で人生を切り開こうとしている。恋愛も友情も本で疑似体験できると思い込もうとしていて、けれど、それが「逃げ」であることにも気が付いています。アリサや、女子の実行委員であるもりせつなに対する気持ちには、潤のそれとはタイプの違う傲慢さが見受けられ、正直、そんな主人公のふたりを、あまり好きになれないな、と感じた人もいるでしょう。
 でも、それはむしろ当然です。本書は、そんな潤とあやが、文化祭という一大行事を通じて自らの殻をうち破り、ひとまわり大きくなる過程を見せる青春成長小説。青春とは、いってみれば鼻持ちならない自意識がつきもので、ひたすら「いいヤツ」なんて逆に何らかの感情が欠落しているのではないかと心配になるというもの。屈託なくして成長あらず、ともいえます。と同時に、自分の嫌らしさに無自覚だった潤と、わかっていながら動けずにいたあや、という対比がまた巧い。作者である藤野ふじの恵美めぐみさんは、こうしたひとつの物事をちょっと捻って違う角度からも見せることが多く、読者としてはそこから気付かされることが、これまでにも何度もありました。
 本書は『わたしの恋人』(講談社→角川文庫)、『ぼくの嘘』(同)とあわせて「青春三部作」となっており、大きな意味ではこの仕掛け自体が、神丘高校一年一組の生徒たちを多角的に描いている、ともいえます。文化祭実行委員として、九條潤をきっちりアシストするだけでなく、自分から進んで資料を提供したりアイデアを出したりし、あやを〈裏切られたような気持ち〉にした森せつなが心を開いたきっかけ。地味系男子代表のような風貌の笹川ささがわ勇太ゆうたが、結城あおいと親し気な理由も、潤にまったくなびかないわけも判明します。本書の作中、外見からはおよそ仲良くなりそうもない、あやとあおいが話している場面を見て、潤が〈このふたりの組みあわせも、アンバランスというか、落差が大きい〉などと思う場面がありますが、『ぼくの嘘』を読んでいれば不思議でもなんでもなく、むしろ頬が緩んでしまうはず。
 対比という意味では、潤や勇太、あややあおいの容姿や性格だけでなく、個々の家庭の差異も地味に効いています。『わたしの恋人』では、夫婦仲が良すぎる両親と、いがみ合いながらも離婚しない両親。『ぼくの嘘』は、多忙な父親と専業主婦の母、本書ではシングルマザーという同じ状況ながらも、主人公たちは、まったく違う問題を抱えています。それが高校生に、なにも影響しないはずはなく、そうしたホームあっての性格形成であることを踏まえておくと、またぐっと物語の奥行が増すというもの。たとえ知らなくても、意識していなくても読ませる物語であるのに、知ればまた違う景色が見えてくるのです。
 そして最後にもうひとつ。『わたしの恋人』と『ぼくの嘘』だけでなく、本書を読んだことで、気になる本がでてきた! と読書欲をかきたてられたみなさんへ。あやが朗読用に厳選したエドガー・アラン・ポー「黒猫」、W・W・ジョイコブズ「猿の手」、小泉八雲「耳なし芳一のはなし」、小川未明「赤い蝋燭と人魚」、夏目漱石「夢十夜」の第三夜や川端康成「片腕」は、ちょっと検索すれば絶版とかじゃなく、〈書店で入手可能なやつ〉が見つかります。個人的には〈ヤンデレ以外の何者でもないじゃん!〉〈常々、イエスは総受けだと思っていたんだよ〉とあやがアリサと盛り上がった太宰治の「駈込み訴え」が、そんな話だっけ!? と気になりついKindleでポチってしまいました。確かに、言われてみると「そんな話」でもあり、シリアスな物語なのにニヤニヤがとまらず、そうか、こんな楽しみ方もあったか、と思いがけぬ方向で太宰を見直したり。そうそう、アリサといえば、あやに貸した〈美形の文豪たちがバトルする漫画〉はアニメにもなった『文豪ストレイドッグス』(朝霧カフカ原作/春河35漫画/KADOKAWA)かと思われます(ちなみに太宰も登場しますが、私は福沢諭吉オシです。どうでもいいか!)。教科書常連で、ともすれば小難しく感じる昭和の文豪が身近に感じられる、これまた読書の幅を広げてくれることでしょう。
 結城あおいが好きだったという『かいじゅうたちのいるところ』(モーリス・センダック著/じんぐうてるお訳/冨山房)や、潤が懐かしがっていた『おしいれのぼうけん』(ふるたたるひ/たばたせいいち著/童心社)。がまくんとかえるくんシリーズの最初の一冊『ふたりはともだち』(アーノルド・ローベル著/三木卓訳/文化出版局)は、いずれも一九七〇年代に出版された作品ですが、現在も普通に購入することができます。その気になれば、今すぐ手に取ることもできるし、自分の子供や孫が生まれ、絵本を探しているときに、思いがけず再会するお楽しみにとっておく、というのも素敵ですね。
 既に『わたしの恋人』ではホラー映画、『ぼくの嘘』ではアニメの世界へいざなわれた読者もいると思われますが、『ふたりの文化祭』ではここから読書の世界が縦横無尽に広がっていく。後にベストセラーとなった『ハルさん』(東京創元社→創元推理文庫)の文庫版あとがきで、藤野さんは自身の読書経験について語られています(未読の方のために詳細は記しませんが、既読の方もぜひもう一度読んで欲しい!)が、そこから伝わってきたのは、小説を書く事への覚悟と物語への信頼でした。
 今の時代、小説を読まずして書くことは、特に珍しくはありません。私が長く読み続けているなかにも、ほとんど小説を読んだことがない、と自称する人気作家も少なからず存在します。けれど、藤野さんの児童文学、YAとジャンル付けされてきたこれまでの作品や、一般文芸のカテゴリーになる近著『ショコラティエ』(光文社)や雑誌「小説新潮」で連載中の「サバイバーズ・ギルト」を読むと、その根底に物語の力を実感として信じている書き手ならではの深味が感じられる。
 物語は、ページを閉じて終わりではありません。今日、不思議に思ったことが、理解できないと感じたことが、時間の経過とともに「そうだったのか」と思える日が来ることもある。もちろん、分からないままのことだってあるけれど、どれだけ歳月が過ぎてもやっぱり分からない、と感じることもまた自分を知るきっかけになるのです。
 ここから広がっていく。繋がっていく。願わくは、あやにとっての『ふたりはともだち』のように、いつの日かまた本書を読み返してみて下さい。
 懐かしさと同時に、再読する楽しみを、成長する悦びを、いくつになっても体感できると確約します。


書誌情報はこちら≫藤野恵美『ふたりの文化祭』


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