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レビュー

戦争が終わった夜、一人の男が殺された――『ジョーカー・ゲーム』の著者が描く科学者の狂気 『新世界』

【カドブンレビュー】

小説家である「私」こと柳広司氏のもとに、エージェントと称する謎の人物から持ち込まれた原稿。それは「原爆の父」と呼ばれた科学者、ロバート・オッペンハイマーの未発表の遺稿でした。
内容は、第二次世界大戦終結に沸く夜、ロスアラモス国立研究所内で起きた奇妙な殺人事件の顛末です。オッペンハイマーを主人公としながらも、ほぼ全編で語り手となるのはイザドア・ラビなる人物です。

友人であるオッペンハイマーに依頼され、事件の調査を始めたイザドアが覗き見た科学者たちの狂騒、そして以前と同じではなくなってしまった新しい世界とは。

なんとも皮肉にあふれた「小説」です。
原爆の開発を目的として創設された研究所。そこに集うのは平和を願って創設されたノーベル賞を受賞した、またはそれに値する業績をもつ科学者たち。
死が常に目の前にある戦争が終わり、これからは誰もがみな自分自身の人生を生きてゆけるという日になっておきる殺人事件。
たったひとりの死の真相に迫ってゆくと、そこには、原爆を投下されたヒロシマ・ナガサキにおける30万人分、30万回の地獄がみえてくるという展開が待っているのですから。

本書はオッペンハイマーが書いたものの翻訳という体裁ですが、柳氏が綿密な取材と考証のうえに書きあげたフィクションです。被爆者の側、日本の作家による原爆小説といえます。
対して、アメリカの小説家による原爆小説があります。
『大地』などで知られるパール・バックの著書『神の火を制御せよ 原爆をつくった人びと』。
新世界』と同様、「マンハッタン計画」に関わった実在の科学者たちをモデルに、その開発過程と葛藤に彼らの恋愛、夫婦や親子の確執、ソ連との諜報戦を盛りこんだエンターテインメント作品です。
原題『Command the Morning』は旧約聖書「ヨブ記」の一節からの引用です。

“お前は一生に一度でも朝に命令し 曙に役割を指示したことがあるか”

世界の創造主・神の命令で、朝は夜の暗闇を追い払います。夜が朝に、朝が昼にかわること、太陽が一定の場所からのぼってくることなど、自然のふるまいは神に支配されているということです。
「朝に命令」し、「曙に役割を指示」するのは神のみ業であり、「お前は一生に一度でも朝に命令~」したことがあるかという言葉には、「神に創造された人間が、神になろうとでもいうのか?」という、信心深く豊かに生きながらも不条理な災難に見舞われ、やがて世界を、自己中心的にみるようになっていたヨブをたしなめる意味がありました。
この言葉を題名に引用したのは、科学の力を使い「朝に命令」しようとした人間たちの驕りを描く意図があったのかもしれません。

立場を違えるふたつの国の小説家による『新世界』と『神の火を制御せよ 原爆をつくった人びと』ですが、不思議と共通してみえるのは、核の力を行使する、その決断から目を背ける人びとの姿です。
神のごとき力を持った。けれど誰がそれを行使する命令を下すのか。
原爆の製造をやめる。日本の都市へとそれを投下する、または投下しない。政治家も軍人も科学者も、みな自分より高位の存在、さらには神へとその決断をゆだねて、自分がおこなったことの結果や責任から逃れようとしているようです。
無謬の存在である神やそれに等しい完璧な誰かが決断した。その命令に従った自分は正しい。悲惨な結果から目を背け責任をなすりつけあう、そんな人間の弱さがヒロシマ・ナガサキの悲劇をもたらしたのではないでしょうか。

『新世界』は記録原稿(ノン・フィクション)という体裁をとった小説(フィクション)であり、恐怖小説(ホラー)などではなく、推理小説(ミステリー)といえます。現実と幻想がまじりあい、狂気と正気の境目がじつに曖昧です。
巧妙な二重構造に彩られた物語のなかを、イザドア・ラビは行き来します。読者となるみなさんはぜひ、陸軍から来たという小柄な男(リトル・ボーイ)によって閉塞した砂漠の真ん中の町・ロスアラモスに招かれる彼の後を追ってみてください。彼を追う人はきっと、あの日の朝を追体験することでしょう。

1945年8月6日ヒロシマ、8時15分。


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