身近な実例をもとにやさしい言葉で語る経済学講義『よくわかる経済学入門』(角川ソフィア文庫)が発売となりました。
ミクロ経済、マクロ経済、財政や金融……難しい理論や計算が必要そうで敬遠してしまいがちな経済学を、著者の南 英世さんがわかりやすく解説します。
『よくわかる経済学入門』著者が解説
日経平均の暴落、なぜ?
経済学理論で大切なことは、極端に言えば二つしかありません。一つはケインズの有効需要の原理であり、もう一つはリカードの比較生産費説です。この二つのことが理解できれば、経済の動きはだいたいわかります。2025年に突然発表されたトランプ大統領の関税引き上げ政策もこの二つの理論をもとに考えると、驚くほどよくわかるようになります。
関税が上がるとなぜ日経平均が暴落するのか?
株価は株を買いたい人(需要)と売りたい人(供給)の関係で決まります。例えば会社が儲かり好景気になると株価は上がります。また、景気がパッとしなくても金融が緩和されれば余ったお金が株式市場に流れ込み株価は上がります。これを金融相場と言います。では、今回のトランプ関税は企業や株価にどのような影響を与えるのでしょうか。
第一に、関税によって輸出が減少し、日本企業は不景気になります。もし1台300万円の日本の自動車をアメリカに輸出する際に27.5%の関税がかけられれば、アメリカの販売価格は単純に計算して約383万円に値上がりします。そうなるとアメリカの人々は日本車を買い控えアメリカ産の自動車を買うようになります。その結果、日本の自動車メーカーの売り上げが落ち、株価は下落します。
第二に、関税が引き上げられると、関税を負担しなければならないアメリカの輸入企業はその分を価格に転嫁しアメリカの物価水準が上昇します。ただし、インフレになっても給料はすぐには上がりません。そのため、生活が苦しくなった国民は消費を抑制するようになり、アメリカの景気が後退します。アメリカが不景気になればアメリカに輸出している世界中の企業が影響を受けます。もちろん日本の輸出も減少して日本企業は不景気になります。その結果、日本の株価が下落します。
経済は連想ゲームです。アメリカが関税を引き上げるという報道があった瞬間に、マーケットは以上のような連想を瞬時に働かせて行動に移しました。しかも関税引き上げが当初の市場の予想を大幅に上回ったため、世界中の株価が大暴落したというわけです。当然の結果と言えましょう。
このような経済現象を理解するには、経済理論の一番基礎となるマクロ経済学について知っておく必要があります。角川ソフィア文庫から今月発売の『よくわかる経済学入門』第3章では、マクロ経済学の中心概念であるケインズの有効需要の原理についてわかりやすく解説しています。
自由貿易と保護貿易のどちらがよいか?
貿易では国益と国益が正面から激突します。もし、自国の産業を関税などで保護しなかった場合、競争力のない自国の産業は壊滅的打撃をこうむります。たとえば、いま(2025年4月25日現在)日本のコメには1㎏につき341円の関税がかけられています。アメリカにおけるコメの価格は1kg当たり150円程度といわれていますから、もし日本が関税をかけなければアメリカから日本の半値以下のコメが入ってきます。そうなると日本の農家は潰されてしまいます。
実は、アメリカも同じ悩みを抱えています。日本から安くて性能のいい自動車がアメリカにどんどん輸出され、その結果、アメリカの自動車産業は大打撃を受けています。そこでトランプ大統領は日本車に27.5%の関税をかけ、アメリカの自動車産業を守ろうとしたのです。
関税をかけない自由貿易と、関税によって自国の産業を守ろうとする保護貿易のどちらが望ましいのでしょうか。実は、この問題の答を初めて出したのが19世紀のイギリスの経済学者リカードでした。彼は比較生産費説という独自の理論を展開し、貿易は原則として自由貿易であるべきだと結論付けたのです。
また、第二次世界大戦後、世界は自由貿易を推進するためにGATTやWTOを設立し、関税の引き下げの努力を続けてきました。この背景には、1930年代の世界恐慌を克服しようとして、列強が関税引き上げ(=ブロック経済)や為替の切り下げ競争に走り、それが第二次世界大戦の原因の一つになったことへの反省があります。
今回、トランプ大統領がしかけた関税戦争は第二次世界大戦後、人類が苦労して積み上げてきた自由貿易体制を根本から崩壊させる出来事であり「殿、御乱心!」というべき暴挙です。貿易政策は国益と国益が対立します。だからこそ冷静に理論的に考える力が求められるのです。その意味でリカードの比較生産費説は、闇夜を照らす灯台であり、人類が目指すべき北極星の役割を果たしているといえます。拙著『よくわかる経済学入門』第9章ではその辺りの理論をていねいに解説しています。
貿易赤字の根本原因は何か?
