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特集

世界も家族も嘘だった。管理社会と、それに抗う若者たち。乾緑郎『僕たちのアラル』インタビュー

僕はエンタメ作家なので、

  何よりも楽しんで読んでもらえることが一番なんです。

 
映画化もされた話題作『完全なる首長竜の日』で鮮烈なデビューを飾り、さまざまなジャンルのエンタテインメントを発表し続けている乾緑郎さんが、過激なSF青春小説『僕たちのアラル』を上梓されました。生まれたときから、超巨大ドームの中だけで過ごす若者たちに突如訪れる過酷な運命。その運命を受け入れて、少年と少女が選んだ道とは――?
その創作秘話や作品に対する思いを語っていただきました。

ドームにとらわれた異常な世界

── : 本日は、宜しくお願いいたします。乾さんはデビューからジャンルを問わず、様々な作品を書かれてきましたが、今回、あえてSF青春ミステリーともいえるこの作品を書こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

乾: 普段は一般向けのミステリーや時代小説を書くことが多いんですけど、SFはなかなか執筆の機会が少ないんですよ。ですから、チャンスがあればそういう要素を取り入れようと、常に狙っていました。  この『僕たちのアラル』は、僕自身が十代の頃に好きだった「ジュブナイルSF」の感じを意識して書いてみました。今でいうライトノベルともちょっと違った雰囲気があって、筒井康隆さんの「時をかける少女」とか、眉村卓さんの「ねらわれた学園」とか、名作が多いんですよね。そういう雰囲気の作品を書いてみたいなと思ったのがきっかけですね。

── : 30年間外界と隔離され、巨大ドームの中で生活を営む「スフィア計画」がとても印象的です。「閉じた世界」とも言えるこの特殊な世界観はどのように考えられたのでしょうか?

乾: 昔、どこかの博物館で、密閉された水槽の中で生態系の循環を完結させるという実験の展示を見たことがあって、かなりショックを受けたんですよね。  これって人間でも可能なのかと思って調べ始めたら、過去にアメリカのアリゾナ州でそういう実験が行われていたんです。  作中でもちょっと触れていますが、『バイオスフィア2』という計画で、1991年9月~1993年9月までの2年間、計8人の科学者がドームの中で暮らす形で実施されています。この実験は資金面などの問題から頓挫して継続できなかったのですが、ずっと続いていたらどうなっていたんだろうな、というところから想像を膨らませていきました。

── : 非常に特殊な世界ですが、世界観を描く上で、こだわった点、また苦労した点はどういうところだったのでしょうか?

乾: 生活感です。客観的には異常な状況で暮らしている人たちなんですが、当人たちにとってはそれが日常で、そこに普通に暮らしがある。自分の意志で実験に参加した人と、実験用のドーム内で生まれた人の間にも世代間の感覚の差などが当然あるだろうし、そういう機微は細かくこだわって書いています。

── : 今作には、「コイドッグス」という伝説のバンドが出てきます。物語全体にその音楽が流れ、独特な「オフビート感」を醸し出し、重要な役割を担っていると感じました。物語の中に音楽を散りばめた意図とはどういうところにあったのでしょうか?

乾: 若い時って、政治家とか教育者とか知識人とか、立派な人がどんなに立派なことを言っても、全然、耳に入ってきませんよね。反発する気持ちを抱くことすらある。むしろ、自分の好きなミュージシャンの曲の歌詞とか、インタビューでの発言とか、考え方の方が心に深く響く。誰にでもそういう時期ってあると思うんですよ。宗教ではないんですが、一種の信仰ですよね、音楽は。そういう意味で、「まっさらな若者がしがらみなく、信じられるもの」の象徴として「音楽」を登場させました。  ちなみにコイドッグスのモデルは、エピソードからしてビートルズだというのは明らかですが、実際に執筆中にコイドッグスの曲調をイメージして聴いていたのはドアーズでした。

── : ちなみに、もし現実に「スフィア計画」が実施されたら、乾さんは入植しますか?

乾: いやあ……入植はしないかなあ。海とか行けなくなりますからね。あと旅行も。  よほど生活に困っていたら入るかもしれないですけどね(笑)。

普通でない登場人物たち

── : 主人公の井手拓真は受験を控えた高校生です。なぜ高校生を主人公にしたのですか?

