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特集

狙われた警視庁本部庁舎で、常識を超えた力が蠢く――。警察小説×伝奇ミステリの金字塔。今野敏『脈動』インタビュー

警視庁本部庁舎で相次いで発生した警察官の不祥事。その背後にあるのは超自然的な力――? ベストセラー作家・今野敏さんの新作『脈動』(KADOKAWA)は、警察小説と伝奇ミステリという娯楽小説の二大ジャンルをミックスさせた長編。人知を超えた力が働く世界で、警察官・富野は事件を解決できるのか。人気作「鬼龍光一」シリーズの最新刊にあたる大迫力の長編について、今野さんにうかがいました。

取材・文=朝宮運河 写真=内海裕之



警察小説×伝奇ミステリの金字塔『脈動』刊行記念
今野敏インタビュー


――6月28日に発売された『脈動』は、人気作「鬼龍光一」シリーズ約4年ぶりの新作です。警察小説と伝奇ミステリというふたつのジャンルを融合させたこのシリーズの成り立ちについて、あらためて教えていただけますか。

 警察ものと伝奇小説を意図して混ぜたというよりは、結果としてそうなったという感じです。今、伝奇小説って書くのが難しいんですよ。自分では好きだし、書きたいとも思うんだけど、荒唐無稽な物語に説得力を持たせるのが一苦労なんですよ。それでこのシリーズでは警察小説の部分でリアリティを担保して、一方で好き勝手なことを書くというやり方をしています。警察小説というのはすごく便利な器で、枠組みさえきちんとしていれば、多少無茶なことを書いても許されるんですよ。逆にこれが警察小説じゃなかったら、鬼龍と孝景がどんなに暴れても、そこまで面白くならなかったと思います。


――物語の中心にいるのは、黒い服に身を包んだ〈お祓い師〉の鬼龍光一。卑弥呼までさかのぼる〈鬼道衆〉の末裔である鬼龍光一は、〈奥州勢〉の血を引く安倍孝景とともに、さまざまなオカルト的事件に関わっていきます。

 まあ卑弥呼までさかのぼるというのは、こじつけですけど(笑)。鬼龍たちも証拠がないと分かっていながら、自分たちの活動をPRするために言ってるんです。日本で鬼と呼ばれるものは、歴史的に見ると“まつろわぬ人々”のこと。日本神話で言うなら、天孫降臨で地上にやってきた天照大神系の神々に従わなかった、国つ神の系統です。つまり中央への反逆者ですよ。その流れを受け継ぐ人たちが、日本の歴史の裏側でうごめいているよ、というのがこのシリーズの設定です。僕の中では鬼は一種のダークヒーローのイメージがあるんですよ。


――そんな二人の活躍を、警察官の富野輝彦が目撃することになる、というのがこのシリーズの基本設定です。富野自身も不思議なパワーを秘めていることが、前作『呪護』(角川文庫)で明らかになりました。

 そりゃ神武天皇に逆らったナガスネ彦(長髄彦)の末裔ですからね。オカルト的な格で言うと彼が一番高いことになる。これまで散々、富野はすごいと煽ってきたので、『呪護』で証拠を見せられてほっとしました(笑)。富野という姓の由来は、長髄彦の拠点があった奈良県の登美とみですが、実際トミ姓を名乗る人たちがいると聞いたことがあります。


――シリーズ最新作の『脈動』では、警視庁内で不祥事が相次いで発生。一連の異常事態は、警視庁を守ってきた結界が破られたためではないか、と鬼龍は推測します。

 今回は陰陽師が出てきて、破られた結界を張り直すという話にしようと思ったんですよ。じゃあどこの結界が破られるのが一番面白いか。それはもう警視庁しかないな、という順番で決まっていきました。警察小説でも警視庁内部で問題が起きるという作品は、これまであまり書かれていないと思います。



――鬼龍の連絡を受け、安倍晴明の子孫で陰陽師の本家である老人・萩原兼隆が来訪。警視庁の結界について調べ始めます。新キャラクターの萩原老人を登場させたのはなぜですか。

