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特集

「子どもが小さいころは、怒りのエネルギーで生きていました」――椰月美智子×菅野美穂『明日の食卓』映画化記念対談

撮影:衛藤キヨコ  構成:高倉優子  ヘアメイク:北 一騎(菅野さん) スタイリスト:黒崎 彩(菅野さん) 

働く母親として抱える苦労や喜び、今作に対する思いを語るスペシャル対談

息子を持つ3人の母たちの理想と現実、そして揺れる心情を巧みに描いた、椰月美智子さんの小説『明日の食卓』。決して他人事とは言い切れない児童虐待というテーマに切り込み、多くの読者に衝撃と感動を与えた話題作が、瀬々敬久監督の手によって映画化されました。映画の中で、フリーライターとして社会復帰を模索する留美子を好演している女優の菅野美穂さんと、著者の椰月さんによるスペシャル対談が実現。それぞれ働く母親として抱える苦労や喜び、また今作に対する思いを語り合っていただきました。



「これは自分の話だ」と運命を感じた


――『明日の食卓』は約5年前に上梓された小説です。執筆のきっかけから振り返っていただけますか?


椰月:小学生だった息子二人を育てながら小説を書いていたこともあり、当時の私は毎日てんてこ舞いでした。とにかく忙しくて余裕がなくて……。ふと、この状態を書いてみようと思ったんですね。子どもをかわいく思う一方、感情的になってしまうことも多々あり、その理由を考えたときに、「夫のせいでもある」と思いました。「私がこんなに忙しいのに、あの人は何をしているんだろう?」と。そういった怒りも含めて、いろんな感情を落とし込んでみたいと思ったんです。


――菅野さんは原作をどのように読まれましたか?


菅野:映画のオファーをいただいたあと、すぐに読ませていただいたんですが、「これは自分の話だ!」と思いましたね。「今の自分に近すぎる」と。その後、コロナ禍になり、内容がシリアスだったこともあり、もしかしたら撮影がなくなってしまうかもしれない……と心配しましたが、無事に撮影できて本当に嬉しかったです。24時間子どもと向き合っていた自粛期間の中で改めて育児の大変さを実感したこともあり、留美子役を演じられたことは運命的だったと思いました。


椰月:それは嬉しいです。今作には三人の母親が登場しますが、留美子は一番、私自身と環境も似ていて親近感があるので。菅野さんがスーパーで息子たちを𠮟るシーンは、「そうそう、こんな感じ!」と共感しながら観ました。うちの息子たちも他人にカートをぶつけてしまったり、冷凍庫の霜を取って遊んだりして……。それを見ていたおばさまから「ちゃんと子どもを見てなきゃダメじゃない!」と𠮟られてしまったことがありました。まさに、あのシーンのまんま!(笑)。


菅野:よく、わかります。他人の目や言葉に追い詰められてしまう人も多いでしょうね。独身の頃はわかりませんでしたが、今、スーパーで子どもを𠮟っているお母さんを見かけると私も「お察しいたします。頑張ってくださいね」と心の中で思ってしまいます。



怒りをガソリンにしないと動けない


椰月:子どもって思いがけない行動をするものですからね。目を離したすきに電柱に登っていて、慌てて引きずり下ろしたり、保育園の頃には友だちを嚙んでしまったこともありました。


菅野:男の子の行動には驚かされることも多いですよね。うちの息子も去年の自粛期間後、久しぶりに幼稚園に行けたことが嬉しすぎて驚くような行動に出たんですが、こちらからすると「なぜ?」ですよね。幼くて、まだ言葉で感情を伝えられないから仕方ない部分もあるとは思うのですが。


椰月:男の子あるあるですね!(笑)。うちは中3と中1になったので、ずいぶん落ち着きましたが、その年代ごとに新たな心配事が出てくるんだろうなと思っています。


――お二人と留美子との共通点はありますか?


菅野:毎日「今日は怒りすぎたなぁ」と反省するんですが、また怒っちゃうところですかね(笑)。留美子は、仕事復帰したけれど以前と同じように動けず、苛立ちを募らせます。周囲も以前より協力してくれている。でも、それよりもっと速いスピードで現実が大変な状況になっていて、怒りはもちろん、すべての感情をガソリンにしないと動けないのだと思います。そういう気持ちはすごく共感できますね。


椰月:本当にそう。私も子どもが小さい頃は、怒りのエネルギーで生きていました。なんでこんなに毎日怒っているんだろう、と。でもそのおかげで自分を奮い立たせることができたし、この小説も書けたんじゃないかと思っています。



何気ないおしゃべりがセラピーになる


菅野:子育てをすることで新しい自分の一面を知ることってありませんか? 自分でも気づかなかった性質があったことに驚くことがあります。


椰月:それって、子育てによって生まれたものなんですかね?


菅野:それもあるかもしれませんが、もともと持っていた性質が揺り起されたんじゃないかと思うんですよ。


椰月:ああ、それは私にもあります。自分はこんなに短気な人間だったのか……と愕然としたり(笑)。


菅野:感情のコップが満杯なことに気づかず、ささいなことが最後の一滴となって崖から転げ落ちるように怒りを爆発させてしまったり。本当にもう、マリア様と般若の間を行ったり来たりするような毎日です(笑)。



――そんな日々のストレス解消法はありますか?


