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特集

コロナ禍で問われたリーダーの資質とは? 福澤諭吉が「スピイチ」に込めた“夢”

橋爪大三郎

 新型コロナウィルスは、リーダーの資質をあぶり出した。危機のとき、人びとに何と言うか。その準備がないリーダーは、信頼を失った。
 近代社会は、業務はふつう文書で行なう。官僚制の文書主義である。例外は、軍隊だ。口頭で命令する。部下は復唱する。戦場では文書をつくっている暇がないからだ。
 緊急時は戦争のようなもの。ふつうの組織も、軍隊のようになる。そのトップに立つリーダーは、即座にものを考え、口頭で指示を伝えなければならない。リーダーは、その用意がなければならない。

 リーダーは、言葉で市民に伝える。いまがどういう危機的状態か。どんな危険があり、どういう戦略があり、どう行動すべきか。いつ問題が解決するか。どれだけコストがかかるか。これがスピーチだ。
 民主主義では特に、スピーチが大切だ。議会は、言論によって意思を決する場である。法廷でも、弁論によって正義を明らかにする。社会のあらゆる場面で、スピーチが活躍する。時代とともに、ラジオやテレビ、ネットなど、リーダーの声を伝える手段は整っている。この手段を適切に使わないなら、リーダーの役目を果たしているとは言えない。

福澤諭吉が「スピイチ」に込めた“夢”

 近代社会でスピーチが重要であることを、いち早く見抜いたのが福澤諭吉だ。福澤は明治初めに「スピイチ」を紹介し、演説ハンドブックを翻訳し、演説会を組織し、模擬議会を実演し、私財を投じて演説館まで建てた。演説にどれだけ熱意を注いでいたかが伝わってくる。この建物は、いまも三田に残っている。

 自由民権運動がようやく動き始めた当時、演説をどうやればいいか、誰もわかっていなかった。福澤は仲間を集め、手探りで演説の練習を始める。なかなかうまく行かない。
 いきなり知らない大勢に話そうとするからだ。まず、同志のサークルをつくって、そこで練習しよう。その練習会の第一回のものとして、福澤が用意した演説の原稿が残っている。日本で最初のスピーチ原稿だと思われる。明治7(1874)年のことだ。こんな感じである。

 この集会も昨年から思立たことでござりますが、とかく其規律もたゝずあまり益もないやうで、このあひだまでも其当日には人は集ると申すばかりのことでござりましたが、このたびはまたすこし趣を替へて、社中の宅へ順々に席を設ける約束にしまして、則ち今日はこの肥田君の御宅に集たことで、ござります
 ぜんたい、この集会は初めから西洋風の演説を稽古して見たいと云ふ趣意であつた、ところが何分日本の言葉は、独りで事を述べるに不都合で演説の体裁が出来ずに、これまでも当惑したことでござりました、けれどもよく考へて見れば、日本の言葉とても演説のできぬと申すは、ないわけ、畢竟昔しから人のなれぬからのことでござりませう、なれぬと申してすておけば際限もないことで、何事も出来る日はありますまい、……(後略)(『福澤全集緒言』明治31年、時事新報社、112~113頁)

 おっかなびっくり、手探りの様子がよく伝わってくる。

 福澤諭吉の演説原稿の特徴は、

  • 日常の口語を用いている。むずかしい漢語や、カタカナの西洋語は用いない。
  • 「ござります」体とでもいうべき文体でまとめてある。
  • 「、」を用いて区切りを表す。文末の印(。)は用いない。

であろうか。約150年前の文章だが、現在の口語体と大きく違わないことがわかる。
 演説の概念はある。どういうものか、わかっている。英語のサンプルもある。けれどもそれと同じことを、日本語でどうやればよいのか、具体的によくわからない。演説の文体ができあがるのに、もうしばらく時間が必要だった。
 それはともかく、福澤諭吉には、あるべきスピーチの理想が見えていた。日本でもやればできるはずだと、できる限りの手を尽くした。ここまでの着眼をもった思想家は、福澤のほかにいない。これは、記憶しておいてよい。

