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特集

氷上で1番熱い物語『この銀盤を君と跳ぶ』刊行記念対談 綾崎隼×宗岡敦子(紀伊國屋書店福岡本店)

綾崎隼さんが2023年12月に刊行した『この銀盤を君と跳ぶ』。二人の天才女子フィギュアスケーターが、残り一つしかないオリンピック出場枠をかけてぶつかる――そんな熱い展開とドキュメンタリーのような読み応えに評判が集まっています。
このたび刊行直後から本作に熱い応援を寄せていた紀伊國屋書店福岡本店の宗岡さんと、著者・綾崎さんの対談が実現! 宗岡さんが熱く語る作品の見どころと、綾崎さんがはじめて明かす作品成立の経緯や込められた思いにご注目下さい。



聞き手・構成/立花もも

氷上で1番熱い物語『この銀盤を君と跳ぶ』刊行記念対談
綾崎隼×宗岡敦子(紀伊國屋書店福岡本店)

1ページ目、1行目からすでに熱い

宗岡:フィギュアスケートに人生をかける人たちの燃えるような想いや、その裏側に秘められた切なさに心を打たれ、夢中で読み終えてしまいました。じわじわと盛り上がっていくのではなくて、1ページ目、1行目からすでにその情熱は高まっていて、二人の天才少女の戦いを通じてぐんぐんと熱を帯びていく。なんだろうこれは、とふるえるような想いでした。

綾崎:ありがとうございます。宗岡さんは、もともとフィギュアスケートはお好きだったんですか?

宗岡:オリンピックのテレビ中継を観るくらいですね。他の競技に比べて、選手のコンディションが結果を大きく左右する、芸術性の高い競技であることは認識していましたが、『この銀盤を君と跳ぶ』を読んではじめて知ることも多くて、勉強になりました。

綾崎:実は僕も、書き始める前は似たような知識しか持っていませんでした。スポーツ観戦が好きなので、オリンピックや世界選手権などがあるとテレビをつけて観ていましたが、美しいな、すごいな、と思うことはあっても、細かな技術については解説で聞いてもよくわからない。だから小説の題材にしようと積極的に考えたこともなかったんですが、新作のプロットがなかなかさだまらなかったときに、担当編集者から「綾崎さんの好きなものをなんでもいいから挙げてみてください」と言われたんです。幾つか挙げたなかでいちばん編集者の食いつきがよかったのが、フィギュアスケートだったという。

宗岡:そうだったんですね……! 女子シングルを選んだのはどうしてだったんですか?

綾崎:時間制限のある研ぎ澄まされた戦いを描きやすいと思ったんです。というのもプロットを考えていた当時、シニアの出場条件は15歳以上。体形が変化する前の十代のうちにメダルをとる選手も増えていましたし、競技としては不健全かもしれないけれど、15歳になった瞬間のチャンスに賭けて輝く少女たちの戦いを描いてみたいと。ただ、プロットにOKが出た年に、噂で聞いていた通り、シニアの年齢制限が17歳以上に引き上げられたんです。そこで、15歳でオリンピックに出場できず、19歳まで待つしかなくなってしまった少女たちの物語にしよう、とプロットを修正しました。物語の舞台が2029年になったのも、そのためですね。


――結果的に、近未来の物語になったことで、瑠璃やひばりが「いずれ登場するかもしれない選手」としてのリアリティを持ち、ベストのタイミングで勝負できない葛藤も、物語に深みを与えている気がします。

綾崎:ジャンプという意味での全盛期、15歳の少女の一瞬のきらめきを描くだけでもじゅうぶん物語にはなっただろうけれど、19歳までの月日を通じて、心身ともに大人になっていく彼女たちを描くことができてよかったです。

宗岡:そのような経緯があったとは、驚きです。瑠璃もひばりも、最初からそこに存在していたかのようなリアリティがあったので……。これはもうドキュメンタリーなんじゃないの?って、今のフィギュア選手のなかに姿を探しそうになるくらい。

誰が勝つのか最後までわからない

綾崎:構想の段階で頭にあったのは恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』でした。タイプの違う三人の天才のうち、誰が勝つのか最後までわからないあの緊迫感を、フィギュアスケートでも表現できたらいいな、って。それで、まずは男子選手並みの身体能力を有しているのに集中力が続かないひばりが生まれました。次に、自分の才能を信じて努力することをやめない、誰より強気な瑠璃。素直になれないけれど迷いのない彼女のようなタイプが好きなんです。そしてもう一人、ミックスルーツの女の子を登場させるつもりだったんですが、編集者さんから「おまえはいったい何百ページ書くつもりだ」とご指摘を受けまして(笑)。


――それで、同い年の天才少女は瑠璃とひばりだけ。かつての天才少女として、30歳の現役選手・加茂瞳が登場するわけですね。

綾崎:本当は、瞳のパートもがっつり書きたかったんですけど、泣く泣く割愛しました(笑)。あとは、ひばりの幼馴染みである泉美が、二人に匹敵するくらいの才能を遅咲きで開花させて……という構想もあったのですが、瑠璃とひばりの一騎打ちがメインのほうが盛り上がるかな、と。


