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レビュー

『優しい共犯者』好きな女は金の鎖で縛られていた--連帯保証制度の闇に切り込むリーガルミステリ!

 法律の世界は不変ではない。古い法律が廃止されることもあれば、新しい法律が作られることもある。法律を運用する制度においてもそれは同様で、近年でいえば、裁判員制度の導入が好例だろう。重大な刑事裁判で、有権者から選ばれた裁判員が裁判官とともに審理に参加するというその新たな制度が施行されたのは二〇〇九年五月のことであった。現実の変化は当然ながら、フィクションの世界にも影響を及ぼさずにはおかない。法律やその制度を題材にしたリーガルミステリーは古今東西少なくないが、裁判員制度の導入は施行の一年余前からそれを題材にした作品も出るほど大きな変革だった。
 そんなシステムの改変期に颯爽と登場したのが大門剛明である。

 大門のデビュー作は第二九回横溝正史ミステリ大賞と同賞のテレビ東京賞をW受賞した長篇『雪冤』。京都で起きた殺人事件の犯人として被害者の合唱団仲間の京大生が逮捕され死刑が確定するが、その執行が迫る一五年後、真犯人らしい人物が現れるという、タイトル通り、冤罪や死刑制度を題材にしたリーガルミステリーだった。裁判員制度についても、司法改革の是非を問う長篇第三作『確信犯』で扱うなど、大門は早々とこのジャンルで活躍を始める。それを知る者であれば、誰しもがリーガルミステリーの旗手としてとらえるであろうことは想像に難くない。だが、作家大門剛明の真骨頂は、法律やその制度自体のありかたもさることながら、むしろそれを通して広く社会の移り変わりに目配りし、その是非を問うことにあるのではないか。

 本書『優しき共犯者』(『共同正犯』改題)は二〇一一年七月、角川書店(現株式会社KADOKAWA)から刊行された書き下ろし作品である。著者の長篇第五作に当たるが、それまでのリーガルミステリー系と比べると、作家としての著者の懐の深さが伝わってくる作品に仕上がっている。

 物語はまがまがしいプロローグののち、山陽電鉄網干線の夢前川駅近くにある居酒屋利庵の繁盛ぶりから幕を開ける。姫路名物どろ焼きを売りものにするこの店は鳴川仁が亡き母から譲り受けたもの。彼は三七歳になる今も店の二階にひとり住まいをしていた。店の常連はかつて鳴川自身勤めていた弓岡製鎖工業の従業員たち。鳴川は社長亡き後その座を継いだひとり娘・弓岡翔子のことを想い続け、何かと世話を焼いていた。だが同社の管理部部長・山崎祥二によると、翔子はかつて付き合っていた男――弓岡製鎖工業と提携していた石井鉄鋼の跡取り、石井一樹に連帯保証人にさせられ、その債務を負っていた。その額、三億二〇〇〇万円。鳴川には到底融通出来ない大金だった。

 法テラス(日本司法支援センター)に相談しても、破産するくらいしか手はないという。
 知り合いから連帯保証人なしで金を貸してくれるNPO法人があると教わった鳴川は、その「しらさぎBANK」を訪れてみる。理事長の小寺沢義彦によると、翔子自身、すでにここを訪れており、慈善事業をやっているのではないと断ったという。ついに彼は債権者である不動産業者の長山和人に直談判しにいくが、けんもほろろの応対を受けるだけだった。途方に暮れる鳴川だったが、その夜弓岡製鎖工業の前を歩いていて、見知らぬベンツが停められているのを発見。嫌な予感に駆られて事務所の中に足を踏み入れると、そこには男がひとり横たわっていた。長山和人の絞殺死体であった。鳴川は翔子が犯人と思い込み、容疑から遠ざけるべく、遺体を別の場所に運んでしまう……。