スピーチの先人・齋藤隆夫の質問演説を読み解く

 やがて国家に議会が開設されると、何人もの演説の名手が現れた。齋藤隆夫(1870-1949)に、なかでも注目すべきだ。
 齋藤は法律を学び、イェール大学の法学校を卒業し、弁護士を経て衆議院議員となった。昭和11(1936)年の「粛軍演説」では、軍部が政治に関与する危険を警告した。昭和15(1940)年の「支那事変演説」では、支那事変(日華事変)の異様な実態を非難し、懲罰委員会にかけられ議員を除名された。帝国憲法と議会政治の精神を体現し、近代的な言論人としての任務を果たした気骨のひとである。

 齋藤は何度も帝国議会で、歴史に残る演説をした。
 なぜ齋藤が壇上から声をあげると、人びとはどよめき、翌日の新聞は大々的に報じたのか。それは、齋藤の演説が徹底して、立憲政治の原則を踏まえていたからだ。
 帝国憲法では、首相は天皇が任命する。つまり、内閣は必ずしも議会に基盤を持たない。議会は国民を代表し、立法機関として、また政府に質問し監督する機関として、機能した。政府に対する質問演説は、政府として国民に対して説明責任を果たさせるほぼ唯一のチャンスである。その役割を代議士・齋藤隆夫は、全力で果たした。

 齋藤隆夫の演説はさいわい、録音が残っている。聴いてみると、高めの声で、早口だ。いわゆる雄弁口調ではなく、ただ次々と畳みかけていく。それが山場にさしかかると、破壊力を発揮する。齋藤は、原稿を棒読みにする政治家を馬鹿にしていた。繰り返し練習して自分の演説を頭に入れてしまう。だから語りかけるように、溢れるように、相手に届く言葉を発することができた。
 齋藤の論法は背負い投げのようだ。昭和13(1938)年の「国家総動員法案に関する質問演説(第73回帝国議会衆議院本会議第17号会議録参照)」をとりあげよう。まず、《此秋に当りまして、何を差措いても国防を強化せねばならぬ。……此必要よりして国家総動員法を制定すると云う政府の所信に対しては、十分傾聴すべき値打はあるのであります。》とのべる。最初から相手を全否定するのでなく、相手の論点を認める。でも同時に、帝国憲法の原則から外れることはできない、と釘をさす。

 政府と云わず、議会と云わず、此軌道を離れては一切の政治行動を為すことは許されない……。然らばその軌道とは何であるか。……憲法の条規であります。

 国家総動員法は、物資の統制、動員など、帝国憲法の定める臣民の権利を大幅に制限する。その制限は帝国憲法によれば、原則として、法律によらなければならないものだ。ところが提案されている国家総動員法は、政府が議会にはからず、勅令によって制限をすると規定している。ここに疑問がある。

 議会の協賛を経ざれば制定することの出来ない立法事項を、議会の協賛を経ずして政府が勅令を以て自由に制定する。則ち議会の権能を侵すものでありまするから、事柄の性質上万已むを得ない場合の外は、断じて之を用うべきものではないのである。

 齋藤は、この法律の根本的な問題を鋭く衝いて、堂々と演説を展開していく。
 齋藤は、憲法や議会政治の原則を熟知し、よく勉強もし、その精神を体現して、政府に立ち向かう。その疑問を論理に組み立て、言葉として政府にただし、国民に訴える。福澤が理想とした「スピイチ」を体現している。
 政府や軍部は、齋藤に反感をもち、圧力もかけたことだろう。意に介さない。
 こういうスピーチの先人がいたことを、われわれは誇りに思うべきだ。

 齋藤隆夫の後継者はいま、どこにいるのか。スピーチは、この社会に定着し、役割を果たすようになったか。課題は山積みだ、と言わなければならない。
 どうすればスピーチ文化を、この国に根付かせることができるか。切迫した思いをもって、『パワースピーチ入門』という本を書いた。福澤の「スピイチの夢」を、どう実現すべきかについて、具体的に考え、提案している。

 では、一人ひとりは具体的に、どうすればよいのか。
 福沢諭吉は教えた。誰もが話す言葉を使って、皆に伝わる公共の言葉を話しなさい。
 齋藤隆夫は教えた。誰もが納得できる論理で、問題を大きくつかまえ、真っ直ぐに話しなさい。
 この二人の忠告を胸に刻んで、自分の課題を考え、原稿を磨き、スピーチに向かおう。そうすれば、道は開けるだろう。健闘を祈る。



橋爪大三郎『パワースピーチ入門』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322004000814/


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