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レビュー

古典で語る京都の一年(ひととせ) 『古典歳時記』

 古典は、暦だ。吉海直人よしかいなおと氏の新著『古典歳時記』は、そのことを実感させてくれる。春夏秋冬の四季の別にまとめられ、『源氏物語』や『百人一首』などの古典作品に触れながら、京都の年中行事や暮らしを縦横に語る一冊である。
 そもそも日本の暦は、ほんの一五〇年ほど前の明治五(一八七二)年まで、いわゆる旧暦の太陰太陽暦だった。その年の末に新暦に切り替わり、まだ寒くこれからが冬本番とも言える十二月三日が、明治六年の一月一日つまり元日とされた。その時から、日本の歳時記と日付は大体ひと月ずつずれて、今に至る。
 年賀状に「新春」と記すのは、新年が実際に春の初めであった当時のなごりであるが、現在私たちがその賀状を交わすのは、名ばかり正月で本来は冬の盛りだったはずの季節である。だのに凍えながら「迎春」「頌春しょうしゅん」と祝うのは、どうもおかしい。そう、おかしいと思って当然なのである。実際、明治六年の人々はどんなに困惑しながら新年の挨拶を交わしたことだろうか。
 だが、いちいち暦を一月ずらして「旧暦ならば」と計算するのも面倒くさいし、頭がこんがらがってしまう。そのうち旧暦のことは記憶の遠くに去り、やがて生まれた私たち現代人は季節感とカレンダーがずれて当然の状況を生きている。そうなると、季節の挨拶はただ儀礼的で名ばかりのものと思えてしまう。
 しかし、それは本来ではない。古典文学は、ほぼすべてが改暦以前に作られたものだ。だからそこに見える暦と季節は、当たり前に一致している。古典文学を読む時、私たちは現代のカレンダー感覚を一旦リセットして、季節に、つまり自然の移り変わりに心を委ねることができる。
 その意味では、古典文学は私たちに本来の自然を思い出させてくれるツールでもある。著者が自ら本書を『古典歳時記』と名付け「現代版『枕草子』」と呼ぶ理由だ。
 おもしろい話題をいくつか拾ってみよう。例えば、「六月三十日は『水無月祓みなづきばらい』」。一年の最後の大みそかに「年越しの祓い」を行うように、一年の上半期の終わりの日である六月三十日には「水無月の祓い」が行われる。勅撰ちょくせん和歌集の『後撰和歌集』に関連の和歌が載る、今から千年以上も前から続く行事だ。ところでこの季節に京都で食されるのが「水無月」なる餅菓子で、三角形の白いういろう生地の上に小豆が載っている。九州出身の著者は、京都以外で目にしたことはなかったと言いながら早速探究し、白い三角形が氷をイメージしていることを突き止める。水無月、つまり旧暦の六月は現在の七月中旬から八月中旬にかけて。梅雨が明け日照りの続く、まさに「水無」の月だった。氷をかたどったお菓子は、その暑気祓いを意味していたのだ。
 四季を離れた「京都文化」の部もある。そこからは嵯峨野さがのについて述べた一節を紹介したい。平安人に愛され、『枕草子』に「野は嵯峨野、さらなり(野は嵯峨野。言うまでもない)」と記される嵯峨野に、最もふさわしい秋の花は何か。それは女郎花おみなえしだとして、著者は「名にめでて折れるばかりぞ女郎花我落ちにきと人に語るな」(『古今和歌集』仮名序、僧正遍照へんじょう)を挙げる。一首の意味は「『女』というお前の名に感じて折っただけなのだ、女郎花よ。私が女色に堕ちたなどと、人に言ってはいけないよ」。一体なぜこれが嵯峨野の花の和歌なのか。答えは簡単、詞書ことばがきに「嵯峨野にて馬より落ちてよめる」とあるからだ。艶っぽい秘め事を想像しそうなこの和歌は、実は落馬をきっかけに詠まれた洒落の和歌だったのだ。
 このように『古典歳時記』は、実に『枕草子』よろしく、どこからでも読める。携えて京都を歩いても良い。開けばそこからは、教室の空気が流れだす。肩の凝らない講義に耳を傾け、しばしの間、古典への旅を楽しむことができる。


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