うちの執事が言うことには
King & Prince永瀬廉初主演映画『うちの執事が言うことには』 原作小説試し読み⑤
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King & Prince永瀬廉さん初の主演作として話題の映画『うちの執事が言うことには』がいよいよ本日、5/17(金)に公開となります。
カドブンでは、原作となった同名小説第1巻の試し読みを
映画の公開日まで5日連続で毎日配信いたします。
この機会に「最強不本意主従が織りなす上流階級ミステリー!」をお楽しみください!
(第1回から読む)
<<第4回へ
6
カップは峻の自白通り、食品保管室の米袋の中から発見された。
花穎は見付かったカップを、ビニール袋とタオルと付けてきてしまった米と一緒くたにして、ティールームのテーブルに置いた。
把手が取れ、本体は真っ二つ、更に細かい破片がタオルに包まっている。
衣更月がその隣に、サクランボ柄が愛らしいティーカップを並べる。花穎は紅茶にこだわりはないが、おそらくこの癖のない深い香りはディンブラだ。
少し遅いアフタヌーンティーに用意されたスモークサーモンのサンドイッチが、花穎に空腹を思い出させる。朝も昼も食事どころではなかった。
にも拘らず、この有り様である。
「銀食器は別の人間が持ち去ったという事か」
「花穎様の推理は、ティーカップの箱が前提でしたね」
衣更月に言われるまでもなく、根底が崩れてしまった事は花穎とて分かっている。花穎はまだ少し熱い紅茶を強引に飲み干した。
「雪倉峻がやった事は、過失に依る器物破損と証拠隠匿か。訴えたとしても、損害賠償止まりだな」
「僭越ながら、使用人が壊した物について給金から差し引く行為は、器の大きな雇用主には終ぞお見かけし難い対応にございます」
衣更月の進言が、ささくれ立った花穎の神経に触れる。
「表現に悪意を感じるが?」
「失礼致しました。懐深い花穎様におかれましては、賢明な御判断を下されると信じております」
花穎の神経に、先程より高い波が立つ。
衣更月の意見は、花穎が踏襲すべき一般論かもしれない。しかし、タイミングが悪い。花穎の機嫌は今、深刻な均衡不足にあるのだ。
花穎はサンドイッチにケッパーが入っていた事にまで妙に腹が立って、食べかけのサンドイッチを叩き付ける勢いで皿に戻した。
衣更月が、ポットにティーコジーを被せていた手を止めた。
「犯人の肩を持つのか?」
「いいえ、そのような事はございません」
花穎には彼の返答がやけに白々しく聞こえる。
「本当は、銀食器を盗んだ犯人も知っていて、庇っているんじゃないのか?」
猜疑心は見る見る内に肥大化して、花穎はあっという間に飲み込まれた。
「花穎様……」
「大体、犯人が、盗品を現場に隠しておく訳がないんだ。現場保存とか何とか思っておきながら、僕が家の中を捜すのを止めなかった癖に、犯人の処分には口出しするんだな」
指標を得た思考は、様々な事象を結び付ける。初めは花穎自身、難癖を付けている自覚があったが、考えれば考えるほど、強ち的外れではないように思えて来た。
それどころか、破綻がない事に気付く。
衣更月の冷たい双眸に、花穎は思わず息を吞んだ。
「お前は、僕が家の中を荒らすのを止めなかった。犯罪の痕跡が消えた方が好都合だったからだ」
「…………」
衣更月は言葉も表情も沈黙して動じない。
紅茶の渋味だけが喉に張り付いたみたいに、花穎の舌が苦みを覚える。
「庭を見ていた時、お前は僕に通報を促したな? それまでは、家名を傷付けると言って、通報を拒んでいたのに。あれは、痕跡を消し仰せたからか」
「花穎様はお疲れの御様子。少しお休みになっては如何ですか?」
衣更月が一方的に話を終わらせて、花穎が残したサンドイッチごと、皿を下げようとする。
花穎は彼の手首を摑んだ。
