角川ホラー文庫より好評発売中の『中野ブロードウェイ脱出ゲーム』。サブカルチャーの聖地・中野ブロードウェイを舞台に繰り広げられる史上最悪の脱出ゲームに、著者の渡辺浩弐さんが込めた思いとは!? 特別メールインタビューを、著者特製【謎の都市伝説カード】と共に、前後編でお届けします!
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Q1.この作品を書いたきっかけについて。
1997年に、20年後をイメージして『アンドロメディア』という小説を書きました。人工知能、バーチャルアイドルなどを未来テクノロジーとして扱いました(今はどれも既にポピュラーなものになっています)。
それから実際に20年経ったタイミングで、さらに20年後を予想しようと考えたわけです。ディープラーニング・量子コンピュータ・ゲノム編集など、「その先」の技術を改めて調査しました。
その過程で、一つの気づきがありました。コンピュータやロボットが、誰も夢にも思わなかった方向に進化していくのではないか、ということです。
20世紀のSFは進化した機械が人間になろうとする現象を多く描いてきましたが、今ここで考えると、そんなことはありえない。人工知能は、アンドロイドは、人間なんて不完全なものを目指すわけがないんですね。
暴走する知能はメサイア・コンプレックスを発症するはずです。覚醒した知性が狙うのは人ではなく「神」の地位です。
その先に何が起きるか。思考実験を進めるためには、かなり大がかりな物語の枠が必要でした。
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Q2.中野ブロードウェイ検定1級の渡辺さん、なぜそんなにもこの場所を愛するのか。
中野ブロードウェイの魅力は、過去と現在と未来が重なっていることです。
特にサブカルチャーの様々なジャンルについて、情報量がすごいんですね。
秋葉原も楽しい街ですが、秋葉には「今」しかありません。中野には、最新の商品だけでなく、過去50年間のものが、新、旧、ジャンク、ビンテージ、一緒くたに詰め込まれています。たとえばシン・ゴジラと初代ゴジラのフィギュアが、それぞれの背景資料とともに並び、各世代のマニアによって議論されながら、それぞれ正当な価値でやりとりされています。
20世紀の文化、それもインターネットにも上がっていないような水面下のことまでを踏まえて未来を夢想する。そんな作業をしたい人なら、ここに来るだけで、居るだけで、ずいぶんはかどるはずです。
これはすでに世界じゅうのマニア、オタクに認識されてることですね。この場所がサブカルの聖地と呼ばれるゆえんです。
僕は今このビルの9階に住んで、4階でカフェを経営しています。ディズニー好きの人がディズニーランドのシンデレラ城に住んでるようなものです。いいでしょう?
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Q3.主人公の裕とマイについて。キャラクターのイメージ、この二人が主人公である理由、二人の絆について。
裕とマイって、どんな子達だと思いますか?
作中、この二人のキャラクター描写は極力省いています。この二人についてだけは読者一人一人に(あるいは二次使用して頂けることがあったらそれぞれの現場のクリエーターに)自由に造形してほしいからです。
この作品に限らず僕はメイン・キャラクターについては、読者自身の姿あるいは読者の望みの姿を映す鏡のような存在にしたいと思っています。
本当は名前もつけたくないくらいなのですが、名無権兵衛さんとか江分利満さんという名付けは今は理解されにくいので、「逸見裕」と「雨宮マイ」になりました。
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Q4.伝奇空間としての中野ブロードウェイについて。
中野は非常に興味深い歴史を背負った場所です。小説を書き始める前に、この地の歴史の表そして裏について長く調査してきました。読んで頂いた方から「どこまでが本当で、どこからがフィクションかわからない」という感想を頂きましたが、素材となっている情報のほとんどは史実です。
そして現在の中野ブロードウェイは日本だけでなく世界のオタクにとって、日々ネット経由でアクセスする場所になりつつあります。世界各地のイスラム教徒が、一生に1度しか行くことはできなくても毎日その方角に向かってお祈りをする聖地メッカのような存在ですね。
リアルでありつつ、バーチャルな場所。時空が重なって、ねじれていて、その隙間からいろいろな都市伝説や怪情報が生まれたり消えたりしている。そういうところがこの空間の魅力だと思います。
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Q5.この物語をホラー文庫で書いた理由&渡辺さんにとってホラーとは?
僕はホラーの本質は「警告」だと思っています。
ずっとSFを書いているつもりですが、僕にとってのSFはサイエンス・ファンタジーというよりはシム・フィクション、つまり現実の最先端テクノロジーを素材にして行う近未来シミュレーションです。
それは幸福な風景につながることもあれば、地獄絵をあぶり出してしまうこともあります。暗い未来を描写するとしたら、完成作品は結果的にホラーとして機能するものになるべきですね。
『中野ブロードウェイ脱出ゲーム』も、そんな作品です。名門、角川ホラー文庫に入れていただいて感謝しています。
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