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レビュー

作家にとって有難くも心穏やかならぬ存在、校閲と直木賞作家の関係は!?

 出版の世界に身を置く者として「校閲」という仕事がどれほど難しく、とてつもなく厄介で、いかに気を遣う仕事であるか、よく知っているつもりでいる。
 例を挙げよう。もし私が「あれから二十日が過ぎた」と、書いたとする。そして「その日、桜が満開を迎えた」と続けると、校閲者は前後の流れや天候の状況から素早く判断し、「二十日後であれば、桜はまだ七分咲きと思われます」と、チェックが入る。「ノースリーブのブラウスだと肌寒く感じるようになった」と書くと「この時点ではすでにカーディガンが必要な季節と思われます」と、チェックが入る。こういった時系列ばかりでなく、文章の誤り、数字の不備、歴史の背景、美術、地理、文化、等々、とにかくすべての分野について徹底的にチェックする。作者が忘れたり勘違いしているところも同様だ。これだけでもお分かりになると思うが、極めて特殊な技術と才能と根気と疑り深さが必要になる職である。
 チェックが入るたび、私はひやりとする。もっと確認して書くべきだったと反省する。その後しばらくは、間違いをしでかさないよう注意を払うのだが、やはり同じようなミスをしてしまう。そしてチェックが入り、またひやりとする。それが何年も続いた今、情けない話だが、校閲者がいてくれるという安心感が先に立つようになった。もし校閲がなかったら、私など怖くてとても出版できない。
 それほどお世話になり、関係の深い校閲だが、実際に顔を合わせることがないというのも実に不思議な存在だ。正直なところ、会いたい気持ちと会いたくない気持ちが半々。「こんなことも知らないの?」「こんな間違いにも気づかないの?」なんて思われていたらどうしよう。想像しただけでいたたまれなくなってしまう。作家にとって校閲という存在は、有難くも、心穏やかならぬ存在なのである。
 シリーズ第一作の解説を角田光代さんがされていて、その中に、タイトルにバッテンを付けられた、と書かれていた。角田さんもそんなことが、と、ちょっと安心した。ずいぶん前の話だが、私も忘れられないチェックがある。ある短編に「絶望するほど美しい」と書いたのだが「表現OK?」とエンピツが入っていた。私にとって、この一文が物語を象徴する言葉だと思っていたので、とても落胆した。
 と、私も書いてしまった。角田さんの言う通り、書く人間は校閲の話を始めると尽きなくなってしまうのである。
 さて、今回はシリーズ二作目ということで、主人公・河野悦子の登場が少ないのは残念だが、面白さはまったく引けを取らない。むしろ宮木さんの筆が乗った分、ますますテンポよく、魅力的なストーリー展開となっている。とにかく、人物の書き分けっぷりが素晴らしい。
 悦子の同期でファッション誌『C.C』の編集者、森尾。彼女は帰国子女で、高校生の頃ファッション誌の『E.L.Teen』で読者モデルをしていたという特別感満載の女性だが、そんな彼女にも鬱屈した思いがある。彼女に対して「何を贅沢なことを言ってるの」と、反感を持つ読者もいるかもしれない。女性読者は、嫌な女を本能的に嗅ぎ取る能力を持っている。しかし、読むに従って「その気持ち、わかる」と、読み手の共感を得るよう巧みな描き方をしてゆく。その書き手の術中にはまってゆく感覚が、またたまらなく心地いい。森尾はハイファッション系モード誌からの誘いを受けるのだろうか。すごく気になる。
 悦子の頼れる同僚、米岡。彼の「ガールなんだかボーイなんだか」の立ち位置が、読んでいてホッとしたのは、私だけではないはずだ。彼のような友人、いや息子がいてくれたらと思う。そうしたら、男でもなく女でもない、三番目の発想が持てるに違いない。すっかり彼のファンになった。
 文芸編集者の藤岩は、誰をモデルにしたのだろうと、いろんな女性編集者を思い浮かべた。お勉強のできる子と、頭のいい子は違う。お勉強ができて頭のいい子が良き編集者になるとも限らない。良い編集者とはどんな編集者なのか。新人作家を発掘する眼力? ヒット作を連発する能力? やはりそれだけでもない。作家同様、編集者の評価も曖昧なものである。
 同じく文芸編集者で悦子の天敵、貝塚。編集者を土下座させる女性作家のモデルは誰だろう。小説なんだから、と思いながら、こちらもついつい想像してしまった。田巻の原稿を単行本化するに当たっての、彼の一生懸命さが嬉しい。こういう編集者との出会いがあって小説家は育ち、生き残れる。ぜひ、ヒットして欲しい。
 悦子の上司である校閲部部長、エリンギこと茸原渚音。かつての濃密で危うい女性作家との関わりには心が揺さぶられたし、番外編のエロミス作家の本郷大作は妻と会えるのか、切ない幕切れとなっている。
 登場は少ないものの、各話に悦子が関わり、その場を大きく搔き回してゆく。そして、その搔き回しが大きくなればなるほど、真ん中の、動かない部分がはっきりと見えて来る。その中心部分に何があるのか、読み手は覗き込むことになる。そこにこそ本書の面白さがある。やはり主人公は悦子だ。悦子がいなければ、彼らの魅力を引き出せない。出番は少なくても、今回もいい仕事をしてくれた。
 宮木さんは二〇〇六年に『花宵道中』で第五回R-18文学賞、大賞と読者賞をW受賞し、デビューされた。
 私も読ませてもらったが、すごい新人が現れたものだと驚いたのをよく覚えている。文章は的確で艶がある。艶といっても妙な粘り気はなく、さらりと肌に馴染む心地よさを感じた。こんなに上手いのだから、これから時代小説を書いて行くのだろうと思っていたら、次に発表した作品はまったく毛色の違ったものだった。その後も同様で、読むたび宮木さんの懐の深さを感じる。いったい何を隠し持っているのか、まったく目の離せない作家である。
 ご本人も小説同様、会うたびに印象を変えるミステリアスな人だ。美人には違いないが、憂いを帯びた大人の女性に見える時もあれば、はしゃいだ女の子のように映る時もある。隣に座っているとばかり思っていたら、いつの間にか姿を消していたり、今日は会えないのかと思っていると、いつの間にか隣で酔っ払っていたりする。話していると、その目が私を通り越して別のものを見ているような気がする時もある。ちょっと捉えどころのない人だ。
 きっと、次の作品も読み手を驚かすような企てを立てているに違いない。期待はすごくあるのだが、この『校閲ガール』シリーズはぜひ続けてもらいたいと思う。出版界なら、コピーライターだってデザイナーだって、イラストレーターだっている。広告代理店や映像関係者も関わるし、出版社には総務課や人事課で働く人もいる。ネタには尽きないはずである。
 と、こんな提案までしてしまうようになったのは、悦子と、彼女を取り巻く様々な人物にすっかりはまってしまった証だろう。


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