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単行本最新刊『心霊探偵八雲11 魂の代償』(3月30日発売)
文庫最新刊『心霊探偵八雲10 魂の道標』(3月23日発売)
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    13


 晴香が、高岡に連れてこられたのは、B棟の屋上だった。
 屋上に上がってすぐのところにある、給水塔の前に、並んで立った。
 コンクリート張りのその場所は、フェンスがなく、三十センチほどの高さの折り返しがあるだけ。
 見晴らしはいいのだけど、下を見ると、足がすくんだ。
 なぜ、私をこの場所に連れて来たのだろう?
 晴香は、疑問を胸に抱えたまま、高岡に視線を向ける。
「何から話したらいいだろう──」
 高岡が、沈みゆく陽の光を浴び、赤紫に変色した雲をながめながら言った。
「何でもいいんです」
 高岡に懇願する。
「私は、君に一つ嘘をついた」
「嘘?」
 晴香は、サイドの髪を、耳の後ろに回す。
 なんだか、落ち着かない気分だ。
「相澤君が、由利と付き合っていたって話。あれは、嘘だ」
 高岡が無表情に言った。
 なんだか、物凄く嫌な予感がした。
 バクバクと鼓動が速くなる。
「どうしてそんな作り話を……」
 晴香の問いに、高岡は薄い唇をゆがめ、白い歯を見せて笑った。
 だが、その目は笑っていない。冷たい目。
「あれは失敗だった。まさか、君の口から由利の名前が出るとは思ってなかった。とっさのことで、話をそらしたつもりだったが、それがいけなかった──」
 高岡の声が、遠くに聞こえた。
 呼吸が苦しくなっていく。
 耳鳴りがする。逃げろ。本能がそう言っていた。でも、足が動かなかった。
「先生、もしかして、先生が篠原さんと……」
「そうだ。私は、由利と不倫の関係にあった」
「先生が……殺したんですか?」
 晴香が高岡に求めていた答えは、肯定ではなく否定だった。
「それは少しちがう……」
 高岡は、晴香の腕を掴んだ。
 身体を硬くして、抵抗するが、力で勝てるはずもない。
 晴香が、高岡の腕に噛みつこうとした時、ふり上げられた高岡の拳が、側頭部を打ちすえた。
 脳が揺れ、膝から崩れ落ちた。
「申しわけないが、君には死んでもらわなければならない。屋上から飛び降り自殺ということになる。市橋君と同じだ」
 高岡は、晴香の髪の毛をわし掴みにして、引き摺るように屋上の縁まで連れていく。
 嫌だ──。
 晴香は、必死に抵抗を試みるが、痛みで思うように動けない。
「あれは、事故だったんだよ。彼女はあの日、子供ができたと言い出した。私の妻にすべてを話すって。それはルール違反だ。ルールは守らなければいけない。君もそう思うだろ?」
 高岡の言葉は、自らを正当化させるための、言い訳にしか聞こえなかった。
「だからって、殺すなんて……」
 痛みに耐えながらも、怒りに任せて高岡を睨んだ。
「殺すつもりはなかった。口論になり、つい彼女を殴ってしまった。そしたら、それきり動かなくなった……」
「彼女は死んでいなかった」
 急に声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。
 視線を向けると、そこには八雲の姿があった。
 額に汗を浮かべ、肩で大きく息をしている。
「何の話だ?」
 高岡は、突然の八雲の登場に、顔の筋肉を引きらせながら、とぼけてみせる。
 八雲は、ふうっと息を吐いた後、寝グセだらけの髪をガリガリとかき、面倒臭そうに説明を始める。
「あなたも気づいていたはずだ。あの地下室には彼女が逃げ出そうとした痕跡が残っている」
 高岡は、何も答えなかった。ただ、頬を震わせながら、視線を逸らした。