「……お放し下さい」
衣更月の声が半音低く翳る。しかし、花穎は放さず、指に目一杯の力を入れた。
「潔白だというなら、今すぐ犯人を連れて来い」
「分からぬ相手を連れては参れません」
「それでも執事か。鳳だったらこれくらいの雑用、ものの一分で片を付けていた」
「!」
衣更月の表情が険しくなり、摑まれた手首が筋を立てる。
その動揺が何よりの証拠だ。
花穎は、最早、言い逃れはさせまいと、追い討ちを掛けた。
「分かったぞ。お前が犯人を庇う理由。使用人の雇用と統括は執事の仕事だ。自分が審査した人間が罪を犯せば、責任能力が疑われる。我が身可愛さに主人を欺くとはな……鳳の唯一の失敗は、お前を執事に取り立てた事だ」
図星を指されて、ぐうの音も出まい。
花穎がそう思った瞬間だった。
衣更月の手首が回転して、花穎の手をいとも容易く振り払う。花穎は咄嗟に立ち上がり、身の危険を感じて、幼い時分に鳳に手解きを受けた護身術を思い出そうとした。
「鳳、鳳って五月蠅いんだよ!」
心を読まれたのかと思った。
花穎は吃驚して、無防備に立ち竦んだ。
「鳳さんが執事じゃなくなって、一番悔しいのは俺だからな!」
「『俺』?」
花穎は更に吃驚して、瞬きも出来なくなった。
衣更月がネクタイを弛め、残った右手で苛立たしげに髪を搔き回す。
「俺は鳳さんの技に惚れ込んで、何度も頼んで、旦那様に無理を言って雇い入れてもらったんだ。鳳さんに認めてもらいたくて頑張ってきたのに、フットマンの仕事にやっと慣れてきたと思ったら、跡継ぎ!」
衣更月が眼光鋭く花穎を睨む。従順な家僕がする目ではない。決してない。
彼は口許を舌打ちの形に歪めて、花穎が残したサンドイッチを忌々しげにワゴンの下段に突っ込んだ。
「俺は、こんなクソ餓鬼の子守りがしたくて、死に物狂いで勉強しながら働いてきた訳じゃない」
「クソ餓鬼……?」
戸惑っていた花穎の頭が、冷水を浴びたみたいに、一気に冷えた。引いた熱に反して、血液が頭の隅々まで物凄い勢いで駆け巡るのを感じる。
花穎に傅きながら、衣更月は本心では花穎を見下していたのか。これ以上の侮辱はない。
思考回路が倍速で回転を取り戻し、押し寄せる感情と言葉の波に突き動かされる。花穎は盾にしていた椅子の背から出ると、広い歩幅で衣更月に詰め寄った。
「僕だって! お父さんの跡を継いで、鳳が僕の執事になる日をずっと楽しみにしていた。お前なんか、望むどころか存在も知らなかったのに、いきなり現われて。仕えるフリをしながら馬鹿にしていたのか」
「心を捧げるに値しない主人に、何を思えと? 馬鹿にする事すら労力の無駄遣いだ。給金分の仕事はきちんとこなしている」
「噓吐き! そんな奴に、執事を名乗る資格はない!」
花穎は声の限りに叫んだ。
刹那の静寂が、室温を一度下げた。
衣更月の表情が消える。それまで顔中に広がっていた不満が左右の瞳に凝縮され、殺気に近い怒りが深く黒い穴を開けた。
花穎の顔から血色が失われる。首筋に鳥肌が立ち、全身が危険信号を鳴らしている。
衣更月の右腕が僅かに動いたのを察知して、花穎は反射的に両手を身体の前に掲げて身構えた。
空気が動く。膝下から寒気が這い上がる。
だが、衣更月が花穎に手を上げたのではなかった。衣更月も驚いた顔で、風が流れて来た方を振り返っている。
扉が開き、戸口に一人の男性が姿を現わした。
チャコールグレーのスーツを身に纏い、襟と幅を合わせたネクタイは形よく結ばれている。整えられた白髪は、しかし、衒いも気負った様子もなく、緩やかな佇まいは何年もそこに在るようで、見る者にえも言われぬ安心感を与えた。
「鳳!」
花穎が相好を崩すと、鳳はゆったりとした足取りで花穎の傍に歩み寄り、品よく笑い返した。
「花穎様、お久しぶりでございます。大きくなられましたね」
「そうだろう? 百七十五センチあるんだぞ」