 警察組織全体が関わっているスケールの大きい事件ですから、それを専門としているプロを出す必要があったんです。ここまででかい話になると、一介のお祓い師でしかない鬼龍や孝景の手には余るんですね。ちなみに萩原兼隆はもちろん架空の人物ですが、実際に安倍晴明の末裔として萩原という家は現存しているんですよ。陰陽道に詳しい人が読めば、すぐにピンとくる名前だと思います。こういうところを調べなきゃいけないから、伝奇小説は大変なんですよね。調べなくてもいいんだけど、つい調べたくなってしまう(笑)。


――萩原老人の調べによって、警視庁を長年守ってきた〈三種の神器〉のひとつが失われていることが分かります。お役所である警視庁にオカルト的な仕掛けが施されている、という発想が面白いですね。

 いや、こういう話は古い組織ほどあると思いますよ。以前、首相づきのタロット占い師の女性に会ったことがあるけど、政権の内部にもまじないみたいなものは入り込んでいるんだと思います。どこまで実際の政治に反映させるかは別として、参考意見のひとつとしてアドバイスを受けているんでしょうね。警視庁もお役所だし、マイナスの念が籠もっていそうだから、呪術的な仕掛けがしてあってもおかしくない。たださすがに三種の神器があるというのはフィクションです。いかにももっともらしく書いていますが、鏡と刀と勾玉をどこに隠すか、かなり悩みましたね。


――警視庁で働いている人たちの言動や、建物内部の描写がとてもリアルで、さすがは今野さんと感心しました。警視庁へは取材に行かれたんでしょうか。

 警視庁の案内板を持っているので、何階に何があるのか分かるんですよ(笑)。今回は行きませんでしたが、これまでに何度か中に入っていますし、警視総監室で総監と対談させてもらったこともあるので、普通の人よりは知っている方だと思います。そうした知識は、リアリティを担保するのに役立っていますね。ただ必ずしも現実そのものでなくてもいいんですよ。読んだ人がリアリティを感じてくれる描写であれば、それで十分です。


――警視庁を守るために奔走する富野に、相棒で部下の有沢が「どうして自分らがその処理をしなけりゃならないのか」と問いかけます。富野の答えは「誰もやらないから、俺がやる」。このセリフは富野の実直なキャラクターをよく表していますね。

 富野って長いこと書いていても、いまだによく分からないキャラクターなんですよ。見えない世界を否定するかと思うと、今回みたいに大見得を切ったりもする。逆にそこがいいのかなと思います。人間ってそんなに簡単に物事を割り切れるわけじゃないですよね。揺れ動いているからこそ、周囲の人間とぶつかったり協力したりという反応が出てくる。それが小説のダイナミズムを生み出すんですよ。


――シリーズ開始当初は頼りなかった有沢も、段々と頼りがいがでてきました。今回も捜査の進展に貢献するような発言を、何度かしています。

 キャラクターがあまりに頼りないと、読者が自分を託すことができないんですよ。時々見せ場を作ってやるのは、キャラクターを描くうえで大切なことだと思いますね。有沢もまだ色んなことに折り合いがついていませんが、富野との関係性はそんなに変わらない。何があってもこのシリーズが揺らがないのは、富野・有沢コンビによるところが大きい気がします。



――もうひとつ、物語の軸になるのが荒川の河川敷で起きた少年グループの傷害事件です。生活安全部少年事件課に属する富野と有沢は、所轄署での取り調べに同席。そこで島田凪という女子高校生が姿を消していることを知ります。

 少年事件課ですから、毎回何かしらの少年事件を絡めないといけない。島田凪の事件と警視庁の結界破りの話はどこかでリンクするだろうと思っていましたが、具体的にどう繋がるのかは考えていなかった。後半の展開は、書きながら考えていった感じです。事件のひとつの舞台になる千葉県市川市は、学生時代に住んでいたので土地勘があるんですよ。


――富野と有沢コンビの他、鬼龍、孝景、萩原老人、オカルトに理解ある神田署の橘川係長などが協力し、事態収束のために動きます。今回はチーム戦のテイストが強くなっていますね。