トランプ大統領が関税を導入した狙いは、アメリカの貿易赤字をなくすることでした。しかし、そもそもアメリカの貿易赤字の根本的な原因は何でしょうか。結論だけをいうと「自国が生産している以上にモノを買うから、足りない分を輸入せざるを得ず、その結果、貿易赤字になる」ということになります。もう少し専門的にいうと「アメリカの支出総額(消費、投資、政府支出)が慢性的にGDPを上回っているから貿易赤字が発生するのであり、赤字を減らす唯一の方法は支出総額を減らすことである」となります。つまり輸出国に問題があるのではなく、輸入国であるアメリカがモノを買いすぎることが根本原因なのです。これは経済学を学んだことのある人間にはほとんど「常識」といってもいいくらい自明なことです。実際、2008年のリーマン・ショックでアメリカが不景気に陥った際、アメリカ国民が消費や投資を控えたため、アメリカの貿易赤字額は大幅に改善しました。だから、アメリカの貿易赤字を解消するためには関税をかけるのではなく、アメリカ自身の過剰支出を抑制することが不可欠なのです。
しかし、残念ながらトランプ大統領はこのことを理解しているようには見えません。「トランプさん、あなた間違っていますよ。もっと経済学の勉強をしてきなさい」と言えばいいものを、誰も言いだしません。周囲の経済学者にも大統領をいさめることができる人はいないようです。トランプ大統領は、関税はアメリカの産業を再生させ、Make America Great Again.を実現すると主張しています。果たしてそうでしょうか。アメリカの自動車産業を関税によって保護するのではなく、企業努力によって国際競争力を高めることこそが必要な政策ではないでしょうか。MAGAではなく、Make America Normal Again!こそがいま求められている政策だと筆者は考えています。
間違った診断をもとに間違った薬を処方すればどうなるか? もちろんその累は世界に及びます。もしトランプ大統領のシナリオがそのまま実施されれば、世界貿易は劇的に縮小し、各国のGDPは激減、未曽有の世界同時不況に突入することが予測されます。現実にどういった状況になるかは今後の交渉次第ですが、危機になった場合に備えて、私たちはどう行動すればいいのか? また、金利や為替レートの変動、インフレ、デフレなど、この先何が起きるかわかりません。そうした場合、私たちは自分の資産をどう守ればいいのか? 本書は皆さんの資産運用の道案内としても役立つように書かれています。易しく解説していますので、どうぞご一読ください。
作品紹介
書 名:よくわかる経済学入門
著 者:南 英世
発売日:2025年04月25日
円安、インフレ、所得格差の拡大……いったい経済に何が起こっているのか
ミクロ経済、マクロ経済、財政や金融……難しい理論や計算が必要そうで敬遠してしまいがちな経済学。でも本当は、社会のみんなが幸せに生きることを目指す「私たちのための学問」だった! インフレや円安、貧富の格差、社会保障などの生活をおびやかす問題についても、経済学がわかると本質的なしくみが見えてくる。歴史からはじまり、理論と制度の解説、実践のヒントまで。身近な実例をもとにやさしい言葉で語る経済学講義。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322410001788/
amazonページはこちら
電子書籍ストアBOOK☆WALKERページはこちら
著者プロフィール
南 英世(みなみ・ひでよ)
1951年石川県生まれ。1974年金沢大学法文学部経済学科卒業。金沢大学経済学部助手を経て、1983年から大阪府立高校教諭。2006年には大阪府初の指導教諭となり、新任研修や10年目研修で教員の指導・育成にあたる。文科省検定教科書『政治・経済』、『現代社会』、『社会と情報』(ともに共著、第一学習社)に寄稿。著書に『学びなおすと政治・経済はおもしろい』、『文章を書くのが苦手な人は「下書きメモ」を作りなさい』(ともにベレ出版)など。