――でも結果として、泉美は三人目の天才として頭角をあらわしていきますよね。現役選手としてではなく、ひばりを誰よりもよく知るコーチとして。物語が瑠璃とひばりの視点ではなく、瑠璃の振り付けを担当する36歳の朋香と、泉美の視点で語られていくのも、すごくおもしろかったです。

綾崎:天才の内面を描いても、なかなか読者の共感を得にくいし、書く側としてもプレッシャーが大きいんです。瑠璃とひばりについては、すべてを詳らかにするよりも、言動を通じて「きっとこう感じているんだろうな」と察するくらいがちょうどいいんじゃないかと思いました。それに僕も含めて、フィギュアスケートは大半の人にとって「観る」ものじゃないですか。だから、第三者の視点を通じて、「観る」描写にこだわりました。オリンピック出場をかけた最終決戦も、瑠璃の演技は泉美の、ひばりの演技は朋香の視点で描いたほうが、相手の実力がわかっているからこその想い、失敗してほしいなんて願っちゃいけないけど、でも……みたいな葛藤が描けておもしろいんじゃないかなあと。

宗岡:まさに、直接的に描かれていないからこそ、感情移入させられるところが多くて。瑠璃なんて、いつでも誰に対しても毒を吐き、家族と離れて暮らすことになっても弱音ひとつこぼさないし、お世話になりっぱなしの朋香にも、殊勝な態度なんてほとんどない。だけど時々、あ、本当に朋香のことを信頼しているんだなって態度に出たりして。最後の最後に、朋香に言ったセリフなんてもう……号泣でした。

綾崎:瑠璃は朋香のことが大好きですからね。世界で一番信頼しているし、世界一の振付師だと思っている。だから朋香が卑屈なことを言ったりするとブチ切れる。それも、瑠璃の一人称よりも、朋香の目に映る姿として描くほうが可愛いだろうな、って。

「天才」だけでは成功しない?

宗岡:あと個人的には、加茂選手に痺れました。十代のきらめきは失っても現役選手として戦い続ける彼女が、最後にくだしたあの決断……ふるえました。自分が選手としてどうありたいか、だけでなく、フィギュアスケート界全体のことを考えて行動できる彼女は、本当にすさまじい人だと。その裏に、きっとさまざまな葛藤があったであろうことも想像できるからこそ、よけいに胸を打たれてしまいました。くわしくは、ネタバレになるので言えないんですけど(笑)。

綾崎:実は、最初、瞳がひばりの母親なのではという疑念が浮かぶ設定にしようと思っていたんです。

宗岡:ええっ!

綾崎:物語には必ずミステリー要素を入れたいと考えているので、ひばりを母親のわからない子という設定にして、でも周りもうすうす瞳なんじゃないかと察していて……みたいな。けっきょく、これもなしになりましたけど、バックグラウンドをあれこれ考えていただけに、僕にとっても思い入れの強い人物なので、挙げていただけてうれしいです。やっぱり、競技を引っ張っていく選手って、どの世界にも必要だと思うんです。たとえば羽生結弦選手も、オリンピックで二回連続で金メダルをとった時点で、怪我もありましたし、競技選手を引退するという選択肢もあったと思います。でもその後、四年間続けたことに、さらなる挑戦を見せてくれたことに、意味があった。確実にフィギュアスケート界は盛り上がりましたし、後進も育ったと思います。彼のようなスターがいるから、僕のようにライトなファンも興味を持ち続けた。結果を出すことももちろん大事だけれど、競技全体が発展していくために必要な役割を果たしている選手も、きっといるよなあ、って。


――今作のおもしろさは、天才だからといってまっすぐに成功していくわけじゃない、と描かれているところだと思うんです。年齢制限の引き上げもそうですし、家族の事情にふりまわされたり、自分のせいではないことで傷つけられたり。並大抵の努力では補いきれないものを乗り越えて「今」にたどり着いている彼女たちを、ただひとくくりに天才と称するのは失礼だな、とも思いました。

綾崎:フィギュアスケートに限らず、どんな競技も、才能があれば勝てるなんて甘い世界ではないと思うんです。サッカーを観ていても、現代のトップ・オブ・ザ・トップのプレイヤーたちはまず自分を律することができなければならないんだなというのを、ひしひしと感じますし。だから、瑠璃は圧倒的に努力できる子としても描きたかった。彼女は確かに天才と呼ばれるほどの、生まれついての才能があるけれど、同じくらい、いやそれ以上に、「やる」ことができる。だけど、瑠璃のように自分で自分を律し、なすべきことに邁進することができなかったとしても、泉美のようなブレーンがそばにいれば、ひばりも戦略で勝ち筋を見つけていくことができる。がむしゃらに頑張るだけで勝てるわけじゃない、というのも描きたかったことですね。

