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特集

【『スケルトン・キー』刊行記念対談】道尾秀介×中野信子(脳科学者)〈前編〉心理的なブレーキを外す

撮影:ホンゴユウジ 取材・文:タカザワケンジ

自らを「サイコパス」と自認する19歳の青年、坂木錠也さかきじょうや。〝まとも〟な状態を保つため、彼なりに足掻きながら暮らしていたが、久しぶりに会った友人の質問から日常が崩れはじめ——。
道尾秀介みちおしゅうすけさんが「読者と勝負したい」と選んだテーマに脳科学者としての視点から、中野信子なかののぶこさんに切りこんでいただきました。

心理的なブレーキを外す

道尾: 今回、『スケルトン・キー』を書くにあたって、参考資料の一冊として中野さんの『サイコパス』(文春新書)を挙げさせていただきました。これ、もともと好きで読んでいたんです。小説の主人公にしようとは思っていませんでしたけど。

中野好きで読んでいただいていたなんて光栄です。道尾さんの文章はすごいとずっと思っていたので、テレビ番組で初めてご一緒したときに、「本物がいる!」と(笑)。

道尾: 僕も中野さんの文章、読みやすくて好きですね。すごくわかりやすい。ちょっと話が難しくなったときに、絶妙なタイミングで箇条書きにしてまとめてくれたり。でも、小説ではそれができないんですよね。主人公の心理描写をわかりやすくしようと、カットバック的に過去のことをもう一度書くこともできるんですけど、道に迷っていない読者にとっては冗長になるから。

中野そういう場合、どうされているんだろうとずっと思っていました。道尾さんくらいの手練れだと、リテラシーの高い読者さんがついてらっしゃるんでしょうけど、その人たち向けに書くと、初めての読者にはちょっとジャンプがあるなというところもあるでしょうし。その兼ね合いにご苦労されているんじゃないかなと思っていました。今回の『スケルトン・キー』でも、ジャンプ感を楽しめるところと、わかりやすく丁寧に書かれているところと両方ありましたね。  主人公がサイコパスだという設定について言えば、生まれつきの犯罪者だと思われないように、良い部分を説明することでクッションにされている。それを物語の中でこう表現するのか、と唸りました。読者の不快感をやわらげたり、逆にざらつかせたりすることで、主人公を魅力的に見せるのもさすがでしたね。

道尾: 書くときに気づいたんですが、サイコパスの一人称って実は珍しいんですよね。

中野ああ、そうか。そうですよね。

道尾: もともとレクター博士シリーズとか、映画で言うと「SAW」シリーズとかがすごく好きなんです。でもサイコパスの内面を描いていないというちょっとした不満があって。『羊たちの沈黙』でもクラリスという主人公がいて、サイコパスのレクター博士は登場人物の一人。たしかにそのほうが圧倒的に書きやすいんですが。

中野第三者の視点でサイコパスを描くほうが書きやすいんですね。

道尾: ただただ、怖い、何をするかわからないと書けばいいんです。でも一人称にすると、なぜ何をするかわからないかを書かなければならない。難しかったけど、何回も書き直しているうちに、だんだんとコントロールできるようになってきました。

中野おっしゃるようにサイコパスの内観をかなり丁寧に追っていらして、さすが作家だと思いました。サイコパスは普通の人とはものの見方、感じ方が違いますが、普通の人の文脈でサイコパスを理解しようとすることが一般的ですよね。ところが道尾さんはまったく違う視点から捉えられている。そこが読んでいて心地よかった。

道尾: 実は三人称にいきかけたときもあったんですよ。危なかったです(笑)。前例のないことをやるのって怖い。半年くらいかけて長篇を書いて、やっぱりうまくいきませんでしたじゃ目も当てられませんから。料理なら、不味いものをつくっても食べられるじゃないですか。失敗作のミステリは何の役にも立たない(笑)。ただの汚点。

中野賭けの部分があったんですね。

道尾: これから書くことに先例がないとか、自分の能力以上かなとか考えるときに、いつもロジャー・バニスターを思い出すんですよ。一マイルを四分以内で走るのは人間の身体能力では不可能だ、と言われていた。ところがロジャー・バニスターという陸上選手が四分を切った途端、次々に切る人が出てきた。

中野心理的なブレーキがかかっていた。

道尾: 事実としてそういう逸話があるってことは、脳にリミットをかけているのは自分だってことですよね。

中野それにはいろいろな事例があって、ネガティブに働くものだと「ステレオタイプ脅威」が有名ですね。たとえば女性は数学が苦手だというステレオタイプなイメージがありますよね。先生が褒めるつもりで「女の子なのによくできたね」って言っちゃう。すると言われたほうは女の子は数学ができちゃいけないんだ、と学習してしまう。その結果、中学までは女子のほうが数学の成績がいいのに、高校に入ってがくっと下がるなんてことが起きる。

脳の中に人物をつくる

道尾: 自分でリミットを外そうと思ったのは、『スタフ』という長篇小説を書いたときもそうでしたね。女性主人公の一人称で書いたんですが、書き始める前はすごく難しいなと思ったんです。でも、作家として十年以上やってきて書く技術が身についてきたから、女性が読んでも違和感がないものを創造できるだろうと。今回も同じ難しさを感じました。サイコパスは異性と同等かそれ以上に自分と違う存在なので。

中野道尾さんがサイコパスなのかしら? というくらい迫真的な描写もありましたよ(笑)。サイコパスは恐怖を感じないという部分をクローズアップされて書いていましたが、道尾さんご自身は怖いと感じるタイプですか?

道尾: 感じますね。ものすごく心配性です。

中野描写が丁寧なのはその繊細さからでしょうか。そういう道尾さんが怖さを感じない人の描写をするときって、どんな心理的なハードルがあるかしら、ということをお聞きしたいです。

道尾: よく「憑依型」って言われるクリエイターがいますよね。なりきるタイプ。僕はそのタイプじゃないんです。自分は自分なので、別人物になろうと思っても絶対に自分が顔を出してしまう。その代わり、頭の中に、完全に自分から離れた存在としてその人物をつくって書いています。

中野そうか。完全に主人公を造形してしまうんですね。造形したキャラクターをシミュレーターで動かすような感じですか。

道尾: それに近いですね。ある程度プログラムを打ち込んでおけば後は勝手に動いてくれます。たまに予想外の動きをするんですよね、バグを起こして(笑)。そのときは自分でもびっくりしますけど、それが小説を書く楽しみでもあるんです。

中野予想外のところが面白いんですね。

道尾: 生ものを扱っている感じがして。

中野生ものかあ。面白いですね。サイコパスの心理描写はすごくリアルだと思いました。

道尾: 専門家にそう言ってもらえるのは心強いですし、嬉しいですね。 (後編へつづく)


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