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特集

教師の長時間労働が減らない、意外な理由――『学校弁護士』著者、神内聡さんインタビュー【前編】

文=角川新書編集部

文部科学省がツイッターで行ったキャンペーン。「#教師のバトン」というハッシュタグをつけて魅力を伝えてもらうはずが、そこには「トイレに行く時間もない」「残業100時間。時給にすると80円」など、教師たちの叫びがあふれました。なぜ教師は長時間労働になるのでしょうか。どうしたらなくせるのでしょうか。教師として、弁護士として活躍する、書籍『学校弁護士』の著者、神内聡さんにお話を聞きました。

解決できない理由はたったの2つ


――まず簡単に、神内さんの自己紹介をお願いします。

神内:私は弁護士と教師を兼業しています。元々は研究者を目指していましたが、一度教師になった後に弁護士になり、その後、今の高校の校長先生に教師としても働いてみては、と声をかけてもらいました。一昨年度までは常勤の教師として社会科を教えていて、弁護士も兼業していましたが、今は大学の研究者にもなったので、教師は非常勤で勤務しています。
勤務する学校ではあくまでも教師であり、顧問弁護士の方が別にいます。一方で、弁護士としてはいわゆる「スクールロイヤー」として、各地の教育委員会や学校法人の相談を受けています。


――今日はうかがいたいのは、「#教師のバトン」についてです。文科省は、学生たちに教師の魅力を伝えることを主眼としていましたが、むしろ教員志望者が辞める道筋を作ってしまったように見えます。このニュースをどうご覧になりましたか。

神内:教師の過酷な労働環境が示され、同じ教師としてとても辛い気持ちになりました。実際に、これらの悲痛なメッセージは現在の教師の深刻な実態を表していると思います。特に、小学校の先生が授業や給食指導などで休憩時間を取れていなかったり、中学校の先生が部活動で土日も働いていたりする状況は、これまでも問題視されていながらほとんど改善されていないことです。
 一方、書き込まれたメッセージのほとんどが一般の先生であり、管理職ではない点も気になりました。文科省や研究者の調査では、特に副校長・教頭先生の労働時間や病気休職はヒラの先生よりも深刻です。また、他の仕事と比較した教師の特徴がそれほど示されていません。
 私が最初にお伝えしたいことは、日本の教師は他の仕事と比べても本当に素晴らしい仕事だということです。案件が終わればその後、依頼者と会うことのないほうが多い弁護士と違い、教師は生徒が卒業して立派に成長した後も、一生にわたり人間として付き合うことができます。未来のある子どもたちから日々、様々な刺激を受けることができ、教え子が卒業しても困ったときは相談に乗り、時には教え子が自分を支えてくれることもあります。こんな魅力のある仕事は他にないのではないでしょうか。しかも、この魅力は日本の教師だからこそです。教えることだけが仕事の海外の教師と違い、学校での様々な活動を通じて子どもたちと長く接する日本の教育だからこそ得られる教師の醍醐味です。
 とはいえ、そんな日本の教育が今、様々な問題を抱えて疲弊し、社会問題になっているのは事実です。


――教員志望者はこの数年、前年を下回る右肩下がりの状態です。2021年度は、小学校教員の競争率(採用倍率)は2.7倍、中学校は5.0倍、高校は6.1倍で、いずれも前年を下回っています。内訳は丁寧に見なくてはいけませんが、少なくとも志望者が減少していることは明らかです。

神内:教員採用試験の倍率低下は大量採用時代に採用された教員が退職する時期を迎え、採用定員が増えていることも要因ですが、そもそもは長期的な視点を軽視した採用計画と、教員の採用数を硬直化させている「義務標準法」という問題があります。
 とはいえ、志望者が減少しているのも事実です。特に、中学校の教員志望者で新卒者が減少していますが、中学校の免許取得者は教育学部以外の者や民間企業や他の公務員との併願者も多いので、他の仕事と比較して教員が敬遠されているのかもしれません。


学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場
著者 神内 聡
定価: 990円(本体900円+税)


――教師の長時間労働が問題になっています。

神内:はい。一般的に学校の法律問題と言えば、いじめや体罰、ブラック校則にブラック部活などを思い浮かべるかもしれませんが、現状で法律家から見てもっとも深刻だと思うのは、教師の長時間労働です。


――長時間労働を減らすには何が必要なのでしょうか。

神内:どの仕事でも同じなのですが、答えはシンプルです。ある人が毎月100時間を超える残業をしていたらどうしますか。仕事を減らすか、人を増やす、この2つしかありません。


――言われてみればもっともですね。

神内:まずは「業務量を減らすこと」「教師の数を増やすこと」この2つを実行すればいいのです。ところがどういうわけか、文科省はここには絶対手を付けません。
 教師の過酷な労働を生み出す最大の原因は「児童生徒数と業務量に見合う教師の数が圧倒的に足りないこと」です。教師1人当たりの児童生徒の数、1クラス当たりの児童生徒の数は世界最大級です。
 もちろんほかにも、ある人は100時間残業しているのに、定時で帰っている人も結構いるという、仕事量の不均衡の問題などもあります。まずは今お話しした2つの改善に早急に取り組むべきではないでしょうか。