 八雲は、一歩前に足を踏み出し、高岡に詰め寄ると、さらに続ける。
「おそらく、あなたは殴って動かなくなった彼女を見て、殺してしまったと思い、あの地下室に捨てた。ところが、彼女はただ気絶していただけだった──」
 そこで、一呼吸置いた八雲は、突き刺さるような鋭い視線を高岡に向けた。
「あなたは、生きた人間を、あの部屋に閉じ込めたんですよ」
「何を証拠にそんな嘘を……」
「惚けるな」
 八雲が怒りに満ちた声を上げた。
「あなただって見たでしょ。地下室の壁を」
「し、知らない」
「無数のきず。あれは、彼女が逃げ出そうと必死になって引っ掻いたものです。死人にそんなことはできません」
 高岡は、肩で大きく息をしている。視線が、左右に揺れる。
「市橋祐一という学生を殺したのもあなたですね」
 八雲が、手負いの高岡を、さらに追い詰める。
「何を根拠に……」
「根拠はあります。もっと早く気づくべきだった。駅であった時、あなたは市橋という学生が飛び込んで──そう言ったんです」
「そ、それの、何がおかしい」
「あなたはどうして彼が飛び込んだと断言できたんですか? 警察は、遺書も残っていないし、あれを事故としてみていました」
「それは──」
「彼が死ぬところを目撃していない限り、あの段階でそれを断言できるはずがない。あなたは、彼を、電車に飛び込んで自殺したことにしたかったんでしょ?」
「私に、彼を殺害する理由はない」
 高岡が、震える声で言った。
 晴香にも、その理由が分からなかった。
 高岡先生は、由利さんを殺害する理由はあったかもしれないけど、祐一君は無関係だ。
 八雲は、薄い唇を動かし、うっすら笑みを浮かべると、語り始めた。
「あなたは、由利さんをあの地下室に閉じ込めたあと、ひとまず安心した。しかし、あの廃屋を取り壊すという話を聞き、あわてた。彼女の死体が発見されれば、ことが露呈する。そこで、死体の場所を移動させようとした。そこで──」
「美樹たちに会ったのね」
 晴香は、八雲の言葉をつないだ。
 全てのことがつながった。
 八雲は、頷いてから、さらに話を続ける。
「偶然にも、肝試しに来ていた三人組と出くわしてしまったあなたは、物陰に隠れてやり過ごそうとした。だけど、彼らはあの建物で写真を撮影した。背後にあなたがいるとも知らずに──」
 八雲が、目を細めて高岡を見据えた。
 その視線にからめ捕られたように、高岡は身体を硬直させていた。
「私には、君が何を言っているのか分からん」
「証拠があるんです」
「証拠?」
 八雲はポケットからデジタルカメラを取り出す。
「これがほしかったんでしょ」
 八雲はそう言うと、デジカメを高岡の方に向かって投げる。
 高岡は、両手でそれを受け取る。それと同時に、晴香を掴んでいた手が、離れた。
 晴香は、その隙を突いて駆け出し、八雲のもとへ走り寄った。
 高岡は、八雲に怒りの視線を向ける。
「そこまでつき止めたのはさすがだが、証拠を渡してしまったら、どうやって証明する?」
 強がってはいるが、高岡はまさに崖っぷちにいた。
「一つ言い忘れました」
 八雲はそう言うと、ポケットの中からデジカメのメモリーカードを取り出し、高岡に見せた。
「画像データは、ここです」
 高岡から思わず笑い声がもれた。
 それは、必死に自分の罪を隠そうとした愚かな自分自身に向けられていたのかもしれない。
「もう終わりです。警察も呼んであります」
 高岡は蒼ざめた。これまで築き上げてきたものが一瞬にして崩れ去った。
 笑い声は、やがてすすり泣きに変わった──。
「そうだな……もう終わりだな……」
 高岡は掠れた声で言うと、魂を失ったように、コンクリートの上に座り込んだ。
 遠くから、サイレンの音が聞こえた。
 それは、まるで泣き声のように耳に響いた──。

