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レビュー

虚実の間を永遠に京極夏彦は彷徨い続ける 『虚談』

 人が口にする虚、すなわち嘘。
 いや、人の口から出る言葉はすべて虚であると言ってもいいのではないか。すべての実体はすべて人の外にある。言葉とはその反映にすぎないからだ。すなわち虚。
 人は言葉を積み上げて、談話と成す。本来虚にすぎないものも、積み上がることによって実があるように聞こえるようになる。しかし本質はあくまで虚なのである。すなわち虚談。
 京極夏彦『虚談』は、そうした虚ろな話を集めた短篇集である。
幽談』『冥談』などの系譜に入る一冊である。あえて分類すれば、怪談小説の範疇に入るだろう。ただし本書には、「談」の文字が入った過去作と大きく異なる点がある。すべての収録作において語り手をつとめる〈僕〉なる人物が、作者の分身であるかのような書かれぶりなのである。デザイン学校を出て働いた後に小説家としてデビューしたという経歴だけではなく、「僕は酒を飲まないのだけれど、居酒屋にはよく行く」「僕はどうもブッキッシュな子供で、小遣いはほぼ書籍に費やしていた」「僕は無類の墓好きなのだ」などと、作者のファンであれば間違いなく反応するような情報が処々ところどころに挿入される。
 もっとも京極夏彦らしいのは〈僕〉が表明する合理主義者としての態度だ。彼は、知人から「アンチ・ビリーバー」、すなわち怪しい言説をすべて鵜呑みにしてしまう者の対極の、何も信じない男と揶揄される。しかし〈僕〉はそれほど頭が固いわけではなく、「僕は見聞きしたから真実だと言い張る自信がない」という認知の絶対を信じない者であるだけなのだ。つまり自分という者が見聞きし、考えることには限界があるとわきまえている。そんな人物のところになぜか、不思議なことがあるのだが、という相談が持ち込まれる形で各話は始まる。
 巻頭の「レシピ」は、大垣おおがきという高校の同窓生がその相談主となる話だ。高校時代はいわゆる「チャラい男」であったという彼にはかつて須田清美すだきよみという恋人がいた。大垣にとって須田清美は他の女子とは違って真剣な付き合いをした相手だったが、高校卒業を目前にしたある日、彼女の自宅が火災に遭い、再会が叶わないままとなった。それどころか須田清美は、若い身空で自ら命を絶ってしまったのだという。そのような事情で現世に存在しないはずの彼女が大垣の身辺に姿を現す、というのが相談の内容だ。
 次の「ちくら」は怪異の種類が「レシピ」と若干似ており、見方によっては対のものとしても読める。本書の収録作はこのように読者が緩い連関を見出せるように配慮されており、〈僕〉の若い頃の話の次に現在の出来事を置くというような構成の効果もあって、一篇を読むとつい次を読みたくなってしまうのである。相談主と〈僕〉との会話で成り立っているということもあり、会話のおもしろさで読ませる作品でもある。滑稽味がもっとも京極夏彦らしいのは、延々と忍者談義が行われる「シノビ」だろう。横山光輝よこやまてるみつ白土三平しらとさんぺいの忍者像の違いについてこんなに拘る小説が読めるのは、京極作品だけだ。先頃長作ちょうさく氏が亡くなったレツゴー三匹よろしく、談義にどうでもいい茶々が挟まるのがたまらなく可笑おかしい。こうした無駄な蘊蓄うんちくが開陳される作品では他に「キイロ」がある。〈僕〉の中学時代の話で、ガチャガチャの消しゴム人形が引き起こした不穏な騒動についての物語だ。他の話では傍観者に徹する語り手が本篇では事態を動かす役割を少し担う。全九作の真ん中に配置されているのは、その変化が良い調味料になるとの判断だろう。
 語り手は、いくつもの怪異を聞かされた果てに、自身の物語である「リアル」に辿り着く。京極夏彦という存在を前提として成立する短篇集という趣旨は、この結話をもって完遂されることになるのだ。すべての物語は虚構である。しかしそれは語られたものとして現実に存在し続ける。その虚実の往還を小説化するのが京極夏彦という作家なのだと改めて読者は悟るはずだ。


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