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特集

夢を持ってしまった以上は、 追いかけたい――恩田 陸×米澤穂信 新作刊行記念対談(前編)

構成・文=吉田大助
写真=中岡隆造、干川 修

デビュー20周年となる今年、本格ミステリーと“本格”歴史時代小説を融合させ、集大成にして新境地となる最新長編『黒牢城』を発表した米澤穂信。来年デビュー30周年を迎える恩田陸は、本格ミステリーのど真ん中を行く〈理瀬シリーズ〉の実に17年ぶり(!)となる新作長編『薔薇のなかの蛇』を、この春上梓した。互いをリスペクトし合い、作家としてさらなる高みを求め続ける二人が、ミステリーに対する、そして小説に対する愛と夢とを語り合う、まずは前編!

安楽椅子探偵がなぜそこにい続けなければいけないのか、
という理由が明確にあるんですよ。(恩田)


――お二人が対談をするのは、初対面となった対談(「小説 野性時代」2008年7月号初出、『米澤穂信と古典部』収録)以来、2回目です。初対談の時のことは、覚えてらっしゃいますか?


恩田:もちろんです。昔からファンだったので、ハマるきっかけになった『愚者のエンドロール』にサインをいただけて嬉しかったです。


米澤:私は、恩田先生の作品はデビュー作の『六番目の小夜子』から拝読していましたので、あんな魔術的な話を書かれる方だから、もしかしたら魔法使いかもしれないと思っていて……。


恩田:ええっ(笑)。


米澤:魔法使いだったなら、まだ分かりやすいんです。人間がああいうものを書くということのほうが、かえって恐ろしい。恩田先生のにこやかな表情の下に、緊張を覚えた記憶があります。


恩田:なんだか緊張してきました。今日はあんまり笑えないぞ(笑)。私、今日は米澤さんに歴史小説の書き方を教わろうと思ってやって来たんですよ。『黒牢城』、本当に素晴らしかったです。


米澤:ありがとうございます!


恩田:これまでの作品と、タッチが全然違うじゃないですか。重厚な、本格的な歴史小説、時代小説の文体ですよね。小説の舞台に戦国時代を選んだとしても、どの武将にフォーカスを当てるかによってタッチも多少変わってくるのかなと思うんですが、今回選ばれているのは(荒木)村重と(黒田)官兵衛。この二人を選ぶとは、なかなか渋い。


米澤:昔から流人であるとか敗れて囚われの身となってしまった人が好きで、そういう人を主人公に小説が書けないかなと調べ物を進めていたんです。いろいろな候補があった中で、戦国時代のものの考え方、今とは違う常識といったものにすごく興味を引かれて、この時代で書くならばこの二人かな、と。史実に残された有名な話ですが、織田信長に叛逆して有岡城に籠城した村重は、織田側の使者としてやって来た官兵衛を、地下の土牢に一年間幽閉しました。当時の常識であれば、使者を帰さないなら斬って捨ててもおかしくない。村重はどうして斬らなかったのか、どうして官兵衛を地下に一年間も閉じ込めるなどという手間のかかることをやったのかというところが、一番初めの引っ掛かりだったと思います。


――籠城しながら毛利の援軍到着を待つ、有岡城内で起こる怪事件の数々を、まずは村重が自ら捜査し推理を張り巡らせる。自分では真相究明は叶わないとなったところで地下牢へ降りて行き、官兵衛に自分の持っている情報を全て開示して謎を解くよう求める、という構造が発明的ですよね。


恩田:「座布団一枚!」って感じです。安楽椅子探偵ものですよね。しかも捜査はせずに推理だけする……という安楽椅子探偵ではなくて、安楽椅子探偵がなぜそこにい続けなければいけないのか、という理由が明確にあるんですよ。


米澤:捕まっています(笑)。


恩田:官兵衛はそもそも村重の家来ではないし、地下牢に幽閉されているから城内で起きていることは一切分からない。官兵衛が持っている「外」の視点が、お話の多重構造を形作る要素になっている。村重の視点からしか見えていなかった世界を揺さぶる、という。ほんとにいい設定です。


米澤:ありがとうございます。囚人探偵、という側面もあると思うんですね。そこに関しては『羊たちの沈黙』という偉大なる先達がいることは分かっていましたけれども、「ああ、『羊たちの沈黙』を日本に持ってきただけなのね」というふうなものにならなかったのであれば嬉しいです。


恩田:全然別物ですよ。時代ものでミステリーをやるという場合、現代ものとは違って、何が謎になるのかということすらも自明ではないじゃないですか。思いついた謎やトリックに合わせて時代考証をするのか、それともその時代のことを調べてから、それに合うようにミステリーの部分を考えるのか。どちらでしたか?


米澤:後者です。当時のことを調べたり読んだりしていくうちに、「ああ、この時代にはこれが常識だったのか」と。これは今とは違う、今は思わないことだな、面白いなぁと心に引っ掛かってきたものを、ミステリーに援用するかたちで考えていきました。


恩田:やっぱり、調べるほうが先なんですね。


米澤:トリックを先にしてしまうと、「いや、でも当時はこれなかったからな」みたいなことがたくさん出てくるんです。特に時間関係の概念が厳しくて、例えばこの時代には「何時何分」という考え方がまだありません。「15分前にここを通ったよ」みたいなことを言いたくても、「分? 分とは何ですか」って。


恩田:なるほど……。うん、ためになるけど、やっぱり私には書けそうにない(笑)。


黒牢城
著者 米澤 穂信
定価: 1,760円(本体1,600円+税)


かつていったいどこで読んだのかは定かではないんですが、
不思議と懐かしさを感じるんです。(米澤)


――恩田さんの最新刊『薔薇のなかの蛇』は、デビュー5年後に刊行された『三月は深き紅の淵を』から始まる〈理瀬シリーズ〉の長編最新作です。イギリスのソールズベリーにある「ブラックローズハウス」、薔薇をかたどった館で開かれたパーティに理瀬が居合せ、凄惨な事件が起こります。まさに「タッチ」がこれまでと少し変わっていませんか?


