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特集

小野不由美『営繕かるかや怪異譚 その参』刊行記念! 家系怪談シリーズ最新作を、大島てるが読む

家屋で起きる怪しい現象を鎮めるため、営繕屋の尾端は建築物を修繕することで事態を解決に導く――小野不由美さんによる建築怪談シリーズ「営繕かるかや怪異譚」。その最新作『営繕かるかや怪異譚 その参』が刊行された。そこで「事故物件」のスペシャリストであり、サイト「大島てる」の運営代表・大島てるさんに本作の魅力を伺いました。

取材・文=「怪と幽」編集部



事故物件でお困りの方は、営繕屋・尾端に依頼してください


――サイト「大島てる」は所謂「事故物件」を公示するサービスを提供しています。普段はどのように物件を探しているのですか。

てる:全国各地の協力者たち(基本的にはボランティアの方々)が現地に行って調査をしてきます。他の人に行ってもらった報告を、私が“デスク的”にまとめる、ということが最近は多いです。ただ外観写真を撮ってきておしまいではありません。現場となる部屋が事故現場である物証が必要ですから、動画を録ったり登記情報を確認したりする場合もあり、大変です。ちなみに最近は、サイトで扱う物件を「事故物件」ではなく「大島てる物件」と呼んでいます。


――そうして膨大な“訳あり物件”が集約されているわけですが、サイトを運営する大島さんが建築怪談シリーズ最新作『営繕かるかや怪異譚 その参』を読んだ印象をお聞かせください。

てる:まず、私は娯楽として読書を楽しむというよりも、読書から何かしらの有益な情報を得たいというタイプです。普段小説はそれほど読まないのですが、ノーベル文学賞は毎年気にしていて、ときには原文で読むこともあります。日本の古文を解説書と行ったり来たりしつつ読んでみたり。だからペースも遅くて、一日一ページくらいを精読するような。しかも以前読んだ本をもう一回読んだりするので。
 小野不由美先生の作品は、以前に『残穢』を読みました。映画化されたタイミングで「大島てる」サイトが宣伝で深くかかわることになりまして。今回は『営繕かるかや怪異譚 その参』を読みましたが、私にとっては大抵の場合は初めて読む著者が多いので、小野先生は過去に別の作品を読んだことがあり非常に珍しく、イレギュラーなんです。
『営繕かるかや怪異譚 その参』の第三話「歪む家」に描かれるドールハウスの知識は勉強になりました。人形や家具などを12分の1のスケールに揃えるだとか。「へぇ」と思いながら楽しみました。建築用語もたくさん知りましたし。
 また、物事が解決しないまま終わってしまう話もあって、「あ、こういうものもあるんだ」と物語の手法として新しく感じました。各短篇が独立していながらも、いつも営繕屋の尾端が出てきますよね。全篇にわたって舞台になっている城下町はどこなのかなと思いながら読み、尾端のほかにも隈田や堂原や秦といったキャラクターの存在も気になりました。


――大島さんは以前に「事件の背景にある“物語”にはあまり関心を寄せていない」そんなことをおっしゃいました。過去の事件は、新たな情報に上書きされて次から次へ流れてしまうけれども、「大島てる」にマッピングされ可視化されることによって“物語”が留まることもあるのではないでしょうか。

てる:結果的にそうなったのかもしれません。私自身、サイトの活動を始める前と比較して実感しているのは、人間の記憶は場所とともに消去されるということ。つまり世田谷一家殺人事件とか東電OL殺人事件とか歌舞伎町ビル火災とか、私の世代的には知っていなければいけない有名な事件ですけど、その頃私はまだ今の活動をしていなかったためにあまり印象に残っていない。さらに前の宮﨑勤事件とかは、もう全然わからない。
 活動を始めてからは、自分で一軒一軒、実際足を運んだこともあって、忘れるなんてあり得ないくらいはっきりと、一つ一つ覚えています。それを地図上で表示しているからこそ、もう一度行くことができる。歴史的な戦国時代の合戦跡を訪ねるわけではないのに、つい最近起きた事件の場所も、情報が流れ去ってわからなくなることが本当にある。再開発も一つの原因です。例えば上九一色村にあったオウム真理教のサティアン跡地とか、全然わからないんですよ。私は何回か行って、色々な資料と照らし合わせ、ようやく場所を確定しました。二十五年前なのにこんなに完全に消えるんだという。本当に唖然とします。ましてやもっと無名な事件・事故はちゃんと記録し続けないと消える。残り続ける方がいいかどうか、という話はありますけども。
『営繕かるかや怪異譚 その参』では、起こった怪奇現象の背景が描かれている。もちろんフィクションではありますけど、「大島てる」サイトの中にも、もしかしたら同じような物語が起きているのかもしれない、と想像しました。


