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特集

大人は「広い世界を見せること」くらいしかできない【出口治明『「教える」ということ』特別対談:試し読み⑧】

出口治明さん(立命館アジア太平洋大学<APU>学長)が「教える」「教育」の本質について考察した最新刊『「教える」ということ』。本の中には、各界の専門家との対談が収録されています。今回は立命館慶祥高等学校校長・久野信之先生との対談を試し読みしてみましょう。

「これからの学力養成」を目指すアクティブラーニングに注力している北海道・江別市の立命館慶祥中学校・高等学校。海外研修旅行は、生徒自身の考えと問題意識の観点からコースを選択できるなどユニークな取り組みで注目されています。
「アクティブラーニングは、『教わる』のではなく『自ら学んでいく姿勢』が基本だ」と話す校長の久野信之氏と「教える」ということについて議論します【第2回目】。

>>【第1回】「世界に通用する18歳」をどう育てるか

「命の重さに違いはあるか」という問い


出口:(立命館慶祥高等学校で実施している海外研修旅行において)ベトナム研修のテーマは何ですか?


久野:ベトナムは、「国際ボランティア」がテーマで、孤児のための施設や地元の名門校を訪れます。「3つのC」の内の貢献ですね。ホーチミンに水頭症の赤ちゃんが収容されている施設があります。赤ちゃんは160人もいるのに、医療スタッフは足りていません。

 水頭症の赤ちゃんが生まれると、若い母親の多くが朝早くこの施設にやってきて、黙って赤ちゃんを置いていくんです。誤解を恐れずに言えば、捨てていく、といってもいい。


出口:経済的に困窮していて、育てる余裕がないからですね。


久野:そうです。あるとき、私たちの生徒が「水頭症であっても、自分の子どもであるなら育ててほしい。置き去りにしたら赤ちゃんがかわいそうだ」と考え、子どもを置きに来た母親に手紙を渡すことを思いつきました。

 6人1チームになって早朝から施設に待機して、母親が赤ちゃんを捨てに来たら、わずかな現金……、日本円で150円くらいですが……、と一緒に手紙を渡そうとした。ところが結果的に、彼らは手紙を渡すことができなかったのです。


出口:どうしてですか?


久野:母親と対面したとき、生徒たちは最初にこう質問をします。

「あなたは、何歳ですか?」

 すると、ほとんどの母親が、15歳とか16歳と答えます。そこではじめて生徒たちは、厳しい現実と直面する。自分と同じ年齢で水頭症の赤ちゃんを産んだ女性に対して、「責任を持って育ててほしい」とは言えなくなってしまうわけです。

 慶祥の生徒たちは、研修に先立って日本で募金活動をして、お金を集めて、自転車やお米を持って、施設を訪れます。現地でのボランティア活動を心待ちにしている生徒がほとんどです。

 ですが、実際に施設に行くとどうなるかといえば、怖くて、病室に入ることができない生徒もいるのです。「自分はこの施設で介護をする」と決めてきたのに……、心待ちにしていたのに……、病室に入ることすらできない。生徒たちはそうした現実と向き合い、心を動かされながら、大きな学びを得ています。

 このコースに参加した生徒のうちじつに6割が、今、医師になっています。

 私たちは進学校ですから、面接の指導もしています。医学部を受験する場合、必ず聞かれるのは、「命の重さに違いはあると思いますか」という質問です。

 模範的に考えると、「命の重さに違いはありません。収入・文化・宗教・人種を超えて、命の価値は同じです」と回答すべきですが、慶祥の生徒は「命の重さに違いがあると思います」と答えます。なぜなら、ベトナムでの体験があるからです。

 実際に赤ちゃんを抱いた彼らは、栄養を十分に与えられて育った健康な赤ちゃんと、貧困の中で育てられた赤ちゃんの重さに明らかな違いがあることを体感的にも知っているからです。


出口:教育者がしなければいけないことは、子どもたちに「本当の自分」と向き合う機会を与えることなのですね。


久野:そういうことです。「僕は誰のために、何のために医師を目指すのか」「誰のために、何のために勉強するのか」、その壁にきちっと向き合わせることが、出口学長が最初におっしゃった学びの姿勢、学びの習慣を生むことにつながると思います。



14年かけて実現させたボツワナへの海外研修


出口:もうひとつ、コースの説明をしていただけますか?


久野:今、一番注目を集めているのは、ボツワナのコースです。このコースを発案したのは2002年で、実現するまでにじつに14年もかかりました(笑)。

 慶祥史上ではじめてとなるアフリカ大陸での研修です。


出口:どのようなコースなのですか?


