menu
menu

レビュー

“危険”に人生を賭け、“危険”に酔いしれる男たちが挑む難事件の数々!

 探偵事務所を営む松尾にかかってきた電話は、M物産に勤務する男性の身上調査の依頼だった。それではたいした調査費にはならない。そこで、結婚調査にしませんかと持ちかけると、相手は承諾した。だが、匿名の依頼者からのその仕事が、死を招くのだった……。この表題作など、私立探偵が登場する六作を収録した『死への招待状』は、角川文庫オリジナルの西村京太郎氏の短編集である。
 西村作品といえばやはり十津川警部シリーズだろう。警視庁捜査一課の十津川省三を先頭にした列車には、ベテラン刑事の亀井刑事以下、日下、三田村、西本、清水、そして紅一点の北条早苗といった面々が連結されている。そのミステリアスな列車に時折、刑事ではない橋本豊が連結されることには、愛読者なら気付いているに違いない。元々は十津川班の一員だった橋本、現在は私立探偵事務所を営んでいる。
 たとえば冒頭で歌舞伎役者のボディガードを依頼される『琴電殺人事件』(二〇一七)では、〝彼は、警視庁の刑事だったことがあったが、その時、やむを得ず人を殺して、刑務所に入っている〟と紹介されていた。橋本の運命を変えたその事件は『北帰行殺人事件』(一九八一)なのだが、なんと『下り特急「富士」殺人事件』(一九八三)で私立探偵として再登場するのだ。十津川が登場しない『日本シリーズ殺人事件』(一九八四)でも活躍したりしている。そして今は、東京・新宿の四谷三丁目に探偵事務所を構え、色々な立場で十津川警部をサポートしているのだ。
 そんな橋本が絡んでの事件は、『特急ゆふいんの森殺人事件』(一九九〇)、『「雪国」殺人事件』(一九九八)、『北の秘密』(二〇〇七 後に『十津川警部時効なき殺人』と改題)、『十津川警部幻想の天橋立』(二〇〇七)、『十津川警部東京―神戸2時間50分そして誰もいなくなる』(二〇一四)などたくさんある。『五能線の女』(二〇〇六)のように、自分の探偵事務所への依頼が、十津川警部が扱う事件に発展してしまうことも多い。
 西村作品で活躍する私立探偵は、じつはその橋本豊だけではない。十津川省三の初登場作である『赤い帆船』とほぼ同時期に西村作品に登場した秋葉京介のようなシリーズ・キャラクターもいる。本書収録の「危険な男」(「小説CLUB」一九七三・八増)と「危険なヌード」(「小説CLUB」一九七三・十一増)はその秋葉京介の事件簿だが、「狙われた男」、「危険なダイヤル」、「危険なスポットライト」にも彼は登場している。
 ほとんどの作品で題名に「危険な」とついているのは、秋葉自身が〝危険な男〟と呼ばれているからだ。いったん引き受けた仕事は、たとえ刑事事件に発展しても手を引かないという。じつに頼もしい私立探偵である。一方、依頼者が裏切ったときには容赦しないから、その意味でも〝危険な男〟なのである。そして、危険に身をさらしたときの緊張感が好きで仕事を引き受けるというのだから、〝危険を買う男〟でもある。
 秋葉はかつて刑事だったが、追跡中の犯人を撃ち殺したために警察を辞めたらしい。事務所の扉に「秋葉京介事務所」としか書かれていないのは、結婚にまつわる調査のような退屈きわまりない仕事がこないようにしているからで、口コミで彼の評判は広まっているようだ。
 本書の「危険な男」では、中年の重役から、結婚しようとしていた女性の不可解な死の解明を依頼されている。女性の身元を探って金沢まで行った秋葉は、自殺とされていた死の背後に隠されていた殺意を探りだすのだった。「危険なヌード」では、ヌード写真を利用しての美人局に引っかかったサラリーマンにトラブルの解決を依頼され、殺人事件に遭遇している。どちらも彼は銃口を突きつけられ、自らが望んでいた危険をたっぷり味わうことになるのだった。
 ほかの四編に登場する私立探偵は、秋葉京介ほどではないけれど、それぞれに〝危険〟な体験をしている。「死への招待状」(「小説推理」一九七六・八)の松尾も、顔が青ざめるような結末を迎えるのだった。
「血の挑戦」(「別冊読切傑作集」一九六五・四)の私立探偵の吉沢は、行方不明となった若い女性の探索を依頼されている。それは暴力団の内紛に関係していることがやがて明らかになっていく。吉沢のタフな私立探偵としての姿が際立っている。
 同じ女性探しでも「ベトナムから来た兵士」(「推理界」一九七〇・五)は、江戸川乱歩賞受賞作『天使の傷痕』(一九六五)ほかの初期の西村作品に通じる、社会派推理の味わいが濃厚だ。物語の背景には、一九六〇年代から一九七〇年代にかけて東アジアを揺るがしたベトナム戦争がある。主人公の受けた依頼は、これからベトナムへ行こうとしている米兵からのものだった。休暇で日本に来て知り合った女性が行方不明になったので、捜してほしいというのだ。ところが、調べはじめてまもなく、その女性の死体が発見される。事件の真相は戦争のもたらすさまざまな悲劇を語っている。
 最後の「罠」(「小説の泉」一九六四・十)の主人公は、本書では唯一、大きな探偵社に勤めている。しかし、自身の思いとは裏腹に、事務的な仕事ばかりで不満が募る。早く探偵として大きな仕事をしたいという彼に、思わぬ結末が待っているのだった。
 じつは西村氏は、人事院を辞めて作家を志していた一九六三年頃に、探偵事務所に勤めていたことがある。そこでは逮捕された社員もいたというが、インタビューで当時をこう振り返っていた(「推理文学」一九七八・十二)。

