KADOKAWA Group
menu
menu

レビュー

さあ、この国の行く末はいかに――歴史の転換点に立ち新時代を描いた男・松平春獄からの質問状『天翔ける』

【カドブンレビュー】

 
2018年は明治維新から150年。戊辰戦争において賊軍とされた旧会津藩領を擁する福島県の地元紙・福島民友新聞では、昨年5月から官軍側の視点・薩長史観によって書かれた近代史を、敗者の視点から問い直そうと試みる連載「維新再考」が開始された。内閣官房に「明治150年」関連施策推進室が設けられるなど、各地で明治維新の意義を見直す動きが広まっている。
 
天翔ける』もまた、新たな視点と歴史観で明治維新をとらえた歴史小説である。
 
伊達宗城、山内容堂、島津斉彬とならぶ幕末の“四賢侯” と称された福井藩主・松平春嶽。
徳川一門に生まれ、幕府と明治政府両方で要職を務めた春嶽の目からみた黒船来航から大政奉還、明治維新に向かう歴史の流れを、著者の端正な筆によって描きだしていく。
 
“私がどれほど争おうとも、公の政をなすことはできない。私を捨て、公に立つ者だけがこの国の将来を切り開ける”と信じ、“親藩や譜代、外様の別なく大名すべてが力を合わせ、この国に西洋に負けない軍備と産業を”築きあげようとした春嶽は、その理想のために私欲にまみれた政の中枢から遠ざけられてしまう。

攘夷か、開国か。討幕か、佐幕か。さらに官軍と賊軍、勝者と敗者というように、日本はつねに二極に分かれ、そのはざまで情や欲がさまざまにからみあう藪のようであった。
二極をこえた道を模索し続けた春嶽の目は、その藪を俯瞰する鳥の目だ。
 
なぜ、井伊直弼が安政の大獄を断行し、桜田門外の変で討たれるに至ったのか。なぜ、大政奉還によって徳川慶喜が政権を天皇に返上したにもかかわらず、王政復古の大号令が掲げられ、戊辰戦争がおきたのか。なぜ、坂本龍馬は暗殺されたのか。なぜ、西郷隆盛は西南戦争へと踏み切り、そして死ななければならなかったのか。
 
鳥の目は、当時おきた数々の事件といくつもの謎について、人の心と政治の観点から深く洞察する。そしてほかのどの作家の、幕末を描いたどの歴史小説ともちがった回答を導きだす。
 
物語終盤、春嶽が正室・勇姫による、戦で世の中が変わるのか、という疑問に答える場面がある。春嶽は「戦はひとの心を傲慢にするだけ」と断言し、さらにこう続ける。

「戦国の世の戦は家の戦いであった。それゆえ勝ったのは常に家であった。しかし、戊辰の戦からひとは家のためではなくおのれのために戦うようになった。それゆえ、勝てばすべては自分のおかげだと思い、驕るのであろうな」

「そうだ、武士はいなくなったのだ」

著者は、薩摩藩や長州藩ら官軍が主体となってつくりあげた明治政府の実相を、春嶽が理想として目指した国家像と対比することによってあきらかにしている。
明治維新はまさしく、日本が近代国家へと大きく踏みだす歴史の転換期であったに違いないが、その内実を偏らない視点で見つめ、捉えなおす時が来ている。
本書は、武士のいなくなったこの国の、次の100年の行方を読む者に問うものでもある。


紹介した書籍

関連書籍

おすすめ記事

新着コンテンツ

もっとみる

NEWS

もっとみる

PICK UP

  • 米澤穂信×星野 源 小説『石の刃』特設サイト
  • 逢坂冬馬『その犬をください』特設サイト
  • 宮島未奈『ギャルにひかれて寺マルシェ』特設サイト
  • 内田英治「マッチング」シリーズ 特設サイト
  • 横溝正史特設サイト
  • 東野圭吾 特設サイト

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2026年9月号

8月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2026年10月号

9月4日 発売

怪と幽

最新号
Vol.023

8月31日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

ギャルにひかれて寺マルシェ

著者 宮島未奈

2

怪と幽 vol.023 2026年9月

著者 京極夏彦 著者 小野不由美 著者 小川洋子 著者 有栖川有栖 著者 澤村伊智 著者 月村了衛 著者 著者 荒俣宏 著者 諸星大二郎 著者 高橋葉介 著者 加門七海 著者 東雅夫

3

今夜はなんの魚かな?

著者 たかぎなおこ

4

崎義一の優雅なる生活 儚き君に永遠の花束を

著者 ごとうしのぶ

5

高良くんと天城くん 8

著者 はなげのまい

6

季節が好きなわたしとマダム

著者 にいざかにいこ

2026年9月7日 - 2026年9月13日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

レビューランキング

TOP