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特集

一流ブランドの由縁とは? 吉田修一が語る【前編】

インタビュー、文=田中敏恵 写真=ホンゴユウジ

『悪人』『怒り』『国宝』――数多の賞を受賞し、世界的にも注目を集める吉田修一。芥川賞受賞から20年にわたり広告で描いてきた、単行本未収録の贅沢な作品集が本書『ブランド』だ。エプソン、エルメス、大塚製薬、サントリー、JCB、ティファニー、日産、パナソニック……錚々たる企業の依頼で描いてきた小説、紀行、エッセイを集めた本作に込められた思いとは? 
※本記事は単行本『ブランド』に収録されているインタビューを再構成したものです。

本書の成り立ち


――本書『ブランド』は、今まで吉田さんが広告や雑誌の企画で書かれた小説やエッセイなどを一冊にまとめたものです。こうやって読んでいくと、本当にたくさんの媒体で書かれていますね。

吉田修一(以下吉田):書きましたね。芥川賞を貰った後ぐらいからこういうお話をいただくようになりましたが、自分で振り返ってみて、時の流れというか、成長と言いますか、やっぱり人間って、ものの受け取り方とか、好みとか、あと何より生きていく呼吸というのが変わってくるんだなと、つくづく思いました。


――企業やブランドから依頼されて文章を書く初めての体験のことは覚えていますか?

吉田:強烈な印象として残っているのは、エルメスのピュイフォルカ(※注㈰)という銀食器ブランドのタイアップですね。掲載がフランスの雑誌だったんですよ。なので、書いたものをフランス語に翻訳して、フランスで出しますと。逆に日本では出ない(笑)。面白いでしょ? さらに興味を引かれたのが、内容に関しては一切の制限がなく、自由に書いてください、って。その時たまたま、ピュイフォルカの職人さんが東京にいるので見学しませんかというお話も貰って、見学しました。またいろいろな資料、本、写真集をいただいて、それを見たりしていったんですが、気がつくと、この企画自体というよりも、すっかりピュイフォルカという銀製品ブランドのファンになっていたんですよね。以来、こういう話があるとなるべく受けるようになったんです。


――新聞、文芸誌等で連載した作品、あるいは書き下ろし作品とは、本書は成り立ちからして違います。そういう意味でも、吉田さんの本の中で独特の立ち位置をもつといえるのではないでしょうか。ファンの方はもちろんのこと、作家と企画を考える人とか、メディアミックスで仕掛けたいと思っているプロデューサーを目指す人などにもとても興味を持たれるように思います。普段は文芸作品を読まず、自己啓発本とかビジネス本とか読んでる人にも意外と響くんじゃないかなって思ってるんです。

吉田:今回読み返してみて、私もそういう印象なんですよ。だからなのかな、タイトルを「ブランド」にしたいと提案しまして。


――独特な立ち位置を持っている本ですから、今までの著者インタビューではない、仕掛けとか企画とか、そういうことと作家がどういうふうに対峙するのかをじっくりおうかがい出来たらなと思っています。

吉田:田中さんにはこういう企画で何度もお世話になっているので、頼もしいといいますか。今日はとにかく楽しみにうかがいました。



小説の書き方の違い


――『パレード』(※注㈪)を読んだ時に、私はあの目次は編集者が書いたと思ってたんですよ。

吉田:そうおっしゃってましたね。


――目次は登場人物の名前と年齢などのあと、「現在、なんとかで〇〇中」という終わり方で統一されていました。あれがとてもキャッチーでした。だから編集者が書いたんだと思っていたんです。その後たぶん2003年頃、吉田さんにお会いした時に直接、「あれを書いたのはご担当の編集者ですか?」とうかがったら、「いや、僕なんですよ」とおっしゃった。その時から、吉田さんはコピーのセンスもあると思っていたんです。そしてそういうコピーセンスは『パレード』以降ずっと活かされていなかったように思います。活かしていなかったものが、ここにギュッと凝縮している感じがしたんです。

吉田:なるほど。意識的ではなかったですが、キャッチーな、というか、いわゆる決め台詞的な文章からは徐々に離れていったような気がします。少し話は逸れますが、例えば三島由紀夫の小説を読んでいると、たくさん赤線を引きたくなるじゃないですか。でも、川端康成の小説って、いわゆるアフォリズムというか、赤線を引きたくなるような文章があまりないように思うんですよね。一文一文は飾り気のない文章なのに、でもなぜか、物凄い何かを読まされている感じがするというか。そういうものに徐々に憧れていったのかもしれないですね。ただ、もちろん三島的なコピーセンスにも憧れはあって。


