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レビュー

ラスト一行に、涙。運命は変えられる、たとえ67歳であっても。 『ふたりみち』

 67歳の歌手が、昔の知り合いに電話をかけまくって歌う場所を確保し、全国ツアーと称して旅している——という話を聞いたら、どんなイメージを持つだろうか。その場所とは旅館の宴会場であり、病院のロビーであり、公民館だ。つまりドサまわりである。そういうイメージを持つのが普通だろう。それはけっして間違いではない。たしかにドサまわりなのだ。
 もう少し説明を加えておくと、その歌手の名前はミラクル・ローズ。本名は野原(のはら)ゆかり。19歳で歌手デビューし、出したレコードは7枚。ヒットしたのは「無愛想ブルース」だけ。レコード会社との契約は10年で切れ、あとは細々と歌手活動をしてきたが、30年前に引退。いまは函館五稜郭(はこだてごりょうかく)近くで4坪半のスナック「野ばら」を経営している。客は常連ばかり。しかも60代はハナタレで、後期高齢者が過半数を占める。
 本書は、古希に近いその元歌手がスナックを休んで旅に出る話である。そんな話、退屈でつまんない、と思うでしょ。まあ、待て。もう少し説明を加えておく。
 ミラクル・ローズの出したレコードは7枚、と先に書いた。レコードにはA面とB面があるので、これまでの曲は14曲。ヒットしたのは「無愛想ブルース」だけだが、ではほかにどんな曲があったのか。それを知りたくなるのは人情というものだ。大丈夫、山本幸久はそういう読者の声なき声にもきちんと応えてくれる。その13曲はこうだ。
「あの人を譲って」「東京ぎらい」「桃色のワルツ」「言い訳バラード」「野良猫ロック」「嘘つきポルカ」「みっともないわ」「卯の花おいし」「(かささぎ)よ、()かないで」「ひとりでデュエット」「貧乏オペラ」「鰯雲(いわしぐも)エレジー」「熟年フーガ」
 なかなか想像力を刺激するタイトルが多い(笑)。もっともショッピングセンターなどでは主催者の要求に応じて、なんでも歌うのが彼女の仕事でもある。マドンナ「ライク・ア・ヴァージン」から、荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」、井上陽水「少年時代」、そしてドラえもんの主題歌まで、リクエストがあれば何でも歌う。その中でもいちばん得意なのは「愛の讃歌」だ。おお、ネタばらしになるので、これ以上ここでは紹介できない。そうか、もう一つくらいは書いてもいいか。旅の途中で12歳の少女と知り合って、奇妙な二人連れになることは、ここに書いてもいいだろう。

会社潰して債権者から逃げ回っているオジサンや、駆け落ちしてきたけど途中で相手に捨てられたオネエチャン、鉄砲玉やり損ねて破門になったヤクザ、それとそうそう、日本赤軍だか、三億円事件の犯人だか匿っていたって話、人づてに聞いたけど、あれってほんと?

 あとは、ミラクル・ローズに関して、こういう都市伝説めいたことが流布していることも書いてもいいだろう。ホントのことは一つもないが、こういう都市伝説が流布すること自体、ミラクル・ローズが無名の歌手ではなかったということだ。そういう局面が除々に浮上してくる。
 実は、これ以上のことはここに紹介できない。とても読みごたえのある長編なのだが、なぜ読みごたえがあるのか、その理由をここに書いてしまうと、読書の興を削いでしまうと思うのである。ここに書くことが出来るのは、旅の間に、これまでのミラクル・ローズの人生が、その軌跡がどんどん挿入され、どんどん積み重なっていくと、野原ゆかりという一人の女性の人生が鮮やかに立ち上がってくるということだけだ。
 まさかこんなに忘れがたく哀切で素敵なラストが待っているなんて、誰が想像できただろうか。彼女だけが特殊でドラマチックな人生を送ってきたわけではない。どんな人の人生も、かけがえのないもので、忘れがたいのである。ミラクル・ローズはその象徴にすぎない。その真実を、この長編は鮮やかに描いている。山本幸久の傑作だ。


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