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レビュー

近未来の東京を駆け抜ける少年の姿が示すもの 『東京の子』

 物語の舞台は、東京オリンピックの三年後だ。「湾岸エリアを中心に整備されたスポーツ競技会場」は、今や「解体と復旧工事のために税金を食い尽くす負の遺産レガシーに成り果て」ている。その打開策として、国と東京都が打ち出したのが民間への払い下げであり、五輪会場のほとんどは、「ショッピングモールや大型の倉庫、タワーマンション、介護施設、そして大学へと姿を変えている」。それらの工事を支えている労働力が、技能実習制度や高度プロフェッショナル人材活用制度などの施策により日本にやって来た人々で、オリンピック後の東京都の人口増加分は、全て外国人が占める。
 主人公の仮部かりべ諫牟いさむは、新宿の職安通りに面したベトナム料理屋〈724〉の上にある部屋で暮らしている。仮部の仕事は、「仕事に出てこなくなった外国人を説得して、職場に連れ戻す」ことで、その半分は、〈724〉のオーナー兼店主であるベトナム人のダン・ホイが受け入れているベトナム人を相手にしたものだ。仮部という名は、中学を卒業した時に、大熊おおくまから与えられたものだ。大熊は元々はその筋の男だったが、今では「歌舞伎町防犯協会」という団体をでっちあげ、「特殊な防犯カメラを歌舞伎町のそこかしこに置き、周囲の店舗から金を取っている」。堅気とその筋のグレーゾーンにいる男、それが大熊だ。
 ある日、仮部はいつものようにダン・ホイから欠勤しているスタッフを捜して欲しい、と頼まれる。欠勤して一週間になるというそのスタッフ・范鈴(ファム・チ=リン)は、一昨年有明に作った、東京デュアル(東京人材開発大学校)の南学生寮にある〈724〉の直営店で働いていた。東京デュアルとは、東京オリンピック・パラリンピック後、有明会場跡地を払い下げてもらって建てられた大学だ。范鈴を見つけ出すため、東京デュアルに出向いた仮部だったが……。
 冒頭、大熊から依頼されたミャンマー人捜し——特養に派遣されていたのだが、歌舞伎町のコンビニでバイトをしていた——を仮部が請け負うあたりから、読み手は既に物語に引き込まれているのだが、そこから東京デュアルに至る流れはもちろん、仮部が范鈴と出会ったことで巻き込まれることになる〝ある出来事〟とその顛末まで、畳み掛けるような展開に、ページを繰る手が止まらなくなる。
 物語を貫いているのは、仮部が「仮部諫牟」という借り物の名前を自分の意思で脱ぎ捨てるまで、という太い芯なのだが、その芯の周りにあるストーリーが、その細部が、読ませる、読ませる。東京デュアルのシステム——ソフト面でも、ハード面でも——と、そのシステムが抱える矛盾、東京デュアルの理事長である三橋みつはし(東京デュアルを保有する人材派遣会社、ヒトノワグループの教育事業担当役員)のカリスマ性、全ての背後にほの見えるオリンピック後の疲弊した東京……それぞれのディテールが圧倒的にリアルに迫ってくるのだ。
 しかし、何よりも魅力的なのは、仮部のキャラクターとその高い身体能力だろう。実は、仮部は伝説のユーチューバーだった。仮部という名前を得る以前、彼は本名の舟津ふなつれいをもじった〈ナッツ・ゼロ〉というパルクール映像チャンネルを大熊と立ち上げていたのだ。その背景にあるのは、怜が乳児の時に児童養護施設に預けられ、そこで育ったこと、顔も見たことのない両親が生活保護費受給の道具として自分を捜しているのを知ったこと、だ。その背景故の、仮部としての怜の〝今〟があるのだ。
 オリンピックの三年後、という近未来が舞台ではあるが、本書で描かれている様々な問題は、実は既に私たちにひたひたと迫りつつある問題でもある。本書はそのことを、エンターテインメントとしてきっちり読ませると同時に、一人の少年の成長の軌跡をも描き出している。読み始めたら一気読み必至!


>>藤井 太洋『東京の子』


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