菅野:仕事に行くために事務所の車に乗るとホッとしますね。「母モード」から「仕事モード」に切り替えができるんです。といいつつ、スマホのカメラロールにある子どもたちの写真を見ていると癒されたりもするんですよね。


椰月:確かに。スマホの機能で、数年前の写真がスライドショーで出てきたりするじゃないですか。それを見ると「こんなにかわいかったんだ。怒ってばかりでごめんね」と思ったりしますから。


菅野:そうそうそう。もうこのときの息子と娘には会えないんだと寂しくなったりします。この瞬間だって数年後に振り返ったとき、きっとそう思うでしょうから、今という時間を大切にしなきゃいけませんよね。


椰月:私のストレス解消法は、近所の仲良しのママ友とおしゃべりすることです。立ち話でもいいので、他人と少し話すだけで気持ちが楽になるんです。


菅野:育児の大変さを共有できる人の存在って大切ですよね。子ども時代、母がよく「お茶会」と称して、近所の人たちと集まっているのが不思議でした。母たちにとってはその時間がセラピーだったのだと今なら理解できます。悩みそのものをしゃべるのはもちろん、「昨日のテレビ観た?」といった関係ない話をするだけでも気分転換になるんですよね。



世のお父さんたちに観てほしい


――タイトルにかけて、ご自宅の食卓によく登場するメニューを教えてください。


椰月:私は料理が得意というわけでもないので煮るか焼くといったシンプルな料理が多いです。たとえば、ホウレンソウとかブロッコリーを茹でて焼いた肉か魚に添える、とか。子どもたちは肉が好きなので、焼き肉やしゃぶしゃぶを出すと喜びますね。


菅野:私もひき肉を使った肉料理が多いです。火も通りやすいし、パッと料理できるので。ただし、ゆっくり食卓に座って食べるという生活とは程遠いですね。皿に盛ったはずの料理がテーブルの上に無造作に置いてあったりして、まるでキャンプみたい(笑)。


椰月:聞くだけなら楽しそうだけど、実際は大変ですよね。


菅野:煮物と小鉢と味噌汁とご飯というようなメニューを出したいけれど、きんぴらごぼう1品を作るにしても手間がかかるじゃないですか。今はその時間が取れない。ゆっくり食事ができる「明日」が早く来てほしいと思っているところです。


――最後に、これから本を読む方、映画を観る方たちにメッセージをお願いします。


椰月:小説では、「夫の無自覚」がテーマとしてあります。夫が妻と同じくらいの情熱を持って育児や家事をやってくれたら問題も起きないはず。甘えないで! 責任感を持って! という気持ちで書きました。映画ではさらに社会問題に切り込み、いろんな問題を突きつけられます。観終えた後、誰かと語り合いたくなる作品だと思いますね。


菅野:胸をえぐられるような内容なので、ママ友に気楽に「観てね」とは言いにくいですが……。でもきっと感じることがたくさんある作品だと思います。母親たちの慌ただしい日常を知ってもらうという意味でも、世の男性、お父さんたちにも観ていただけたらなと思います。



『明日の食卓』 椰月美智子



明日の食卓
著者 椰月 美智子
定価: 748円(本体680円+税)

息子を殺したのは、「私」ですか?
8歳の息子を育てる、環境も年齢も違う3人の母親たち。些細なことがきっかけで、幸せだった生活が少しずつ崩れていく。無意識に子どもに向けてしまう苛立ちと暴力。普通の家庭の光と闇を描く、衝撃の物語。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321806000298/
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椰月美智子(やづき・みちこ)

1970年神奈川県生まれ。2002年、第42回講談社児童文学新人賞を受賞した『十二歳』でデビュー。07年『しずかな日々』で第45回野間児童文芸賞、08年第23回坪田譲治文学賞、17年『明日の食卓』で第3回神奈川本大賞、20年『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』で第69回小学館児童出版文化賞を受賞。他の著書に『るり姉』『恋愛小説』『かっこうの親 もずの子ども』『その青の、その先の、』『伶也と』『14歳の水平線』『つながりの蔵』『さしすせその女たち』『緑のなかで』『こんぱるいろ、彼方』『美人のつくり方』『純喫茶パオーン』『ぼくたちの答え』などがある。

菅野美穂(かんの・みほ)

1977年生まれ。93年、ドラマ「ツインズ教師」(テレビ朝日)の生徒役で女優デビュー。95年にはNHK連続テレビ小説「走らんか!」の準主役に抜擢、96年「イグアナの娘」(テレビ朝日)、2000年「愛をください」(フジテレビ)、04年「愛し君へ」(フジテレビ)、10年「曲げられない女」(日本テレビ)、12年「結婚しない」(フジテレビ)、16年「べっぴんさん」(NHK)、同年「砂の塔~知りすぎた隣人」(TBS)、17年「監獄のお姫さま」(TBS)、21年「ウチの娘は、彼氏が出来ない‼」(日本テレビ)などに出演。映画では95年『大失恋。』(大森一樹監督)に初出演し、02年「Dolls(ドールズ)」(北野武監督)、07年『さくらん』(蜷川実花監督)、13年『奇跡のリンゴ』(中村義洋監督)などに出演。14年ディズニー映画『ベイマックス』では声優を務めた。

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