読後感の心地よさに定評のある北川恵海さん。初の単行本『星の降る家のローレン』上梓にあたり、ストーリーの要となる謎の中年画家ローレンの人物像や作品に対する思いなどを中心に、お話をうかがいました。
── : これまで『ちょっと今から仕事やめてくる』『ヒーローズ(株)!!!』『続・ヒーローズ(株)!!!』と3冊の文庫本が続いたわけですが、今回特に単行本に挑戦しようと思った理由はありますか?
北川: 単行本は、デビュー当時からいつか出したいと思っていて、3冊目ぐらいですかねって話はあったので、ほぼ予定通りかなというのはあります。単行本は、メディアワークス文庫とは読者層が異なりますし、文芸好きな人にも読んでいただけて、読者層が広がってくれるかなという思いがありました。ちょっと大げさなんですけど、ライトノベルと一般文芸の間を埋めていけたらいいな、というのがあります。 もともとライトノベルしか書かないと思っていたわけではなく、一般文芸の賞に応募したこともありますし、私の中ではジャンルの区別はないです。
── : 『星の降る家のローレン』という物語を書こうと思うきっかけとなるものはありましたか? もともと温めていたネタだったのでしょうか?
北川: まずは単行本にしましょうということがありまして、それを前提にいろいろ考えていって、いくつかプロットを出したのですが、なかなか形にならなくて……。何かしっくりこないなあという中で、最終的に辿り着いたプロットが今回の『星の降る家のローレン』だったという感じでしょうか。もともと温めていたネタということではなくて、まったくゼロから考えたストーリーでした。
── : ゼロからの発想ということですが、何かその糸口となるものはあったのでしょうか?
北川: 考え始めた時に、女子高生の話がとても書きたくて! でも、長編として女子高生を主人公にするというのは、私の中でちょっと違うなあというのがあって、じゃあ何とかそれをストーリーの中に組み込みつつやれないだろうかと考えていたんです。そうしたら、女子高生と絡ませる人物として主人公のローレンが浮かんで、「あ、これで何とかいけるかもしれない」と。最初に書きたかった女子高生同士の友情というのを、上手く絡めていけるのではというところから始まりました。とにかく女子高生を書きたくて、それが登場人物の杏奈と雪子に繋がっているところはあります。
── : ローレンという独特な人物像について、彼の人となり、絵描きという職業、彼が住む街のイメージなど、発想のもとになったものは具体的にあるのでしょうか?
北川: もともと私は大阪で生まれて、今も大阪に住んでいるんですけど、ローレンみたいな“おじちゃん”って、けっこう親しみがあるんですよね(笑)。もちろん大阪の中でもいろいろな場所や地域があるんですけど、どことか誰とかいうより、小さな頃によく見たおじちゃんっていうイメージです。大阪弁がキツくて、すごく人情味があって……地元に根付いているっていう。こういうちょっと癖のあるキャラクターの人って、昔は漫才師にも多くいた印象なんですけど近頃あまり見なくなった気がして、私の中では懐かしい人物像になるんです。 ローレンは、まず人物像が浮かんで、この人が今までどうやって生きてきたんだろうと考えた時に、絵描きという職業がとてもしっくりくるなあと。細かく言うと「アーティスト」ではなく、「絵描き」。すごく絵描きっぽいと思ったんです。それが大きな骨子となり頭の中で物語が一気に進みました。 だから特に誰とかいうモデルはいませんし、大阪のどの辺りっていう具体的な場所もあえてつまびらかにしていないんです。 でも、文字の上で、大阪弁の独特な間というか、テンポ感などはできるだけ伝わるように気をつけました。大阪の空気感、ローレンという人物の空気感とかが強く出るように、私自身が大阪出身という特権を生かして存分に書かせていただきました(笑)。

── : 特に苦労したシーンはありますか?
北川: 今回、かなり時間をかけて細かくやり直したのですが、今になってみると、そんなに苦労して書いた気はしないんです。ただ、キャラクターとか心情とかではなく、物語の繋ぎ方とか構成とか、どちらかというと技術的な面で苦労したイメージがあります。 全体的な物語の流れをどう組み立てていくのかという根本的なことも含め、どうしたらいちばん自然かつ美しくなるのかということをすごく考えました。ローレンの行方や謎という要素はありながら、ミステリではないので、よけいな情報はあまり入れたくなかったですし……。もちろん、どういうことがあったんだろう、どういう人なんだろうという謎はあるんですけど、そこは今までの作品にもあるように、“少し不思議”を意識していました。藤子・F・不二雄先生みたいな(笑)、SFではないんですけど、謎は残したいっていうか。
── : 北川さんが好きなエピソード、力を入れたシーンはどれでしょう?
