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こんなに面白い小説を、あなたはまだ知らない。

シチュエーション、キャラクター、謎解き。すべてが画期的な知的エンターテインメント「グアムの探偵」シリーズ。記念すべき第1巻より、「第三話 グアムに蝉はいない」をお届けします。(後編)
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 夕方以降、レイはサリーン・マスタングを飛ばし、Kマートやペイレス、7デイとスーパーマーケットをめぐった。マクミラン大尉が希望した銘柄のビールや、レトルト食料品を買い揃える。
 駐車場でクルマを発進させようとしたとき、ふと助手席に目を向けた。大量の買い物袋がシートを埋め尽くす。なにをやっているんだろうと自問したくなる。けさはトラブルの仲裁など探偵の仕事ではないと嘆いた。いまはただの使い走りだ。
 日が暮れてきた。道沿いの移動販売車が目にとまった。コーヒー豆を挽いて売っている。幻の高級コーヒー、ブエナヴェントラ種のモフセン=ムクタフィー、本日数量限定販売。立て看板にはそうあった。近づくといい香りがした。祖父はコーヒー好きだ。結婚記念日のプレゼントは、これがいいだろう。仰天するほどの値段のため、三杯ぶんの粉しか買えなかったが、レイは紙袋を内ポケットにおさめた。夜八時に近づいている。またクルマを走らせ、ハガニアボートベイスンへ向かった。
 けさと同じくパセオ球場のわきに停める。今晩はナイトマーケットの開催もなく、辺り一帯は暗がりに沈んでいた。あの音もやんでいた。
 駆け寄ってくる人影がある。マイスだった。レイがクルマから降り立つと、マイスは笑顔で手を握ってきた。
「兄弟」マイスがいった。「大学生たちの実験が終わった。あのボートも岸に戻ったし、エンジンも回収された」
「そうか」レイは歩きだした。「よかった。いちおう声だけはかけておこう」
 岸のほうへ向かいかけたとき、学生らが機材を抱えて果樹から姿を現した。近くに停めてあるバンに積もうとしている。
 イ・ハジンがレイに笑いかけた。「気をつけてください。暗くてよく見えませんが、まだ配線があちこち地面を這ってます。パネルも置いてあります。踏むと割れてしまいますから」
 レイは立ちどまってきいた。「データはとれた?」
「ええ、充分です。お騒がせしました」
 ふと思いついたことがあった。レイはハジンにたずねた。「音波について研究してるんだろ? 盗聴器発見機にひっかからずに室内の声をきく方法はないかな」
「はて。探偵さんの仕事に必要なんですか?」
「まあそんなところだ」
「そうですね、無線電波を拾われてしまうのなら、レーザー光線を使ってはどうですか。部屋の窓に照射すれば、反射して戻ってきた光線を受光機で読みとり、振動情報から音声を分析できます」
「それなら知ってるが、できればすぐ実行したい。夜明けはまだ遠いだろ。レーザーを窓に当てたら、光に気づかれちまう」
 すると女子学生のチョ・ヒジュンが近づいてきていった。「ハジン君。マップルジャクジョンならどう?」
「ああ」ハジンがうなずいた。「それならできるかも。探偵さん、可視光線を使う以外の方法がありますよ。ただし準備が複雑なので、今夜じゅうに準備するのはとても……」
「かまわない」レイは応じた。「長期戦になるかもしれないんでね。実現できる段階になったら連絡をくれないか。依頼人から報酬がでるから、一部をお礼に払うよ」