恩田:〈理瀬シリーズ〉は、私の趣味全開のシリーズなんです。そもそも最初の『三月〜』が「ためらわずに自分の好きなものを書けばいいんだ」と思わせてくれた本だったので、その時の気持ちを忘れずに、自分がこれまで読んで憧れてきた本格ミステリーやホラーミステリーの香りを再現したいな、と。特に今回は初めてイギリスが舞台で、私の好きなイギリスのミステリー小説やゴシックロマン、ケルト文化への興味などを入れられる限り入れたので、これまでと少し雰囲気の違うものができたのかもしれません。


米澤:最初にいきなり、胴体を真っ二つにされたデコラティブな死体がドンと出てくるじゃないですか。その段階でもう、これは絶対好きなやつだぞ、と(笑)。家中に「謎の印」が残されているマナー・ハウス(※農村地帯に建てられた貴族の邸宅)なんて、かつていったいどこで読んだのかは定かではないんですが、不思議と懐かしさを感じるんです。具体的にこれだという作品が浮かぶわけでは全くないのに、「ああ、子どもの頃に自分はこういうものを読んで好きだった、好きだった」と思いながら読み進めました。


恩田:そういうふうに読んでいただけると、一番嬉しいです。


――これまでは高校生だった理瀬が、イギリス留学中の大学生になっている点も、作品がまとうムードに寄与しているのではと感じました。


恩田:もともと理瀬は邪悪な人ではあったんですが、より邪悪になりましたね。ヨハンもそうですが、邪悪な人たちを書くのが好きなんです。


米澤:シリーズ既刊の『麦の海に沈む果実』にしても『黄昏の百合の骨』にしても、理瀬はまだ成熟しきってはおらず、なんとかしておとなにならなければと思っているところがある。そう思っているということは、やっぱりまだ子どもの側だったと思うんです。それが今回は、おとなとして出てくる。これまでとは全然違うあり方で主人公が立っていると感じました。一応まだ学生ではあるんですけれども、これからは学校や家族といったクローズな世界の中ではなくて、オープンな世界で戦っていかなければならない。ここからは敵も多いし、おそらく泥をすするようなことをしながら生き抜いていかなければいけないのではないか、ならば素敵な悪を貫いてくれ、と思いながら読んでいました。


恩田:私としては、理瀬はどんな状況であれ強く美しく生き抜いてくれると信じているので、「これからもバンバン手を汚していってくれ!」と(笑)。


米澤:これは細かな点ですが、と言いつつ細かな点ではないんだと私は思っているんですが、理瀬は大学の専攻が美術史で、しかも図像学なんですよね。これは確かに、理瀬が選びそうな学問だなとすごく腑に落ちました。


恩田:目に見えているものが、必ずしも見えているもののとおりとは限らない。自分が見ているものは、人によっては違うものに見える。その辺りが、今回の隠しテーマなんです。理瀬が図像学、シンボルを学んでいるというのもここに重なってくるんだろうなと、後になって自分で気が付きました。そもそも本格ミステリーって、そこがツボだし痺れるところじゃないですか。自分にとってこういうふうに見えている事件が、別の視点に立つことで全く違ったものとして見えてくる。


米澤:ええ。ミステリーの楽しみ、シリーズものならではの楽しみを存分に味わわせていただきました。今回、特に驚かされたのが、後半で起こる新しい事件です。最初の目撃者と、その人物が目撃するに至った道具立てがしゃれているんですよね。ただ、日本を舞台にした日本の小説だと、あの事件はあまりに衝撃的すぎて浮いてしまうんだろうなと思うんです。


恩田:あっ、「血の雨」ですね。


米澤:「血の雨」です(笑)。日本で同じことを起こそうとすると、おそらく露悪的になりすぎてしまう。悪はきれいでもあり得るかもしれないけど、露悪はあんまりきれいじゃないですから。それが馴染んでしまうところが、これはもう舞台の力だ、文章の力だなと感じました。


恩田:イギリスだったらOKよね、みたいな(笑)。ある意味、翻訳ミステリーってファンタジーじゃないですか、我々日本人にとっては。だから安心して、「血の雨」を降らせることができる。確かに日本だと、ちょっとやりにくいかなと思います。


米澤:その感覚は、私も分かります。『黒牢城』は舞台が戦国だったからこそ、第三章の最後であそこまで劇的な道具立てを使うことができた。たぶん現代でやったら因果応報感が強すぎて説教臭くなっちゃったんじゃないかなと思うものも、時代の力、舞台の力を借りることで、思い切って書くことができました。

(後編につづく)


写真左:米澤穂信 右:恩田 陸


恩田 陸(おんだ・りく)

1992年、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞を、06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞を、07年『中庭の出来事』で山本周五郎賞を、17年『蜜蜂と遠雷』で直木三十五賞、本屋大賞を受賞。

米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)

2001年、『氷菓』で角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞してデビュー。11年『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞を、14年『満願』で山本周五郎賞を受賞。『満願』および15年発表の『王とサーカス』は3つの年間ミステリ・ランキングで1位となり、史上初の2年連続3冠を達成した。

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