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レビュー

不朽の名作を、当時の社会の差別意識から目をそらさず原作に忠実に新訳!『ドリトル先生アフリカへ行く』

文庫巻末に収録されている「訳者あとがき」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(訳者:河合 祥一郎)

「ドリトル先生」シリーズは、私の訳で角川つばさ文庫から『新訳』と冠して以下の題名で刊行された(二〇一一~一六年)。全部で十四巻ある。参考のために、一九五一~七九年に岩波書店からぶせます訳で出されたときの題名と異なっているものは、(  )内に記す。

①『ドリトル先生アフリカへ行く』(『ドリトル先生アフリカゆき』)
②『ドリトル先生航海記』
③『ドリトル先生の郵便局』
④『ドリトル先生のサーカス』
⑤『ドリトル先生の動物園』
⑥『ドリトル先生のキャラバン』
⑦『ドリトル先生と月からの使い』
⑧『ドリトル先生の月旅行』(『ドリトル先生月へゆく』)
⑨『ドリトル先生月から帰る』
⑩『ドリトル先生と秘密の湖(上)』
⑪『ドリトル先生と秘密の湖(下)』
⑫『ドリトル先生と緑のカナリア』
⑬『ドリトル先生の最後の冒険』(『ドリトル先生の楽しい家』)
※本邦初訳のシリーズ番外編「ドリトル先生、パリでロンドンっ子と出会う」を含む。
⑭シリーズ番外編『ドリトル先生のガブガブの本』(井伏訳なし)

 井伏訳で読めるのは第十三巻までであり、番外編『ガブガブの本』の邦訳には、わが先輩であるなんじようたけのりによる訳(国書刊行会、二〇〇二年)があるのみだった。私は、もう一つの番外編「ドリトル先生、パリでロンドンっ子と出会う」の本邦初訳も含めて右に挙げたすべてを訳したところ、お陰様で好評を得て、このたび角川文庫からも刊行される運びとなった。



 角川つばさ文庫は幼い読者を対象としているため、角川文庫から出すに当たって大人向きに訳し直すべきかを検討し、改めて新しい訳稿を少し作成して見直してみたが、結論として大きな改変は加えないことにした。そもそもヒュー・ロフティングは子どもに読ませようとして本書を書いているので、文体は「ですます調」の方がよいし、私は当初から原文をゆるがせにしないように努めて完訳を行ってきたので、この訳はそのまま大人に読んでいただくにもふさわしいと判断した。加えた改変は、大人向きに漢字表記を改め、ところどころ手直しを加えた程度であることをお断りしておく。

 作者ヒュー・ロフティング(一八八六~一九四七)は、第一次世界大戦で西部戦線に赴き、そこで傷ついた軍用馬が手当てもされず殺されてしまうのを見て心を痛め、動物と話ができる医者の物語を考えて、自分の幼い子どもたちへ書き送った。これが『ドリトル先生』シリーズ誕生の契機である。それゆえ、このシリーズには動物愛や助け合いの精神が満ちており、訳すに当たっては特にその点をしっかり表現するように配慮した。

 先行訳では、時代の制約もあったためか原文どおりに訳されていないところが多々あったが、そうした点はすべて改めた。たとえば、最後にみんながようやくイギリスに帰ってきたとき、井伏訳ではアヒルのダブダブが「先生のおやつのパンを焼」くことになっているが、ダブダブがトーストしているのは、イングリッシュ・マフィンである。(カップケーキ型の焼き菓子もマフィンと呼ぶが、それはアメリカ式のマフィン。)二枚にさいて、こんがりトーストして、ジャムやはちみつを塗って食べる。もちもちっとしていて、トーストしたところがカリカリとなっている食感を楽しむものであり、これをミルク入り紅茶といっしょに食べることで、「ああ、イギリスに帰って来たんだなあ」という思いになれるわけだ。イングリッシュ・マフィンは、今では日本でも普通に売られているし、作り方もインターネットなどで紹介されている。イギリスの文化をそのまま文字どおり〝味わえる〟時代になったと言えよう。

 また、子ブタのガブガブが好きなパースニップは、イギリスのスーパーや市場で山積みになって売られている冬野菜だ。外見は白いニンジンのようで、ニンジンよりも糖度が高い。日本ではあまり出回っていないが、イギリス人にはおみの野菜で、私もイギリス留学中は普通に食していた。井伏訳で「オランダボウフウ」となっていたのは、和名の「アメリカ防風(ボウフウ)」を取り違えたものだろう。

 マシューおじさんがせんべつにくれたスエット・プディングも、イギリス特有の菓子だ。井伏訳では「アブラミのお菓子」となっていたが、「スエット」(suet)とはアブラミではなく、上質の脂(ケンネ脂)のことであり、高温ですっかり溶かすと、バターよりも油っぽさがなくなる。イギリスの菓子作りには欠かせない材料で、これを用いたプディングがスエット・プディングだ。ドライフルーツやナッツなどをたっぷり入れ、濃厚なパウンド・ケーキのような感じに仕上がる。カスタードクリーム(またはホイップクリーム)をふんだんにかけて、クリームにひたすようにして食べる。

 イギリスの伝統的なクリスマス料理の最後に出てくるクリスマス・プディング(プラム・プディング)もスエット・プディングだ。クリスマス・プディングはブランデーをかけて火をつけてから食べることもある。だから、『鏡の国のアリス』に出てくるは、からだはクリスマス・プディングでできていて、頭はブランデーをかけられてメラメラ燃えているレーズンなのだ。(『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』は角川文庫に入っているので、そちらもぜひお読み頂きたい。)

