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特集

驚きと感動に満ちた大逆転のエンタテイメント! 作家生活10周年記念作品。 道尾秀介『透明カメレオン』

撮影:ホンゴ ユウジ  構成:タカザワ ケンジ 

作家生活十年を迎えた道尾秀介さん。

記念すべき年に刊行される本作は、初めて読者のために書いたというが、果たしてその理由とは。

<本インタビューは「本の旅人」2015年2月号より転載したものです>

十年で身につけた小説作法

── : デビューされて今年でちょうど十年ですね。振り返っていかがですか?

道尾: あっという間でしたね。一つの作品を書いている間に別の作品が書きたくなって、それを仕上げたらすぐ次にとりかかって。バタバタバタと。十年って言ったら、生まれた子どもが十歳になっちゃいますけど、そんなに経ったかなあ、というのが実感です。

── : デビュー作の『背の眼』の刊行が二〇〇五年一月なので、まさに作家生活まる十年で刊行されるのが、この『透明カメレオン』です。道尾さんらしい、あっと驚かされる展開の小説ですが、着想はどこから?

道尾: ラジオのパーソナリティを主人公にしようというのが最初ですね。それも福山雅治さんみたいな、声も容姿も整っているというタイプではなくて、声はものすごく魅力的なんだけどルックスはイマイチ以下。イメージを壊さないように顔出しはしないという主人公です。一人称で、その主人公の目線で書こう、というところからですね。

── : 主人公の恭太郎がラジオ番組のなかで語るエピソードがいくつも紹介されるんですが、それがまたそれぞれ面白い。

道尾: エピソードは短篇小説を書く感覚でした。ただ、短篇のように細部を書き込んでいくと長くなってしまうので、できるだけコンパクトに。読んでいるのではなく聴いている気分にさせられるようにしたいと思いました。もともと僕自身、ラジオが好きで、伊集院光さんの大ファンなんですよ。

── : なるほど! しかし、書き言葉でラジオの雰囲気を出すのは大変だったのでは?

道尾: この小説には僕が十年間で身につけた技巧をたくさん詰め込んであるのですが、読者にそれを感じさせないようにしたいと思いました。文芸作品というよりも、すごく面白い話を聴いているという感じにしたかった。こういう人生もあるんだ、というお話を聴くように読んでほしかったんです。

── : 読んでいて噴き出したところがいくつもありました。エスカレートしていく勘違い、ボケとツッコミ。主人公のぼやきも効いていて、辛いことを受け止めるときにもユーモアがある。文章だけで笑わせるのって難しいと思うんですが、これも十年間の蓄積でしょうか。

道尾: もし成功しているのであれば、そうだと思います。ずっと文章でしかできないこと、小説でしかできないことをやろうとしてきたので。そういう意味では、前半の笑いも、映像向きのものではないんですね。文章だからこその「笑い」。そのノウハウは身につけられたかなと思います。でも、さじ加減が難しいんですよ。最初は恭太郎が地の文で語っていることがもっと多かったんですが、編集者に原稿を送る前にじっくり読み直したときに、やっぱり面白くないと思って、かなり削りました。

── : 書きすぎても面白くないということですか?

道尾: キャラクターの説明のようになってしまうんです。そういう部分をカットして、ストーリーに溶け込ませることができたので、最終的にコンパクトになりました。

「弱さ」を肯定する物語を

── : 恭太郎がラジオの仕事を終えた後に寄る「if」というバーが物語の重要な舞台になりますが、雰囲気が温かく、こんな行きつけのバーがあればいいなと読者は思うのではないでしょうか。恭太郎が働くラジオ局が上野で、バーが浅草という設定にしたのはどうしてですか?

道尾: 実際、僕の仕事場が浅草で、近所のバーによく行くんです。「細長いテナントビル」の四階にあるバーも実際にあるんですよ。「if」のような雰囲気ではないのですが、間取りは同じですね。

── : なるほど。恭太郎と常連客たちとの会話を読んでいて、浅草だけに人と人との関わりが濃いなあ、と感じました。

道尾: そうなんですよ。東京の西側だとこの小説は成立しないと思うんです。東側独特の人情文化が残っているからこそ成り立つような気がしますよね。

── : しかも、「if」の人たちは、初めは恭太郎を優しく受け入れてくれるごく普通の人びとに思えるんですが、それだけではないことがだんだんわかってきます。

道尾: 今回は人の弱さを肯定する物語を書きたかったんです。世の中には、弱いままじゃダメだ、一歩踏み出そうよ、というような、弱さを否定する小説が多いと思うし、僕自身もそういう物語を書いたこともありますが、今回は、弱さを全面肯定したかった。弱さの良さを書きたかったんです。弱さは「強くない」という否定的なことではなく、弱いということ自体に一つの価値があると思うんですよ。