    14


 八雲と晴香は、参考人として警察で事情聴取を受けることになった。
 ほとんど、八雲が喋り、晴香は頷いて応えるだけで済んだ。
 事件の概要はそんなところだ。八雲も晴香も、美樹に取り憑いた幽霊の話はしなかった。言ったところで信じてもらえない。
 あとから聞いた話だが、由利の死体は、廃屋から十メートルほどしか離れていない木の根元に埋めてあったそうだ。
 何ともお粗末な話だ。
 もう一つ、彼女は妊娠などしていなかった。恋の駆け引きが、誤解を生み、結果として二人もの命を奪った。やりきれない──。
「よう。お手柄だな」
 事情聴取を終え、八雲と帰ろうとしたところで、スーツ姿の男に声をかけられた。
 クマのような巨体で、緩んだネクタイに、よれよれのワイシャツ。無精ひげを生やし、八雲と同じ眠そうな顔をした男だった。
「なんだ。後藤さんですか」
 八雲が、髪をかき回しながら、不機嫌そうに言う。
「なんだじゃねぇだろ! 俺にも少しは感謝して欲しいね」
 後藤と呼ばれた男は、いきなり大きな声でまくしたてる。
 八雲は、面倒臭そうに表情を歪め、耳に指を突っ込んでうるさいとアピールした。
「散々、ぼくに手間かけさせておいて、一度頼んだくらいでギャーギャー言わないで下さい。大人気ない」
「おま……」
 言いかけた後藤が、急に目を丸くして、晴香の顔を覗き込んできた。
 な、なに?
 迫力に圧されて、思わず首をすくめる。
 後藤は「ははぁん」と呟きながら、納得顔で顎を撫でた。
 晴香はどう反応していいのか分からず、作り笑いを浮かべて軽く会釈する。
「なかなか、かわいいじゃねぇか」
 後藤が、ニヤリと笑いながら言う。
「何の話です?」
 八雲は、後藤とは正反対に、嫌そうな表情をする。
「八雲もそういう歳になったか。しかも、かわいい」
「そんなんじゃないですよ」
「またまた、そういうつれないこと言ってると、逃げられちまうぞ」
「後藤さんの奥さんみたいにですか?」
「うるせぇ! 余計なお世話だ!」
 後藤が舌打ち交じりに言う。
「人の世話を焼く暇があったら、少しは仕事してください。警察が最初からちゃんと捜査してれば、こんなことに巻き込まれたりしないんです」
 八雲の意見はもっともだ。
「そう言うなよ。警察だって人手不足なんだ。年頃の女の子が行方不明になるなんて、よくあることだ。いちいちそんなの調査してたら、身体が幾つあっても足りないよ」
「そりゃお忙しそうで何よりです」
「まあ、何にしても大変だったな。事後処理は巧く辻褄合わせてやっとくよ」
 後藤は八雲の肩を軽く叩いてから、ガニ股で去っていった。
「ねえ、今の人、誰?」
 晴香は、後藤の姿が見えなくなるのを待ってから訊いてみた。
「あれでも、一応は刑事だ」
 八雲が、後藤の去った方向を顎で指しながら言う。
「へえ、刑事さんと知り合いなんだ」
「知り合いというより、腐れ縁だよ」
「腐れ縁?」
「母親に殺される寸前のぼくを助けてくれた人だよ。それ以来いろいろとね」
「いろいろ? 面倒を見てくれてるってこと?」
「そんなんじゃないよ。ぼくにとって世の中の人間は二種類だ。ぼくの赤い左眼を奇異の眼差しで見る奴と、それを利用しようとする奴。後藤さんは後者だよ」
 晴香には八雲の言葉が納得できないでいた。
 自分に関わる人間をたった二種類に分類できるものだろうか? 人と人との関わりは、もっと複雑で意味深いもののはずだ。
 でも、それをどう説明していいのか分からず、口を閉ざしてしまった──。
「そう言えば、一人だけ変わり者の例外がいたな」
 八雲はポツリと言うと、足早に歩き出した。
「ねえ、変わり者って、まさか私のことじゃないでしょうね」
 晴香はあわてて八雲を追いかけた。