鳳の方は、微笑む目尻の皺が深くなった気がする。
「お加減は如何ですか?」
「問題ない。それより鳳! 大変な事になった。泥棒に入られた!」
花穎が必死で訴えかけると、鳳は終いまで彼の話を聞いてから、厚い瞼を僅かに持ち上げた。
「その泥棒に盗まれた品というのは、銀食器でしょうか!」
「! 流石、鳳だ。既に知っているとは」
烏丸家の中の事で、鳳に知らぬ事などないのだと、幼い頃に花穎が抱いた信頼が色鮮やかに甦る。無論、鳳への信頼は一時たりとも手放した事はないが。
「花穎様、こちらへどうぞ。衣更月」
「はいっ」
耄けていた衣更月が、瞬時に踵を揃えて背筋を伸ばした。
「君も来なさい」
鳳は扉を開けて、花穎を先に通してから、すぐに彼の斜め後ろに控えて、温かそうな手の平で廊下の先を示した。
鳳は使用人廊下へ入る時に、花穎に目礼をする。主人を裏方へ案内せざるを得ない状況を、恥じて、詫びているようだ。彼は扉を衣更月に任せて、更に廊下を進み、ある部屋の前で革靴の歩を止めた。
食器保管室だ。
「どうぞ、御確認下さい。花穎様」
「え?」
何を、と花穎は問いたくなったが、鳳は疑問の余地などないという風に、当たり前の顔で微笑んでいる。花穎は保管室に入り、小さな逡巡を挟んでから、他に選択肢もなく、銀食器の抽斗を開けた。
「どうして?」
花穎は目を疑った。
銀食器が揃っている。新しい物を買い足したのでない事は、他の食器と寸分違わぬ風合いで分かった。
「鳳。一体、どんな魔法を使った」
花穎が振り返ると、鳳は笑みを傾けて花穎を外へ誘う。彼は再び来た道を辿り、ティールームへと連れて戻った。
鳳が帰ってきてから、家がまるで別の建物の様だ。
部屋は暖かく、焼きたてのクッキーが香ばしい香りを漂わせて食欲を誘う。
花穎が鳳に促されて席に着くと、今度は衣更月が鳳から無言で指示を受けて、いつの間にか新たに用意されたティーポットにヌワラエリアの葉を入れた。
「花穎様。私が思いますに、今回の泥棒は、ある条件が重なった時にだけ現われる、陽炎の様な存在です」
「何だ、その恋心みたいなまやかしは。現実に銀食器は失くなったんだぞ。……戻って来たけど」
薬缶からティーポットに湯が注がれて、真っ白な湯気が立ち上る。温度が高い。熱湯だ。
花穎は釈然としない思いで、鳳に説明を求めた。
「昨日、この家で何が起きたのか、鳳は摑んでいるのか? その陽炎みたいな犯人は何処にいる」
「はい、事の起こりからお話し致します。昨日は誠に不運な状況が重なりました。まずひとつ目に、先週より真一郎様が別の家へお移りになった事。二つ目に、料理人の雪倉叶絵が腰を痛めて休養を取らせて頂いている事。最後に、事件の発覚が早かった事です」
「?」
衣更月が砂時計から顔を上げ、右の眉を顰める。
「君を責めているのではない。使用人として正しい行動だ。花穎様に温かいお茶を」
「……はい」
鳳に宥められて、衣更月がソーサーに載せたカップを花穎の前に運んだ。鳳がカップと砂時計を忍びやかに確認して、話を続ける。
「真一郎様がこの家を離れられると知らされた時、雪倉は食材を無駄にせぬよう、献立を練り直し、更なる買い足しを控えました。彼女は花穎様のお帰りに合わせて、食材を揃える手筈を整えておりましたが、実行に移す前に、ぎっくり腰となり、万全な準備が出来ませんでした」
「そういえば、さっき、厨房に山の様な食材があったな。更に雪倉峻が買い足して来て……氷砂糖と練乳と料理酒と言っていたか」
基本的な調味料の類いまで切らした状態で身動きが取れなくなった雪倉叶絵は、気が気ではなかっただろう。
「そうです。花穎様は幼少の砌より、観察力が優れていらっしゃる」
「な、何だ急に」
鳳に褒められたのが久しぶりで、花穎は喜びと気恥ずかしさで赤面した。鳳が嬉しそうに微笑むので強くも突っ撥ねられない。
