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レビュー

安部平城京は堅牢なり! 『平城京』

 一読して、思ったことがある。安部龍太郎という人は、堅牢な城を造る人だということだ。もちろん、小説を書くには、感性も必要だろうが、小説というものは、文字で造った城のようなもので、急場しのぎで造れば、すぐに倒れてしまう。なかんずく、基礎工事が大切なことはいうまでもない。
 安部龍太郎は、まずこの小説を書くにあたって、一つの定点を置いている。城の石垣となるところだ。それが、阿倍宿奈麻呂という人物だ。宿奈麻呂は、蝦夷(えみし)制圧や、白村江の戦いで著名な阿倍比羅夫(ひらふ)の子である。大宝(たいほう)二年(七〇二)持統(じとう)天皇の崩御の際には、造大殿垣司となり、慶雲(けいうん)元年(七〇四)には、中納言となった。この人物が、和銅(わどう)元年(七〇八)に、造平城京司長官になったことを、安部龍太郎は見逃さなかったのである。造平城京司長官は、造平城京司という役所の長官である。この史実を定点として、阿倍船人という弟が設定されるのである。船人は、遣唐使船の船長であったという設定である。すると、船人を中心として、
 
  白村江の戦いの敗将たる父・比羅夫
  平城京を造った男たる兄・宿奈麻呂
  宿奈麻呂の弟で主人公の船人

という役者が揃うことになる。じつは、阿倍氏から多くの遣唐使や新羅への使節が輩出しているのである。阿倍氏は外交・軍事・土木工事を得意分野としていたのであった(上野誠『遣唐使 阿倍仲麻呂の夢』二〇一三年、KADOKAWA)。また、前近代までの戦争は、武器や用兵も重要であったが、同時に築城や陣地造営、架橋技術も、戦いの帰趨(きすう)を決定づけるものであった。つまり、外交・軍事・土木工事は、一体のものであったといえよう。
 ちなみに、奈良の都、平城京の「城」とは、もともとは城壁に囲まれた都市を意味する言葉であった。中国大陸と朝鮮半島の歴史は、遊牧民と都市民の抗争の歴史であったから、都には必ず城壁があった。ところが、日本においては、民族間の抗争が都市攻防戦のかたちをとらないので、城壁がないのである。平城京といっても、平らなところにある都というくらいの意味となる。
 物語は遣唐使の船長として活躍していた主人公・船人のところに、平城京の造営の話が、兄から舞い込むところからはじまる。時に、主人公は、罰を受けて逼塞(ひっそく)した身であった。新羅・百済・唐、そして日本。人と人が、あやに重なって、物語は進んでゆく。
 ここまで話が進んで来ると、私などは、いつ阿倍仲麻呂が出て来るのかと、引き込まれるように読んでいったのだが——。安部龍太郎という人は、堅牢な城を造る人だから、そんな早計なことはしない。とにかく、城造りは、基礎の石垣造りが大切なのだ。
 もう一つ、この小説で、不気味な輝きを放つ人物がいる。行基だ。民衆の力で、橋を架けたり、溜池を造ったりした行基は、僧であると同時に、偉大なプロデューサーであった。じつは、仏教もまた外交・軍事・土木工事と密接に結びついていた。古墳を造る技術が、寺造りに転用されたし、なにより、古代の僧は今日の外交官であった。そして、多くの軍事技術も、渡来の僧や留学した僧からもたらされたのであった。この行基の描きかたにも、安部龍太郎流儀の深みがあって、思わずうなってしまった。
 新しい国造りの中心に、平城京の造営を考えた藤原不比等(ふじわらのふひと)。母国の滅亡によって、日本に身を置いている亡命百済王族。そして、それらの人物たちを繋ぐ女たち。この小説は、平城京造営を巡る男と女の物語である。
 遷都は、国威発揚の一大事業であるが、それだけに、さまざまな政治力学が働く。失敗すれば、政権が崩壊するばかりでなく、国も滅びてしまう大事業である。名門・阿倍氏の男たちは、そのプライドを懸けてこの大事業に取り組んでゆく。平城京という舞台ができれば、阿倍仲麻呂の登場は次回作か——。私は、平城京の東の御蓋山(みかさやま)の月の出を待つように、もう次回作を待っている。


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