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特集

『君を描けば噓になる』刊行記念インタビュー

取材・文:朝宮 運河 / イラスト:青依 青 

絵を描くことがすべての少女・瀧本灯子たきもととうこと、才能と自制心を兼ね備えた少年・南條遥都なんじょうはると。絵画教室で出会った二人の天才は、 互いに刺激を与え合いながら、 アーティストとしての頭角を現してゆく——。「花鳥風月」シリーズなどで知られる恋愛小説の名手・綾崎隼あやさきしゅんさんの新作 『君を描けば噓になる』は、美術の世界を 舞台に〝天才〟をめぐるドラマを描いた、新感覚のアート×青春×純愛小説。その創作の舞台裏について、お話をうかがいました!

アートの世界で二人の天才を描く

── : 『君を描けば噓になる』は初めての連載作品でしたね。

綾崎: 連載漫画の早く続きが読みたくなる感覚が好きなんです。今回はそれが出来るなと思ったので、毎月「引き」の強いラストシーンを持ってくることで、一ヵ月後の展開を楽しみにしてもらえるよう工夫しました。SNSで毎回読者の反応を知ることが出来たことも新鮮でした。

── : 美術の世界を扱った青春・恋愛小説ですが、このアイデアはどこから?

綾崎: 根幹のアイデアは、打ち合わせの席で編集さんから提案されました。『アート』と『天才』を題材に書いてほしいと。これまでに書いてきた二十五冊は、どれも自分主導で構築した物語でした。なので担当編集さんに頂いたアイデアから構想をスタートさせた初めての小説になります。『アート』や『天才』を題材にするなんて考えたこともなかったので、最初は書けるか不安だったんですが、一時間ほどで〝タイプの異なる二人の天才〟を描くという基本設定が浮かんで、大まかなプロットも、その場で完成しました。

── : 物語ではまず、美術教室〈アトリエ関根〉に、瀧本灯子という少女が両親に連れられてやってきます。講師の関根実嘉せきねみかは、灯子が描いた絵のレベルの高さに衝撃を受けました。

綾崎: 天才をどう描くかというのが、一つ目の大きなハードルでした。周囲の登場人物が「あの人は天才だ、すごい」と言うだけでは説得力がないので。灯子にしても遥都にしても、言動を注意深く描写する必要がありましたし、二人の演出には特に気をつけました。

── : 綾崎さんご自身も芸大出身だそうですね。

綾崎: はい。ただ、僕は文学を専攻していたので、彼らの世界に特別詳しいわけではないんです。近年は取材内容を物語に落とし込むことも増えましたが、恐らく最も取材に時間がかかった小説だと思います。今回は担当編集さんが三人いまして、インタビューに同行して下さったり、一緒に資料を探して下さったりと、本当に助けて頂きました。皆さんの助けがなければ完成していないです。

── : 南條遥都という抜群の技術をそなえた少年も、〈アトリエ関根〉に通うようになります。好対照の天才が成長してゆく姿を、四つの視点から描いていますね。

綾崎: 群像劇的な構成が好みなのかもしれません。デビュー作もそうでしたし、構成的に面白い小説が好きなんだと思います。

梢は自分と一番近いキャラクターです

── : アトリエ経営者の関根実嘉は、北海道から東京の芸大に進学。そこで自分がありふれた存在であることを知り、アーティストとして挫折を味わった女性です。

綾崎: 取材で某美術コンクールを見学に行ったんですが、入選作の多くが、僕には天才の作品に見えたんです。これほどすごい作品を描ける方たちでも商業作家ではないんだという事実が、衝撃でしたし、ショックでもありました。アートの世界で生きていくというのは、本当に難しいことなんだと改めて思いました。

── : 教育者となった実嘉の人生は、灯子たちに出会ったことで輝き始めます。

綾崎: 実嘉はアーティストとして成功できなかったことを悔やんでいる。子どもの頃に彼女が思い描いた人生ではなかったかもしれない。でも教育者としては成功していますし、子どものように思っている灯子と遥都に深く慕われているんです。だから、きっと、本当はとても幸せな人生だったはずで。最後の著者校で改めて一気に読んだ時、実嘉の人生を思い、作者なのに泣いてしまいました。

── : 第二部の主人公・南條梢は遥都の妹。漫画家になるという夢を叶えるためアトリエに通ってきています。

綾崎: 四人の語り手の中で、自分と一番近いのが梢だと思います。どんな小説を書いていても、基本的に登場人物は、個々の人格を持つ、自分とは別個の人間と割り切って書くんです。ただ、梢には思わず共感してしまう部分が多かったです。天才ではないと気付いてしまってからのやるせなさや、夢を叶えられないもどかしさは、過去の自分と重なります。

── : 漫画を描かずにはいられない、という衝動も共通している気がします。

綾崎: そうですね。僕の場合は小説ですが、梢が抱いているのは同じ類の衝動です。

── : 灯子と遥都はともに美大へ進み、若手芸術家として注目されていきます。一方、第三部の主人公・高垣恵介たかがきけいすけは二人の才能に打ちのめされ、卑屈になってしまいます。

綾崎: 恵介パートは天才でも秀才でもない、いわゆる普通の人間の目線を入れるために描いたパートです。目指す分野によって、努力ではどうにもならないことというのもあると思うんです。僕はサッカーを愛していますが、生まれつきの身体能力以上の動きは出来ない。もしもプロサッカー選手を目指していたら、恵介と同種の挫折、悔しさ、絶望を味わっていたと思います。

綾崎隼の今のベストですと言える作品

── : 第四部は灯子の一人称で語られるパートです。天才の目から見た世界は描くのが大変だったのでは?

綾崎: 最も挑戦になった部分です。不安だったこともあり、第三部まで書き上げた時点で編集さんたちに読んで頂き、それから腰を据えて、じっくりと第四部を書いていきました。物語的にはクライマックスでもありますし、第四部を読んでもらう時が一番ドキドキでした。

── : やがて実嘉は体調を崩して入院。アトリエで講師のアルバイトを始めた灯子と遥都に、土砂崩れという悲劇が襲いかかります。

綾崎: 実は初期のプロットから大きく変わった部分でもあります。当初の予定では、もう一方の人物が大怪我を負うはずでした。ですが第三部まで読んでもらったタイミングで、変えた方が良いのではという話になりました。書き始めてから展開を変えることは珍しいんですが、今回はそちらの方がより面白くなるだろうという判断で、当初の予定を変更しました。書き上げた今は、この形がベストだったと確信しています。

── : さまざまな事件を経て浮かびあがるのは、感動的な愛の物語でした。

綾崎: もともとこの作品は『ある恋のない愛の物語』というタイトルでした。恋ではなく、新しい愛の形を描きたかった物語です。

── : アートとともに生きる人たちの姿が胸を打つ、綾崎作品の新境地ですね。最後に読者へのメッセージをお願いします。

綾崎: これまで『初恋彗星』や『命の後で咲いた花』が、自分にとって里程標的な作品だと思っていました。『君を描けば噓になる』もまた、そういう小説になったと思っています。胸を張って「綾崎隼の今のベストです」と言える小説なので、以前からの読者さんには「こんな小説が書けるようになったよ」と伝えたいですし、この小説で自分を初めて知る方にも、沢山出会えたら良いなと思っています。一人でも多くの方に伝わることを祈っています。


綾崎 隼

1981年新潟県生まれ。2009年『夏恋時雨』で第16回電撃小説大賞・選考委員奨励賞を受賞。翌年、同作を改題した『蒼空時雨』でデビュー。本作は初の文芸誌連載作品。

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