素行調査して、都合の悪い事実をつかむと、依頼主でなく、本人のところへ出かけていって、ばらされたくなければ、と金を出させたんです。恐喝ですな。もっとも、給料は歩合制で二割しか貰えない。五万円の報酬があっても手もとに入るのは一万円ですから、無理もないといえばいえる。

この経験はよほど印象に残ったのだろう。西村作品に登場する探偵事務所の社員の成功報酬は、たいてい二割なのだ。たとえば、探偵社社員の花嫁が新婚旅行先の高千穂で失踪してしまう『神話列車殺人事件』(一九八三)の冒頭には、こう書かれている。

太陽探偵社には、基本給がなく、全て、歩合制だった。
 一件の調査について、会社が八十パーセント。調査員は二十パーセントをとる。一見すると、有利なようだが、一件十万円の調査をやるとすると、調査員は、二万円しか貰えないのである。

この『死への招待状』の収録作に登場する私立探偵には、そうした自身の体験が投影されているのだろう。
 その一方、西村作品には、いかにもミステリーらしいスマートな私立探偵も活躍している。『消えた巨人軍』(一九七六)に初めて登場した左文字進だ。
 父がドイツ系アメリカ人、母が日本人という左文字は、コロンビア大学で犯罪心理学を学び、サンフランシスコの探偵事務所で働いたあと、新宿の高層ビルに探偵事務所を構えた。長身で彫りの深い顔立ちの彼が取り組む事件は、『華麗なる誘拐』(一九七七)や『ゼロ計画を阻止せよ』(一九七七)など、とてつもなく大胆な犯罪が多いのだ。
 十津川警部たちの活躍はお馴染みだろうが、西村作品での私立探偵の活躍もまたこの短編集で楽しめるに違いない。


紹介した書籍

新着コンテンツ

もっとみる

NEWS

もっとみる

PICK UP

  • 呉勝浩「スワン」
  • 武士とジェントルマン
  • はらだ有彩「ダメじゃないんじゃないんじゃない」
  • 真藤順丈「ビヘイビア」
  • 藤野恵美「きみの傷跡」

カドブンノベル

最新号 2019年11月号

10月10日 配信

ランキング

書籍週間ランキング

1

明日の僕に風が吹く

著者 : 乾 ルカ

2

トリガー 上

著者 : 真山 仁

3

ドラフト最下位

著者 : 村瀬 秀信

4

逃亡小説集

著者 : 吉田 修一

5

私のことが好きじゃないとかセンスないよね

著者 : あたりめ

6

キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編

著者 : 井上 純一

10/7~ 10/13 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

レビューランキング

TOP