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特集

ギター・リペアショップから始まる出会いと、ガールズバンドの輝けるひと夏の想い――。

構成:タカザワ ケンジ 

出発点は金型工場だった!?

── : 最新刊『あの夏、二人のルカ』はバンドを組む女子高生たちと、三十代の男女の物語がクロスオーバーする長篇小説です。着想はどこから?

誉田: 実は、最初はこういう話を書くつもりはまったくなくて、金型工場の話を書くつもりだったんです。

── : なんと。そういえば、視点人物の一人、乾滉一(いぬいこういち)の父親が金型工場の社長ですね。

誉田: 最初は滉一が、ロックをやりたい、薄暗い工場で働くのはイヤだ、と工場を継いでほしい父親に対して反抗するような、ありがちな関係を考えていたんです。  というのは、私はファーストガンダム世代で、小学生の頃、ガンダムのプラモデルをよく作っていたんですよ。それもただ作るだけじゃなくて、小さなザクを複製したり。

── : ご自分で、複製ですか?

誉田: シリコンで型取りして、その後にレジンを流し込んで。プラモデルってそういうものだよね、と自分なりに納得していたんです。ところが、雑誌でガンプラができるまでの記事を見たら、木で造ったガンダムが紹介されていた。そのとき思ったのが、この金型はどうやって作るんだろう、ということ。木で作ったモデルを溶けた鉄で型取りしたら燃えちゃうんじゃないかって、小学生の頃からずーっと謎だったんですよ。あまりにも大事にしすぎちゃった疑問なので、ネットで調べて解決、なんてことにはしたくなかった。  それで金型工場を舞台にした小説を書こうと決めて、単行本の編集長と一緒に工場取材に行ったんです。それでわかったのが、本作にも出てくる「(なら)いフライス盤」という機械を使うこと。それで長年の疑問がぱーっと解けた。ただ、謎が解けたのはよかったのですが、そこに小説の核になりそうなロマンを私は見いだせなかったんですね(笑)。

── : あまりにも明快な答えで(笑)。

誉田: 取材から帰る路の、暗いこと暗いこと。連載開始を延ばしましょうか、くらいに。そこでふと「ギターのリペアマンって面白いと思うんですよね」とつぶやいたら、編集長がわらにもすがる様子で「それ、いいっすね!」と食いついてきてくれて。逆に、そんなにいいかな、とこちらが思ったくらい(笑)。

── : そんな裏話があったんですね。

誉田: 親とか大人とか仕事とかが要素として浮かんできたのはそこからです。  私は、大人とか子どもとか、年齢だけで区切ったりして考えないタイプなのですが、世間のみなさんは案外そうじゃない。だから、「大人って何だろう」ということは一度書いておきたいなと常々思っていたんです。私の場合、長篇作品は一個の要素だけではなく、これもくっつけられるな、これを入れたらもっと話がうまく転がるな、みたいに練り合わせていくことが多いんです。

自分でギターをリペア

── : 物語は名古屋から出戻ってきた沢口遥(さわぐちはるか)が「夕やけだんだん」で有名な谷中(やなか)ぎんざの近くに住み始めるところから始まります。今回、視点人物はこの主人公・遥とギターのリペアマンの滉一、高校でバンドを結成する佐藤久美子(さとうくみこ)(クミ)の三人ですが、先ほどの話だと滉一が最初の要素として頭に浮かんだのでしょうか?

誉田: そうですね。滉一が最初で、その周りにどういう人物を配するかを考えていたら、遥とクミが出てきました。  これでいいのかな、と自分でも思ったのが、視点人物のバランス。書き始める前に、プロットを考えて章立てを作ったら、遥、クミ、滉一、クミ、遥、クミ……と約半分がクミ視点なんですよ。主人公でもないのにこれで大丈夫なのかなと思ったのですが、書いてみたら意外とうまくいきました。

── : 読者としてはクミのバンドのエピソードから、「疾風ガール」シリーズに連なるバンドものとしても読めると思います。今回はそこからさらに登場人物の年齢に幅を持たせて、違う視点から音楽を表現した作品になっていますね。執筆にあたっては、誉田さんご自身が音楽をやってきた経験も大きいのでしょうか?