――サイトを開設されて以降、だいぶ状況は変わってきているとは思うのですが、なぜ人々は「事故物件」にこだわるのだと思いますか。

てる:「大島てる」ユーザーのように、普段から事故物件を気にしている方々でも言語化しづらい感覚でしょう。むしろそれでいいと思うんですけれど。戦国時代とか関東大震災とか第二次世界大戦とか、いつの時代でもいいんですけど、人はそこら辺で死にまくっている。都心部は「どこでも事故物件じゃないか」とよく言われます。とはいえ「だから事故物件を気にしない」にはならない。なぜなら「嫌なものは嫌だから」。通常はそれ以上考えないんですね。ですから「よく考えていない人が事故物件を気にしている」「考えないから霊感商法みたいなものに引っかかるんだ」そんな話をする輩もいます。
 でも私はむしろ、何でも頭でっかちに考えていると今の世の中の色々なものを理解できないと思うんですよ。よくある例え話ですが、歯ブラシで便器にこびりついた汚れを落とした後、その歯ブラシを除菌して「ほら、綺麗になったからまた歯を磨け」と言われたら嫌なわけですよね。科学的に衛生かどうかじゃないところで、人間は嫌がることをまず前提として理解する。それは人間に対する洞察力で、個人的にそれを気にしない人がいるのは構わないんですけど、少なくとも不動産の営業マンとかがお客さんを説教する、上から目線で「馬鹿な客だ」みたいに扱うのはあり得ない。お客さんが嫌がるのであればその気持ちを尊重すべきだし、逆に何かが好きだというのであればそこを尊重して提供するというのが仕事の倫理だと思う。科学的に説明したところで何も説得力はないんです。
 つまり「安心」と「安全」の違いです。安全というのは客観的な科学的な話で、安心はというともっと主観的で感情的な話。どっちが上とか下ではなく、安全だって言われても安心できなければ、もうそれ以上は強要できない。むしろこれは今の成熟した市民社会において余裕があるからこそ通用するのだと思っています。雨風さえしのげればどこでもいい、という時代だったら事故物件は誰も気にしない。「家に住めるのは当たり前」を前提とした上でもうちょっとわがままを言いたいという話なので。これはあくまでも高度経済成長期以降の話で。江戸時代の怪談とははっきり断絶していると思っています。
 だから「大島てる」サイトは、豊かになりすぎて贅沢を言っている現代の日本人に必要とされている情報サービスです。今、犬用のおせち料理とかもありますけど、そうしたものと同じだと私は思っています。生きるか死ぬかで言えば、なくても死にはしないのだけど、最先端を生きている現代日本人には絶対に必要でしょう。


――例えば「事故物件」だと知らずに住んでいる人もいるのでしょうか。

てる:いますね。実際にあった事件で、大工の男が奥さんを家で殺しました。殺した相手の遺体をどうするか。最大の証拠ですからね。どう隠すか迷った挙句、自分が引き受けていた工事現場に埋めた。そして、その上に家を建てたというケースがあるのですけど、新築のマイホームに引っ越してきた人たちは何も知りません。ある日突然警察に「ちょっと床下を掘らせてくれ」と言われて、遺体が出てきた。先に犯人を問い詰めて、自白をした内容が本当かどうか確認するために掘り返した、という。一応報道されている情報などをまとめると、住人は何も気にしないで住んでいたんですよ。ただ掘り返して遺体が出てきて、はじめて気持ち悪くなった。知る前はなんでもなかったのに、知ってしまったら気にしてしまう。気にしないという選択は取れない。それが普通なんだろうと思います。
 取り除かれた後も、もう埋まっていないからOKという話にはならない。死体の上でしばらく暮らしていた事実は消えないのです。引っ越したいと思う気持ちはよくわかりますし、理解できない方が私は愚かだと思います。それが人間なわけですから。