久野:このコースに参加する高校生は、ボツワナ政府より「自然文化親善大使(アンバサダー)」として任命されます。そして、自分たちが見たボツワナの美しさを札幌の市民、北海道の道民に発信します。

 東京の港区にあるボツワナ大使館から、ンコロイ・ンコロイ大使が慶祥高校まで来てくださり、生徒一人ひとりにアンバサダーのバッジと証書を渡します。そして生徒たちは、自然文化親善大使という称号を持って南アフリカまで飛んで、ボツワナに入る。そこでサファリ・キャンプをしながら、ボツワナが持っている自然の魅力と、人の魅力を記録にまとめて、帰国後にアウトプットしていきます。


出口:ボツワナに入るのは大変ではありませんか?


久野:南アフリカからボツワナへの飛行は本当に苦労しました。もうダメかと思うときもありました。驚いたことに、18歳未満の若者が旅行者に含まれる場合は、アフリカでは人身売買の可能性を疑われ、人身売買ではないことを証明する政府発行の書類がないと出国できないのです。私たちはボツワナ共和国発行の書類は持っていたのですが、南アフリカは経由地だったので、持っていなかったのです。日本の学校の修学旅行であることを説明してもなかなか理解してもらえず、本当に苦労しました。


出口:僕はよく、人間は「人・本・旅からしか学べない」と話していますが、この3つの中でもっとも強く心を動かすのは、旅でしょうね。旅は五感で感じますから。


久野:そう思います。

 寝泊りはテントです。周囲には野生動物がいますから、トイレに行くときもレンジャーが同行します。生徒たちが、朝、歯磨きをしていると、すぐ横にアフリカ象がいるんです。象よけがあるとはいえ、アフリカ象のとなりで歯を磨く経験は、サファリの中でしかできません。そのときの感覚、そのときの感動は、そこにいなければわからないものです。

大人にできることは、子どもたちに広い世界を見せてあげること


久野:学びの中で、涙が出るほど感動できる子どもというのは、日本の中・高生の数%しかいないのではないでしょうか。だからこそ、子どもたちに本当の感動を与える機会を私たち教育者がつくっていかなければいけないのだと思います。


出口:そういう機会を与えたら、教師が教えなくても、子どもたちは自然に学ぼうとするでしょうね。ですから「教える」ということは、ある意味では「場所を与える」ことなのかもしれないですね。


久野:たとえば平和とか、自然とか、戦争とか、私たちには、教えることができないテーマがあるんです。もちろん、教科書を開けばいろいろ書いてあります。教師用のマニュアル本にも、教え方が書いてあります。でも本来、平和も自然も、教科書的に学ぶのではなくて、生徒が実際に現場に出て、自ら気づくことなんです。


出口:僕もそう思います。単なる知識やテクニックを教えることはできますが、人間の社会に起こるすべてのことを、教室で人工的に教えることができるのかというと、そうではありません。

 学ぶという姿勢は、テクニックを暗記するだけでは身につかない。自分が腹落ちして見つけるものであって、人に教えてもらうものではないのかもしれませんね。

 教師のほうにも、「自分には教えることができないことがある」という自覚が必要でしょうね。人間はそれほど賢くありません。それなのに人は傲慢になりがちで、「何でも教えることができる」と勘違いをしてしまう。まず、「教室や教科書では教えられないことが山ほどある」と自分の限界を認識した上で「ではどうすればいいのか」を考えることが大切だと思うのです。


久野:そうですよね。「教える」から、「学ぶ」にシフトしていかないといけないと思います。日本の教育の問題点は、「自ら学ぶことを、教えようとしている」ことです。


出口:それは絶対的な矛盾ですね。自ら学ぶことが大切だと教えていながら、自ら学ぶ方法を教えようとしているわけですからね。


久野:すべてを教えられるわけではない以上、私たちがしなければいけないのは学ぶ環境をつくることです。


出口:大人にできることは、広い世界を見せること。それから、自らがロールモデルとなること。あるいは知識の一部をわかりやすく教えること。それくらいしかできないのではないでしょうか。


久野:そう思います。

(つづく)

出口治明『「教える」ということ 日本を救う、[尖った人]を増やすには』詳細はこちら
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000004/(KADOKAWAオフィシャルページ)


出口 治明(でぐち・はるあき)

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。ライフネット生命創業者。

久野 信之(くの・のぶゆき)

札幌市出身、1960年生まれ。慶祥学園教諭、立命館慶祥高等学校教諭、立命館慶祥中学校・高等学校教頭(2008年)、同副校長(12年)を経て、2015年4月に校長に就任。同校は「世界に通用する18歳」を掲げ、グローバル人材の育成を目標とした取り組みを行っている。2020年4月から学校法人立命館常務理事(一貫教育担当)。

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