北川: 最終章は全体的に気に入っています。書き上げた後ほとんど手を入れていませんし、ここに持っていこうと早い段階で思っていて、終わり方としては今までの中で一番好きです。 最初はエピローグを入れようかとも考えていたのですが、エピローグの中の文章を冒頭に持ってきたことによって、逆にきれいな終わり方になったなと。 ですから、最終章をぜひ味わって読んでほしいです。ここを読むために、そこまでをじっくり読み込んで堪能してほしい!と思います。
── : 今回、あとがきを入れていないのですが、意図するところはあったのでしょうか?
北川: やはり物語の終わり方が自分としてすごく好きだったので、その後に「こんにちは」と著者が出てきて空気感を壊してしまうのが嫌で。あとがきが好きと言ってくださる方は多いのですが、今回は物語の空気のまま終わってほしかったので、あえてあとがきは入れないことにしました。
── : 北川さんの作品はポップな印象がありながらも、実はネグレクトやブラック企業といった重いテーマが多いのですが、読後感がとても気持ちいいものになっていますよね。最初から着地点は決めているのでしょうか?
北川: 着地点は決めていますね。だいたいスタートとゴールを決めてから書き始めるので、書いている途中でバッドエンドになるということはないです。私自身、仕事が辛い時にデビュー作(『ちょっと今から仕事やめてくる』)を書いたので、特にこういったヘビーなネタを扱う時は、架空のものでまで辛い話を読みたくないなと思ったんです。エンターテインメントではハッピーエンドを見たいという気持ちが自分の中にあるので、それは作品を書く上で心がけています。とにかく、重いテーマを扱った時は哀しいままで終わらないようにしようというのはあります。逆に、すごく楽しい話を書いている場合は、ひどいバッドエンドになる可能性はありますけど(笑)。
── : 重いテーマを扱いながらもとても読みやすくて嫌な気持ちを残さず前向きになれる、けれども実はすごく考えさせられる。そういうところが上手いなあと感心させられるのですが……。
北川: 重いテーマのものは重厚な表現で読みたいという方も当然いらっしゃると思うのですが、自分の中ではできるだけ重くしすぎず、どこかに救いを残したいというのがあります。ただ、ヘビーなネタだからこそ重いところはきちんと重く書いておかないと、読んでいてイライラされると思いますし、その重さと軽さの緩急は気をつけて書いています。
── : 今回のカバーは、猫が印象的なイラストになっていますが、ご感想は?
北川: イラストを書いていただいたカタヒラシュンシさんは、かなり早い段階で私がネットで見て、「この方にお願いしたい!」と言って、スケジュールを調整していただいたんです。色鉛筆で描かれているイラストならではの温かみがあって――ローレンは油絵なんですけれども――絵描きのローレンのイメージと、とてもマッチしています。多分すごく考えてくださったのだろうと思っています。今回のストーリーはたくさん切り取れるところがあったのではないかと思うのですが、その中で本のカバーとして映えるものをと考えてくださったのだろうと。ラストまでしっかり読んでいただいたんだなあということがわかる絵になっていたのでとても嬉しく思いました。読み物としての役割を超えて、ひとつのアート作品としても価値のあるものになったと思いますので、ぜひインテリアとしてお家に飾っていただきたいなと思ってしまうくらい素敵なカバーですね。 カタヒラさん、ありがとうございます。
── : 北川さんのプロットの作り方、また執筆にかかる期間などはどのような感じなのでしょうか?
北川: 執筆期間は、実際にこれって決まったら3ヶ月から半年くらいでしょうか。多分、同じくらいの期間をプロットにかけているのではないかと思います。 プロットについてはあらすじを追うような文章にはしないで、“ここ”というポイントを挙げるだけなので、編集さんは困ってしまう書き方ですよね(笑)。だからポイントとなるところを飛び飛びに書いていってその後、間を埋めていくというやり方が多いです。 だいたい夜中に書いて一度寝て、起きてから読み直して修正するみたいなことが多いので、日によっては3歩進んで3歩下がるみたいな時もありますが、全部を書き終わってから大幅に手を入れるということはほとんどないです。小刻みに進んでいくって感じです。
── : 今後挑戦したい分野などありましたら教えてください。
北川: すごく漠然としていて遠い未来の話になるかと思うんですけど(笑)、一度本格的な心理サスペンスを書いてみたいなっていうのはあります。でもそれは今じゃないなって気がしています。10年、20年してからかなっていう……。謎解き系のミステリではなくて、犯人側から見た心理サスペンスとかですね。 近々の話で言うなら、もうそろそろラブストーリーを書いてもいいかなって思っています。
── : 北川さんの書くラブストーリー、どんな風に展開するのかすごく興味があります。
北川: これまでラブ要素が入っている作品は皆無だったと思うんですけど、ラブストーリーを書くのであれば、しっかりそれをメインにしたいというのがあります。青っぽいというか綺麗なラブストーリー。でもちょっと一癖ある、不思議な要素があるものにしたいとは思っているんですけど。 遠い未来の話ではないと思うので、読者の方には楽しみに待っていただけたらなと思います。来年はもう少したくさん新作を出せるように頑張ります。
── : 本日はありがとうございました。