「花穎様の仰るように、昨夜、厨房は料理酒を切らしておりました。しかしながら、この家には充分な量の酒が貯蔵されております」
「ワインセラー」
衣更月が思わずといった風に呟いた瞬間、砂時計の最後の一粒が下に落ちた。衣更月は思い出したようにティーポットを取り、花穎のカップに紅茶を湛える。
美しい水色が天井の灯りを映して不規則に揺らいだ。
「料理酒がなく、ワインセラーがあった。鳳、それが陽炎の正体か?」
「はい。正確にはそれらが、陽炎を作り出しました」
鳳は花穎の質問には、いつでも丁寧に答える。
「その人物は料理酒の代わりを探して、ワインセラーに入りました。ワインセラーには若いワインから熟成を極めたワインまで様々ございます。酒に興味を持つ者には、さぞ魅力的な空間だった事でしょう」
「料理酒の代わりという事は、その人物は――」
鳳が頷く。
「片瀬優香」
花穎は正解に行き着いて、つい浮かせた腰を、どっかりと椅子に下ろした。
「片瀬は昨夜、衣更月の夕飯を用意する際、料理酒代わりに使ったワインを味見(・・傍点フル)しました。些か、深酒が過ぎたようです。衣更月に料理を運んだ後も味見(・・傍点フル)を止められず、アルコールに依って前後不覚に陥りました」
「食器乾燥機の中にあったワイングラス。あれは片瀬が使ったのか」
「そのようです。酒の力で記憶を失った彼女が翌朝、鞄に入った銀食器を見付けた時の衝撃は想像に難くありません」
彼女が右手にワイングラスを持ち、左手で銀食器を摑んだとしたら、抽斗の左側から失くなっていた事にも説明が付く。
花穎は衣更月が夕食にワインを飲んだのだと思っていた。本人に訊きもせず、決め付けて、彼を悪者にして疑った。
花穎は罪悪感で衣更月の方を見られなくなって、正面から目を背けた。
はだかの王様を、従者は褒めそやし、人々は馬鹿にして嗤った。王が愚かだったからだ。はだかでいる事を選んだのは王自身である。
心を捧げるに値しない主人。
鳳も、花穎をそう思っているのだろうか。だから、花穎の執事になってくれないのだろうか。
視線の先のマントルピースに、家族の写真が飾られている。物静かな父と凜とした母。幼い花穎が鳳の隣で笑っている。
「花穎様」
鳳に呼ばれて、花穎は静電気に触ったみたいに身を竦めた。
「何……?」
恐るおそる聞き返した花穎に、鳳はいつも通り、穏やかな面持ちと声音で答える。
「古くから、使用人に依る備品の着服は問題視されて参りました。どの雇用主にも起こり得る事、対応は千差万別であったようです」
花穎が鳳の真摯な眼差しを見上げると、視界の端に衣更月が映り込む。
花穎は彼の淹れた紅茶に口を付けた。
温かい紅茶が渇いた喉を通り、心臓の近くを温めて、心に刺さった小さな棘の痛みを和らげる。
花穎は、なれるだろうか。
鳳が心から仕えたいと願ってくれるような人間に。
カップをソーサーに戻すと、微かに、鈴の様な澄んだ音が鳴った。
「陽炎に手錠を掛ける事は出来ない。雪倉叶絵にティーカップを、片瀬優香にはワインを一本、送り届けてやれ。雪倉峻は、母親の回復まで確りと代役を務めるように」
「承知致しました」
お辞儀をした鳳の目尻が笑い皺を刻んだので、花穎は秘かに安堵の息を吐いた。
衣更月が空になったカップに紅茶を注ぐ。
「しかし、何故、ワインを飲んだと分かったんだ? 片瀬を尋問したのか?」
「いいえ。片瀬はまだ、気付かれている事を知りません。黙認するにしても、主人が真実を摑んでいる事は示すべきですから、片瀬にワインを贈る案は最善と考えます」
鳳に褒められるといくつになっても嬉しい。が、喜ぶのは後だ。
「本人に聞いたのではないとすると、完全な推測か? いや、疑う気はないが」
「ありがとうございます。何者かにワインが飲まれたという事実は、実は簡単に確認する事が出来ました」
鳳は朗々と種明かしをする。