――キャリア初期の段階では使っていた。

吉田:上手くいっていたかどうかは分かりませんが。逆にいえば、本来の自分の気質としては、この場合、作家じゃない部分という意味ですが、そこではコピーセンスのある人が好きだし、自分もそうありたいと思ってますからね。


――吉田さんは作品論を語られる際に『悪人』(※注㈫)以降とよく表現されますが、事実『悪人』以降骨太なものが多く、中長編作品がほとんどです。だからなかなかそのセンスを出しにくかったのではないでしょうか。もともとはあったけれど出せていなかった作家の一面が、ふんだんに入ってるように感じます。

吉田:『悪人』以降の小説の登場人物たちが自分自身からだんだん離れていったのは間違いないですね。もしかすると、そこで置き去りにされた自分の本質というか、サービス精神みたいなものが、こういう企画の文章にはちらほらと出てくるのかもしれないですね。この本に収められているのは、読者に楽しんでもらいたい文章なんですよ。クライアントありきというのは、ストレートに言ったらそのクライアントのことを褒めるわけです。何かを貶すのは簡単ですが、何かを褒めるのは本当に難しい。誰にでも王様を貶すことはできますけど、詩人にしか王様は褒められない。そういう仕事だというプライドを持ってますし、だからこそ、依頼されたクライアントの本質を見たいし、もっといえば、これを読んでくれた方に楽しんでほしいという気持ちがまずあるんです。言い換えれば普段書いてる小説には、そこまでの読者サービスがないというか、そこまでの余裕がないんでしょうね。


――クライアントありきのお仕事と普段の小説の違いといえば、NGな内容ももちろんあるわけですが、そこに書きにくさを感じたりしますか?

吉田:逆なんですよね。こういう仕事だとちょっと制約がある面白さ、ルールがある面白さがあるんです。


――ルールがある面白さの中で、自分の色みたいなのを出そうっていうのは、どのぐらい意識しているんですか?

吉田:出そうとするというよりは、出ちゃうんでしょうね。例えば2003年にエルメスの依頼で書いた「楽園」っていう短編小説は『春、バーニーズで』(※注㈬)の中に入っています。同じ時期に文芸誌で書いた純文学作品と、なんの違和感もなくピタッとハマるんですよ。
 だから根本的なところでは文章を書くということには全く違いがないのかもしれません。本当に違うのはもしかしたら些細なところなんでしょうね。ただ、完成したものが多少キャッチーというか、そういうタイプのものになるか、まったくならないかっていうだけで。
 また、エルメスのピュイフォルカの職人さんもそうですけど、パナソニックではマーケティングの方とか商品開発の方たちと食事させてもらったりする機会があったり、ティファニーでは社長と会食させてもらったりしました。ああいう方々に会うと、それぞれの仕事や製品に対する思いがやっぱり伝わってきます。一番刺激されるのは、そのあたりだと思うんです。


――現場ですね。

吉田:そう現場。とにかく現場が大好きなんですよ。なので、そういうクライアントの人たちの話を聞くのがすごく刺激的で、もしかすると現場の人たちのことを小説にしたいという欲求があるのかもしれません。直接的にしろ、間接的にしろ。言ってみれば、誰もが憧れるようなきらきらしたブランドを担っている人たちじゃないですか。でも、実際にそういった方々に会うと、ちゃんと汗をかいてる感じが伝わってくるんですよ。だからこそ、きらきらしているというか。逆に、本当にきらきらしちゃってる人たちが担ってるブランドって、やっぱり魅力ないですよね(笑)。


――なるほど。

吉田:たとえば『悪人』を書こうとした時に想起されるのは、九州の長崎、佐賀、福岡で鬱屈した青春時代を送ってる若者たち。一方、今回の作品群は、ブランドの現場で働いてる方たちを、もちろんそのまま主人公にするわけではないんだけど、その人たちが持っている何かから生まれている話なんだと思います。