 あのくらい大所帯でないと解決できない。今回はそれだけ大事件だよってことですよね。壊れた結界をどうやって修復するかは、かなり悩んだんですよ。前回の『呪護』もそうでしたけど、伝奇小説はネタを思いつくまでが本当に大変です。おれは陰陽師じゃないから、結界をどうやって張るかなんて知らないからね(笑)。警視庁周辺の地図を見ていて、これだというネタを思いついた時は嬉しかったです。


――『呪護』に登場した高校生・池垣亜紀も再登場。元妙道の術者である彼女は、今回ひときわ目立つ活躍をしています。お気に入りのキャラクターなのでしょうか。

 ええ、気に入ってます。あんなに活躍させる予定はなかったんだけど、亜紀のキャラクターに引っ張られて、気づけばクライマックスは全部彼女が持っていっちゃいました。どうしてこうなったのかな。連載中に『ベイビーわるきゅーれ』を観たからかもしれない(笑)。実写にするなら髙石あかりちゃんに演じてもらいたい。


――作品後半では黒幕の存在が浮上し、事件に隠された動機も明らかになります。ある意味、非常に現代的な事件だと感じましたが。

 そこは読者それぞれが感じ取ってくれればいいことで、はっきり書いたつもりはありません。こういう動機はあるだろうなと思うし、現代でもくすぶっている問題だと思いますが、結局それはエンタメを成り立たせるための説明ですから。


――今野さんは多くのシリーズものを書かれていますが、「鬼龍光一」シリーズならではの醍醐味はどこにあるとお考えですか。

 オカルトって大嘘じゃないですか。こういう大きな嘘を堂々とつける、というのは他のシリーズにはない醍醐味だと思います。伝奇小説を書くときは、本気でそれを信じて書くんですよ。警視庁には三種の神器があって、結界が張られているんだと。実際あってもおかしくはないですからね。怪しい話だからこそ本気で書かないと、説得力が出ない。怪しいなと思いながら書いていると、作品も腰が引けたものになるんです。これを読んだ人は、警視庁に結界が張られていることを信じたくなると思いますよ。


――警察ものとしてもオカルトものとしても読み応えたっぷりの『脈動』。これから手にする読者に一言お願いします。

 読みどころといえば後半の亜紀ですよね。亜紀が可愛いなと思ってくれたら、この本は大成功かな(笑)。でも読書ってそういうものだと思うんですよ。細かいあらすじを忘れてしまっても、強く印象に残った場面やキャラクターは忘れないじゃないですか。それと注目して欲しいのは、単行本のカバーですね。警視庁をこの角度で撮った写真は珍しいと思いますが、なぜこの写真を使ったのか、作品を読んでもらえれば分かります。そのあたりも含めて楽しんでください。

プロフィール

今野 敏(こんの・びん)
1955年北海道生まれ。78年、上智大学在学中に「怪物が街にやってくる」で第4回問題小説新人賞を受賞。2006年『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞、08年『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞をダブル受賞。17年「隠蔽捜査」シリーズで第2回吉川英治文庫賞を受賞。著書に「安積班」「ST 警視庁科学特捜班」「任侠」「鬼龍光一」シリーズなど多数。

書籍情報



脈動
著者 今野 敏
発売日:2023年06月28日

狙われた警視庁本部庁舎で、 常識を超えた力が蠢く――。
不祥事によって崩壊寸前の警察。巡査部長・富野は“亡者祓い”を招集する。

「警視庁本部が患っているということですか?」
警察官による暴力や淫らな行為――警視庁内で非違行為が相次ぐ。常時ではあり得ない不祥事の原因とは? 事態の悪化をおそれた警視庁生活安全部少年事件課の巡査部長・富野輝彦は旧知のお祓い師・鬼龍光一を呼び出す。その結果、警視庁を守る結界が破られており、このままでは警察組織は崩壊するという。一方、富野は小松川署で傷害事件を起こした少年の送検に立ち会い、半グレ集団による少女売春の情報をつかむ。一見無関係なふたつの出来事は、やがて奇妙に絡み合う……。
警察小説と伝奇ミステリが融合した、圧巻のエンターテインメント!

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