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特集

話題作の主人公がコラボレーション! 岩井圭也『最後の鑑定人』×『付き添うひと』刊行記念 特別書き下ろし短編「彼女たちの眠り」

元は科捜研で辣腕を振るった孤高の民間鑑定人・土門誠(『最後の鑑定人』)、少年事件の弁護士として少年達と真摯に向き合う付添人・朧太一(『付き添うひと』)。岩井圭也氏による話題作の主人公が共演する、書き下ろし短編!


『最後の鑑定人』岩井圭也(角川書店)


『付き添うひと』岩井圭也(ポプラ社)


彼女たちの眠り

岩井圭也

 くたびれたスーツの男が一人、タクシーから降りてきた。
 四十歳前後とおぼしき彼に、身なりを気にしている様子はない。しわだらけのシャツにくすんだ革靴。後頭部には寝癖が残っていた。ただし胸元につけた弁護士記章だけは綺麗に磨かれている。
 弁護士――おぼろ太一たいちは、目の前にそびえる建物を見上げた。三階建てのグレーのビル。それだけであれば何の変哲もないが、四角い無機質な建造物は、古い一軒家が建ち並ぶ住宅街でどこか異様な雰囲気を放っていた。
 オボロは入口横の〈土門どもん鑑定所〉というプレートを確認する。この鑑定所の存在を知ったきっかけは、家裁調査官である浦井うらいとの会話だった。
 ――先生、〈最後の鑑定人〉って知ってます?
 ベテラン調査官の浦井は、小太りの身体を揺すりながらそう言った。
 ――初耳です。
 ――昔、警視庁の科捜研にいた凄腕鑑定人ですよ。今は民間にいるらしいですけど。
 ――へえ。どうして〈最後〉なんですか。
 ――その人に鑑定できない証拠なら、他の誰にも鑑定できない。全国から分析困難な検体が送られてくる、警視庁最後のとりでだったという話です。
 その人物なら、目下オボロが頭を抱えている案件に解決の糸口をもたらしてくれるかもしれない。
 警察関係者のツテを使って調べてみると、〈最後の鑑定人〉という異名は土門まことという男につけられていたことがわかった。浦井が言った通り、現在の彼は警察を辞め、民間で鑑定所を営んでいるという。
 土門鑑定所のウェブサイトにはこう記載されていた。
〈当鑑定所では、法科学の観点から適切な手法を用いて、中立的に科学鑑定を行います。情報科学、生物学、化学、心理学、人文科学等、多面的な観点からアプローチいたします。刑事・民事にかかわらず、また依頼者の職業等は問いません。料金は別途相談〉
 オボロはプレートの下のインターホンを押した。
「はい、土門鑑定所です」
 女性の声が返ってきた。
「お約束していた、弁護士のオボロといいますが」
「少々お待ちください」
 すぐにドアが開き、愛想のいい女性が顔を見せた。白のシャツに黒のスラックスという、清潔感のあるで立ちだ。
「こちらへどうぞ」
 女性の案内で、オボロは奥にある応接スペースへ通された。土門らしき人物はいない。促されるままソファに座ると、天井付近に設置されたカメラと目が合った。
「なんですか、あのカメラ」
「すみません。来客者は皆さん記録させてもらうことになっているんです」
 さも当たり前であるかのように説明する。オボロの記憶にある限り、これほどあからさまにカメラが設置されているのは初めてだった。
 居心地の悪さを感じながら待っていると、女性が水の入ったグラスを出してくれた。
「よかったら飲んでみてください」
「ありがとうございます」
 オボロは礼を言って口に含んだ。瞬間、強烈な青臭さが口のなかに広がる。青汁にエグみを加えたような味である。どうにか飲んだが、反射的にオボロはきこんだ。
「なんですか、これ」
「オリジナルブレンドのハーブで味つけしてあるんです。よければ、正直な感想を聞かせてもらえますか?」
 女性はまっすぐな目で問いかけてきた。その顔を見ていると、まずい、と断言するのも申し訳ない気がしてくる。オボロはぎこちない笑みを浮かべた。
「……すごく、新鮮な体験でした」
「そうですか。お代わりもありますから」
 そう言い残し、軽やかな足取りで部屋の片隅のデスクへと移る。オボロは勝手にお代わりを注がれないよう、警戒しながら土門が来るのを待った。
 約束の時刻ちょうど、部屋の奥にあるドアが開いた。
 現れたのは、ベージュのジャケットとチノパンに身を包んだ男性だった。オボロと同年代だろうか。身長は高く、痩せ型である。目つきはやいばのように鋭い。オボロが立ち上がると、相手は能面のような無表情で正面から見据えた。
「あの、弁護士の朧太一といいます」
「土門です」
 地鳴りのように低い声であった。
 向かい合ってソファに座る。オボロは会話のきっかけを探し「えーっと」と口走った。
「……ぼくがどういう弁護士かと言いますと。主に少年事件を扱っていまして。付添人つきそいにんという言葉はご存じですか。大人が裁判の被告になれば弁護人がつきますよね。未成年が家庭裁判所に送致された場合は、弁護人ではなく付添人という立場で、少年たちのパートナーとして活動します」
 土門は黙ってオボロを見ている。先を促されているのだろうか。
「あ、ここでいう少年というのは性別を問わず、審判時に二十歳未満の男女のことで……」
「これは雑談ですか、本題ですか」
「……はい?」
「雑談なら省略していただけますか。回りくどい話は結構です。知っていますから」
 他人を寄せ付けない、氷のような冷たさを帯びていた。オボロは直感的に理解する。
 ――この人とは、絶対仲良くなれない。
 ただし、オボロはあくまで依頼人としてここに来ている。友人ではないのだから、仲良くする必要はないのだ。落ち着け、と言い聞かせる。
「わかりました。では説明します」
 オボロは数日前、少年鑑別所の一室で交わした会話を思い出す。