ブランド
著者 吉田 修一
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2021年07月30日


一流ブランドの条件


――本書にはいくつか私が頂いた原稿もあります。つまり仕掛ける側のチームに入ったことが何度かありました。ここに収録されていませんが、パークハイアット東京の25周年を記念して書き下ろし小説『アンジュと頭獅ずし王』を執筆していただきました(※注㈭)。それもこの本と性質としては近しいところがあります。その時に吉田さんがよくおっしゃってたのが、パークハイアット「を」書いてくださいじゃなくて、パークハイアット「で」書いてください、というのが大変印象に残ったし、そこがすごいと思うと。同じように、本書のクライアントたちも、吉田さんに製品を買ってほしい、使ってほしいではなくて、吉田さんに本質を見て書いてほしいという。そこは似てるけど全然違います。ブランドのイメージを担う人と、ブランドを消費する人との違いとでもいいましょうか……その境界線をわかってる人たちに、依頼をされている気がするんですよね。何故かというと、吉田修一がそこに自覚的だからではないでしょうか。「僕、ブランドが好き。だからいつかブランドと仕事したい」ではないというか。

吉田:たしかに。そういう気持ちは一切ないですもんね。


インタビュアー田中敏恵さん


――その違いが、何故吉田修一がこんなに多様なクライアントとハッピーな関係を築きながら良質な読み物を書き続けられているかみたいなもののヒントでもあるのではないでしょうか。なかなか自分ではおっしゃりづらいことかと思いますけど。もし「を」を書いてほしいだったら、あんまりモチベーションが上がらないんじゃないですか?

吉田:きっとそうでしょうね。


――だから、ピュイフォルカをセットでドンと渡されて、好きに使ってください、それで書いてくださいという依頼よりも、職人を見て書いてください、というほうが好みだと思います。

吉田: そもそも、洗練というよりは、泥臭い世界や人間を書いてきた作家じゃないですか。ある意味で、そんなハイブランドのイメージとは真逆にいるような作家なのに、どうしてこんなお話をもらえるんだろうって、ちょっと不思議な感じはあったんですよ。でも、今の田中さんの話をうかがって、その境界線というか、本質的なものに敏感な方々から声をかけてもらっているのであれば、これほど嬉しいことはないですよね。もちろん、私にも好きなブランドはあるんですよ。でも、だからといってそこと仕事したいと思っているわけではない。そこにあるのは「好き」という単純な思いなんですよね。また今インタビューを受けていて思ったことがあるんですが、一流ブランドたる由縁というのは、それが物語を持ってるかどうかではないでしょうか。一流ブランドの条件っていうのは豊かな物語を持っているっていうことなんですよ。持っていないブランドはやっぱり本当の意味でブランドとは言えない。


――なるほど。

吉田:とすればですよ。物語というのはイコール文学なわけです。豊かな物語というのはまさに文学のことであって、私みたいに文学を志す者とは絶対に親和性があるはずなんですよ。


――すごく合点がいきます。吉田さんは、企画もので何度かご一緒したときも、メモをされないですよね。

吉田:しないですね。


――本当に向こうが不安になるほどに。それはきっと、ディテールやデータではなく物語を見てるからなんですね。

(後編へ続く)

※注㈰    フランスを代表する銀製品のブランド。1993年からエルメスのグループとなる。
※注㈪    2002年刊行。ルームシェアする男女5人を描いた第15回山本周五郎賞受賞作。
※注㈫    2007年刊行。毎日出版文化賞と大佛次郎賞をダブル受賞した初期代表作。2010年映画化。
※注㈬    2004年刊行の短編集。WOWOWでドラマ化。
※注㈭    2019年刊行。「パーク ハイアット 東京」の25周年記念事業の一環として依頼された。

作品紹介



ブランド
著者 吉田 修一
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2021年07月30日
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322012000535/
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吉田修一(よしだ しゅういち)

1968年長崎県生まれ。97年「最後の息子」で文學界新人賞を受賞し作家デビュー。2002年『パレード』で山本周五郎賞、同年「パーク・ライフ」で芥川賞を受賞。07年『悪人』で毎日出版文化賞、大佛次郎賞、10年『横道世之介』で柴田錬三郎賞、19年『国宝』で芸術選奨文部科学大臣賞、中央公論文芸賞を受賞。著書に『ルウ』『怒り』『女たちは二度遊ぶ』『犯罪小説集』『逃亡小説集』『湖の女たち』など多数。

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