 しかし事件は程なく発覚、岩田と池内の捜査官コンビの登場と相なり、警察の捜査が始まる。鋭い洞察力をそなえた岩田は偽装工作もたやすく見破り、犯人に迫っていくが、本書で注目すべきはまず姫路という舞台設定ではなかろうか。
 著者は三重県伊勢市の生まれで現在も伊勢市在住、大学は京都で、デビュー作『雪冤』の舞台も京都だった。では、姫路を舞台に選んだ理由は? それは「姫路は鎖の生産量が日本一、全国の七割を生産する鎖の街だ」ということと無縁ではあるまい。弓岡製鎖工業は船舶用の巨大なアンカーチェーンを作っているということだが、モノとモノとをつなぐ道具が鎖なら、人と人とをつなぐものは何か。それは信用であり、信頼だろう。本書はまず、鳴川仁とその仲間たちの絆を描いた人情ドラマであり、連帯保証人という信用制度が及ぼす波乱の顛末を描いた法経済小説でもある。してみると、鎖の街という舞台は物語のテーマとも深く結びついていることがおわかりいただけようか。

 テーマといえば、利庵の売りものどろ焼きもまた同様といえるかも。どろ焼きは山芋やキャベツ、豚肉などの具材に卵を混ぜて焼く、一見お好み焼き状の料理だが、お好み焼きのように「固く焼かれることはなく、外はカリッとした食感で中はどろっとしている」との由。関東人である筆者は未食だが、見た目はちょっとオムレツっぽい。ポイントは外殻はカリッとしていて中はどろっという点。ハードボイルドという言葉の語源には諸説あるが、外見いかにも強そうなタフガイを固ゆで卵にたとえた言葉であるというのもそのひとつ。どろ焼きはその固ゆで卵を髣髴とさせるのである(中身は半熟っぽいけど)。つまり鳴川自身、どろ焼きのような男であるという次第。

 その点については、鳴川の愛聴曲という「もうひとつの土曜日」もBGMとして効果的に使われている。この曲は一九八五年に発表された浜田省吾作詞・作曲のバラードで、野島伸司脚本、鈴木保奈美、唐沢寿明主演のドラマ『愛という名のもとに』の挿入歌としても広く知られている。中身は、「自分が想いを寄せる女性には男がいる。だが諦めることなどできずにそっと見守っている」というもので、そのまま鳴川の生きかたと重なり合ってくる。男のやせ我慢といおうか、これまた明るい外見とは逆に中身はどろっとした鳴川のハードボイルドな心情を現していよう。そういや、ハマショーには「片想い」というそのものずばりの名バラードもありました。

 閑話休題。本書を読み解くうえでは、姫路という舞台設定が大事だといったが、テーマは何かといったら、やはり連帯保証人制度がもたらす悲劇ということになろう。
 銀行等の金融業者から融資を受けるには、第三者の連帯保証人による個人保証の約束が課せられる。その際善意の第三者である連帯保証人は債務者と同等の債務を負うことになる。連帯保証人には「破産するほどのリスクがあるのに、何のリターンもない」、いわば債権者有利の制度であるが、それがないと金融機関の貸し渋りが横行する恐れがあるともいわれ、多くの破産悲劇を引き起こしながらも放置されてきた。しらさぎBANKの小寺沢理事長いわく、「連帯保証人制度は日本人らし過ぎる制度ですね。情と理……これが複雑にまじりあってできた化け物」とのことだが、著者はその闇に鋭くメスを入れてみせるのだ。

 もっとも、近年ようやくそれを是正する動きがあり、二〇一一年七月には、金融庁により中小企業、自営業者への第三者連帯保証が原則禁止され、さらに一三年六月から民法の一部を改正する法案――「親しい友人や親族などの第三者に保証人を求めることを禁止する法案」が衆議院に提出されており、民法改正が求められている。
 本書で扱われているような破産悲劇が過去の遺物となることを祈りたい。

 本書は狭義のリーガルミステリーではないが、連帯保証人制度という必要悪に切り込んだ広義のそれであるのは間違いない。著者は本書ののちも、ニート青年が農業会社で働き出す『父のひと粒、太陽のギフト』(幻冬舎)や新米刑務官を通じて刑務所の内情をえぐり出す『獄の棘』(角川文庫)、こそ泥青年が改心して鍵師の修業を始める『鍵師ギドウ』(実業之日本社文庫)等幅広い社会派ミステリーを発表している。ミステリー趣向という面でも、本書はもちろん、そうした各作品もヒネリの効いた仕上がりになっている。今後の著者の活躍からますます目が離せない。


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