   5


 空軍基地へ戻る前に、職場の事務所に立ち寄った。意外にもまだ明かりが点いていた。父デニスがひとり居残っている。
 レイはデスクに近づきながらいった。「なんだよ。残業か?」
「おまえをまってたんだ」デニスがスマホを差しだしてきた。「こいつを見てみろ」
 動画が映しだされている。防犯カメラの録画映像のようだ。表示された日付によれば先月半ば、時刻は午後六時すぎだった。飲食店内のテーブル席を、斜め上方からとらえている。私服姿がふたり顔を突き合わせていた。三十代の白人男性と、肥満しきった黒人が会話中だった。
 黒人のほうは顔馴染みだ。見知らぬ白人がなにやら熱っぽく語り、黒人の腕をつかんだ。だが黒人は嫌気がさしたかのように、その手を振りほどくと席を立った。白人をひとり残し、憤然と歩き去っていく。
 レイはきいた。「誰?」
「デブのほうは情報屋のビリーだ。デデド周辺のきな臭い話に詳しい」
「知ってるよ。ビリーに会いに来た白人が誰なのかって話だ」
 するとデニスが妙な顔になった。「きょう俺も自分なりに調べまわったんだぞ。それがナイジェル・マクミラン大尉じゃないのか」
 思わず絶句した。画面を拡大したうえで丹念に観察する。大尉とは別人だ。たしかに痩せた身体つきや、神経質そうな素振りは共通している。年齢も同じぐらいかもしれない。だが顔は似ても似つかなかった。この男は大尉よりも鷲鼻で、ぎょろりと剥いた目つきがあきらかに異なる。レイはデニスにたずねた。「こいつがマクミラン大尉だと名乗った?」
「ああ。ビリーが裏稼業に精通してるときいて、接触してきたらしい。機密情報を手土産に亡命したいから、密航手段がわかるなら力を貸してくれと」
「亡命だって? どこへ?」
「北朝鮮だ」
「なんだよそれ。グアムにミサイル攻撃を加えると脅してくる国に、偽の空軍大尉が亡命したがってるって?」
 グアムは合衆国のアジア戦略における拠点だ。よって北朝鮮がミサイルの標的にしたがっている。事実、CIAが衛星写真で確認した北朝鮮の大陸間弾道ミサイルは、グアムを射程距離におさめうると報じられている。
 デニスが顔をしかめた。「ひところはミサイル騒動のせいで、グアムを訪れる観光客も激減したな。米朝首脳会談の実現で危機は去ったかと思えば、北朝鮮は核開発をやめてないって噂もある」
「偽のマクミラン大尉は、どんな情報を持ってるって?」
「ビリーも胡散臭い話だと思って、詳しくはきかなかったようだ。B1爆撃機による防空戦略のかなめになるオンラインネットワークがあって、そこにハッキングする方法らしい。空軍基地がどんな防護策をとろうとも、確実に侵入できるとか」
「ってことはIDとパスワードを知ってるとか、そんなレベルの情報じゃないわけだ」レイは苦笑した。「でまかせならなんとでもいえるな」
「偽のマクミラン大尉によれば、西側から亡命した軍人が、平壌ピョンヤンで手厚い待遇を受けてるから、自分もと思ったそうだ」
「アメリカを捨てて北朝鮮で暮らしたいって?」
「ああ。欺瞞ぎまんだらけで、いじめが横行しまくる軍隊に、ほとほと嫌気がさしたそうだ。貴重な情報を北朝鮮に売り渡すことで、かえって太平洋の平和が保たれるとも主張したらしくてな」
 レイは呆れざるをえなかった。「父さんはふだん、探偵の秘訣は情報を疑ってかかることだといってなかった? ろくに検証しないのに、こいつをマクミラン大尉と決めつけるなんて」
 デニスが苦い顔になった。「ビリーのもとだけじゃなく、あちこち手あたりしだいに亡命の相談を持ちかけてる。アプラ港に停泊中の貨物船まで訪ねてるんだ。どこでもマクミラン大尉の名をかたってるから、てっきりそうだと思った」
 父らしくもない。レイは鼻で笑った。だがこの偽大尉は何者だろう。どういうつもりで大尉をおとしめようとしているのか。
 直後、ひとつの考えが急速に浮上してきた。衝撃が脳髄を揺さぶった。じっとしてはいられない気分だった。レイは身を翻した。「基地へ行く」
「どうした? 急に」
「なにが起きてるのかわかってきた」
「まて」デニスの勘はさすがに鋭かった。すでに状況を理解しつつあるらしい、真顔で告げてきた。「俺も行く」
「助手席、ビールと食い物でいっぱいなんだけど」
「もう打ち上げの準備か? ふたりがかりで下ろせば、さっさと片付けられる」デニスが率先して駆けだした。「行くぞ。おまえの推測どおりなら、事態は一刻を争う」

書籍

『グアムの探偵』

松岡 圭祐

定価 691円(本体640円+税)

発売日:2018年10月24日

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    書籍

    『グアムの探偵 2』

    松岡 圭祐

    定価 734円(本体680円+税)

    発売日:2018年11月22日

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