「執事の語源は古いフランスの言葉でbouteillier、お酒の係を意味します。執事とは、その家に貯えられた酒の量を日々、書き留めておくものです」
「毎日?」
花穎の驚きと、口を衝いて出たという風な衣更月の声が合致した。
鳳がワゴンの下段から古いノートを取り出す。
花穎はノートを開いた。
烏丸家に貯蔵された全銘柄を横軸に、増減が記録されている。最新のページは今月、鳳が家を離れたらしい数日前で一度止まり、今日の日付の列を縦に追うと、数種のワインが僅かずつ減っていた。
「酩酊状態で自転車に乗るのは難しいでしょう。ですから、雪倉峻は該当しません。衣更月が執事の領分を越える人間でない事は、私が保証致します」
鳳の言葉に、衣更月が息を止めたのが分かった。
彼は奥歯を嚙み、落ち着かない様子で目を泳がせて、最後の最後に花穎を見た。
「花穎様。発言をお許し下さい」
「うん? 構わないが」
花穎が許可を出すと、衣更月は目礼をしてから鳳の方に向き直った。
「この部屋……いえ、家中を片付けたのも、鳳さんですか?」
「片付け? あ!」
花穎は今更、気が付いた。
ティーカップの木箱を捜した時に引っ搔き回した家族写真が、整然と並んでいる。椅子も、テーブルも、テーブルクロスも、ソファも戸棚も全くの元通りだ。
鳳が帰ってきてから、家がまるで別の建物の様だと思った。花穎が感じた違和感は、元に戻っていた事。散らかした家が別物の様に片付いていたのである。
「御主人様に居心地良く過ごして頂くのが、執事の務めですよ、衣更月」
鳳の声音が、教える者の厳格さを含む。
「はい」
衣更月の耳と目許が赤くなり、謝意と羞恥と自戒を綯い交ぜにしたような表情で俯いた。
花穎も、人の事は言えない。
花穎が身につまされる思いで衣更月を見ていると、こちらを振り返った彼と視線がかち合う。咄嗟に目を逸らし損ねて、彼の双眸を凝視してしまった花穎に、衣更月が深く頭を下げた。
「花穎様。先程は口が過ぎました。全て私の不徳の致すところ、申し訳ありません」
「いや、僕も言い過ぎた。済まない」
喧嘩をした後の子供みたいで所在ない。花穎と衣更月が互いに顔を背けるのを見守りながら、鳳が毒気のない笑顔で楚々と言う。
「共に成長出来る、理想的な主従関係ですね」
花穎が衣更月を盗み見ると、あちらも花穎を忍び見る。
鳳は当分、手に入れられそうにない。
双方隠した嘆息が重なる中、鳳だけが嬉しそうに笑っていた。
* * *
父と電話が繫がったのは、花穎が烏丸家当主となって一日目の深夜だった。
「元気そうだね、花穎」
そう言う真一郎の方こそ元気そうな声だ。お陰で、花穎は手加減なく文句を言う事が出来た。
「お父さん、今何処にいるんですか? 大変だったんですよ! 引退なんていきなり決めて、勝手に進めて、家に帰って来たら知らない人間ばかりだった僕の気持ちも考えて下さい。最初から鳳がいてくれたら、あんな大事にならずに済んだのに」
すると、真一郎の呼吸が電話越しに微笑む。
「花穎。鳳は僕の執事だ」
「……っ」
花穎は堪らず、スマートフォンを枕に叩き付けた。
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■『うちの執事が言うことには』
高里 椎奈
実写映画化決定! 最強不本意主従が織りなす上流階級ミステリー!
烏丸家の新しい当主・花穎はまだ18歳。誰よりも信頼する老執事・鳳と過ごす日々に胸躍らせ、留学先から帰国したが、そこにいたのは衣更月という見知らぬ青年で……。若き当主と新執事、不本意コンビ誕生!
https://www.kadokawa.co.jp/product/321310000023/
>>映画『うちの執事が言うことには』公式サイト
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