 アリスの本と同様に、この本でも原語の言葉遊びのおもしろさが伝わるようにしっかり訳した。たとえば、オウムのポリネシアが歌う船乗りの歌にあるライム(押韻)は、「ワイト島」と「おめでとう」、「さらば」と「たらば」、「一期一会」と「町へ」という一行おきのライムで表現した。ここで最も伝えるべきは、「こつかいこうかいやワイト島などいろいろな場所を訪れたすえに、これからジェーンという名の女のもとへ帰る」という歌詞の内容ではなく、船乗り気分で歌うポリネシアが楽しんでいるようすなのであり、そのためには歌のライムを表現するのが重要なのだ。

 最後に、本書に含まれる問題点についても指摘しておきたい。一九二〇年に出版された本書は、当時まんえんしていた白人優位の人種差別の影響を受けており、黒人べつの表現を含んでいる。一九六〇年代にJ・B・リピンコット社は本書から「ニグロ」「クーン」などの差別語を削除したが、それだけでは対処しきれなかった。

 一九六六年に創設された「人種交流を進める子供の本協議会」(Council on Inter-racial Books for Children=CIBC)が一九六八年に刊行した機関紙の中で、図書館員イザベル・スールは「ドリトル先生は、白人の責務を〝気高く〟背負う〝偉大なる白人の父〟の権化であり、その作者は人種差別の白人優越主義者であり、現在の西洋白人男性に知られている偏見のほとんどすべてを持っている点で有罪だ」と断じた。協議会は、表現を改める程度では『ドリトル先生』シリーズに含まれている差別を除去できないとしてこれを推薦図書から外した。そのため、一九六八年以降、アメリカの学校や公立図書館では『ドリトル先生』シリーズの購入が停止された。その結果、一九七〇年代にシリーズは絶版となり、一九八八年にデル社が著者の次男クリストファー・ロフティングの協力を得て抜本的な改変を加えた版を刊行するまで読まれなくなったのである。ちなみに、こうした公民権運動の高まりを受けて批判を受けた本には、ほかにもヘレン・バンナーマンの絵本『ちびくろサンボ』(一八九九年初版)や、ハリエット・ビーチャー・ストウの『アンクル・トムの小屋』(一八五二年初版)などがある。

 本書で最も問題視されたのは、童話「眠り姫」を愛読する肌の黒いバンポ王子が、その話に登場する肌の白い王子にあこがれて自分も白くなりたいと願い、ようせい・トリプシティンカにふんしたポリネシアが「西洋の偉大なお医者様がその願いをかなえてくれる」と言って、ドリトル先生に薬を調合させて顔を白くさせるという筋書きだ。ここに、肌の白い方が黒い方より望ましいという偏見が入りこんでいると批判されても仕方がないし、それは肌の黒い人たちに対してとても失礼な考え方だと言わざるを得ない。白人は有色人種に対して差別をすべきではないと訴える社会運動のなかで、このくだりが大きな問題をはらんでいるとされたのも当然だった。

 一九八八年の改訂版では、バンポ王子の白人願望と彼を白くする場面がばっさりと削除されて、ポリネシアがバンポに催眠術をかけてあやつり、ろうごくかぎを開けさせるというストーリーに変更された。(別の版では、「ライオンのように勇敢になりたいというバンポのためにドリトル先生が育毛剤を調合し、バンポの髪をライオンのたてがみのようにしてあげた」と変更された。)さらに、バンポ王子が黒人という設定すら外され、かといって白人でもなく、カラーがなくなった。登場人物すべての人種はあいまいにされ、バンポ王子が眠り姫と結婚したがる話も削除された。「白人」という語もすべて削除され、サルたちが病気を治してもらったお礼に「白人がもらったこともないような、最高のおみやげをさしあげよう」と語り合う言葉も「最高のおみやげをさしあげよう」となった。

 かつてシェイクスピア作品においても、性的言及やわいな俗語を一切排除した家庭版が出版されたことがあったが、文化から果たして〝毒〟を取り除き切ることはできるのだろうか。子供には読ませないという判断は尊重できるが、児童文学のなかにさえこうした偏見が入りこんでいたというだろう。抹消するのではなく、直視しなければ、問題は理解されない。

 ロフティングも時代の子であったのであり、どんな人もその時代の考え方につかまってしまうものなのだということを、むしろ子どもたちに教えてあげるべきではないだろうか。動物をこんなに愛して、助け合うことの大切さを信じていたロフティングでさえ、「時代の考え方」からは逃れられなかったのだ、と。

 私たちだって、私たちの「時代の考え方」にとらえられて、おかしな考え方をしてはいないかと反省するよすがとすべきなのではないだろうか。自分たちは正しいと思い込み、芸術作品を改変しようとする行為には、ある種の暴力さえ感じさせる。

 ロフティングは子どもたちのためを考えて、よかれと思ってこの物語を書いたのだ。ロフティングを攻撃する前に、私たち自身もこれまで気づかずにだれかを傷つけていないか、自分たちのなかにも批判されるべき点や直すべき点があるのではないだろうかと考えながら本書を読むべきではないだろうか。そのためにも、本書をロフティングが書いたままに、皆様にお届けする。

二〇二〇年二月
河合祥一郎 

ヒュー・ロフティング『新訳 ドリトル先生アフリカへ行く』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000917/


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