乾: 実験用のバイオドーム内で生まれた世代を主人公にしたいと考えたからです。自分自身で納得してドームに入ってきた人間とは違って、外の世界への強い憧れがあるだろうと。思春期だと尚更ですよね。  主人公の拓真は、ごく平凡で善良な少年だと思うんですが、そういう人間が、何かのきっかけで、本人の意思と関わりなく大きく人生が狂ってしまう姿も書きたかったんです。

── : その平凡で善良な主人公の拓真ですが、彼の周辺に登場する人物は、みな秘密めいていて、かつ、二面性を感じます。キャラクターを描くにあたり、今回一番気を遣ったことはなんですか?

乾: 「他人が何を考えているかなんて、本当はわからない」というのは、わりと僕の作品に頻繁に出てくるテーマなんですよ。人に見せられないような醜い一面とか、誰にも言えない秘密とか、人間なら持っていて当然なんです。  メインの登場人物たちは、いずれも最初に出てきたイメージのままの人間で終わらないように気をつけました。一度、読み終えた後、また最初から読み返していただくと、何気ないセリフの一つ一つに、その人間の本性というか、含みを持たせているのがわかっていただけるのではないかと思います。

── : そんな個性的なキャラクターたちですが、一番苦労したキャラクターと思い入れのあるキャラクターは誰になりますか?

乾: いずれも、ダントツで額田明日菜ですね。拓真のクラスにおかしな時期に突然やってくる、一風変わった転入生として登場しますが、あのテンションの高さは、僕が今までに書いた小説の中では、まったくいなかったタイプの登場人物です。ミュータントといってもいい(笑)。  たぶん、今後もこういうキャラクターを書くことはなさそうな気がします。賛否両論でしょうね。「乾さん、何でこんなキャラ書いたの?」って言われるかもしれない。

── : セリフに含みを持たせているとのことですが、確かに印象的なセリフがたくさん出てきます。その中でも特にお気に入りのセリフは?

乾: 転入してきた額田明日菜の自己紹介のセリフ「緊張でゲロ吐きそうです」かな。  特に意味はないセリフなんだけど、明日菜は、役割的に口を開いた瞬間にキャラが立たないとダメなキャラクター。普通すぎてもダメだし、あまりに異常すぎてもダメ。他のセリフは、わりと執筆中の流れで書いているんですが、ここだけは三日くらい悩みました(笑)。

── : 今作はスフィアという「閉じた世界」と、青春期独特の鬱屈感、不安感が非常にうまくリンクしているように思えました。どこか現代の社会問題にも通じるテーマ性も感じたのですが、この作品で一番描きたかったことは何でしょうか?

乾: 何だろう……「憧れ」「自由」「選択」とか、そういうことになるのかな。一瞬の「自由」を手に入れるために、青春とか、人生で最も貴重な時間を、ごっそりと失うこともある。でもそれは、何となく過ごした時間よりも、遥かに価値があるかもしれない。  自分自身、若い時に抱いていた、いろいろな気持ちを忘れてきているなと思うんですよ。 人間って年齢を重ねると、それによって得られる知識や経験よりも、失っていくものの方が遥かに多いなって、最近、よく思うんです。

── : 失っていくものが多い中(笑)、今作を書くにあたり、何か新たにチャレンジしたことはありますか?

乾: 登場人物たちが、ほとんど高校生というところですね。僕はもう、その親の世代なので、おそらくその世代の気持ちをきちんと掴むことはできなくなっているし、自分がどうだったかも、もはや思い出せなくなってきている。  それでも、この物語は、この世代の少年少女たちでないと語れないし、語るべきでないと思ったので、僕にとってチャレンジでした。

── : とても印象的なタイトルですが、そこにはどういった思いが込められているのでしょうか?

乾: 「アラル」というのは、カザフスタンとウズベキスタンに跨がって存在する「アラル海」という塩湖のことです。かつては世界第4位の面積を誇っていて、日本でいうと東北地方と同じくらいの大きさがある湖だったんですが、灌漑政策の失敗で、1960年代以降、急激に干上がってしまったんですね。非常にわかりやすい環境破壊のモデルなんですけど、砂漠化した湖の跡に、錆を吹いた漁船が、まるで遺跡のように今も残っている。爽々さんが手掛けてくださった装画も、この廃船がモチーフになっていますが、ノアの方舟の洪水の後って、こんな感じだったんじゃないかというような印象的な光景です。  アラル海は主人公である拓真の憧れの地であったり、微妙にストーリーとも関係してくるんですが、あの寂しくて荒廃した風景は、ドームという限られた世界に生きる登場人物たちの、世界と切り離されたどこか寂しげな心象風景と、すごく重なるのではないかと思っています。

── : タイトルとともにプロローグとエピローグも非常に印象的ですが、そこを含めてどの場面が、一番思い入れがありますか?

