【連載第10回】河﨑秋子の羊飼い日記「繁忙期・怒濤の草刈り篇」
河﨑秋子の羊飼い日記
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北海道の東、海辺の町で羊を飼いながら小説を書く河﨑秋子さん。そのワイルドでラブリーな日々をご自身で撮られた写真と共にお届けします!
>>【連載第9回】河﨑秋子の羊飼い日記「肉と呼ばないで」
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酪農家にとって、北海道の短い夏は草刈りに始まり草刈りに終わる。青空の下で豊かに茂っている草原は、牛羊を放牧して夏の餌として食べさせるほか、刈りとって干した状態で保存し、冬の大事な餌になるのだ。最近はコントラクター(略称コントラ)と呼ばれる巨大重機を扱う専門業者に頼んで一気に終わらせるところも多いが、わが家は兄と私で重機を繋いだトラクターに乗りこみ、写真のような牧草ロールを大量に作成する。
好天が続いて刈った草がよく乾けばいいロールができるし、逆に雨が降って湿ったり、草の栄養価が低かったりすると、一冬にわたって牛に質の悪い餌を食べさせ続けなければならない。餌が悪いとてきめんに乳や肉に悪影響が出るため、草の質は農家にとって一年の収入を左右しかねない大事な要素である。
夏の爽やかな空の下、ゴロゴロと点在する牧草ロールと草の匂いは初夏の代名詞だが、作業をしている側は夏を楽しむどころではない。普段の農作業に加えてこの草作業に膨大な時間を取られるため、労働時間も増えに増える。肉体と精神が極限まで疲れ果てる時期でもある。
この文章を読んでいる方で、もしもこの時期の農家にセールスや宗教の勧誘などをあえて試みる方がいたら、塩対応どころか粗塩を投げつけられたうえで傷口へ丹念に擦りこまれるぐらいの対応は覚悟しておいた方がいい。それぐらい余裕がない。
ああ~、草の作業が終わったら温泉行って買い物行って、と夢想しながら今日もトラクターに揺られているが、全ての作業が終わってほどなくすると、最初に刈った畑の草が伸び、二番草刈りという草作業・第二弾が開始されるのだ。農家の戦いはまだまだ続く。
河﨑秋子(かわさき・あきこ)
羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊を飼育・出荷。
2012年『北夷風人』北海道新聞文学賞(創作・評論部門)受賞。2014年『颶風の王』三浦綾子文学賞受賞。翌年7月『颶風の王』株式会社KADOKAWAより単行本刊行(2015年度JRA賞馬事文化賞受賞)。
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