乱立する「○○教育」


――業務にはどんなことがありますか。思いつくのは授業と部活の顧問くらいですが。

神内:ざっと思いつくだけでも、クラス担任(クラス運営)、部活動、学校行事、生徒指導、進路指導、家庭との連絡、地域社会との連携、いじめ対応、不登校対応、発達障害の子への対応、行政機関からの各種調査依頼、職員会議、研修、授業評価、そして世界で最も学習量の多い学習指導要領における学習内容を教える授業。これらを教師個人が担わなくてはなりません。


――神内さんが教師になりたてのころと比べて、業務は増えましたか。

神内:私が教師になったのは2000年代半ばでしたが、すでに業務量は過多になっていたと思います。その後、いじめや不登校、発達障害への対応に関して新たに法律ができたこともあり、教師に求められる法的義務が増えたと思います。また、「〇〇教育」のように、学習量も激増したように思います。管理職に聞いてみると、やはり様々な調査が増えているようです。


――〇〇教育というのは?

神内:「プログラミング教育」や「外国語教育」はご存じかと思います。ほかにも文科省のホームページには「道徳教育」「理数教育」「日本の伝統や文化に関する教育」「主権者教育」「消費者教育」「特別支援教育」と7つもあります。
 これ以外にも、給食指導を教師が行うべきだと提唱する「食育」はすでに何十年も前から導入されていますし、私が担当する公民科では、「ワークルール教育」「金融教育」「会計教育」「税の教育」などがあります。


――ええ! それほどたくさんのことを細切れに教えられても、生徒たちも大変ではないでしょうか。

神内:各業界が文科省にロビー活動した結果です。一説によると、21世紀に入ってから学校で実施するよう求められている「〇〇教育」は100種類以上になったのではないかと言われています。これを一つ一つに教師は対応しなくてはなりません。専門外の知識を取り入れるために研鑽が必要ですし、カリキュラムや教材なども考えなくてはなりません。外からやってくる講師とのやりとりもあります。


――そもそも、なぜ教師の数を増やさないのでしょうか。

神内:前述のように、日本の教師の数は1958年に制定された「義務標準法」(正式名称は「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」)によって定められています。60年以上も前に定められた児童生徒数と学級規模に基づいて、教師の定数が決められているのです。ですので、業務量に見合う増員が、そもそも法制度的に不可能なのです。
それどころか、文科省が児童生徒数と学級規模を根拠に教師の増員を要求しても、少子化を理由に財務省から抵抗に遭う状況が繰り返されています。最近、この法律の改正が成立し、小学校で35人学級の定数に改正されましたが、小学校はすでに大半が35人以下の学級になっているので、むしろ法律の改正が遅すぎたくらいだと思います。


――法改正が後追いだったと……。一方で、私は40代ですが、今の学校には部活動指導員やスクールカウンセラーなど、私が子どもだったころにはない、さまざまな教師以外の専門職の方が増えました。業務量の軽減にはつながりませんか。

神内:たしかに教師以外の学校関係者は増加の一途をたどっています。スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、学習支援員、部活動指導員など、外部人材が起用されています。スクールロイヤーもその一つです。
 では、こうした外部人材が教師の仕事量をどれだけ軽減していると思いますか。驚いてしまうのですが、その効果が検証されている例はほとんどありません。「チーム学校」という名目の下に、現場のニーズに合わない外部人材を導入し、かえって連絡や連携などの雑務で教師の労働時間が増えている場合すら珍しくありません。


――今、お話に出ましたが、長時間労働の温床としてよく取り上げられるのが部活動顧問です。部活動指導員の導入は画期的だと思っていたのですが。

神内:部活動指導員は、2017年に導入されました。しかし部活動指導員は、文科省のお決まり「現場を知らない」感覚そのままの制度であり、定着するとは到底思えません。
 スポーツ庁の通知によれば、教師の代わりに部活動指導員に顧問を担当させることもできるとされていて、そこだけを見れば、確かに教師の負担を減らしてくれそうです。ですが、その場合、その部活動を担当する教師を別途指定し、指導計画の作成、生徒指導、事故対応等の職務に当たらせる、と規定しているのです。これでは、むしろ、教師としては自分で顧問をやるよりも、部活動指導員との連絡なども必要となり、かえって業務が増える可能性すらあります。

後編へ続く


『学校弁護士』著者、神内聡さん


神内 聡

1978年香川県生まれ。弁護士、兵庫教育大学大学院准教授。東京大学法学部卒業。同大大学院ほか修了。日本初の弁護士資格を持つ社会科教師として中高一貫校で勤務する一方、各自治体のスクールロイヤーを担当している。

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