誉田: 大きいですね。でも、私がやっていたのはギターとベースなので、ドラムについて分からない部分は、友人のドラマーに訊いたりしました。クミがドラム担当ですから。

── : クミが中心になり、ギターの翔子(しょうこ)、ベースの実悠(みゆう)、ボーカルのヨウというバンドができていく。クミはドラムというポジションからバンドをまとめていきます。

誉田: たとえば、大人数アイドルグループで、すごく目立つポジションの子っているじゃないですか。でもその子がグループでリーダーシップを発揮するとは限らない。もっと後ろの子、目立たない子がリーダーということもある。だったらドラムの子がバンドのまとめ役でもいいだろうという発想ですね。  ただ、私の経験から言うと、ドラマーって大局的なことに無関心な人が多いんですよ。歌詞に興味がない。歌詞を知らないからタイトルを覚えない。そういう人が割と多かった。リズムが刻めればいいだろう、と。でもクミの場合は、父親がレンタルスタジオを経営していて音楽をやっている大人たちに囲まれているから、ほかの楽器のことも耳年増になっている。だったらまとめ役になれるかなと。

── : 家がレンタルスタジオをやっている。練習し放題のいい環境ですよね。

誉田: レンタルスタジオを経営するのは私自身の夢のひとつだった。作家になるよりずっと前ですが。プロミュージシャンになれたらそれが一番でしたが、なれなかったらレンタルスタジオ経営もいいかなと。喫茶店を開きたいって言う人、よくいるじゃないですか。あれです。

── : ギターのリペアへの関心はもともと?

誉田: ありましたね。実は冒頭の話と直結していて、同じプラモデル感覚なんです。たとえば、フェンダー系のギターは、ボディとネックが木ネジ四本で留まっているので、バラしてネックを替えてみたり、ブリッジを替えてみたり。最初に買ったのは、アリアプロⅡというギターだったんですが、その頃ちょうどLAメタルが流行っていて、コンコルドヘッドという尖った形のヘッドが特徴でした。それでそのヘッドにネックごと取り替えるとか。

── : それはリペアマンにお願いして?

誉田: 自分でやりました。

── : すごい。まさにプラモデル感覚ですね。

誉田: 作中で、クミの父親が遊びで作ったワンピックアップのギターが出てきますが、あれ、私がやったことなんですよ(笑)。ちゃんとした機械がないと、穴一つ開けるだけで大変で、やすりをかけ続けるだけで指が水ぶくれになるくらい。流石にこれからはプロに頼もうと思いましたね。いま三号機をリペアに出しているところです。

── : ジャック・ダニエルズのノベルティだったらしいギターも作中に登場しますが、実在するんでしょうか?

誉田: します。というか持ってます(笑)。私が持っているのは本物ではなく、たぶんレプリカなんですが、作中で書いたように音がまともに出てくれない。この作品のためにリペアに出しましたが、リペアマンに聞いたら実際の作業も作中同様大変だったそうです。

女子マネ的な存在を書く

── : 『あの夏、二人のルカ』というタイトルは、読み終えてなるほど、と腑に落ちる仕掛けがありますが、読んでいる間はタイトルも謎の一つですね。

誉田: 最初は『時間よ、止まれ』という、遥にフォーカスしたタイトルでした。それでもすでに、現在の構造はありました。

── : 「二人」のうち一人はクミのバンドを何かと手助けしてくれる瑠香(るか)。ただのファンだと思っていた彼女の存在感がだんだん大きくなっていきます。

誉田 : 瑠香みたいな子は、バンドに一人ほしい存在ですね。バンド内の人間関係の上でもそうだし、私はずっとトリオでやっていて、楽器運びの人手が足りなかった経験もあるので、ああいう子がいれば本当に助かる。バンドだから珍しく感じますが、部活の女子マネージャーの感覚ですよね。

── : クミのバンドのボーカル、ヨウも印象的なキャラクターです。才能はあるのですが、大人への嫌悪感があって反抗的。ロックだなあ、と。

誉田: でも、私はそういう反抗心がまったくなかった人間なんですよ。音楽をやっていたから、周りにはそういうスピリットがあふれていたんですが、私自身はそうかなあ、とずっと共感できずにいました。私はどちらかというとクミに近い人間観だったので、ヨウについてはわからないところがありますね。

── : 先ほどおっしゃっていた「大人って何だろう」というテーマに関わってくるところですね。

誉田: さっき年齢などではあまり物事を考えないと言いましたが、十代の子たちと大人たちには違いがあるのもたしかです。それは、十代の子たちからすると、大人とか社会とかが十分には見えないこと。わからないから怖い部分があると思うんですよね。大人になってみれば、十代の頃の自分と大して変わっていないなあ、と思うこともしばしばなのですが。十代の子が大人への不信感や、大人になることへの不安を抱くのはある意味で仕方ない。でも、大人はそんなに怖くないよ、ということをどこかで書いておきたかったんです。


誉田 哲也

1969年東京都生まれ。『ストロベリーナイト』に始まる<姫川玲子シリーズ>や、二人の剣道少女の成長を描く青春小説「武士道」シリーズなど著作多数。

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