宗岡:「好き」を突き詰めること、諦めずに努力し続けることができる人は、世の中にけっこう多く存在すると思うんです。でも、おっしゃるように、それだけでは成功しないし、一握りの場所には辿り着けないのだということを、読んでいて感じました。とくにフィギュアスケートはお金のかかる競技だし、まず、リンクがないと練習すらできない。環境が整わないと、努力しようにもできないわけですよね。朋香のような素晴らしい振付師、泉美のような自分を誰より理解してくれるコーチに出会えるかどうかも、運の一つ。だからこそ、才能がありながらも夢破れていく人たちがいる。この小説では、そういう人たちの姿もしっかり描いているのが素敵だなと思いました。そもそも泉美も、選手としては力が及ばなかったわけで、でも選手だったからこそひばりのために尽くせることがあって……。


――泉美が、選手として成功できなかったことは今もずっと悔しい、と言う場面、よかったですよね。

宗岡:すごくよかったです! 新しい夢を見つけたからって、簡単にその悔しさが消えるわけじゃない。むしろずっと悔しいままで、それでも夢の形を変えて新しい未来をつくろうとしていける姿に、打たれます。

女性二人×二組の関係性を描く物語

綾崎:フィギュアスケートって、知れば知るほど、難しい競技だと感じます。たとえばサッカーなら、才能と本人の心の強ささえあれば、どんな環境で生まれ育っても世界のトップをめざせると思うんですよ。才能を、見出す人が必ずいるから。でもフィギュアスケートは、ふつうに生活しているだけでは、誰もその才能を見つけられない。始めたところで怪我も多いし、たった一回の怪我ですべてが終わることもあるし。おっしゃっていただいたように、いい振付師やコーチに出会えるかどうかの運もある。だからこそ、瑠璃と朋香、ひばりと泉美という二つのパートナー関係を描く物語にもしたいなと思いました。ただ勝負の行方を追うだけではなくて。

宗岡:その絆が深まるにつれ、瑠璃とひばりの演技だけでなく、性格というか意志の力みたいなものも、どんどん変わっていったと思うんです。読み手としても、二人の印象は最初と最後でガラッと変わっています。その過程が丁寧に細やかに描かれていることが、この小説により深みを与えていると思います。人は、人によってこんなにも変わるのだということを、改めて感じられたのも、この小説の好きなところですね。

綾崎:正直、瑠璃もひばりもヒール(悪役)だと思うんです。どちらも、ちがう形で、世の中にきらわれている。瑠璃の言動なんて、本当に褒められたものではないですからね。でも、彼女がただのわがままお嬢様なんかではなく、誰よりも真剣にフィギュアスケートのことを考えていて、フィギュアスケートが好きだからこそ妥協ができずにすべてに嚙みついているんだ、ってことがわかればきっと読者も瑠璃のことを好きになってくれるんじゃないかなと思いました。ひばりも同じですね。彼女が純粋に大切にしたいと思っているのは何か、それに触れたらきっと好きになってくれるだろう、と。

宗岡:好きになりました。だからこそ、どっちも応援したくなって、最後まで決着の想像もつきませんでした!

綾崎:そう思っていただけたなら、狙いどおりです(笑)。僕も、最後までどちらが勝つかは決めていなくて……決定打は二人の涙を描きたかった、ということでしょうか。

宗岡:先ほど、瞳さんのパートも書く予定だったとおっしゃっていましたが、描かれていない場所にも物語がたくさんあって、今後の彼女たちがどうなっていくのかも気になってたまりません。続編、熱望しております。

綾崎:予定は全然ないですけど、編集者に「ぜひ書いてください」と言われたら突っぱねることはしないので(笑)、今後の展開に期待しましょう。

作品紹介



この銀盤を君と跳ぶ
著者 綾崎 隼
発売日:2023年12月12日

五輪に行けるのは一人だけ。二人の天才選手の人生がぶつかる、運命の物語
二ヵ月後にオリンピック開催を控えた、全日本フィギュアスケート選手権。
この大会には日本女子フィギュアの歴史を変える選手二人が揃った。
卓越したセンスと表現力を持つ完璧主義者・京本瑠璃。
圧倒的身体能力でジャンプの限界を超越する雛森ひばり。
波乱続きの競技人生を送る彼女たちをこの舞台に導いたのは、それぞれのパートナーだった。
片や、運命が出会わせた師弟。
片や、幼馴染みの選手同士。
強く結びついた女性二人×二組がひとつの五輪出場権をかけてぶつかり合う。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322307000235/
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プロフィール

綾崎隼
1981年新潟県生まれ。2009年、第16回電撃小説大賞〈選考委員奨励賞〉を受賞し、受賞作の『蒼空時雨』で翌年デビュー。21年、『死にたがりの君に贈る物語』で第1回けんご大賞〈ベストオブけんご大賞〉を受賞。「花鳥風月」シリーズ「ノーブルチルドレン」シリーズ「レッドスワンサーガ」シリーズ、「君と時計」シリーズ、『君を描けば噓になる』『盤上に君はもういない』『ぼくらに噓がひとつだけ』『それを世界と言うんだね』など著作多数。

宗岡敦子
書店員。紀伊國屋書店福岡本店勤務。

宗岡敦子さんが『盤上に君はもういない』のオススメポイントを紹介する
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