見慣れた景色が違って見える

── : 「if」という安定した平和な空間に、恵という一人の女の子が迷い込んでくるところから物語が動き始めます。この恵ちゃんが憎らしいけど、かわいいという、やっかいな女性で(笑)。

道尾: 男は弱いタイプですね。そして女友だちがいないタイプ。

── : しかも、彼女が何かを隠しているのではないか?と疑いながら読んでいくと、謎が明らかになるにつれ、彼女がどういう人かがわかってくる。

道尾: 彼女の性格と、彼女が隠してきたこととその理由とが合わないと、小説って急につくりものめくんですよね。この小説に限らず、その整合性がとれるように、ということはいつも気をつけています。

── : 彼女が恭太郎と「if」の人たちにある復讐計画を打ち明け、協力を願い出る。そして……というストーリーですが、最後にはこれまでの思い込みがすべてひっくり返されるという、まさに道尾さんらしい小説になっています。

道尾: 人生って面白いほうがいいに決まっていますよね。小説の前半はその面白さを書いているのですが、後半は面白いだけじゃないってことがわかってくる。笑いだけじゃなくて涙もあるのが人生。笑いと涙って、どっちかだけ押しつけても読者は反応してくれないんですよ。交互に味わってもらい、揺らいでもらう。そこで初めて作者は読者の懐に入り込める。それもこの十年間で学んだことで、今回はそれを全力で試したかったんです。

── : 『透明カメレオン』というタイトルも印象的ですね。道尾さんの作品ではたびたび生きものがタイトルに使われています。

道尾: 理由の一つは共通のモチーフとして使いやすいからです。植物だと、花の名前は知っている人と知らない人がいるけど、カメレオンを知らない人っていないですよね。というのは、共通にわかっているもの、みんなが見たことがある景色の違った見方を提示したいという気持ちがあるからなんです。それで、いつもみんなが知ってるモチーフを使っています。

── : しかもこの作中で描かれる「透明カメレオン」のエピソードが切ない。恭太郎の少年時代の話として登場しますが、いい話ですよね。このエピソードを思いつかれたきっかけはあるんですか?

道尾: すっかり忘れていたんですけど、恭太郎の思い出と同じように、小学校の友だちで、カメレオンを飼ってるってウソをついてた友だちがいたんです。でも、僕は恭太郎ほど素直じゃなくて、恥をかかせてやろうくらいの気持ちでそいつのうちに遊びに行った。そうしたら、玄関にあった造花のところにカメレオンがいるって言い張るんですよ。「茎に見えるけど、よく見ると尻尾でしょ」って。で、そう思って見ていたら、だんだん本当にカメレオンが見えてきた。いまにも動き出しそうな気がする。信じればそこにいるんだ、と思ったことが、この小説を書きながら自然と思い出されてきたんです。そのとき「タイトルは『透明カメレオン』にしよう」と決めて、そこから、誰もが胸に大事に抱えている、手放したいんだけど、手放せないものがあるんじゃないか、それが透明カメレオンなんじゃないか、と考えていきました。

── : 実話がヒントになっているんですね。そのエピソードが小説ではどう描かれているかは、ぜひ『透明カメレオン』で読んでいただくとして、カメレオンが擬態するという常識を超えて「透明」という言葉が出てきたところが面白いと思いました。

道尾: カメレオンと言えば、いろんな色に変わる生きもの。「色」がいちばん大きなイメージですよね。そこに「透明」という言葉を持ってくるとミスマッチに感じる。ミスマッチなものが一緒になって座りがいいときって、興味を惹かれますよね。なんだろう、たとえば「草食ライオン」とか。それと同じように、小説でもミスマッチなものがうまく一緒になったときって、すごくいいものになると思うんですよ。家族小説とミステリのマッチングとか。

── : 『透明カメレオン』はミスマッチの小説そのものですね。声とルックス、復讐計画と事件の真相、家族小説とミステリ……さまざまな裏と表が、後半、次々にひっくりかえっていく。オセロの大逆転のような展開に興奮しました。まさにエンタテインメントですね。

道尾: 透明カメレオン』は、十年間で初めて自分のためではなく、読者のために書いた小説なんです。これまで作家としてやってこられたのは読者の方たちがいたから。恭太郎たちのことが好きなので、エピソードをもっと書きたいと思ったんですが、読者のための本だから、と削っていきました。完全に読者目線の本になったと思います。

── : 道尾さんはこれまでインタビューで、「想定している読者は自分だけ」と答えていましたよね。意外な言葉です。

道尾: いままでやったことがないことをやるのって、やっぱりエネルギーがいるんですよ。ちょうど十周年でそれができて良かったと思っています。


道尾 秀介

1975年東京都出身。2004年『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、翌年デビュー。本格ミステリ大賞や直木賞など多数の賞を受ける。他の著書に『球体の蛇』『風神の手』など。

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