    15


 数日後、晴香はあらためて八雲の隠れ家を訪れた。
 美樹は、あれ以来、すっかり元気になった。
 廃屋で意識を失ってから、何が起こったのかはまったく覚えていないようだった。
 一人行方不明になっていた和彦だが、その後、何事もなかったように大学に顔を出した。晴香が和彦に問いただすと、怖くなって実家に逃げ帰っていたのだという。
 晴香は、あきれて怒る気にもなれなかった。
 大学内は、今回の事件で報道陣が詰めかけ、ものすごい騒動になっていた。
 ニュースのアナウンサーは、来年の入試の競争倍率は過去最低になるだろうとコメントする始末で、今後の就職活動に及ぼす影響を考慮して、他大学へ転学する学生も何人かいたらしい。
 でも、こんな騒動もしばらくすれば、風化していくのだろう。
 昼過ぎだというのに、八雲は相変わらず寝癖のついたままの頭で、眠そうな目をしていた。
 日向ひなたぼっこをしている猫みたいだ。
「いつ会っても寝起きみたいね」
「君が寝起きにしか来ないからだ」
 八雲は相変わらずぶっきらぼうに応える。
 晴香は、少しふてくされた八雲の表情がおかしくて、笑ってしまう。
「今日は、わざわざ何の用だ?」
 用がないならさっさと帰ってくれと言わんばかりの口調だ。
 晴香は、口を押さえて笑いを止めると、バッグの中から封筒を取り出し、テーブルの上に置く。
「これは?」
「約束のお金。いろいろあったけど、美樹は元気になったから」
 八雲は差し出された封筒を、押し返してきた。
「いらない」
「どうして?」
「君のお姉さんにはずいぶん借りがある。それでチャラだ」
「借り?」
 意味が分からずに、首を傾げた。
「屋上に、君たちがいることを教えてくれたのは、君のお姉さんだ」
「お姉ちゃんが……」
 私を助けようとしてくれた──。
 それを思うだけで、胸の奥がじわっと熱くなった。
「ごめんなさい」
「?」
「私、初めて会った時、斉藤さんのことインチキだって……」
「気にするな」
「でも……」
「それと、その斉藤さんっていうのは止めてくれ」
 八雲が、晴香を指差しながら言った。
「じゃあ、何て呼べばいいの?」
「普通に名前で呼んでくれてかまわない」
 彼の心の中に、一歩足を踏み入れたような気がした。
「私、八雲君の不思議な能力、インチキじゃないって認める」
「そりゃありがたいね」
 八雲は、どうでもいいという風に大きくあくびをする。
 動きがまるで猫である。
「私、八雲君が羨ましい」
「羨ましい?」
「だって、お姉ちゃんに会えるんでしょ。私は会いたくても会えない。ずっと謝りたかったのに、いろいろ言いたいこともあったのに、私には見えない……」
 晴香の声は、わずかに震えていた。
 私のせいでお姉ちゃんが死んだ。
 以来、十三年もその業を背負ってきた。
 下ろしたくても下ろせない。この先の人生、ずっと背負い続けていくであろうことを思うと、今さらながら我が身の罪深さを呪わずにはいられなかった。
「そんなに自分を責めるな。前も言ったが、君のお姉さんは君のことを恨んではいない」
「恨んでないなんて嘘。お姉ちゃんは私のせいで死んだの……」
「だったら自分で訊いてみればいい」
 八雲は、左眼のコンタクトを外し、その赤い瞳を晴香に向ける。
 何度見ても、きれいな赤い色だった。
 まるで自らが光を発しているかのようだった。
「目を閉じてみろ」
 晴香は、八雲に言われるままに、目蓋を閉じた。
 目の前が、真っ暗になる──。
「お姉ちゃん」
 ふと気がつくと、目の前に姉が立っていた。
 あの頃の姿のままだった。
 事故にあった七歳の時のまま──。
「お姉ちゃん。ごめんね。私があの時……ボールを遠くに投げたりしたから……」
 晴香は、唇を噛みしめ、絞り出すように言う。
 綾香は何も言わなかった。ただ、微笑んでいるだけだった。
 それだけで十分だった。
 晴香の目からは、自分でもどうしようもないくらいに涙が溢れた。
 とても温かくて、穏やかな綾香の笑顔。
 自分の今までの苦悩を洗い流してくれているようだった。
 晴香は、止まらなくなった涙を、何度も何度も拭い、ふたたび目を開いた。
 目の前から綾香の姿が消えていた。代わって、眠そうな目をした八雲の姿があった。
「ありがとう……」
 晴香の言葉に八雲は何も聞こえていないという風に、天井を見上げていた。
「私、八雲君の前で二回も泣いちゃったね」
「三回だ」
 八雲は指を立てて訂正する。
「そんなのいちいち数えないでよ。好きで泣いているんじゃないんだから」
 晴香は、ハンカチを使って涙を拭ってから席を立った。
「本当にいろいろありがとう。これでお別れね」
 八雲は晴香の言葉に応えなかった。
 ただ、大きな口を開けて、あくびをしただけだった。
 素直じゃないんだな──。
 晴香は微笑を浮かべ、ドアのノブに手をかけた。
 本当に八雲とはこれでお別れなのだろうか? ふと、そんな思いが頭をよぎった。
「ねえ、もし、もしもう一度お姉ちゃんに会いたくなったらどうすればいい?」
 晴香は、八雲に背を向けたまま訊いてみた。
 八雲からの答えはなかった。
 私はいったい何を期待していたのだろう? 自分の口から出た意外な言葉を、笑いで誤魔化しながらドアを開けた。
「そのドアを開けて、ここにくればいい」
 晴香はあわてて振り返る。
 八雲は椅子の背もたれにのけぞって相変わらずの眠そうな目をしている。
「え?」
「好きなときにくればいいって言ったんだ。ただし、次は金取るぞ」
「次は、金額交渉させてもらうから」
 晴香はそう言い残すと、微笑みとともに、ドアを開け部屋を出た。
 いつもと変わらないはずの空の色が、すがすがしく見えた──。

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☆「小説 野性時代」2019年4月号では、神永学さんの作家生活15年の軌跡を辿るインタビューを掲載→https://www.kadokawa.co.jp/product/321801000118/

書籍

『心霊探偵八雲1 赤い瞳は知っている』

神永 学

定価 596円(本体552円+税)

発売日:2008年03月25日

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    書籍

    『心霊探偵八雲11 魂の代償』

    神永 学

    定価 1296円(本体1200円+税)

    発売日:2019年03月30日

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      書籍

      『心霊探偵八雲10 魂の道標』

      神永 学

      定価 778円(本体720円+税)

      発売日:2019年03月23日

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