乾: プロローグとエピローグは、作中から十年後を描いているので、ちょっとシチュエーションが違うのですが、思い入れという点では、本編の冒頭のキャンプのシーンかな。  美しく楽しい思い出だった筈なのに、後になって考えると、どんどんそれが色褪せてくるというか、ゲラになった時に読み返していて、自分でも切ない気持ちになりました。

── : (イラストレーターの)爽々さんが描かれた表紙はいかがですか?

乾: 正直言って、初めて見た時には、少し涙が滲みましたよ。  船の舳先にいるのは拓真と映美だと思うのですが、彼と彼女が、何を思ってそこに佇んでいるのかと想像すると、もう……。  書いている最中は、かなり心を鬼にして、二人の末路を書いたんですが、それだけに、胸が苦しくなるものがありました。

── : 読者のみなさんには、どういうところを一番注目して読んでほしいですか?

乾: 僕はエンタメ作家なので、何よりも楽しんで読んでもらえることが一番なんです。キャラクターに思いを寄せていただくのもよし、世界観に漬かるのもよし、お好きに読んでいただければ、と思います。

作家・乾緑郎が気になること

── : 小さいころはどんな子供だったのですか?

乾: 勉強が嫌いで、漫画ばっかり読んでいる子供でしたね。どちらかというとインドア派で、外で元気に遊んだりスポーツをやったりするタイプではありませんでした。  漫画家になりたくて、自分でもずいぶん漫画を描いていました。忍者ものとか。

── : 自分の意志で最初に読んだ本は? 読書原体験を教えていただけますか?

乾: 小さいころは、親から与えられた「シートン動物記」とか「ファーブル昆虫記」とかを真面目に読んで感想を述べたりする、嫌な感じの子供だったんだけど、風邪を引いて学校を休んだ時に買ってもらった、手塚治虫さんの「鉄腕アトム」を読んで、「漫画ってこんなに面白いのか」と衝撃を受けてからは、漫画ばかり読むようになりました。  小説の方は、原体験といえるのは江戸川乱歩の少年探偵団のシリーズですね。僕の世代だと多いと思うんだけど。小学校の図書室にずらっとシリーズが揃っていて、それを誰が最初に読破するか友達と競ったりしていました。

── : 作家になろうと思った時期は、またきっかけは何かあったのでしょうか?

乾: 元々は芝居をやっていたんですよ。いわゆる小劇場とかアングラとか言われているジャンルで、最初は役者志望でその世界に入ったんですが、長くやっていると、いろいろやりたくなってくるんですよね。それで、自分で台本を書いたり、演出を手掛けてみたり、美術のデザインとかまでやるようになったんです。適材適所というか、収まるところに収まるというか、その中で一番、周囲の評判が良かったのが台本だったんです。  そのうち表舞台に立つことはなくなって、演出も人に任せて台本だけ書くようになって、次第に文筆だけで生活できるようになりたいと思うようになりました。不思議と、脚本家とかシナリオライターを目指すという気持ちはなかったですね。

── : 小説のアイデアはどんなときに生まれるのでしょうか?

乾: アイデアというのは、僕の場合は、ある時、突然閃いたりするようなものではないんです。  書きたいものはたくさんあるので、後は編集者さんとの打ち合わせとか、執筆中とか、どのタイミングで引き出すかというだけです。  何か特別な発想法とか、秘訣みたいなものはなくて、いつの間にか……という感じですね。

── : 影響を受けた小説、映画、漫画など、があれば教えてください。

乾: たくさんありすぎて絞れないんですが、今回の『僕たちのアラル』に関してなら、内容とか雰囲気は全然違いますけど、小説ではロバート・R・マキャモンの『スワン・ソング』とか『マイン』とか、漫画では大友克洋さんの『AKIRA』とか、望月峯太郎さんの『ドラゴンヘッド』とかの影響は受けているのかなと思います。

── : 乾さんは劇作家でもありますが、シナリオと小説の一番の違いはなんでしょうか?