――『営繕かるかや怪異譚 その参』の収録作に登場する人物も、「家」という特別な空間で起こる怪しい出来事によって精神的な不快感に襲われます。そこで尾端は「営繕」によって解決に導こうとします。

てる:『営繕かるかや怪異譚 その参』で尾端さんはあまり出てこないですけど、数少ないセリフは非常に共感できる。要するに家は本拠地だからこそ快適に過ごせなければいけないわけで、「我慢しよう」「どこか他所に逃げろ」ではなくて「なんとかしましょう」と言う。その通りだなと。なんといっても家にいる時間は長いですし、我慢の連続だと精神衛生上もよくありませんね。「病院のベッドなんか全て事故物件だ」とか、「駅でも人が死んでいる」とか、「この道路で人がはねられている」、なんてことを言い出す人もいますけど、別に駅や道路に住むわけではないでしょう。尾端さんには、家は特別だという発想が根底にある。医者が「病気と上手く付き合いましょう」と言うみたいな。治すのではなく寄り添うような。


――「営繕かるかや怪異譚」シリーズの舞台は、大分の中津辺りがモデルとされています。そうした地方都市には基本的に一軒家が多い。それこそ古民家も多い。賃貸マンションなら、気楽に引っ越しもできますけど、一軒家って引っ越ししづらいですよね。

てる:マンションかどうかっていうのは重要な部分で。最近、家をテーマにした怪談みたいなお話は、都会のマンション・アパートに偏っている感じがあります。一軒家、地方都市っていうのは逆に新しくも感じます。
『営繕かるかや怪異譚 その参』では第二話「火焔」、第六話「茨姫」なんて正に、住人の女性がこだわりを持って住み続けています。それがマンションやアパートが舞台だと、引っ越さないというこだわりに説得力が薄れてしまいますね。
 さらに、地方の一軒家だと、その家だけではなく、周囲エリアにも関わってきますから。第五話「骸の浜」は、海難事故で亡くなった水死体がどこに流れ着いたのかを、水死体の遺族に伝える役目を負った家系の女性が登場します。どういう家に住んでいるのか、家族はどういう人たちなのかを周りが知っている。それは、ずーっと代々語り継がれていっちゃうということです。つまり、忘れさせたくてもみんな覚えている。すると記憶が強化され、逆に膨らんでいく部分もある。都心のワンルームのマンションだと、ひっきりなしに誰かが出入りして、何年か経つと全員入れ替わって誰も何にも覚えていません。
 もしも営繕屋の尾端さんが現実にいるならば、事故物件でお困りの方は依頼してほしいです。たとえ物理的に直さなくても、寄り添ってアドバイスしてくれるカウンセラー的な存在というのは、ありがたいはずです。彼は霊能者でもスーパーマンでもないけれど、きっと相談して良かったと思うことでしょう。そんな尾端に感情移入できます。

プロフィール

おおしま・てる
東京都生まれ。2005年に事故物件公示サイト「大島てる」開設。殺人、自殺、火災死、孤独死などがあった物件を“事故物件”として、日本全国のみならず海外まで扱い、WEB上で公示する。関連書籍に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』『事故物件サイト・大島てるの絶対に借りてはいけない物件』など。

書籍情報



『営繕かるかや怪異譚 その参』
小野不由美
建物にまつわる怪現象を解決するため、営繕屋・尾端は死者に想いを巡らせ、家屋に宿る気持ちを鮮やかに掬いあげる。恐怖と郷愁を精緻に描いた全6編を収録。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000665/


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