 目の前に座る、ジャージを着た十四歳の少女――長島ながしま結衣ゆいは、両手で顔を覆って涙を流し、嗚咽おえつを漏らしている。先ほど結衣の口から発せられた言葉が信じられず、オボロは唖然あぜんとしていた。
「すみません。もう一度、お願いできますか」
「……やってないです、私。殺してなんかない」
 結衣の泣き声が一層大きくなる。
 警察の取り調べではAだと言っていた少年が、家裁送致後に鑑別所でBと証言するのはよくあることだ。逮捕された直後は誰でも動揺する。まして、未成年となれば大人たちに囲まれるだけで萎縮してもおかしくない。そのためオボロは、無理に話の整合性を取るようなことはしない。論理的に一貫していないからといって、嘘をついているとは限らないからだ。
取り乱す結衣に、オボロはやわらかな声で言う。
「結衣さん。ぼくはあなたの味方です。あなたの権利を守り、代弁するパートナーとして活動することを約束します。だから落ち着いて、ゆっくりでいいので、知っていることを正直に話してもらえますか」
 結衣はこくりとうなずいたが、口を開く気配はない。オボロは「質問していきますね」と前置きしたうえで問いかける。
「あらためて、結衣さんがなぜ鑑別所にいるか、それは理解していますか?」
「……おばあちゃんを死なせたって、言ったから」
 認識に相違はなかった。
 結衣の祖母が亡くなったのは先月。日中のことだった。
 その時間、自宅には結衣と祖母の二人しかいなかった。結衣の家には父親がおらず、母親は会社勤めで多忙であり、特別養護老人ホームは入居待ちだった。通院の付き添いなどはヘルパーに依頼しているが、毎日はカバーしきれない。そのため、結衣は中学校に通いながら認知症の祖母を介護していた。
 当初は事件性のない自然死とみられていたが、死亡当時に自宅にいた結衣がこう言い出したのである。
 ――おばあちゃんを死なせたのは私です。
 結衣は、水に溶かした睡眠薬を過剰に摂取させることで祖母を殺したと証言した。事実、祖母の部屋に残されていた水筒の水を分析したところ、睡眠導入剤のエチゾラムが高濃度、検出された。祖母は長年不眠症状に悩んでおり、定期的に医師から睡眠導入剤を処方されていたため、その薬を密かに溜めこんでいたのだと結衣は話した。
 ――おばあちゃんの介護に追われ続けるのがいやだった。
 結衣は動機についてそう話した。
 本人の自白と分析結果が合致したことから、結衣は殺人の疑いで逮捕され、家庭裁判所へ送致された。
 そして今、結衣は真逆の証言をしている。
「取り調べ時の弁護人の先生には、話した?」
「いいえ。初めて話します」
「確認だけど、おばあちゃんを殺したのは結衣さんではないんだよね?」
「はい。私じゃないです」
「……なるほど」
 オボロは結衣の言葉を受け入れた。筋が通っていないことがあっても、目の前にいる子どもの言葉を否定してはいけない。結衣を責めたり怒ったりしても、謎が解きほぐされることはない。
「じゃあ、おばあちゃんが亡くなったのはどうしてだろう」
 結衣の答えはない。難しかっただろうか。具体的な質問に切り替える。
「睡眠薬が水筒に入っていると知っていたのは、なぜかな」
「……いつもそうやって飲んでるから」
 結衣いわく、高齢の祖母は錠剤の睡眠薬をそのまま服用するとむせてしまうことがあるため、砕いてから水筒の水に溶かして飲んでいたという。辻褄が合っているようにも思えるが、よく考えると不自然な点がある。
「でも、検出された睡眠薬も高濃度だったみたいだ。故意に過剰摂取したとしか思えない。夜ではなく日中に飲んでいたのも気になるし」
 オボロの言葉に、結衣はうつむいたまま沈黙を守る。以後、その日の面会で結衣が発言することは二度となかった。


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2022年12月号

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