乾: 一番の違いは、小説は小説そのものが完成品だけど、脚本やシナリオの場合は、最終的なアウトプットは飽くまでも舞台とか映像の方なので、その違いですかね。  小説は文章の中で細部まで仕上がっている必要があるけど、脚本やシナリオは演出家や役者のイメージを喚起できるものでないといけない。似てはいるけど、まったく違った才能が必要なものなんじゃないかと最近は思います。  ちなみに、劇作家出身の小説家って、純文学系の人が多いですよね。何でだろ?

── : 今作に限らず、小説執筆で一番心がけていること、決め事などはありますか?

乾: 基本的には、自分の好きなもの、書きたいものを書くこと。これ、当たり前だと思うかもしれないけど、職業としてやっていくとなると、なかなか難しい課題なんですよ。  自分が読みたいものを書く。この気持ちがブレないようにしないと。小説を書くことが嫌いになってしまったらおしまいですからね。

── : 標準的な1日のタイムスケジュールを教えていただけますか?

乾: 息子が中学生で、家内も勤め人なので、二人が通勤なり通学なりで出掛けて行って一人になってからが、一番の執筆時間ですね。だから小説は、殆ど午前中からお昼過ぎくらいの日中に書いています。忙しい時は、夜も書きます。

── : 執筆時疲れたときの気分転換方法は何かありますか?

乾: どうしてもリフレッシュしたい時は、うちから多摩川まで20分ほどチャリを走らせて、釣りをしに行きます。

── : 小説家を目指している人にアドバイスをお願いいたします。

乾: 本当はすごくシンプルなことで、小説家になるために必要な努力は「読む」ことと「書く」ことの二つだけなんです。  これから小説を書こうという人に、「才能とは何か」的なことを聞かれることが、たまにあるんですが、小説を一本も書いたことがない人に、小説の才能があるかないかなんて、誰にも判断できません。長編を3本くらいとか、短編を10本くらい書いてみれば、わざわざ他人に聞かなくても自分に才能があるかないか、小説家になれそうか、おのずとわかると思います。  あっ、書きかけのものは何万枚書いてもダメですよ。ちゃんと小説として最後まで完成させたものに限ります。

── : そんな乾さんが、今、一番気になっていることはなんですか?

乾: 体重ですね(笑)。  ストレスが溜まってくると、アルコールには走らないけど、甘い物に走るんですよ、僕は。  仕事が忙しいと、それと平行してどんどん体重が増えていく。何とかなりませんかね。

── : (笑)。今後はどのような作品を書いていきたいですか?

乾: 幸いに、ジャンルに縛られることなく、ミステリー、SF、時代小説と、いろいろなジャンルのものを書く機会をいただいています。  落ち着いた大人の読み物を……みたいなことの真逆をいく作品を書きたいですね。ジャンルのクロスオーバー的なこともやっていきたいと思っています。

── : 刊行予定、連載など、今後の予定を教えてください。

乾: 「小説新潮」で連載中の時代小説『杉山検校』が、そろそろ最終回が近くなってきているので、来年には本に纏められると思います。江戸時代に実在した鍼医を主人公にした、時代ノワール小説みたいな感じです。  同じく新潮社の「yomyom」で連載中の『機巧のイヴ2 Mundus Novus」も近く本にできると思います。こちらは和製スチームパンクといった趣の作品です。  時代小説の連載を2本、準備中。他にも現代物ミステリーやSFなどの書き下ろしの予定もあります。

── : 最後、読者にむけてひとことお願いします。

乾: とても素晴らしい本ができました。  爽々さんの装画もさることながら、帯のコピー、手に持った時の表紙の固さや紙の質感など、本を所有する喜びが得られる出来上がりだと思います。 「スフィア」(作中に出てくるバイオドームの名称)での最後の10年を、主人公の拓真と一緒に過ごすような気分で僕は書きました。  読者の皆様にとっても、この読書体験が、遠くアラル海へと向かう拓真のような旅になることを望んでいます。  たくさんの人に読んで欲しいです。よろしくお願い致します。


乾 緑郎

1971年東京都生まれ。2010年『忍び外伝』で第2回朝日時代小説大賞を受賞。同年『完全なる首長竜の日』で第9回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し小説家デビュー。

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